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上からの革命

カテゴリー:ヨーロッパ

著者:渓内  謙、出版社:岩波書店
 タイトルだけでは、いったい何の本なのか、よく分かりません。サブ・タイトルにスターリン主義の源流とあります。この本を読んでみて、スターリンの独裁権力形成過程の研究と名づけてほしいという感想を私はもちました。いえ、タイトルにケチをつけているということではありません。読んですごく勉強になりましたが、読む前には何についての本だろうかと皆目見当がつかなかったので惜しいと思ったということです。
 著者の名前は、たにうち・ゆずると読むそうです。2004年2月に亡くなられています。東大名誉教授だったそうです。ロシア現代史が専攻です。レーニンの死後、スターリンがまだ独裁的権力を確立する前、1928年から1929年にかけての2年間のソ連を詳細にあとづけ、分析しています。大変勉強になりました。スターリンといえども一挙に独裁者になったのではないのですね。そのことが改めてよく分かりました。
 スターリンを書記長に選出したソ連共産党の新指導部が最初に直面した重大な課題は、1927年10月以降、深刻化の度合いを深めつつあった穀物調達テンポの低落の阻止だった。これを放置すると、都市その他の消費地の食糧不足を招き、ひいては確立された工業化路線を脅かす危険もはらんでいた。
 12月末には、党指導部はパニック状態に陥っていた。調達テンポの急速な引き上げは至上命令となった。
 1928年のスターリンが起草した政治局決定によると、穀物調達に関する中央委員会の指示を達成しない地方党組織の書記は、党規約所定の手続きによらずに中央委員会が罷免できるとした。これは、党書記の全権のもとに、すべての国家、社会組織を一元化する体制の確立が図られたということである。
 調達方法における強制的契機の強化は、統治構造における党書記の位階制の影響力の拡大と並んで、治安警察(オゲペウ)など強制装置の役割が政策の実現過程において突出する傾向を随伴した。
 穀物危機を緊急に打開するための非常手段として、内戦体制の復活を思わせる組織的措置が採られた。この内戦体制への復帰は、完全に党組織主導により行われた。地方の非同調的態度に対する中央の対応は、威嚇と圧力の加重、とりわけオゲペウ権力の利用であった。
 1928年1月15日、スターリンは中央委員会全権代表としてシベリアに出張した。
 1928年の時点では、スターリンは、まだ機構の人であって、個人的独裁権力を確立してはいなかった。スターリンの意思が自動的に党と国家の意志となるというシステムはこの時期には実在していなかった。
 シベリアでの経験をふまえて、スターリンは党組織の浄化を指令した。その対象となったのは、「農村の誰にも損害を与えないで、すべての農民の間で人気を保つことに務め、クラークと断固たたかうことのできない者たち」のこと。つまりは、農民の気分を無視できない良心的な人ということでしょう。なにしろ内戦状態にあるというのですから。
 穀物の供出を拒否したのは、実際には多くは中農であって、クラークは少なく、貧農も少なくなかった。ある管区では、処罰されたのは、中農64%、貧農25%、クラーク7%という割合だった。
 穀物危機に際して、党組織が非常措置適用主体として農村に君臨し、農民と対峙した局面があった。都市と工場から多数の党員が全権代表として農村に送られ、農村党組織、農民コムニストはその分肢として行動することを要求され、抵抗する組織と個人は排除された。農民は、もはや党の安定的同盟者ではなかった。
 農村では、都市に比べて党の組織的基盤は脆弱であり、農民に対する党の日常的影響力は弱かった。穀物情報を戦時的に規制し、農民の動向をふくめて一種の軍事機密として扱われることになった。
 農村において、クラークはいなくなったと考えられていた。クラークは都市の活動家の想像のなかだけに存在した。しかし、党にとってクラークとの闘いは終わらなかった。むしろ、隠れて機をうかがっている存在としてクラークはみなされた。その実体は、農村にある実体的秩序そのものとの闘いであった。歴史的に都市と工業を社会基盤として生成を遂げたボリシェヴィキ党は、農村では組織的に微力だった。
 革命後、統治の党になって党員数は急増し、1921年に58万人、1925年には 100万人をこえた。農村出身の党員も増加したが、それは内戦に勝利する必要から農民出身の兵士に門戸を広げた結果であり、農村における日常活動の成果ではなかった。
 スターリンは、1929年10月の時点では、農村における党の絶望的無力を率直に認めた。農村には、党とはまったく無縁な数千万の農民の大海が広がっている。
 1929年初め、地方党組織あての党中央の声明は、選挙過程への党の強力な介入を指令した。党とコムソモールの系列から多数の責任活動家を農村に投入すること。
 1927年の選挙では、選挙権を剥奪された者が、前回の3倍(選挙民の3.6%)に達した。1929年の選挙では、それがさらに増え、4.1%になった。そして、その基準が客観性を欠いた恣意的な事例が多発した。剥奪の実際は、中農の選挙過程からの脱落をもたらした。
 1929年4月に開かれた党中央委員会で、ブハーリンらは最後の抵抗をした。スターリンのやり方は農民との結合を重視したレーニンの考えに反すると指摘した。しかし、ブハーリンは圧倒的大差でもって敗れ去った。急速な工業化をすすめるために必要な穀物を農民から入手するためには、国家的強制の行使も辞さないという決意が支持されたのだ。
 こうやって、スターリンの強権的独裁が確立していったのです。なるほど、ですね。パンがなくてどうするんだ、という声には誰しも弱いところですよね。530頁もある大部な学術書ですが、ロシア革命の内実を少しうかがい知ることができました。
(2004年11月刊。11,000円+税)

