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朝鮮王朝史(下)

カテゴリー:未分類

著者:李 成茂、出版社:日本評論社
 1674年、粛宗が14歳で王位に就いた。粛宗在位の46年間は、朝鮮中期以来続いた党争が絶頂に達する。そのバランスを欠いた政治運営によって、党争の弊害がさらに進んだ。
 粛宗の課題は、前の顕宗時代に礼訟論争を通じて傷ついた王室の権威、弱められた王権を強化することにあった。
 粛宗の私生活は、愛憎の偏りが激しかった。粛宗は、換局という手法で政権を交替させ、王権の回復と強化に非凡な能力を発揮した。
 二人の学者が、殺さなければ殺されるという非常な政治論理とあいまって、戦いをエスカレートしていった。宋時烈(ソンシヨル)と尹鑴(いんけい、ユンヒュ)の二人である。尹鑴は、朱子の説を絶対不変の金科玉条としては受け入れなかった。朱子を尊敬はしたが、盲信はしなかった。生きては宋時烈の憎悪を受け、老人では忌諱の対象となって、自派からも見捨てられた。これが自由主義を追求して、教条主義的な理念に果敢に挑戦した一人の思想家の運命だった。尹鑴の死んだあと、朱子学の教条主義は、以前にも増して猛威をふるうようになった。
 朝鮮第21代の王である英祖は朋党の弊害を列挙して、蕩平(とうへい)策への強い人事・地位をみせた。党論が殺戮の元凶となり、殺戮が亡国の元凶になることを、王世子時代からの体験を通じて見にしみて知っていたので、各派に均等に人事・地位を与える策をとることにしたのである。不偏不党の政策である。ところが、これは両派いずれの支持も得られなかった。そこで英祖は国王としての権威を前面に押し出し、臣下を抑えようとする一方、嗚咽(おえつ)する姿を見せて感情に訴えたりもした。しかし、このような威嚇も説得も臣下に通じなかった。英祖時代の序盤の政局は限りなく混乱した。
 難局を乗り切った非凡な君主として、英祖は30年以上にわたって蕩平の名で臣下を弄び、国王としての権威を一身に享受した。
 士禍の終わりは、党争の始まりでもあった。士大夫とは、読書する士と、政治に従事する大夫との合成語だ。これは、両班とほとんど同義語として使われる朝鮮王朝支配層の総称である。
 19世紀、憲宗朝。ヨーロッパの帝国が進出してきた。イギリスは商業活動を目的とし、フランスはキリスト教の伸張をめざした。イギリスはインドに会社を設立して植民地の併呑計画を立てていた。フランスはベトナムへの教会創設を口実として侵略をすすめていた。
 1846年9月、金大建神父が処刑された。天主教徒は死をみること天国のようで、自分を痛めつける棍杖をいささかも恐れなかった。天主教は先行きが不透明だった19世紀前半の朝鮮で、政界から排除された勢力や一般国民、女性たちに来世に対する確固たる信頼を与えた。1865年、天主教徒の総数は2万3000人となり、朝鮮にいる宣教師は12人だった。
 高宗は、朝鮮王朝最後の国王として34年(1863〜97年)、大韓帝国皇帝として10年(1897〜1907年)、通算44年間、君主の座にあった。日本に強要されて退位した高宗は、1919年、68歳のとき亡くなった。高宗は歴代の君主のなかでは長寿だったが、孤独な一生だった。
 朝鮮軍民が日本を敵視するようになったのは、1876年2月の江華島条約からである。江華島をめぐる日本と中国の対立の始まりだった。以後、野心に満ちた日本商人が争って朝鮮の対外貿易を独占した。これによって朝鮮の自給自足の経済基盤をゆるがし、それが都市零細民と下級軍人の不満を招き、壬申軍乱の一つの要因となった。
 壬申軍乱のあと、日本は朝鮮に迫って50万円の賠償金を課し、日本軍のソウル駐屯権を確保した。壬申軍乱は、日本の朝鮮に対する軍事的支配の序幕となった。真に大韓帝国の外交権を剥奪した元凶は日本の伊藤博文、桂太郎、林権助、長谷川好道の5人というべきだ。これらの元凶たちは日本の教科書では、今では、今なお賛美されている。乙巳五賊にのみ責任を押しつけてよいものだろうか。
 下巻も600頁近くもある大部な本です。激闘のなかにあった朝鮮王朝の実情を知り、後半期における日本の責任を考えさせられました。
 年の暮れに韓国映画「王の男」を見ました。韓国で4人に1人が見たという大ヒット作品ですが、実によく出来た映画で、最後まで画面をくい入るように見つめ、時のたつのを忘れました。
 ときは16世紀初頭。燕山君(ヨンサングン)の時代です。旅芸人の若い男2人が漢陽(今のソウル)にやって来て、宮廷を面白おかしく皮肉った芝居を街頭で演じて民衆の大人気を博します。そのあと、宮廷に招き入れられ、その陰謀と策略に巻きこまれていくのです。旅芸人の芸も見事なものです。狂気の王の眼つきの妖しさに目を奪われ、女形を演じる旅芸人の美しさにため息が出ました。韓国映画の力量(レベル)の高さに改めて感心させられました。日本では大きな劇場で上映していないのが残念でなりません。

