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世界をリードするオンリーワン中小企業

カテゴリー:社会

著者:木村元紀、出版社:洋泉社
 日本の中小企業は、世界市場でも大いにがんばっているのですね。この本を読んで、そのことを知って、なんとなくうれしい気分になりました。
 私は年2回の人間ドッグで胃カメラを飲んでいます。私の場合、麻酔の注射をうってもらいますので、すぐに意識が薄れて痛みも何もなく、いつのまにか検査は終わっているという感じです。ところが、胃カメラのような長いチューブを喉から差し込むのではなく、小型カプセルを飲み込むだけ、しかも身体の中から生中継できるというのです。驚いてしまいます。いえ、もう実用化されているというんですよ。すごいですね。
 飲み込んで排泄されるまでの7〜8時間にわたって、体内の様子を撮影でき、リアルタイムでモニターできる内視鏡なのです。「ノリカ・3」は、大きさが23×9ミリ。照明用の発光ダイオード(LED)を3種類そなえ、解像度の高いCCDカメラで一秒間に30コマの動画が撮影できる。電池は不要。無線で体外から電力を供給する。
 患者はコイルを埋めこんだベストをつけて大きな固定子とし、体中に入るカプセル全体を小さな回転子とする。患者の着るベストは、撮影した画像の受信、電力の無線伝送の役割も果たす。これはスゴーイ、そう思いました。体の外から体内で電気を起こさせたり、遠隔操作するというのです。まさしく逆転の発想です。
 さらにすすんだものには、中央内部の二重構造になったカプセルの内筒の中央部分に 360度回転するレンズが付いている。
 痛みを感じさせない超極細注射針。注射で痛みを感じるのは、針先か神経の末端である痛点にあたるから。この痛みを感じさせない注射針は、毎日、インシュリンを注射しなければいけない糖尿病患者を大きく励ますものだ。
 実は、アメリカは中小企業の比率が高い国だ。従業員数は比率でみると、日本と変わらない。むしろ、大企業から独立した企業が多い。アメリカのGDPは日本の3倍。中小企業の数は3.5倍、個人事業主は6倍近い。
 いまの日本の国内企業の最大の問題は後継者。創業者は、今や65〜70歳となっている。どこも跡継ぎがいないと頭を痛めている。弁護士会でも、今、この問題に取り組もうとしています。中央では中小企業庁とタイアップし、福岡では商工会議所との提携を考えています。

団塊世代の定年と日本経済

カテゴリー:社会

著者:樋口美雄、出版社:日本評論社
 団塊世代とは、狭義には1947年から49年までの3年間に生まれた人のこと、人口にして691万人、就業者数にして539万人。他の世代に比べて2〜5割も多く、日本の全人口の5.4%、全就業者数の8.6%を占める。
 団塊世代の出生数は806万人。もっとも出生数が多かったのは1949年で270万人。2003年に生まれた子どもは112万人だったから、その2.4倍である。団塊世代が生まれた出生地は、東京都49万人、北海道46万人、福岡35万人、大阪32万人、愛知32万人、となっている。あれー、福岡って多かったんですね。筑豊や大牟田に炭鉱があったせいでしょうね。1950年時点で734万人となり、1975年には、711万人だった。その後の30年間に172万人が死亡している。
 アメリカは、日本と少し事情が異なる。アメリカのベビーブームは1946〜1964年の18年間。長期にわたって毎年350〜400万人が生まれた。イギリス、イタリア、フランスは日本と同じ3年間がベビーブームだった。
 団塊世代の女子が生んだ子どもは676万人。単純にいうと、自らの世代よりも130万人少ない子どもを残したことになる。
 これから退職一時金として5.5兆円、年金給付1.4兆円の合計7兆円の退職給付が毎年支給される。
 団塊世代の未婚率は、最近の世代に比べると低い。団塊世代を世帯主とする世帯は、 2000年時点で、夫婦と子ども世帯(子どもは平均2人)が4割以上と、もっとも多い。子どものいない夫婦のみ世帯と、離婚や死別などによる単独世帯があわせて3割もある。
 東京圏の団塊世帯数は、この5年間で2万世帯増加し、持家率も6ポイント上昇している。団塊の世代は、その上の世代に比べて、三大都市圏とりわけ首都圏に偏在して居住している。
 1980年代後半までは、日本の純家計貯蓄率は世界最高だったが、その後、低下し続け、今では絶対的にも相対的にも高いとはいえない。日本人は、以前は貯蓄好きだったがもはや貯蓄好きとはいえない。
 また、日本人は以前は借金嫌いだったが、近年は借金好きになっている。むしろ、日本人はG7加盟国の中でもっとも借金好きなのである。
 あれれ、日本人って、すっかり変わってしまったんですね。
 実は、私も来年、ついに還暦を迎えることになりました。ええーっ、そんなー・・・、と叫びたい気分です。先日、鏡を見て自分の顔を眺めたとき、眉毛に白いものを見つけて驚きました。初めは、何か糸くずがついていると思ったのでしたが・・・。まだ気はしっかり20代なんですが、お腹の出っぱりを見ると、そうでもないのを実感させられます。

