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天草島原の乱とその前後

カテゴリー:日本史(江戸)

著者:鶴田倉造、出版社:上天草市
 日本にキリスト教が伝えられたのは天文18年(1549年)、天草に伝えられたのは永禄9年(1566年)、さらに大矢野に伝えられたのは21年後の天正15年(1587年)のこと。すでに40年ほどたっており、早いほうではない。
 天草四郎は大矢野関係の人物であり、乱を企画し推進したとされる浪人たちも大矢野の千束(せんぞく)島に住んでいた。
 天草島原の乱の直接のきっかけは、口之津で信者が唱えごとをしていたときに、代官の林兵左衛門が御影を引き裂いたことにある。
 天草島原の乱に、小西・有馬・天草5人衆などの関係遺臣が多数いたのは紛れもない事実である。
 当時は数年にわたって天候異変が続いて連年の凶作だった。この異常気象は寛永9年ころから続いていた。寛永14年(1637年)にも異変が続いている。夏には干魃で、不作。5月に火の玉が天空を飛行、7月には江戸で激しい雷雨と地震、9月に高野山で火事、9月から10月にかけて連日、雲が真っ赤に焼けた。将軍家光は病気。人々は異常心理に陥った。
 このように地獄のような社会になったのは、先のキリシタン改めで自分たちが転んだために、天国の神様が怒っておられるせいだ。そのつぐないのためにキリシタンに復宗する必要がある。人々は浪人たちの策動に乗せられた。
 島原半島の各地では、主として領主の苛政に対する反抗が強かった。四郎を中心とする天草地方では、キリシタンの立場から、その救済のために立ち上がった。
 天草四郎の父は益田甚兵衛(ペイトロ)という長崎浪人で、乱の当時、宇土の江部村の庄屋次兵衛の脇屋に住んでいた。年齢は56歳。四郎の母は50歳で、マルタという。日本名は不明。四郎は長崎に生まれた。乱の当時、15歳か16歳。父も母も大矢野の出身で、親族も多かった。四郎が長崎で出生したのは、当時、長崎は各地で迫害にあったキリシタンたちの避難地になっていたからである。
 天草四郎と対面した久留米の商人がいる。その名を与四右衛門という。
 四郎のいでたちは、常の着物の上に白い袴をつけ、たっ付け袴をはき、頭には苧(からむし)を三つ組にして緒(お)をつけ、喉の下で結び、額には小さい十字「クルス」を立て、手には御幣をもっていた。
 幕府軍の一員として原城を攻めていた武士による天草四郎の姿は次のとおり。これは大坂から鉄炮奉行として松平信綱に従っていた鈴木重成が大坂へ送った書状にある。
 天草四郎は年齢15、6歳という。原城にいる者はあがめており、六条の門跡(もんぜき)よりも上という。下々の者は頭を上げて見ることもできないほど恐れている。
 籠城中の原城に対して、松平信綱は降伏をうながす矢文を送った。それに対して城内から次のような返事があった。
 城を出たら家や田畑をくれるというけれど、我々には広大無辺の楽土が約束されているので、そんなものは必要ない。まして、江戸や京都の栄華・悦楽は、かえって業障の障りになる。
 ともすれば恨み言の一つも並べたくなるような切迫した状況におかれながら、宗教の神髄を会得し達観していたと思われる矢文の返事である。
 ただし、原城内には、このようにキリシタンの作法に従って、すべてを許し喜んで死んでいこうとする者と、せめて領主の長門守に一矢を報いようとする者の両派があった。城内は、一枚岩ではなかった。城からの落人も、城内には3人の頭(かしら)がいて、争いが絶えないと証言した。
 天草四郎は総攻撃のあった2月27日の翌早朝に幕府軍に討ち取られた。四郎の首は「カネを入れた色白の綺麗な首」だったと書かれている。カネを入れるとは、鉄漿(おはぐろ)のことで、当時は、高貴の人は男もカネを入れていた。
 天草四郎の首は上使の実見の後、原城外に札をつけて晒(さら)され、のちにさらに四郎の生まれた長崎に移して1週間晒された。3月6日、四郎の母や姉らが処刑された。
 天草四郎の島原の乱について、上天草市が市史としてまとめた本です。島原の乱について、いろいろ勉強になりました。