企業コンプライアンス

カテゴリー:社会

著者:後藤啓二、出版社:文春新書
 このところ大企業の不祥事が相次いで明るみに出ました。これまで隠されてきたものが、一挙に表面化した感があります。勇気ある内部告発も働いたようです。
 ライブドア、三菱自動車、雪印乳業(中毒)、雪印食品(牛肉産地偽装)、西武鉄道(総会屋)、松下電器(石油温風機)、パロマ(瞬間湯沸かし器)、耐震強度偽装事件などなどです。
 公認会計士と監査法人がまったくのお飾りでしかないという実態がいくつも明るみに出ました。耐震強度偽装事件では、民間の確認検査機関に確認検査を行わせる今の制度は改めるべきだと著者は指摘しています。まったく同感です。「官から民へ」移行したら、とんでもないことになるという見本のようなものです。公認会計士と監査法人についても、それが純然たる営利法人である限り、エンロン事件のような大がかりの不正事件に加担することは避けられません。大企業から相対的に自立できる仕組みが根本的に必要だと思います。今のままでは、大企業の隠蔽工作の片棒をかつがされるだけの存在のような気がします。
 企業の不祥事は、昔の方がより悪質でより多かった。昔の不祥事は、トップの指示、あるいは企業風土により、全社一丸となって行われていた。
 バブル期には、銀行や証券業界は挙げて、正々堂々とコンプライアンス不在の不正をしていた。銀行では、「向こう傷を恐れるな」「すべての預金者を債務者にせよ」という指示がトップや本店から出されていた。証券会社は、個人客を「ごみ」と呼んでいた。預けているお金が億単位以下の客を「ごみ」と呼ぶのは今でも、そうだと思いますが・・・。
 社長はコンプライアンスと言っているが、他方で、利益を出せ、売上げを伸ばせとも相変わらず言っている。業績に連動した報酬体系をとり、結局は、とかくの噂があっても稼いでいる人、不適切な受注活動を行ってきた人が出世している現実があれば、コンプライアンスは建前だけに終わる。
 不祥事が発覚したときのトップの記者会見における失敗例が紹介されています。
 「わたしは寝ていないんだ」雪印乳業社長
 「なぜ上場したのか分からない」コクド会長
 「利益はたいした金額ではなく、巨額にもうかっている感じはしない」福井日銀総裁
(実は1000万円の投資で、運用益は1473万円あった。まんまと逃げ切りましたね)
 「知らなかった。愕然とした」三菱自動車社長
 「当時は関係する法律がなかったので、抵触しない」三菱地所常務
 そして、シンドラー社は、エレベーター圧死事件のあと責任者による記者会見を一貫して拒否し続けた。
 記者の質問に対しては、把握している事実については、社員・関係者のプライバシー、企業の営業秘密、本件と関係ない事項など、コメントしないことに合理性が認められるものを除いては、答えることが妥当だ。本来、答えることができる質問に対して、「ノーコメント」と答えるのは説明責任を放棄しているようにとられ、不誠実な印象を与えてしまう。その時点で本当に分からないことは、「分からない」と答えればよい。
 報道発表は一回で終えるのがベスト。そのためには、不祥事の事実関係と原因、関与した者の責任と処分、再発防止対策の3点について、一度に公表し、十分な説明を行い、マスコミからの質問に誠実に答え、それ以上の記者会見を行う必要が内容にするのが大切。
 公表すべき事項を小出しにしたり、マスコミの関心が高く、答えなければならないことを答えないままでは、いつまでも追求が続く。
 私も弁護士会の責任ある役職についたとき、会員の不祥事で2回、記者会見にのぞんだことがあります。テレビカメラがまわるなか、スポットライトを浴びつつ何人もの記者から厳しく容赦ない質問を受けて、冷や汗いっぱいかきながら答弁しました。誠実な答弁をこころがけたとまで言うことはできません。処分程度(量刑)を決める立場にいたわけではありませんでしたので、無責任と思われない程度に「分かりません」を連発しました。45分間もテレビカメラの前に坐らされました。大変な苦痛でしたが、私の方から一方的に立ち上がるのだけはしませんでした。逃げるところを、その背中が映されるという無様な映像が流れないよう、記者クラブの幹事が「終わりました」と声をかけ、テレビカメラが終了したのを確認して席を立ちました。これが3ヶ月ほどの間に続けて2度もあり、本当に良い社会勉強になりました。