トヨタ・レクサス惨敗

カテゴリー:社会

著者:山本哲士、出版社:ビジネス社
 レクサスを運転していて、とても腹が立ちました。ええっ、この車は運転する人間をバカにしていると思いました。なにしろ、ひどいときには10分おきに「販売店からのお知らせがあります」というアナウンスが流れるのです。これでは、まるでレクサス様の奴隷のようなものです。せめて車のなかのプライベート空間くらい、自分の好きなように放っておいてほしいのです。にもかかわらず、次から次へコマーシャルを流しこみ、ご主人様はレクサス様であるなどというご託宣を並べたてられた日には、ストレスがつのるばかりです。
 この本を読んで、レクサスが日本で売れないわけが分かりました。レクサス(トヨタ)は勘違いしているのです。
 販売店からの案内というのは、テレマティクスというのだそうです。
 テレマティクスとは、移動中の自動車でも家庭や職場と同じようにインターネットを介して情報やコンテンツを楽しんだり、メールをやりとりできるようになるというビジネスモデルのこと。実際には、トラブルの双方向データ通信、タイヤやオイル交換データの告知といった程度、そして、それに毛の生えた余計な情報提供があるだけ。自動車会社には、これによって顧客情報が常に得られ、顧客との関係が継続することで顧客の囲いこみができるという思惑がある。
 私は車内では一人静かにシャンソンを聞いて楽しみたいのです。それを途中で遮られたくなんかありません。そして、今は、NHKフランス語講座のCDを聞いて、同じテンポで発音する訓練をしています。その邪魔をしてほしくはありません。
 アメリカではレクサスは大いに売れた。すでに年間25万台をこえ、年間30万台に達しようとしている。アメリカでレクサスは通算100万台売れるまで10年を要したが、その後、通算200万台を4年で達成している。アメリカの自動車市場のうち高級車市場のシェアは、1990年代の8%から現在は11.4%にまで伸びており、レクサスは断然トップの 14%を占める。
 アメリカ・レクサスのユーザーたちは巨額の資産をかかえる富裕層ではなく、年収10万ドルの層だ。2001年、アメリカでは年収10万ドル世帯が10年前の10%から14%へと伸びた。この層は、社会への自己主張がクルマを選ぶのではなく、有用性、性能、資産価値などで信頼できるブランドを自分のために求めるよう、はっきりと変わってきた。
 アメリカ・レクサスは、日本トヨタのモノづくりにまったく相反して、アメリカの自動車市場に対してもまったく相反する世界をつくり上げたことによって大成功をおさめた。
 レクサスを扱う店に行くと、そこが自分のとってパブリックな空間で、自分が自然にプライベートな存在になれることを好んで、アメリカ人はレクサスのディーラーショップに通いつめる。
 アメリカ・レクサスは、オーナーたちに生活の快感をもたらすシステムを設計し、構築した。アメリカでレクサスが成功したのに対して、ヨーロッパではマイバッハが成功をおさめている。マイバッハの価格は4000万円とか5000万円、マイバッハのセールスセンターは、一日に一人しか予約を入れない。一人にだけ徹底する完全予約制だ。
 日本のレクサスは高級車ではない。レクサスを販売する営業マンの教育のためにエアラインの客室乗務員を呼んで人材研修を行ったことを著者は痛烈に批判しています。レクサスに求められている最高のサービスが何百人もの客を数人で対応しているエアラインの客室乗務員から学べるとトヨタが考えているとしたら、それこそ笑止千万だ。
 日本の富裕層は、レクサスのクルマとしての素晴らしさを理解しているが、見せびらかしたい相手である一般大衆層のほうがレクサスを高級車として認知していないために、買おうとしないわけである。
 クラウンやマジェスタなどトヨタの上級車のオーナーがレクサスに乗り換えただけ。外国車からの乗り換えは1割ほどしかいなかった。
 クルマは、今や単なるモノではないという指摘はあたっているように思います。レクサスがアメリカで売れているのに、日本でなぜ売れないのか、その分析は鋭いと思いました。