誤判を生まない裁判員制度への課題

カテゴリー:司法

著者:伊藤和子、出版社:現代人文社
 1973年から2005年までの32年間にアメリカ全土で122人の死刑囚が無実と判明して釈放された。1993年以降、死刑台からの生還者は年間平均5人、2003年には1年間になんと12人もの死刑囚が死刑台から生還した。
 なんという恐るべき数字でしょう。日本もひどいけど、アメリカの刑事司法って、そんなにひどかったのか、と驚きました。いや、待てよ。アメリカは陪審裁判がやられているじゃないか。悪いのは陪審裁判だったのか。ふと、そんな疑問が頭の中をかすめます。でも、決してそうじゃないことが、この本を読みすすめると分かります。
 有名なシカゴをかかえるイリノイ州では、死刑制度が再導入されてから死刑執行されたのは12人。ところが、死刑台から生還した人は、それを1人上まわる13人だった。そこで、イリノイ州知事は、死刑執行の停止(モラトリアム)を宣言した。そのうえで、死刑諮問委員会を発足させた。その委員の一人に、かの高名なスコット・トゥロー弁護士(『推定無罪』や『囮弁護士』の著者)も加わった。この委員会は、死刑冤罪事件に共通する特色は、警察が過度に強制的に自白を引き出していること、自白が被告人と犯行とを結びつける決定的な証拠となっていることにあると指摘した。
 ビデオ録画された自白も真実ではないことがあった。つまり、ミランダ原則の告知と自白した部分だけのビデオ録画では、虚偽自白を防ぐのには十分でない。そこで、結論として、殺人事件の全取り調べ過程はビデオ録画されなければならない。単に調書の作成過程だけでなく、すべての手続きのビデオ録画が必要だとした。
 虚偽自白した体験者は次のように語っています。この人は、両親が殺されて混乱しているときに警察から厳しく追求されているうちに、いつのまにか自分が親を殺してしまったのだと思いこんでしまったのです。
 私の経験から、人を洗脳して、「自分が犯罪をおかした」と思いこませるには、3〜4時間あれば足りる。警察は暴力をふるったわけではない。単に私を取調べ、非常に感情的に怒鳴っていただけ。だけど、私は追い詰められた。両親を殺され、精神的に非常に弱い立場にあったし、警察を信じていた。
 次に、学者は、なぜ、人はやってもいない重大事件について自白するのか、次のように説明しています。
 重罪事件ほど、被疑者に対して自白を求める多数のプレッシャーがかかる。このとき、警察は攻撃的な取調べによって、被疑者を心理的に追い詰め自白に追い込むというテクニックをつかう。虚偽自白の要素は、捜査側の攻撃的な取調べと、被疑者側の脆弱(ぜいじゃく)性のコンビネーションによって生まれる。
 取調べの録音・録画を導入したアメリカの警察署は、ほとんど一致して、「もう録音・録画のない時代には戻れないし、戻りたくない」と言っている。
 この本では、もう一つ、不適切弁護の問題も指摘しています。次のように紹介されるアラバマ州の実情は信じがたいほど悲惨です。
 アラバマ州には2004年当時、190人の死刑囚がいた。人口あたりの死刑囚の比率はアメリカ第一位。アラバマ州における黒人の人口比率は33〜47%だが、1975年以降に死刑執行された人の70%は黒人。殺人被害者の65%は黒人だが、死刑囚の80%は白人の殺害に関わるもの。
 黒人死刑囚の35%は全員白人からなる陪審員に死刑宣告された。黒人死刑囚の90%が、陪審員のなかには黒人が1人か2人しかいない状況で死刑判決を受けた。
 そしてアラバマ州には、公設弁護人制度が存在しない。弁護人に支払われる費用は、裁判外活動で1時間20ドル、法廷活動は1時間40ドル。裁判外活動の費用の上限は  1000ドル。ここから、多くの弁護人が必要な調査をせず、必要な証人を呼ばないまま、きわめて不十分な活動のもとで、弁論を終了させた。
 安かろう、悪かろう、というわけです。日本もアメリカみたいにならないよう弁護士として、大いに自覚しなければいけないと思います。大変勉強になる本でした。
 日曜日の夜、歩いて5分ほどのところにある小川に蛍を見に出かけました。今年はまだ乱舞するほどではありませんでしたが、蛍の優雅な明滅飛行を鑑賞しました。いつ見ても蛍はいいものです。つい心がなごみます。

