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脳内汚染

カテゴリー:未分類

著者:岡田尊司、出版社:文芸春秋
 タイトルが少しばかりドギツイので、トンデモ本の印象を与えますが、内容はしごくもっともな指摘です。
 子どもたちが幼いころからテレビ漬けになっていると、対人関係が乏しくなるということは古くから指摘されてきました。しかし、テレビ漬け以上にゲーム漬けになったら、もっと怖いということです。ところが、今では、ゲーム産業はビッグビジネス化しているので、マスコミは批判できないようになっているというのです。本当に困ったことです。
 テレビに次ぐメディア産業となっているのが、ゲーム業界である。1997年にゲームの総出荷額は1兆円をこし、2001年に1兆5000億円となった。国外への出荷額が3分の2以上。国内市場は縮小傾向だが、アーケードゲームが6000億円、ビデオゲームが5000億円。世界全体のビデオゲーム市場は20億ドル(2兆円)で、日本のゲーム産業は4分の3のシェアを占めている。ゲームの最大の消費国はアメリカ。アメリカだけで世界の半分以上を消費している。今や、映像メディアだけで国内に7兆円をこえる市場規模をもつ巨大産業である。
 平均的なアメリカ人の子どもは、18歳になるまでに、少なくとも暴力的なシーンを 20万回、殺人を4万回、目撃する。小学校を卒業するまでに、8000件の殺人と10
万件の暴力行為を目撃させられる。ビデオゲームには、1時間のプレイあたり最大で  1291回、平均で61回、人間が死ぬ(殺される)。
 FBIなどの射撃訓練センターでつかわれている訓練用装置と基本的に同じものがビデオゲームとして売られている。だから、アメリカのコロンバイン高校での大虐殺事件の高校生たちは、本物の銃を扱ったことがほとんどなく、ビデオゲームをみていただけなのに、銃を発射して人間に命中させることができた。
 8歳の時点で、テレビをどれくらい見ていたかによって、30歳までに犯した犯罪行為の程度を予測できる。つまり、8歳の時点で、どれだけテレビを診ていたかによって攻撃性の強さは左右される。
 暴力的な映像の洪水には、3つの有害な影響がある。第1に、感覚麻痺によって、暴力に対して無感覚になる。第2に、感じないことを、あたかも優れた美質であるかのようにみなす傾向になる。第3に、世界や人間に対して過度に悲観的になり、醜く危険で希望のないものとみなす傾向を植え付けてしまう。これは、子どもにとってその心に対する暴力であり、虐待にほかならない。
 ビデオゲームは、最高の叡智を傾け、中毒を起こしやすく設計された、一種の合成麻薬である。ビデオゲームは、すべてアドレナリンを出せるかどうかにかかっている。アドレナリンを出せる一番てっとり早い方法は、やられたと思わせることだ。つまり、やるか、やられるかという危険のなかで、必死に戦うか、逃げている瞬間にアドレナリンがもっとも盛んに放出される。敵を倒し、危地を脱したと、達成感とともに、脳の中ではドーパミンが放出される。
 ゲームに入り込むと、アドレナリンが放出され、瞳孔が開いて瞬目率が下がる。
 ゲーム依存、ネット依存が生じている最初の重要な徴候は、時間を守って終えることができないという症状である。依存がすすんでくると、ずっとやっていたいという気持ちを抱くようになる。そして、やっているときは、激しいワクワク感と気分の高揚を覚えている。メディアによって、あまりにも易々と代償的な満足が得られるために、苦労の多い努力をして、現実の中で満足感を得ようとは思わなくなってしまう。
 非行に走った子どもをみてみると、生物学的な基盤よりも、心理社会的な要因の方が、問題をこじらせる原因となっていることが多い。
 現実の中で寂しさを抱きながら、それをメディアの中の存在で満たすという状況におかれてしまうと、子どもの中で、現実の存在に対する尊厳や同一化が起こる機会は永久に失われる。その結果、多くの若者たちに、自我理想の形成不全がみられる。
 現実の人間は、画面の中のヒーローに比べると、格好悪い存在でしかない。身近な現実の存在は、最初理想化されたとしても、やがて失望を生む。対人関係は不安定なものにならざるをえない。
 快感を組みこまれ、いわば信者となった幼い脳は、親や教師の言うことに耳を貸さない。カルト宗教の信者のようなものだ。
 手づくりの体験が心をよみがえらせる。刺激のない状態の静けさや、安らかさを心と脳に取り戻してやることが大切だ。新たな刺激を際限なく求め続けることは、長期的にみれば、心をどんどん鈍磨させ、幸せを感じにくい心をつくり出してしまう。ささやかな楽しみが楽しみとして感じられることこそが、幸せの本質なのである。
 毎朝、出勤する前、フランス語の書きとりをしています。頭をあげると、わが家の庭の向こうに、緑あふれる低い山並みがあります。晴れた青空をバックとして目にしみる静かな緑に心が落ち着きます。心にゆとりを感じるひとときです。私はテレビを見ませんし、テレビゲームも一度もしたことがありません。1978年から流行したインベーダーゲームは何回かしましたが、私にはとてもできないと思いました。
 子どもたちに豊かな自然環境を残すだけでは足りない。社会環境についても考えるべきことは大きい。そういうことなんですね。