淀殿

カテゴリー:日本史(戦国)

著者:福田千鶴、出版社:ミネルヴァ書房
 淀殿とは、豊臣秀吉の側室の一人。秀吉の愛妾となって秀頼を産み、秀吉の死後は、秀頼とともに大坂城にあって、大坂冬の陣、夏の陣を引き起こし、ついに豊臣家を滅亡に導いた。このような定説に真っ向から挑戦した本です。
 淀殿の本名は、浅井茶々(ちゃちゃ)。
 殿と様には違いがある。「殿」付けで呼ばれるより、「様」付けで呼ばれる人物の方が格上であった。淀殿というのは江戸時代になってからの呼称。その生存中には、「様」付けで呼ばれていた。
 天下人たる豊臣秀吉は、一夫多妻の婚姻形態をとっていた。明治になるまで、天皇家においては、制度的に后(正妻・嫡妻)が一人とは限られなかった。后以外にも女御などの別妻や多くの女官(侍妾)がいた。摂関家も同じく一夫多妻制だった。天皇を超越する権威と権力をもった天下人秀吉の妻が一人でなければならい理由はない。
 著者は、秀吉の妻は少なくとも5人いたとしています。有名な醍醐の花見のとき、御輿に乗って現れた女性、すなわち、政所(杉原寧)、西の丸(浅井茶々)、松の丸(京極龍子)、三の丸(織田氏)、加賀(前田摩阿)です。
 秀頼は茶々(淀殿)が秀吉以外の男性と密通して生まれた子だという説がありますが、著者は否定します。秀吉の身近にいた寧が秀頼を秀吉の子であることを疑っていなかったこと、秀吉の嫉妬深く残忍な性格からして、茶々がもし密通していたら、それが発覚したときには生命の保障はない。だから、そんなことはありえない。なるほど、ですね。
 寧と茶々の二人は、個々の問題で対立する場面はあったが、重要なことは、二人とも豊臣家の後家として連携することを基本として考え、常に行動していた。
 秀吉は、第一番目が寧であり、第二番目が茶々であるという序列を強く意識しており、この順序を崩すことはなかった。
 秀吉が残忍なことは秀次とその関係者の処刑の件で知っていましたが、もうひとつあったのですね。天正 17年(1589年)2月25日夜、聚楽城の表門(南鉄門)に誰かが落首を貼り出しました。
 大仏の功徳もあれや鑓かたな
 釘かすがいは子だからめぐむ
 などです。子種がないと思われていた秀吉に子ができたことが大仏の功徳として嘲笑されたのです。秀吉は自尊心を大きく傷つけられ、直ちに報復の行動に出ました。
 番衆17人を処罰。3日にわたって、一日ずつ鼻を削ぎ、耳を切ったうえで、逆さ磔に処していったのです。このようにして合計して113人が処刑されました。
 もっとも、秀吉は人気回復の手もうちました。金賦(くばり)です。金6千枚、銀2万5千枚を諸大名や寺社に分配したのです。
 そして、懐妊した茶々のために御殿を新造しました。茶々は御新造様になったわけです。
 茶々が淀に在城していたから淀殿と呼ばれていたというのは誤りだ。正しくは、淀在城を機に茶々が「淀」を号として用いたため、死後に号の「淀」に敬称の「殿」をつけて「淀殿」と呼ぶようになり、近代になってからは「君」をつけて「淀君」と呼ぶようになったものである。
 茶々は初めての子「鶴松」を亡くしても秀吉の正妻としての地位は失わなかった。
 慶長3年(1598年)8月18日、秀吉が62歳で死んだ。秀頼はわずか7歳だった。茶々は、大坂城が灰燼に帰す日まで、17年間、秀頼とともに大坂で暮らした。
 このころの大坂は人口20万。経済的にも文化的にも、日本でもっとも繁栄した活気ある大都会だった。家屋も二階建てだった。
 慶長16年の二条城会見で、成人した秀頼を見た家康は、徳川の天下の行く末について不安を感じた。それから4年後、豊臣家は完全に滅亡させられた。
 大坂夏の陣で、茶々は秀頼とともに自害した。その様子について、伊達政宗は手紙に次のように書いた。
 大坂城は本丸をみずから焼き、秀頼とお袋(茶々のこと)は翌日まで天守下の丸の蔵に生き残っていたところ、公方様が千姫を引き取り、秀頼には腹を切らせ、お袋は成敗した。
 著者は、茶々について、家康の保護下に入ることを拒み続け、何としてもわが子を天下人にするという自己主張を貫き通した茶々の姿には、男にもひけをとることのない精神力の強さと、戦国女性ならではの意地を見る思いだ、としています。なるほど、そういう見方ができるのですね。
 ところで、この本には再三、「武功夜話」が引用されています。偽書だという説もあるわけなのですから、その点のコメントなしに引用されているのにひっかかりました。どうなんでしょうか・・・。

