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野生のカメラ

カテゴリー:生物

著者:吉野 信、出版社:光人社
 オビに動物写真家の世界冒険撮影記と書かれていますが、まさに納得のキャッチ・コピーです。すごい迫力の動物写真のオンパレードです。これで1900円とは、実に安い。
 クマが出没する地域でキャンプするときには、食料は車の中か、特別にもうけられた食料貯蔵庫に入れておかねばならない。そんな規則は分かっていたはずなのに、友との久しぶりの再会を祝って、夜遅くまで語りあってマグカップを机の上に置いたままテントに入りこんで寝てしまった。そこへ夜中、グリズリーが登場した。危機一髪。その友というのは、1996年にシベリアでヒグマに襲われて亡くなった星野道夫氏のこと。いやあ、いつも危険と隣りあわせだったんですね。
 トラの写真をとりに行ったとき、一番近づいたのはわずか3メートル。このとき、著者はゾウに乗っていました。オープンのサファリカーに乗ったときには5〜6メートル。いずれも襲われる心配はしなかったということです。トラがジープのすぐ横を通り過ぎながら、軽く口を開けて、「やあ」といわんばかりの顔で著者に挨拶していったこともあるそうです。えーっ、そうなんですかー・・・。でも、やっぱりトラって怖いですよね。
 この本には、ジープの屋根の上にチーターが乗っかっていて、著者がその脇に頭を出している写真までもあります。こうなると、何メートルどころではありません。何センチという近接した距離です。チーターがひょいと爪を立てたら一生の終わりです。
 ネコ科の動物は基本的に水を嫌う性質があるが、トラは例外で、暑い夏の日などには好んで水に入る。なるほど、それででしょう。インドでベンガルタイガーが水浴びしている瞬間をとらえた迫力満点の写真もあります。
 アフリカでもっとも恐ろしい動物は、なんとアフリカスイギュウだというのです。驚きました。ライオンやトラ、そしてワニではないんです。ホントなのかなあ、思わずつぶやいてしまいました。
 好きなことをやっていて本人はとても幸せだと思うのですが、臆病な私なんかにはとても真似できない話のオンパレードです。でも、このような冒険写真家がいてくれるおかげで、野生動物の生態が茶の間で居ながらにして楽しめるのですから、感謝、感謝。大いに感謝しています。

全国学力テスト、参加しません

カテゴリー:社会

著者:犬山市教育委員会、出版社:明石書店
 いやあ、実に画期的な本です。一地方の教育委員会が政府(文科省)の方針に反抗して全国学力テストに参加せず、その理由を堂々と明らかにして本を出したというのです。その大いなる勇気に対して、私は心から賞賛の拍手を送ります。
 全国学力テストは先日実施されてしまいました。日本の子どもたちの学力レベルを正確に把握するためには抽出調査のほうがより正確に把握できるとされています。しかし、文科省はあくまで記名式の悉皆(しっかい)調査にこだわるのです。それは一体なぜなのでしょうか。
 今回の全国学力テストの本当の目的は、公立の小中学校にPDCAサイクルを導入することにある。Pとは、プラン(企画、立案)、Dはdo(実施)、CはCheck(検証・評価)、AはAction(実行、改善)のこと。最後の改善を次の計画に結びつけ、継続的な業務改善を図るためのマネジメント手法である。
 しかも、全国学力テストの際に学習状況調査もあわせて実施された。そこでは、家庭における私生活についても質問されている。まさに個人のプライバシーにまで踏みこむものである。
 日本のすべての公立小・中学校を30人学級とするに必要な人件費は、9600億円だと試算されている。日本の軍事費支出は世界第二位と言われていますが、1兆円にみたないこの支出こそ、日本民族の将来を保障することにつながる価値ある人件費だ。私はそう思います。ここはドーンと思い切って支出すべきでしょう。
 犬山市では、30人学級を実施するため市独自に講師を採用するなどして、全国に先駆けて学習環境の整備につとめてきた。小学校では34人以下の学級が9割を占めている。中学校においては、56学級のうち42学級34人以下学級がつくられた。それなのに全国学力テストに参加することになったら、これまで豊かな人間関係のなかで人格形成と学力保障につとめてきた犬山の教育を否定することになる。だから参加しないことを決めた。すごーい。まさしく文科省への挑戦状です。
 犬山では習熟度別指導は原則としてとりいれられていない。考え方や習熟度が違う子どもが交流するなかで、豊かな学習が生まれる。習熟度別指導だけでは、学びあい、支えあうということが出来ない。
 犬山市の教育に関するスローガンは次のとおり。
 生徒であったとしても、また教師であったとしても、通いたい学校を目ざす。
 いいですね、このスローガン。朝起きて、さあ今日も学校に行こう。行って友だちと話そう、先生に教わろうという気分だったら最高ですよね。現実には、毎日なかなかそうはならないでしょうが・・・。
 ずいぶん骨のある教育委員会があることを知って、うれしくなりました。安倍首相に読ませたい本です。