カリスマ幻想

カテゴリー:未分類

著者:ラケシュ・クラーナ、出版社:税務経理協会
 古くはダイエーの中内、マクドナルドの藤田。最近ではライブドアの堀江そしてソフトバンクの孫。まさにカリスマCEOです。アメリカもたくさんいます。クライスラーのリー・アイアコッカ、GEのジャック・ウェルチ、そして、ビル・ゲイツなどなど。
 この本は、こられのカリスマ経営者に企業再建を頼ることの愚を明らかにしています。カリスマCEOに対する礼賛、カリスマCEOを存在させている継承プロセス、これらを容認する文化、これらすべてはオズの魔法の神秘化とまったく同じだ。我々は、より成熟した、そして自己をより深く認識した人たちによる、責任ある社会を構築するために、ベールに包まれているそのなかをしっかりと見極めなければならない。
 ビジネス・スクールで学生はカリスマ幻想を学ばされる。というのも、リーダーシップ論のテキストは主人公はCEO1人という前提で作成されているからだ。
 1992年、アメリカのGE(ゼネラル・モーターズ)で株主である機関投資家が経営陣をすべて更迭した。権力が経営者サイドから投資家サイドに移行したことを物語る。社内の生え抜きがトップになると、それまでの会社のカルチャーを台無しにすることはできない。いやな奴にはなり切れない。そもそも、会社にずっといたのだから、こんな会社にした責任の一端がある。だから、社外の人間を呼ぶことになる。
 優れたCEOというのは、有能な経営者から、カリスマ性を備えたリーダーに変わった。会社は単に利益だけでなく、より壮大で、より高潔なミッションをも追求していると従業員が納得してくれるよう、CEOは従業員を指導しなければならない。
 つまり、これからの時代のCEOには、メディアやアナリストの注目を集める能力が評価の基準になる。この能力によって、投資家やそのほかの人たちから信頼感を勝ちとり、また、企業に対する高い評価を定着させることができる。CEOほど、よい広報マンはいない。
 CEOは外部の人間に求める。うまく機能していない社内の仕組みを変え、順調なことはそのまま維持してくれる。そんな人物を探すことになる。
 CEOは企業間を転々と移り、報酬を螺旋的に吊り上げている。それはサーチ会社が後押ししている。経営能力とは関係なく、企業や株主の利益から、かつては見られなかったほどの巨額の報酬・慰労金をかすめとっている実態がある。
 ところが、今日行われている社外人材によるCEOの継承の実態は、門戸開放や競争原理とはほど遠い。今日のCEO人材市場は、本来の開かれた市場と同じだと擁護されているが、実態はそうではない。外部CEO人材サーチのプロセスは、トップ経営者層だけの閉鎖生態系を形成している。
 アメリカにおいては、大企業のリーダーを選ぶプロセスが、かつての旧東ベルリンの壁のように、囲い込まれてしまっているのが事実だ。そこは、市場原理から隔離されている。
 つまり、カリスマCEOというカルトと、それを生み出し助長する閉鎖的な後継者人選のプロセスは、歴史的にみて不思議な現象以上のものである。それは、企業と社会の双方に重大な損害を与える恐れがある。
 2000年度の大企業のCEOは、平均して、2000万ドル(20億ドル)の報酬を受けとっていた。これは、1999年度に比べて22〜50%増だ。CEOの報酬全体の3分の2はストック・オプションで占める。企業は株価とストック・オプションの権利行使価格の差額を負担することになる。
 1980年代には、平均的CEOは平均的ブルーカラーの42倍の報酬をとっていた。1990年までにその格差は倍の85倍となった。そして、2000年には、CEOの報酬は工場労働者の531倍となった。これは拡大する富の不平等、社会基盤を徐々に崩壊させている。
 企業のなかで一個人だけが大きく注目をあび、たくさんの報酬を一人占めしている現実は、企業の実績は一個人の力だけで達成できたのではないという点をまったく無視している。そういう意味でも、社内の人材を無視し、スター経営者の争奪戦に走る傾向は有害である。
 外部人材によるCEO継承プロセスが生起した2つの事態、高騰したCEOの報酬とポジションへの膠着した人材流動性、をつぶさに調べてみると、その影響力は重大であり、広範囲に及んでいる。
 日本もアメリカに遅れてではありますが、似たような現象が進行中ですので、大変参考になりました。