証券詐欺師

カテゴリー:アメリカ

著者:ゲーリー・ワイス、出版社:集英社
 振り込め詐欺の黒幕が暴力団だということは、五菱会事件における暴力団山口組との結びつきが明らかになって、今では広く知られています。
 先物取引や株式取引の仕手戦その他のインチキ取引でも暴力団が絡んでいると思われますが、その確証はまだまだ十分とは言えません。
 この本は、アメリカの証券業界(ウォール街)における詐欺商法がマフィアの資金源となっていたことを明らかにしています。読めば読むほど、おぞましい手口です。こうやって、日本でもアメリカでも、お人好しで無知・善良な市民が大金を欺しとられているのですね。
 ノドから手が出るほど金に飢えているルイスのような人間が、大金を手に入れるには、お金は既にたっぷり持っているかのような見てくれが肝心だ。腕時計はプラチナ仕上げのロレックス・プレジデンシャル。文字盤の周囲にダイヤがはめこまれた逸品だ。1万  7000ドルはする。スーツも一着2000ドルするのを仕立てた。
 しゃべり口調はニューヨークの下町なまり丸出しだが、物腰は丁寧で、そつがなく、辣腕ブローカーというそぶりはみじんも見せない。初めて会う人は、その整った身なりと、物腰に上品さを感じる。
 狙ったお客と話すときには、物理的な接近が親近感を生む。親近感は大金を引き出すのに必要不可欠だ。財布の口をこじ開けるのにつかうのは舌先三寸のみ。
 小企業の超低位株を扱う証券会社をチョップハウスという。外から見る限り、普通の証券会社と何ら変わらない。バケツショップとは無認可営業のブローカーのこと。
 1990年代のアメリカにおいて、チョップハウスの詐欺行為は前代未聞のスケールで、しかも公然と行われた。その収益は年間100億ドルにのぼると見積もられた。
 チョップハウスとバケツショップは、ウォール街の公然の秘密だった。
 マスコミの餌食になるな。世間の注目を浴びるのは禁物。
 ボールドルームは、普通は役員室を意味する。しかし、いわゆるクズ株を商うチョップハウスでは、ブローカーや電話勧誘係が詰めている大部屋だ。
 朝7時から夜11時まで休みなしで働く。電話をじゃんじゃんかけまくる。
 これはセールスの電話じゃないと、真っ先に告げる。「今日お電話したのは、いずれこちらからとっておきの情報をお知らせできるよう、お宅様がどういった投資に関心がおありか、うかがおうと思いまして」と言う。簡単な仕事だ。要は、相手の心を開かせ、話を聞く気にさせて、ブローカーに受話器を渡せばいい。
 相手が興味がないとか言ったら、さっさと電話を切る。そして30秒してもう一回電話をかける。
 「さっきは失礼しました。こんな有利な話をお知らせしておきながら、あっさり引き下がるなんて、どうかしてましたよ。絶好のチャンスです。・・・」と、とにかく相手が買う気になるまでしゃべりまくる。
 いやあ、これって日本でもまるで同じ手口ですよね。というか、アメリカの手口をそのまま日本に輸入したのですね。