もう戦争はさせない

カテゴリー:アメリカ

著者:メディア・ベンジャミン、出版社:文理閣
 ブッシュを追いつめるアメリカ女性たち、というサブタイトルのついた本です。アメリカの「平和を求める女性たち」の運動は、コードピンクとも呼ばれています。
 イラク戦争に送られて戦死した息子をもつシンディー・シーハンの次のような訴えが紹介されています。ブッシュ大統領がハード・ワーク(つらい仕事)と言ったことを受けて、シーハンは次のように言ったのです。
 あなたは、テレビで見ているし、毎日、戦死者と負傷者の報告を受けているから戦争のつらさはよく知っていると言ったわね。でも、本当のつらい仕事がどのようなものか、分かってなんかいないわ。つらい仕事というのはね、かけがえのない自慢の勇敢な息子が、現実には何の根拠を今も持っていない戦争に連れ去られてしまって、二度と戻ってはこないことを思い知らされることよ。・・・。
 でも、なかでも一番つらい仕事はなんだか分かるかしら。それは、家族が何世代にもわたって忠誠を誓い命がけで戦ってきた国家の指導者が、ウソをついて国民を騙していたという事実を受けとめなければならないことよ。
 次は、自爆テロによって一人娘を失ったイスラエルの平和活動家(女性)のロンドンでのスピーチの一部です。
 世界のすべての人々は、はっきりした二つのグループに分かれています。平和愛好グループと戦争屋グループとに。いま、地上では悪の王国が支配しています。指導者と名乗る人たちが、民主的手段をもって、神の名において、国家の利益の名であれ、あるいは名誉や勇気の名においてであれ、殺し破壊する権利と好むままに卑劣と不正をおこなう権利、そして若者を殺人屋にしたてる権利を得てきました。
 私の娘は自分を殺した若者とならんで眠っています。騙された二人が眠っています。少女は両親と国が自分を守ってくれているから、良い子には誰もひどいことをする人はいないから、安全だと信じて町を横切ってダンス教室に行こうとしたのです。
 パレスチナの若者は、自爆テロでは事態を何も変えることはできず、天国に行くこともできないのに、騙されて行けると信じていたのです。
 うーん、そうなんですよね。若者を騙し、その未来を奪う大人たちの責任は重いですよね。
 ブッシュ大統領は記者会見が嫌いだ。強いられなければ開かない。彼は、記者の座席表をあらかじめもらっていて、それを見ながら、お気に入りの記者を選んで質問させている。
 記者たちは、大統領選挙の遊説中に取りこまれ、ごほうびとしてホワイトハウス詰め記者となっていく。選挙中に点数を稼いで、人脈をつくり、親しくなっておく。だから、相手の言うことに挑戦するような質問を避け、初めから自己規制をしている。
 アメリカでは、黒人の子ども100万人が貧困生活をすごし、黒人の成人男女100万人が刑務所にいる。毎晩25万人をこえる退役軍人がホームレスとして路上に寝ている。
 いやあ、なんど読んでもすごく悲惨な現実です。こんなアメリカを日本が見本とすることのないようにしたいものです。
 アメリカでの女性運動の前進に大いに期待します。日本でも負けないように取り組まないと、アメリカみたいに可愛い息子たちを戦死させることになってしまいます。

