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お世継ぎのつくり方

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著者:鈴木理生、出版社:筑摩書房
 江戸時代、徳川幕府が250年間も続いた理由は、
 男子の名義による相続
 その男子の母親の出身や身分は問わない
 すべての武士に適用される
 以上は、逆にいうと、一般的には女子にも男子と同じ相続権があったこと、むしろ女子優先だったことを意味している。「農工商」では、女子相続が主流だった。
 庶民は、武家とは正反対に、女子の誕生を待ち望んでいた。
 10世紀から江戸時代まで、男を選ぶのは、女とその家族というより氏族全体の意向だった。男はタネを提供するだけで、その男のタネからできた子は成人するまで、女の家が育てた。女持ちの氏族が、その男に似合う適齢の女を「投資」して、権力財力を維持していた。いわば、「男買い」「男への投機」のようなものだった。
 商家の場合は、当主といえば婿養子が常識であり、家付きの妻には頭があがらなかった。
 江戸時代の女性は、物見遊山・芝居・信心などを口実として、男性を「囲ったり」、陰間(かげま)茶屋に通ったり、女性グループでの観光旅行などでも性的享楽を大いに愉しんでいた。江戸では、性の欲望を処理できた場所は、男は吉原一ヶ所に限られていたが、
女は七場所も認められていた。
 家付きの妻は、性生活に不満があれば、七場所をはじめとして、自分用の寮に男を呼ぶのも自由だった。働きのいい女が、好みの男を自宅に飼っておく風潮は普通のこと。
 そうだったんですかー・・・。開いた口がふさがりませんでした。日本の女性は、昔から強かったんですよね。私は弁護士をしていて、つくづくそう思います。もちろん、弱い女性もいることは認めますが・・・。

宇宙を読む

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著者:谷口義明、出版社:中公新書
 久しぶりに宇宙の本を読みました。この夏は、なぜかベランダに出て月の世界を眺めることが少なかったのです。暑かった割には曇天の夜が多かったのではないでしょうか。望遠鏡で月世界の運河をしばし眺めていると、俗世の憂さを忘れることができます。これは真夏の夜の寝る前の楽しみです。冬を迎えた今はベランダに出るなんて、とんでもありません。ところが、オリオン座など、冬空のほうが星はきれいに見えるんですよね。もう、あと一月もしないうちに除夜の鐘をつきに近くのお寺に出かけます。小一時間ほど山の中腹で空を眺めながら鐘衝きの順番待ちをします。寒い中、焚火にあたりながら星々を見上げます。
 満月の明るさは一等星の26万倍もある。つまり、一等星が26万個も集まらないと満月の明るさには届かない。上弦の月でもその明るさは一等星の2万倍もある。ちなみに、太陽は一等星の明るさの1000億倍。これは満月の40万倍の明るさに相当する。
 星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星。すこしをかし。尾だにながらましかば、まいて・・・。
 これは清少納言の「枕草子」の有名な一節です。私の名前「昴」を「すばる」と読めない人も多いのですが、この「昴」(すばる)は、日本書紀にも出てくる古い言葉なのですよ。
 すばるは、肉眼で見える星は6個だけだが、実は数百個もの星が集まっている。散開星団と呼ばれている。 
 七夕の織女星は見かけの等級は、一等星よりゼロ等星に近い明るさ。しかし、もし織女星が太陽と同じ距離にあったとすると、織女星は表面温度が1万Kと高く(太陽は6000K)、光度は太陽の1万倍もある。これでは、まぶしいどころではなく、人類は生命の危機に遭遇する事態を迎える。
 太陽の表面の温度は6000K。黒点の部分の温度は4000K。そのため、周辺部に比べて暗くなり、黒く見える。
 先日、星野村にある天文台で昼間、太陽と黒点を見る機会がありました。天文台に行くと、真昼間でも星が見えるのですよ。ご存知でしたか。
 私たちの住む地球、そして太陽系をふくむ天の川銀河は、差し渡し10万光年もある巨大な銀河であり、そこには1000億〜2000億個もの星々が存在している。しかし、天の川銀河は、宇宙にたくさんある銀河の一つでしかない。
 果たして、私たちの地球以外にも高度な文明をもつ星と惑星は存在するのでしょうか。
 宇宙全体の質量のうち、陽子や中性子などのバリオンが占める割合はたったの4%でしかない。残る32%はダークマターで、73%はダークエネルギーとなっている。では、このダークマターとかダークエネルギーとは、いったい何者なのか。実は、まだ解明されていない、正体不明の存在である。
 宇宙を撮影した写真は、これまた、この世のものとは思えないほどの美しさです。世界が未知なるものに充ち満ちていること、人間なんて、実にちっぽけな存在であることを実感させられる本です。やっぱり、たまには宇宙の本をひもとくべきだと反省した次第です。