 投資家連中のお間抜けぶりは不治の病だ。個人投資家なんてのは、馬鹿ばっかりだ。
 顧客リストは、大手会社のそれを横流ししてもらう。
 電話一本で、相手が何者かもわからないのに、100万ドルを見ず知らずの人間にほいほい送ってくれるんだ。売っては買い、売っては買いをどんどん差し引いていく。残高が3万ドルまでいったところで、あとはごっそり手数料の形でパクってしまう。
 あれあれ、これも日本の先物取引のだましの手口そのものですね。
 3000人に電話して、2000人は引っかかる。こんな楽な商売って他にない。名簿にはずいぶんお金をつかった。数千人分だと1万ドルかかることもある。ひとりあたり2ドル払ったこともある。
 ブローカー何人かで組んでワラントの相場を操縦した。それで、誰をもうけさせ、誰をカモにするかは、ルイスの胸三寸だった。誰もが得をする。そんなバカな話があるはずもない。お金には必ず出所がある。
 ルイスはお客を無名人と有名人の2種類に分けた。狙いはセレブから何百万ドルもの大金を引き出すことにある。彼らをおびき寄せるには、餌がいる。取引で損をかぶるのは常に無名人で、セレブは常に勝ち組にまわる。
 客なんて特別扱いにされたい奴ばっかり。あんたがいちばん大切な客だって持ち上げとけばいい。
 本気で大もうけできると信じている連中のお金を巻き上げるから、ときには後ろめたくなることもある。そんなときには、何を今さらくよくよしているんだ、ほいほいお金を送ってくるような間抜けが相手なんだから、気にすることなんかないと、自分に言い聞かせるんだ。
 こうやってルイスは20歳で巨額のお金を手にします。そして、それにマフィアが目をつけ、ルイスの上前をはねるのです。一度マフィアに頼ったら、もう抜けることは出来ません。
 マフィアは刑務所暮らしをなんとも思っていない。受刑という代償を払うからこそ地位と権力と自由をほしいままにできる。だから、誰かが他人様から盗んだお金を平然と巻き上げる。
 ウォール街にひしめくブローカー業者は、特定のファミリーに牛耳られてはいない。ウォール街で重要なのは個人対個人の関係、つまり、どのマフィアとどのブローカーがつながっているかだけ。
 チョップハウスで働く若者やマフィアを潤していたマネー・ロンダリングは、主にロシア出身のユダヤ人とイスラエル人の手で行われていた。
 バケツショップは、客からお金をただ取りするだけで、株を仕入れてもいない。書類もあまりつくられない。書類がなければ犯罪の証拠もないから、取り締まりようもないということだ。
 この本を読むと、マフィアがアメリカからなくなったなんてとんでもないということがよく分かります。それは、まるでウォール街全体をマフィアが裏から動かしているように見えてくるほどです。日本の株式市場の仕手戦にも暴力団の影が見え隠れしていますので、アメリカも日本も同じことなんでしょうね。それでも、ホントいやになりますよね。

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