サラ金崩壊

カテゴリー:社会

著者:井手壮平、出版社:早川書房
 グレーゾーン金利撤廃をめぐる300日戦争というサブ・タイトルがついています。出資法の上限金利(年29.2%)と利息制限法の上限金利(最高年20%)のあいだのグレーゾーンがついに撤廃されました。この本は、そこに至るまでの政府・財界の内幕を暴いています。この間の経過を記録した貴重な本です。
 すべては2006年1月13日の最高裁判決に始まった。最高裁は、ただ「原判決を破棄する。本件を広島高裁に差し戻す」と言っただけ。大勢の傍聴人がいるわけでもなく、勝訴と書いた紙をもって法廷から駆け出してくる弁護士もいないし、うれし涙を流す支援の人もいない。しかし、表面上の動きとはちがって、この判決のもつ意味は限りなく重かった。
 最高裁は、一日でも支払いが遅れたら一括して支払わなければならいという条項に着目した。このような恐怖心の下で支払わされている限り、任意に支払っているとは言えないとしたのだ。これは、まさに画期的な判決です。弁護士生活30年以上になる私なんか、この一括請求条項を当然視していました。どんなひどい条項でも、何度も、また何年も見ていると、いつのまにか問題のない条項だと錯覚してしまうわけです。すみません。
 サラ金会社は株式市場に上場し、一流企業の条件とも言える経団連への入会も認められ、テレビCMでお茶の間に流れ、広く社会に浸透し、すっかり世の中に受け入れられていたように思われてきた。しかし、今、それが根本からひっくり返ろうとしている。
 サラ金会社のオーナーは、2005年度世界長者番付のうちの日本人上位6人のうち3人を占めている。アイフルの福田吉孝社長、武富士の武井保雄前会長、アコムの木下恭輔会長。2006年度には、順位を少し下げたが、それでもソフトバンクの孫正義や任天堂の山内社長よりは上位にランクしている。
 サラ金がもうかっている。そこに大銀行が目をつけ、次々に提携がすすんだ。
 三井住友銀行はプロミスに20%、三菱東京UFJ銀行はアコムに15%、それぞれグループで出資し、役員も送りこんでいる。
 銀行もサラ金も、高利貸しの悪どさでは似たり寄ったりなんですよね。ただ、銀行のほうが少しだけ上品ぶっているだけ。サラ金は社員までワルぶっているだけ。そんな違いじゃないでしょうか・・・。
 それにしても、アイフルそしてアコム、三洋信販と続いた金融庁による全国一斉、全店の営業停止処分には私も驚きました。やっていることへの処分という点では当然のことなんですが、金融庁がそこまで踏み切った点に驚いたというわけです。
 この本によると、おかげでチワワの仔犬が一匹60万円していたのが、20万円以下にまで下がるという影響があったそうです。チワワにとっては、とんだ災難でした。
 この金利引き下げでは小泉チルドレンが活躍しました。小泉改革は日本をダメにしたと今でも私は思っていますが、その小泉エセ改革ブームに乗っかって誕生した小泉チルドレンたちは、自民党ボス議員に反抗しなければ自分たちの存在意義を訴えられなかったわけです。世の中、何がプラスになり、マイナスになるか分からないということですね。 福岡そして九州に関わりのある自民党の太田誠一とか保岡興治などは、サラ金擁護で身体をはっていたわけですが、この分野では青二才の小泉チルドレンにあえなく敗退してしまいました。いい気味です。
 保岡議員が、禁酒法によってアル・カポネは勢力を拡大させた、だから、金利を引き下げてはいけないと訴えたという話は、まったく時代錯誤もはなはだしいですね。顔を洗って出直してほしいものです。
 太田誠一議員も、自民党内の会議のときに、「この会議のなかに共産党がいる」と叫んだそうです。やめてほしいですよね。正論を言う人に対して、おまえは共産党かと叫んで糾弾するというのは。それって、まるで戦前の軍国主義日本ではありませんか。民主主義というのは、いろんな思想信条の人々がいて、お互いに尊重しあうってことなんですよ。
 上限金利引き下げに対して、アメリカから大変な外圧がかかっていたということも紹介されています。もちろん、アメリカは金利を引き下げるなと要求したのです。日本のサラ金に外資が出資して、サラ金のもうけの一部を外資が吸い上げ、大金をアメリカへ持ち去っていってます。
 もうひとつ、サラ金とセイホ(生命保険会社)の密接な関係も暴かれています。サラ金は団体信用生命保険に加入していますが、これは結局、サラ金のもうけの一部を保険料ということで生命保険会社が吸い上げているということです。というのも、サラ金会社は、生命保険会社から巨額の融資を受けているからです。たとえば、アコムは明治安田生命から395億円をかりているのです。2005年度にサラ金会社17社が受けとった保険金は302億円。支払った保険料は376億円。このようにサラ金とセイホは、もちつもたれつなのです。
 大手サラ金は生き残ると思いますが、中小零細サラ金業者の存続はきびしいと私も思います。そこで、またぞろヤミ金が横行する危険はたしかにあります。でも、ヤミ金は昔からありましたが、結局、違法金融は覚せい剤と同じで、一つ一つ摘発していくしかないのではないでしょうか。いま、私はそう考えています。