ルビコン

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著者:トム・ホランド、出版社:中央公論新社
 賽(さい)は投げられた。
 一か八か、運を天に任せる気になって、ようやくカエサルは軍団兵に全身命令を下した。
 有名なルビコン川は、幅は狭いし、取り立てて特徴もなく、今では正確な場所すら分からない。しかし、このルビコンは正真正銘の境界線だ。これを越えたカエサルは、昔から守られてきたローマの自由を葬り、その残骸の上に君主制を打ち立てた。これは自由と専制、混乱と秩序、共和制と貴族制、ルビコン川を境にすべてが逆転した。このことは、ローマ帝国が滅びてからも、ローマの跡を継ぐ者たちの頭からは、いつまでたっても離れることはなかった。
 カエサルは、紀元前100年7月13日に生まれた。
 ローマ人は、生まれながらにして市民になるのではない。父親には、新生児の要不要を決め、要らない息子や娘(こちらの方が多かった)を捨ててこいと命じる権利があった。生まれたばかりのカエサルは、まずお乳をもらう前に、父親に高く持ち上げられて、この男の子は自分の子であり、ゆえにローマ人だと周りの者に示してもらった。生まれた9日目は、名前を付ける日だ。ほうきで家から悪霊を追い払い、飛んでいく鳥の様子で男の子の未来を占う。
 ローマは「赤ん坊」にあたる言葉がない。子どもを鍛え始めるのに、早すぎることはないというのが、ローマ人の常識だった。新生児は大人の体型になるよう包帯でぎゅうぎゅうに縛られ、赤ん坊らしさは力づくで矯正された。一歳の誕生日を迎えられるのは、三人に二人で、その後、思春期まで生きられるのは、その半分にも満たなかった。
 娘は、嫁いで家を出た後も父親が後見人をつとめたし、息子の方も、何歳になろうと、たとえ政務官に何度当選しようと、父親の保護下から離れることは絶対になかった。ローマの父親ほど、家長と呼ぶにふさわしい父親もいない。
 ローマでは、誰もが法律に強い関心を寄せていた。市民は、法律制度のおかげで自分たちは市民として生活でき、権利が保障されているのだと、きちんと分かっていた。
 男子は幼いころから、戦争へ行くため身体を鍛えるのと同じように、弁護士を開業できるよう一心不乱に頭も鍛えた。大人の社会では、弁護士業は、元老院議員が軍人以外に威厳を傷つけられずに行える唯一の職業だと考えられていた。法律は政治活動とは切っても切れないものであり、知らされないではすまされないもの。
 ローマには、現代の検察にあたる公的機関がなかった。起訴はすべて個人でおこなわなければならない。だから、個人的恨みを法廷に持ち込むのも朝飯前だ。被告が重大犯罪で有罪と認められたら、表向きは死刑が宣告されることになっていた。しかし、実際には、ローマには警察組織も刑務所制度もなかったので、死刑判決を受けた者は、こっそり国外に亡命することができた。身の回りの資産を没収される前に国外に持ち出せば、亡命先で裕福に暮らすことさえ可能だった。ただ、政治生命は完全に絶たれる。犯罪者は市民権を剥奪されるだけでなく、再びイタリアに一歩足を踏み入れるようなものなら、だれに殺されても文句は言えなかった。
 裁判では、どんな卑劣な策略も、どれほど悪質な暴露話もとことん非道な中傷も、勝つためなら平気だった。裁判は、選挙をもしのぐ、生死をかけた戦いだった。
 裁判はスリル満点の観戦スポーツだった。だれでも自由に傍聴できる。目の肥えた法廷ファンは、いつでも、たくさんのなかから見たい裁判を選ぶことができた。弁論家にとっては、傍聴人の入り具合が自分への評価のバロメーターになった。
 ローマ人の常識では、法律を研究するのは、弁論家の才能のない人間のすること。巧みな話術こそ、法廷での才能を測る本当の物差しだった。群衆や傍聴人を相手に、その心をつかみ、笑いや涙を誘い、お決まりのジョークでどっと沸かせたかと思えば、一同をジーンと感動させる。ときには説得し、ときにはアッと驚かせ、世の中の見方を変えさせる。こういうことができてこそ、一流の法廷弁護人と言える。だから、ローマでは、原告と俳優をどちらも同じ「アクトル」という言葉で表していた。
 ブルータス、おまえもか。
 シーザー(カエサル)の言葉は有名ですが、当時の法廷弁論術についての紹介は大変面白いものがあります。日本でも、いよいよ裁判員制度が始まります。フツーの市民から成る裁判員に対して、どれだけ分かりやすい言葉で話しかけ、理解してもらうことができるか、弁護士も検察官も、本当の力量が問われる世の中になりつつあります。