過労自殺と企業の責任

カテゴリー:社会

著者:川人 博、出版社:旬報社
 オリックスの宮内義彦はなんでも規制緩和して、民間の自由競争にまかせろと強引に政治をひっぱってきた。そのオリックスで過労自殺が相次いでいる現実がある。法令違反と違法なサービス残業が横行している。宮内義彦がすすめている「ホワイトカラーエグゼンプション」は、残業代不払いを合法化しようとするものだ。サービス残業のおかげで、過労自殺をふみ台にして業績を上げている大企業の経営者が「改革」を唱えている。そこには、自社のもうけがすべて。企業の社会的責任など、カケラもない。あー、いやだ、いやですよね。こんな会長の下で働くなんて・・・。それにしても宮内義彦って、いつもエラそうなことを言うんですよね。まったく厚かましいにもほどがあります。自分の会社の従業員も大切にしないで、社会に向かってエラそうな口きくなと叫びたいです。
 ノイローゼなんていうのは、精神的に甘えている。
 これは、疲労困憊の極みにあった労働者が、しばらく休みたいと恐る恐る申し出たときの上司の言葉だそうです。たまりませんね。その労働者はまもなく自死しました。
 最近、自殺という言葉はやめようと提唱されています。
 長時間労働による睡眠不足が精神疾患発症に関連があることは疑いない。とくに長時間残業が100時間をこえると、それ以外の長時間残業よりも、精神疾患発症が早まる。つまり、長時間残業による睡眠不足は、うつ病発症の原因になるのです。
 おまえは会社をクイモノにしている。給料泥棒!
 存在が目障りだ。いるだけで、みんなが迷惑している。お前のカミさんの気がしれん。
 お願いだから消えてくれ。
 職場で上司からこんなことを言われたら、いったいどうしたらいいでしょう。これはまさしく精神的な暴力と言ってよいでしょう。
 仕事が不快なものであれば、それだけ多く支払われるべきだというのは、ほとんどの人の正義感になかった原則。しかし、現実は明らかにその逆。本質的に、もっとも面白い仕事をしている人たちこそが、高い給料を得ている。もっとも楽しい仕事をしている幸運な人々は、高い給料をもらっているだけでなく、その給料はさらに高くなっていく傾向にあり、そして、それは当然のことだと彼ら自身がますます自信をもって主張するようになっている。
 なるほど、そうなんですよね。実際に・・・。
 この本では、家族(夫や子ども)が悲劇的な死を迎えたとき、その家族も強いストレスを受けて、健康を害して早死にすることがあることも指摘されています。
 ポストベンション、つまり発生したあとの対策が大切だということです。
 著者は私と同世代の弁護士です。経団連で講演したこともあるそうです。前のトヨタ出身の経団連会長は企業利潤一辺倒だったようですが、今度のキャノン出身の会長も同じかどうか注目していると書かれています。いまの大企業にどれだけ期待できるのか、かなり疑問はありますが、前途有為な青壮年が次々に過労で倒れていくのは日本特有の現象だけに、一刻も早くなくしたいものです。