結婚式、幸せを創る儀式

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著者:石井研士、出版社:NHKブックス
 1947年の婚姻率は12.0%で戦後最高。2004年は半分以下の5.7%でしかない。婚姻件数の最高は1972年の110万件。
 初婚年齢は上昇している。1947年には、夫26.1歳、妻22.9歳だった。2004年は夫は29.6歳、妻27.8歳。
 神前結婚式は明治になってつくられた儀式。一般へ普及したのは第二次大戦後。8割の実施率だった神前結婚式が2割にまで減少するのに15年しかかかっていない。
 1996年に66%だった神前結婚式は、2002年には28%になった。キリスト教結婚式は26%から56%へ増加した。なぜ日本人がチャペルで挙式するのを好むようになったのか?
 それは信仰の表明ということではない。日本のキリスト教信者は215万人、人口の 1.7%少ししか増えていない。
 カトリック教会は結婚に対する制約が厳しく、めったに日本人の結婚式はなされない。受け入れているのは、ほとんどプロテスタント教会だ。チャペルは、日本の結婚プロデュース会社が建てた日本人の結婚式専用の礼拝堂だ。つまり、日本人カップルは本物の教会ではなく、教会のような建物で挙式しているにすぎない。
 海外で結婚式をあげる日本人は年間およそ4万組。ハワイの教会にとって、日本人の挙式は大きな収入源となっている。いまや、ハワイのビッグビジネスだ。
 カトリック教会は、海外で禁止されている未信者同士の結婚式を、日本での特例としてバチカンに認めさせた。日本でのカトリック信徒は、わずか人口の0.3%でしかない。
 教会での結婚式の魅力のひとつが、衣裳について、神主式よりも個性を発揮しやすいことにある。手作りをふくめて多様な選択肢がある。
 結婚式は儀式化がすすみ、土曜、日曜に8割以上が集中している。大安などの六輝を重視するカップルが5割をこえる。結婚式は、多くの人にとって人生で唯一のハレ舞台。
 江戸時代の嫁入りは夕方か夜に行われた。
 戦後しばらくは、結婚式は家で行われるのが一般的だった。1950年代から60年代までは神社での挙式が増加した。神前結婚式は1964年以降、場所を神社からホテルや結婚式場、専門式場へと移した。そして、挙式と披露宴を同じ会場で行うことが多くなってきた。
 仏前結婚式は少ない。それは、一般的にいって、日本人と仏教とは、死者を媒介してつながっているから。新しい門出のイメージと寺院のイメージは、うまく結びつかない。
 特定の宗教団体に属している日本人は1割にすぎない。しかし、一見すると宗教的でない日本人は、実は十分に宗教的なのである。ただ、宗教者の関与しない人前結婚式もふえている。
 バレンタインデーは、1950年代からデパートのセールとしてあったが、1968年をピークに減少。そのかわり1970年代になって、小学校高学年から高校生の女の子が好きな男にチョコレートを贈るようになってブームになった。
 ちなみに私は、冷房もない労働会館で夏の終わりに会費制の人前結婚式をあげました。今も残る8ミリビデオに参加者が汗をふき、扇子をあおいでいる姿がうつっていて、申し訳ない気がします。セツルメントの大先輩の夫妻に仲人になっていただきました。まったく手持ち資金がなかったため、親から10万円もらい、別に10万円を借りました。会費制の結婚式の収支は黒字となり、カメラ(アサヒペンタックス)を買いました。親へは、弁護士になってから利子をつけて返済しました。当時は実行委員会をつくって会費制で結婚式をあげるのがはやっていたのです。結婚記念文集もつくりました。