沖縄シュガーローフの戦い

カテゴリー:日本史(戦後)

著者:ジェームス・H・ハラス、出版社:光人社
 沖縄戦初日のアメリカ軍の上陸日はL(ラブ)デイと名づけられ、1945年4月1日。日本軍の反撃はまったくなく、予定より早く目的地に到着していった。
 アイスバーグと名づけられた沖縄進攻作戦は、54万8000人の将兵と1500隻の艦船を動員する計算だった。攻撃実施初日の兵力18万2000人というのは、1年前のノルマンディー上陸作戦のDデイを7万5000人も上まわっている。
 日本軍の第32軍司令官は牛島満中将であり、その副官で参謀長の長勇少将は、短気で攻撃的な性格だった。大酒飲みで女好き、盲目的な愛国主義者で先導的な性格だったから、牛島司令官の手に余ることも多かった。
 ところが、1945年5月12日から18日までの一週間、沖縄の首里攻防戦の西端にある小さな丘をめぐる争奪戦で、アメリカの第六海兵師団は2000人をこえる戦死傷者を出した。最終的に丘を占領するまで、海兵隊は少なくとも11回の攻撃をおこなった。中隊は消耗して、すぐに小隊規模になり、さらに消耗して分隊規模になり、最後はシュガーローフ上で染みこむように消えていった。
 沖縄戦は太平洋戦争を通じてもっとも血みどろの戦いだった。82日間の戦闘でアメリカ軍の陸上兵力は7612人が戦死、行方不明、3万1312人が負傷、2万6211人が戦闘疲労症となった。海上兵力のほうも4320人が戦死、7312人が負傷した。
 第六海兵師団だけでも戦死傷者は8227人にのぼり、3人に2人が戦列を離れた計算になる。
 アメリカ海兵隊は高さ15メートルから20メートル、長さ270メートルしかないシュガーローフと名づけた貧相な丘を乗り越えることができなかった。この丘にはトンネルや坑道が複雑に張りめぐらされており、人員や物資を地上に出ることなく補給することができた。この丘にいた日本軍は一個中隊規模でしかない。しかし、すぐに豊富な予備兵力で増員できる体制にあった。しかも、陣地は重装備されていて、迫撃砲45門と擲弾筒29門が配備されていた。地形は防御側にきわめて有利。攻撃側は、さえぎるものが何もなく、丸裸で丘に接近しなければならない。
 太平洋戦線のアメリカ海兵隊には、夜間戦闘の絶対的掟があった。それは、動くものはすべて撃て、夜に動きまわるのは、すべて日本兵だ、というもの。
 シュガーローフの丘の上では、日本軍とアメリカ海兵隊の兵士たちの手榴弾合戦が続いた。メジャー一等兵は、戦車の残骸にいた日本兵の断末魔の悲鳴を聞いて、気分が少し楽になった。やつらも生身の人間だということが初めて実感できたからだ。
 日本兵は、アメリカ兵にとって生身の人間だとはおもわれていなかったわけです。爆弾をかかえて戦車に飛びこんでくる姿を見たら、たしかにそんな気になるのでしょうね。今のイラクと同じで、日本軍は自爆攻撃を常套手段としていたのです。
 食欲のある兵士は、ほんの一握りで、多くの兵士はタバコを吸いながら、Dレーションバーと呼ばれていた栄養食のフルーツ・チョコレートバーをかじっていた。そのため、前線勤務の兵士は例外なく体重が減り、平均7〜10キロはやせた。消化器系の不調にも悩まされ、下痢でげっそりするか、便秘でお腹がパンパンするか、どちらか。中間はなかった。
 シュガーローフでの前線勤務を経験すると、死は生きることよりも普通となっていった。死の多くは劇的ではなかった。ある兵士は突然、ベルトのあたりのシャツを手でまさぐり出した。そのまま座りこむと、ゆっくり横にもたれかかるようにして倒れ、そのまま死んだ。かなり遠方から飛んできた銃弾が背中にあたり、腹部から出ていったのだ。