動物たちのゆたかな心

カテゴリー:未分類

著者:藤田和生、出版社:京都大学学術出版会
 3歳児は他者をだませない。子どもが大人をだませるようになるのは、4歳になってから。保育園でも、ウソをつくのは年中さんからだ。次のような実験が紹介されています。
 幼児に人形劇を見せる。まもる君がケーキを食べている。半分食べたところで、まもる君は残りは後で食べようと、食器棚に片付けて遊びに出ていった。次に、お母さんがやって来る。お母さんは食器棚にあるケーキを冷蔵庫の中にしまう。そのあと、まもる君が帰ってきて、残りのケーキを食べようとする。
 ケーキは、今、どこにあるかな、と幼児に尋ねる。幼児は冷蔵庫の中にあると答える。これでストーリーが出来たことを確認できる。次に、まもる君はどこを探すかな、と尋ねる。すると、ほとんどの3歳児は「冷蔵庫の中」と答える。
 まもる君は、お母さんがケーキを冷蔵庫に移したことは知らないのだから、正解は食器棚。つまり、3歳児は、自分が目撃して知っていることと、他者の知っていることが一致しないことがあるということを理解していない。
 相手をだますということは、自分の見えるものと他者から見えるもの、あるいは自分の知識と他者の知識などが異なる状態をつくり出し、それを利用して利益を図ることである。自他の知覚的状態や知識状態が異なることを理解できなければ、だますことは難しい。3歳児が人をだませないのは、こうした理解が十分成熟していないことも理由になっている。
 なーるほど、ですね。動物もウソをつく。
 メルというチャクマヒヒの若メスが球茎を掘り出そうとしていた。もう少しで掘り出し終えるというちょうどそのとき、ポールという、子どものヒヒが通りかかった。ポールは、あたりを見回してから、大声で悲鳴をあげた。すると、近くで採食していたポールの母親がやってきて、メルを威嚇して追い払ったあと、母親はもとの採食場所に戻った。ポールは首尾よく球茎を手に入れた。ポールは、メルからいじめられたふりをして、まんまと食物をせしめた。ふむふむ、そんなことができるんですか・・・。
 チンパンジーの離乳期の子どもは、母親から授乳を拒否されると、ときおり藪の中をのぞきこみ、わけもなく悲鳴をあげる。そうすると母親がやって来て、子どもを胸に抱きかかえてくれる。いやあ、すごいですね。
 イヌは飼い主の声を聞くと、飼い主の映像を思い浮かべることが分かった。
イヌに、隣の部屋に並べた物体を取ってこさせる実験もあります。一つだけイヌが名前を知らない物体が混ざっている。飼い主がイヌに対して「○○を取ってきて」と命令すると、初めて聞いた名前の物体を持ってくる能力がある。これは、他の物体の名前は知っているから、残ったこれに違いないという推理を働かせているのだ。
 なーるほど、すごく根気のいる実験でしょうね。
 さまざまな研究の成果によって、意識とか内省的過程は、ヒト特有のものではないことが分かってきた。おそらく類人を初めとする動物の心は、これまで思われてきた以上にヒトに近いように思う。恐らく、我々が自分たちについてはよく知っていて、他の動物のことをよく知らないからだ。まさに、井の中の蛙、大海を知らず・・・。
 こうした恥ずかしい態度が、万物の霊長を自認する我々にふさわしいものか。もっと謙虚に、動物たちの素晴らしい生きざま、素晴らしい心の世界をたたえようではないか。
 ヒトも動物も同じように気分・感情をもち、気配りできるし、ウソをついて相手を倒すことまで出来るのです。まさに、ヒト以外の動物たちにも感情や気持ちがあるわけです。
 ヒトと動物との差異はそれほど簡単に説明することが出来ないのです。イヌを見てれば、なんとなく分かりますよね、これって。