明治の結婚、明治の離婚

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 著者:湯沢雍彦、出版社:角川選書
 明治時代は、半ば過ぎまで離婚がとても多い社会だった。その離婚率は昭和40年ころに比べると3倍近く、最近と比べても5割近く高い。当時、統計が発表されている諸国のなかでは日本がトップだった。
 明治16年の離婚件数は12万7162件、離婚率3.39。2004年の離婚率は
2.15なので、その1.5倍も高い。明治30年までの離婚率は2.6〜3.4という高い水準にあった。以降、今日までこれほど高い離婚率はない。ところが明治民法が施行された明治31、32年に急激に低下した。
 2003年の離婚件数は28万3854件、うち判決離婚は2575件(0.9%)、調停離婚は2万3856件(8.4%)、
 明治は親孝行の精神にあふれ、「家」の制度も強かったから離婚は少なかったはずだという現代人の認識は大はずれなのだ。夫婦間で財産契約するというのが明治31年の民法に定められた。しかし、50年間にわずか368件しか利用されていない。現行民法にも同じ規定があるが、この35年間に69件の利用しかない。私も弁護士になって30年になりますが、この契約をした人に出会ったことがありません。
 明治時代の前期は、全国的に早婚だった。14歳以下でも結婚していた。娘盛りは14歳から17歳までとみなされていた。中等以上の階層の子弟についても、男は20歳前後、女は14歳で結婚するのが常態とされていた。
 貧民層においては、婚約なし、仲人なし、挙式なし、届出なしの同居というのが結婚であり、これは昭和30年代まで続いていた。
 著者が講演会のとき、参加者に対して、結婚して妻になったときと、出産して母になったときとを比べて、どちらがうれしかったと尋ねると、圧倒的多数の女性が母になったときに手をあげたという。ところが、ドイツ人に同じ質問をすると、まったく逆の答えが返ってくる。結婚したときの方がうれしいに決まっている。結婚にはまず異性を選ぶ喜びがある。出産には選択の余地などない。いい男だと狙う男には必ず競争相手がいる。その女性たちとの争いに勝ち抜いて結婚したのだから、勝者の喜びがある。なーるほど、ですね。意外でした。こんなにも感覚の差があるんですね。ところで、あなたは、いかがですか?
 離婚した女性は再婚するのが通例なので、離縁状がないとトラブルが起きかねない。離縁状というのは再婚承認状のことである。土佐藩には7回以上離婚することは許さないという規則があった。これは離婚・再婚がいかに多かったかを示すもの。
 本州の中央部(フォッサマグナライン)を境として、東側に離婚率が高く、西側は低い。農村漁村の方が都市部よりも離婚率は高い。
 女性は処女性よりも労働力として評価されており、再婚についての違和感がほとんどない。嫁の逃げ出し離婚も多い。離婚することを恥じとも残念とも思わない人が多かった。
 なるほど、そういうことだったんですね。離婚率の高い今の日本は日本史のなかで決して特異な時代ではないということですよね。むしろ、非婚率が高いことが特異なのではないでしょうか・・・。

皮膚は考える

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著者:傳田光洋、出版社:岩波科学ライブラリー
 皮膚は、それ自体が独自に、感じ、考え、判断し、行動する。皮膚は単に環境と生体の境界をつくるだけでなく、環境の変化に応じて、さまざまな信号を発信している。その表皮からの信号は免疫系や中枢神経系などと密接な関係をもっている。
 成人の皮膚の面積は1.6平方メートル、たたみ一畳分の大きさ。重さはおよそ3キログラム。表皮はパワフルな電池でもある。表皮は裏側を基準にすると100ミリボルトに近いマイナスの電圧をもっている。表皮の裏と表とに電位差がある。つまり表皮そのものが電池なのである。細胞の内外にイオンの濃度差ができるので、電位差が発生する。皮膚の表面電位は、生きている表皮細胞がエネルギーをつかって起こしているものだ。老人のカサカサ肌の原因は、この電池切れによって起きている。
 皮膚は他の臓器と違って他人のものを移植することはできない。皮膚には自分のものではない物質を見分ける機能がある。
 皮膚は光を感じて、その情報を内分泌系、神経系に伝えている可能性がある。
 皮膚は興奮しっぱなしだと肌荒れがおきる。その興奮を鎮めてやることが肌荒れを改善し、皮膚のバリア機能を健康に保つ。
 環境からのさまざまな心的ストレスは皮膚機能に影響を及ぼす。逆に、リラクゼーションによって、その影響を緩和できる。
 皮膚の健康は身体全体の健康をもたらす。ヤリイカも弱ってくるときは、まず皮膚がダメになってくる。
 私は、十数年来、ほとんど風邪をひきません。毎週のようにプールで30分かけて1キロ泳ぎ、毎朝、冷水シャワーをあび、毎晩、お風呂あがりに冷水シャワーをあびているおかげです。若いときにはお風呂でタワシをつかって皮膚を鍛えていました(少なくとも、そのつもりでした)。ところが、背中の皮膚がカサカサになって痒いので、皮膚科の医師(私の小学校の同級生です)に診てもらったところ、年とったら、そんなことをしてはいけない。大切な表皮をはぎとるようなもので、良くない、もう年齢(とし)を考えなさいと戒められました。それからは、手にせっけんを塗って身体をなでまわすだけにしています。この本は表皮の大切さを強調しています。
 ところで、1960年生まれの著者はうつ病にかかりましたが、気功で治ったといいます。気功と同じようなものとして鍼灸があります。経絡という「気」の伝達経路が知られています。著者は、その経絡についても皮膚の科学が発達すれば、解明されていくだろうと予測しています。なーるほど、皮膚の果たしている役割を知ると、そうかもしれないなと私は思いました。

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