和を継ぐものたち

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著者:小松成美、出版社:小学館
 この国にはまだ、あなたの知らない仕事がある。オビにそう書かれていますが、実際そのとおりでした。うむむ、すごーい。つい何度もうなってしまいました。
 香道というのがあるそうです。初めて知りました。一定の作法にもとづいて香木を焚(た)き、その香りを鑑定するのが香道です。香りを楽しむことを、聞くと表現します。まさしく風雅の道です。室町時代、足利義政のころ香宴の指導的役割をつとめ、香道の始祖といわれる三條西(さんじょうにし)実隆(さねたか)からはじまり、今も23代公彦(きんよし)が香道にいそしんでいるのです。
 香りをゲーム形式で楽しんでいるのは、恐らく日本だけ。ヨーロッパの香水とくらべると、日本の香木の香りは香水ほど強くないので、鼻のなかに前の匂いがずっと残ることはない。香りが強烈でないから、繰りかえし繰り返し、長いあいだ楽しむことができる・微(かす)かな匂いだからこそ、今まで続くことができた。公家が愉(たの)しんだ練香のつくり方は、代々名家の秘伝だった。練香は、練り固めたあとに壺にいれて10日ほど土の中に寝かせてからでないと使えない。だから、すぐに薫物あわせなどの遊びはできない。
 楊貴妃は、自分のつくり方で練香をつくり、それを飲んでいた。そうすると、身体の中からいい香りがしてくる。うへーっ、本当でしょうか。今そんなものを商品として売りに出したら、爆発的に売れるんじゃないでしょうか。
 香木は、樹液が固まるとき、空気中にある細菌と結びついて樹脂ができ、それが沈着して固まったもの。やがて木が朽ちて倒れて土の中に埋まると、木の部分が腐ってなくなるが、樹脂の部分は残る。それを現地の人が探し出すというのが昔からの採取法だった。
 和ローソクをつくり続けている人がいます。昔ながらのハゼの木の実から絞ってつくる製法です。和ローソクは、仏教伝来にともない中国から入ってきた。奈良時代には和ローソクがあった。本体はハゼの木の実を絞ったものを原料とし、灯芯はイグサ科の灯芯草をつかう。畳表用のイグサとは別のもの。
 一本のローソクを完成させるのに、5日から一週間かかる。和ローソクは原料が植物なので、溶けたときの香りが自然で心地いい。洋ローソクはパラフィンなどの石油をつかうので、仏壇などのススがべったりしているが、和ローソクだと簡単に洗浄できる。
 流鏑馬(やぶさめ)をはじめ、日本古来の弓馬道(きゅうばどう)を伝える武田流。日本古来の馬術は西洋の馬術とまったく異なる。乗り方も、鞍鐙(くらあぶみ)も全然違う。西洋馬術では、なるべく馬に負担をかけず、馬の操作をしやすくしてある。それで障害を飛んだり芸をしたり、そういうことに適した鞍の構造になっている。
 日本馬術のポイントは鐙。鞍ではなく、鐙に重きをおく。鐙をきちっと踏み、上体を立ち透かすという乗り方は、日本だけの発想。たとえば戦闘では、槍や弓をもったら手を離して鐙と脚だけで馬を操作する。それができるからこそ槍や弓を使いこなせる。日本の鞍や鐙は、そのために機能的かつ合理的なつくりになっている。
 ところが、明治になって西洋一辺倒になった結果、日露戦争では、ロシアのコザック騎兵に敗れてしまった。黒澤明監督の「七人の侍」「影武者」には、この武田流の馬術が正しくとり入れられている。ひゃあ、そうだったんですかー・・・。
 流鏑馬は難しいのでは、という問いかけに対する答えは次のようなものです。
 座禅を組むと、いわゆる無我の境地が訪れるというけれど、それが馬上で起こる。的が異様にゆっくりと近づいてきて、なんでこんなに大きい的なんだろう。これならどこを射っても当たるんじゃないかと思える。また、弓を構えると的まで白い線が伸びて、矢を離すと、その線のとおりに進んで的に当たる。
 ホントにこの世はまだまだ知らないことだらけですね。