イエズス会の世界戦略

カテゴリー:日本史

著者:高橋裕史、出版社:講談社選書メチエ
 天正遣欧少年使節の原マルチノ、中浦ジュリアン、伊藤マンショ、千々岩ミゲルの4人はローマで教皇グレゴリウス13世に謁見した。その教皇グレゴリウス13世は、イエズス会に日本布教の独占を認める小勅書を発布した。
 16〜17世紀の日本でキリスト教を布教していたのは、ほかにフランシスコ会、ドミニコ会、アウグスティノ会がいた。しかし、日本における活動の長さや重要性を考えると、イエズス会を抜きにして日本のキリスト教史は語れない。ザビエルを筆頭として、大勢のイエズス会宣教師が来日して教勢を拡大していった。
 イエズス会は上長(じょうちょう)への服従、会の目的達成のためには手段を選ばない、戦闘的な集団意志をもつという特色がある。その入会希望者には厳格な選抜と訓練を課していた。
 1549年のザビエルによる日本開教以降、日本イエズス会は着実に日本における地歩を確立していった。1570年までに3万人の信者を獲得し、九州から畿内までの西日本各地に40もの教会をたてた。ヴァリニャーノが来日した1579年までに信者は10万人となっていた。在日イエズス会員の人数も、1565年に12人だったのが、1579年に55人、秀吉による宣教師追放令が発布された1587年には111人となっていた。
 キリスト教徒領主は、大村も有馬も、有事の際に宣教師を保護するどころか、逆に教会からの保護を受けなければならなかった。そこで、長崎を軍事要塞とする方針がヴァリニャーノによって打ち出された。
 イエズス会は、竜造寺隆信とたたかっていた有馬晴信を援助するため600クルザドを出費した。
 ヴァリニャーノによる長崎を軍事拠点とする指令は、長崎に弾薬や大砲などの武器の配置、そして長崎の住民とポルトガル人の武装兵士化を意味していた。長崎の町を2重の柵で囲み、砦を築き、そこにいくつかの大砲を置いた。また、港内のフスタ船も大砲で武装していた。
 こうした教団の世俗化に反対する日本人イエズス会員が教団を去り、徳川幕府に教団の内実を報告した。それで、イエズス会は、実際の軍事力を行使しないまま、キリスト教勢力による日本の軍事征服という、一面では信憑性をともなった風評によって日本を追われることとなった。軍事的に自らを守ろうとする方針は、同時にイエズス会自体の存続に危機をもたらす両刃の剣でもあった。
 イエズス会が、この戦国の時期に軍事にかなり深く日本の武将も肩入れしていたこと、自らも武装拠点をつくりあげていたことを初めて知りました。キリスト教宣教師の恐るべき役割を認識した思いです。
 現在の日本でイエズス会は、上智大学、エリザベト音楽大学、栄光学園、六甲学院、広島学院などを展開している。
 イエズス会って、昔も今も、日本で活動しているのですね・・・。

沸騰するフランス

カテゴリー:社会

著者:及川健二、出版社:花伝社
 フランス語を勉強しているということは、フランスという国に関心を持っているということでもあります。日本と違ってアメリカの言いなりになんか決してならないフランスは左右いずれを支持する国民もきわめて政治参加意欲の高いのが特徴です。この点は、日本人はもっと見習うべきだと私は確信しています。
 それはともかく、この本は迫りくるフランス大統領選挙の内情を現地取材で分かりやすく解説してくれるものです。アメリカの大統領選挙のように、共和党と民主党といっても、しょせん同じ穴のムジナみたいに大差がないのと違って、フランスは、政策的にはっきりした違いをもつ候補者が激突するので、面白いところです。
 今度のフランス大統領選挙は、治安優先の保守政治家ニコラ・サルコジと、左派のセゴレーヌ・ロワイヤルとの対決だと一般にはみられています。この本は、それぞれを掘り下げると同時に、その他の候補者についても密着取材しています。なかでも、極右の国民戦線のルペンについて、その主張を詳しく紹介しています。私は認識を改めさせられました。ルペンは極右なので排外主義をとっています。もちろん、私には、とても支持できません。ところが、ルペンはアメリカを次のように厳しく批判しているのです。これには驚きました。日本の右翼にぜひ読んでもらいたい文章です。
 災難のなかとはいえ、アメリカ国民は政府に対して自己批判を求め、責任の一端があることを認めるよう迫らなければならない。アメリカが悲劇的な状況下にあるとはいえ、彼らの涙によって我々は目をくらまされてはならない。
 アメリカは、その力が絶対的なものだと考えている。とりわけ、ソ連が崩壊し冷戦の脅威がやわらいで以来、責任の範囲と能力の限界を見誤っている。
 10年にもわたるイラクに対するアメリカの経済封鎖によって、貧困や治療の欠如が原因で100万人の子どもたちが死ぬという災害がもたらされた。その数は世界貿易センタービルの犠牲者の200倍にあたる。惨劇と呼ぶにふさわしいニューヨークの哀れみは、しかし、絶対視されてはならない。非人間的な不正の政治を再考することに心を傾けることも同様にしなければならない。
 この指摘は、まったくそのとおりではないでしょうか。
 極右はフランスの失政を栄養にして育つ生き物だ。フランスがどん詰まりになればなるほど、増長していく。治安悪化と移民問題。これはフランスが抱える暗部だ。その暗部を除去する救国の士として、国民戦線は長く支持されてきた。
 このように解説されています。なるほど、と思いました。
 この国民戦線(フロン・ナショナル)のナンバー2のブルノー・ゴルニッシュ全国代理は京都大学に留学したこともあり、妻は日本人で、日本語がペラペラです。
 実は、私も20年ほど前にフランスに初めて訪問したとき、一緒に会食したことがあります。昼食を同じテーブルでとったのですが、彼が新鮮な生の牛肉を香辛料と混ぜあわせたタルタルステーキを実に美味しそうに食べるのを、ついついうらやましく眺めたことを今もしっかり覚えています。まだ旅行の初めのころでしたので、慣れない生肉を食べてあたったら大変だと遠慮したわけです。

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