陰謀論の罠

カテゴリー:アメリカ

著者:奥菜秀次、出版社:光文社
 9.11テロはアメリカの自作自演だというビデオは私も見ました。全面的に信用したわけでは決してありませんでした(アポロが月世界には実はおりていないという説については、一時、まんまと信じこまされてしまったのですが・・・)が、どうもおかしいところがあるとは思っていました。でも、この本を読んで、なーんだ、そういうことだったのかと、納得できました。9.11がアメリカの自作自演でないこと、そして、この陰謀論は反ユダヤ団体がかきたてているものだということを知りました。実に説得力ある本です。
 著者は日本で最強のオタクを自称しています。いったい本業は何なのでしょうか。9.11に関する報告書全文を読んだというのですから、それだけでもすごいものです。
 WTC(世界貿易センター)の残骸はスクラップとして外国に輸出された。しかし、それは証拠隠滅工作ではない。大事な部分は保管されている。そして、瓦礫のなかから、ボーイング機の残骸、乗客の遺体や持ち物が見つかっている。
 陰謀論はWTCに衝突したのは軍用機だというけれど、ボーイング機だということです。この点は、私も信用していませんでした。
 WTCをつくった設計者はボーイング707を想定して、707が衝突したくらいでは大丈夫だと考えていた。しかし、767は707よりも、タテも横も1割長く、重さで2割も重い。だから、767の満タンのガソリンが燃え上がったこともあってWTCが崩壊したのは合理的な説明が可能なのだ。
 ペンタゴンに突っこんだボーイングの残骸がなく、開いた穴と機の形状があわないという指摘がある。実は、この点を私も疑ったのです。しかし、実は、ペンタゴンに開いた穴はボーイングの形どおりだったし、機の残骸はそこらじゅうに散らばっていた。機長を殺めたカッター、自分証明書、お金、宝石、遺体の一部も見つかっている。子どもの靴、小さなスーツケース、動物のぬいぐるみ、制服を着た搭乗員の遺体の一部も見つかった。そして、ボーイングの機体にみあう穴があいていたのです。
 ユナイテッド93便については、回収された遺体のうち、10数人は身元が判明した。これは遺体の指紋や歯科治療記録にもとづく。単に穴があいているだけではない。
 乗客は携帯電話ではなく、機内電話をつかって地上へ電話をかけて話した。
 テロリストたちが飛行機を操縦できた理由については、通常のハイジャックと違って、着陸とか離陸という高度のテクニックを必要としなかったことがあげられています。
 目を開かせる本でした。うかうか騙されないようにしないといけませんね。

一所懸命

カテゴリー:日本史(中世)

著者: 岩井三四二、出版社:講談社
 この本を読んでいるうちに映画「七人の侍」をついつい思い出してしまいました。なんだか、とても似たシチューエーションなのです。
 ときは戦乱に明け暮れる戦国時代。織田勢が大軍を仕立てて美濃の国へ攻め入ってくるという。地侍は領主の命令で小者を従えて出仕しなければならない。たとえば騎馬侍二騎、槍足軽二人、指物持ち一人、弓持ち一人、徒歩立ち二人の合計八人を出す必要がある。大変なことだ。
 他国の軍勢が侵入してくれば、どのようなひどいことになるか。
 米や麦を盗む、女を犯すぐらいは当たり前のことだ。盗むものがなければ、刈り入れ前の稲を刈ったり、麦や野菜を踏みつけてめちゃくちゃにするなどの嫌がらせをする。負けて捕らえられて者は、奴として売り飛ばされるし、軍勢が去る前には家を焼いたり、井戸に糞を撒いたりする。それは、自分自身も合戦に参加すればやってきたことだ。
 この本は合戦に否応なく参加させられた雑兵の眼で描いています。なるほど、戦国時代の合戦というのはこんなものだったんだろうなと思いました。
 織田信長や秀吉など、トップに君臨する英雄だけに目を向けるのではなく、それを底辺で支えていた人々の気持ちを考えてみることに目が向きました。読みものとしても大変面白く出来ていますが、歴史の見方に目が開かされた思いがしたという点で、私はこの本を高く評価したいと思います。

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