 この本では、敵である日本軍の兵士を高く評価しています。次の狙撃兵の描写は、まるでスターリングラードの戦闘の様子を描いたような内容です。
 日本軍の狙撃兵は冷徹に選択された死の恐怖をアメリカ兵に味あわせた。狙撃兵は、きわめて忍耐強く、神業としか思えない選択眼で将校を見きわめていた。将校か通信兵を狙撃するため、一般の歩兵には目もくれずやり過ごした。そのため、将校は身につけている階級を示すあらゆる勲章や装備を隠した。将校で45口径の拳銃ストラップを肩からかけていたら、瞬時に射殺された。必ず眉間か胸のど真ん中を狙う。一発で即死した。狙撃兵による戦死傷者の中でもっとも多かった階級は中尉。ある将校は着任して15分で死んでしまった。シュガーローフ周辺での戦闘における将校の戦死傷率は平均60〜75%。大隊長3人と18人の中隊長のうち、11人が戦死ないし負傷した。当初から作戦に参加した中尉のうち、最後まで残ったのは、ごくわずかだった。
 多くのアメリカ海兵隊員は日本兵の姿を見ることなく死んでいった。日本兵はひたすらタコツボや洞窟、銃眼のなかで忍耐づよく待っており、アメリカ兵がその射界に入ってきたときだけ射撃した。
 日本兵はガニ股で飛びはねながら猿のように金切り声を上げたり、ブタのように鳴いたりするやつらだと思っていたが、実際に見ると目は落ち着きはらっており、まさにオレたち海兵隊員と同じ顔つきをしていた。これはアメリカ海兵隊の軍曹の言葉です。
 日本兵はきわめて統制のとれた集団だった。よく訓練され、統制のきいた陸軍兵士で、とくに士気の高さと身体能力の高さは特筆すべきだと海兵隊の活動報告書に書かれた。
 日本軍の兵士は、つねに頑強で機知にとんだ戦法で戦い、絶対に投降しなかった。
 この本が単なる戦記と違うところは、戦場でたたかえなかった兵士たちのことがきちんと描かれているところです。私なんか臆病者とののしられてしまうのは必至ですが・・・。
 精神の緊張状態は多くの兵士にとって、耐えられないものだった。
 頑強でたくましい大男の海兵隊員が、いざ最前線に行くと、泣き叫びながら戻ってくる。戦闘疲労症だ。あらゆる部隊が戦闘疲労症の渦に飲みこまれた。肉体的な極限状態のなかで、人間としての尊厳を守ろうとした場合に発症した。戦闘疲労症になる若い兵士は、とくに自責の念を感じているようだった。精神の崩壊は、肉体的な極限状態に、恐怖心と良心の葛藤が引き金となって発症した。相当数の兵士が二度と戦うことができなかった。
 日本軍はシュガーローフにおいて、反射面陣地と呼ばれる構築手法を多用した。これは、アメリカ軍側に相対する斜面には兵士を極力配置せず、反対側の斜面に主陣地を構築し、敵が頂上部に到達するのを待って攻撃する手法。この長所は、圧倒的な火力を有するアメリカ軍から直接的な攻撃を受けず、近距離に接近するまで兵力を温存し、かつ自軍の配備状況をアメリカ軍から察知されにくい効果があった。
 これって硫黄島でとられた戦法に似てますよね。沖縄戦において、圧倒的兵力の差があるアメリカ軍に対して局地的には互角以上の戦いをしていたというと意外な感じがします。硫黄島のような戦闘が沖縄本島でも繰り広げられていたことを初めて認識しました。
 ちなみに、シュガーローフというのは沖縄都市モノレールのおもろまち駅付近の小高い丘で、今は頂上に排水タンクがたっているところです。この本を読み、現地に立って激戦の状況を偲んでみたくなりました。戦争の残酷さを今の私たち日本人は忘れ過ぎているようです。

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