戦争大統領

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著者:ジェームズ・ライゼン、出版社:毎日新聞社
 コンドリーザ・ライスはブッシュ大統領と親密な結ぶつきはあるが、重要な案件を実行する能力や権限に欠けていた。外交政策を立案したのは、副大統領府や国防長官官房など、ふつうでは考えられない部署で、それもごく少数のスタッフによって行われた。
 ホワイトハウスでは政策が議論されないのが、あたりまえになっていた。ブッシュ大統領の上級補佐官が正式な会議を開いてイラク侵攻の是非を議論したことは一度もなかった。きちんと機能する管理機構が欠けていることが、ブッシュ政権の外交政策の大きな特徴になっている。そのため、ろくに検討もされずに過激な決定が実施されてきた。
 ええーっ、ウソでしょ。そう叫びたくなる記述です。
 ブッシュ大統領は、FBIや国防総省を除外して、CIAにアルカイダ幹部の処理を一任した。FBIでなく、CIAを第一の担当部局にしたのは、法執行機関を中心にテロと戦うというクリントン時代のやり方を一変させるためだった。アルカイダは法執行機関が対処する問題ではなく、国家安全保障に対する脅威であるというのがブッシュの判断だった。だから、アルカイダ幹部をアメリカに連行して公判にかけるというやり方はしない。
 大人数の捕虜を拘禁する収容所を運営した経験のないCIAが、手荒な手段を用いてもよいというゴーサインをもらうと、それまではジュネーブ条約を遵守することで定評のあったアメリカ軍もルールを変えた。CIAの収容所が、ひそかに世界各地に建設された。一ヶ所はアフガニスタンにあるが、もう一ヶ所は厳重秘となっている。タイやポーランド、ルーマニアなどにも収容所がある。CIAは、被収容者の身許を明らかにしていない。
 NSAは、ターゲットとするアメリカ人ほとんどすべての電子メールを傍受する能力を備えている。インターネットの知られざる本質のひとつは、インフラをアメリカが独占していることで、世界中の電子メールのトラフィックの大部分は、アメリカ国内にあるキャリアのネットワークを一度は経由する。つまり、ドイツとイタリア間の電子メールがアメリカを通って送られることがある。ブッシュ大統領の秘密命令によって、NSAはアメリカ国内の無数の電子メールに加えて、海外の電子メールをなんの制約もなしに詳しく調べられるようになっている。
 NSAがプログラムによって電話と電子メールを監視している海外在住の対象者は7000人に及ぶ。アメリカ国内の500人の通信もターゲットになっている。NSAは一日平均数千件の電話や電子メールなどのアメリカ国内の通信を傍受している。
 CIA上層部は、何年も前からイラク情報の収集に重大な欠陥があるのを承知しながら、イラクには大量破壊兵器があるという情報を強引に広めてきた。イラクではスパイを勧誘できないという致命的欠陥を当時のCIA上層部はみな承知していた。
 CIAのバグダッド支局長は、状況の悪化を率直に報告書に書いた。しかし、真実を告げるという、許されざる罪を犯したことになった。2003年夏に同支局に勤務している人員は80人以下だった。同年末には300人以上となっていた。支局長は、その年のうちに突然、失脚した。
 2005年夏、CIA長官はイラクでアメリカは敗北を喫しつつあるという秘密のブリーフィングを受けた。CIAが率直になったのは、イラク戦争が失敗になったことが多くのアメリカ国民に明らかになったあとのことだった。

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