ヒトは食べられて進化した

カテゴリー:未分類

著者:ドナ・ハート、出版社:化学同人
 ほとんどの霊長類は、夜、集団の仲間が休んでいるあいだに子どもを産む。夜のあいだに出産すると、雌は集団と一緒に再び移動しなければならなくなる前に、陣痛、分娩から赤ん坊の最初の世話まで、ゆっくり時間をかけてすることができる。そして、翌朝には、仲間と合流して、食物をあつめるための移動に出かけていける。出産直後に取り残される心配はないし、捕食者から攻撃を受ける危険も減る。
 人間の赤ん坊も、ほとんど夜に生まれている。だいたい午前2時から3時のあいだにはっきりしたピークがある。これは、集団という安全な場所での出産が必要だった遠い昔に記憶が今に引き継がれているのだろう。うむむ、そういうことだったのですか・・・。
 パタスモンキーの集団は小さく、開けたサバンナという生息環境に置かれているため、とくに夜間に攻撃を受けやすい。また、夜間出産をすると、においが立ちこめるので、暗闇の中で腹をすかせて待ちかまえている捕食者たちにメスのパタスの位置を悟られてしまう。だから、日中出産をする。
 ヒト科を守ってきたのは、音を交わすことによって仲間に警告したり、挨拶したり、結束を固めたりする能力だった。
 初期ヒト科は、ネコ科、イヌ科、クマ科、ハイエナ科、猛禽類、爬虫類にとって、おいしい食材だった。初期ヒト科は二足歩行していた。初期ヒト科は声を出して意思を伝えあっていた。初期ヒト科は集団で暮らしていた。初期ヒト科の脳は、数百万年をかけて大きくなっていった。
 メスに対するオスの優位性は、霊長類社会に浸透している特性の一つ、などでは決してない。伝統的な社会の多くでは、権力の配分はずっと平等主義的だ。たとえば、カラハリ砂漠のクン・サン族や中央アフリカのムブティ・ピグミー族のような熱帯狩猟採集民では、家族内でも公の場でも、男女間では、かなり等しく権力を分けあっている。
 続いて、笑ってしまう話を一席。アフリカでキリスト教の布教が始まったころの話です。宣教師向けに書かれていた、ニシキヘビに出会ったときの心得です。ニシキヘビは人間よりも速く走る。すべきことは、地面の上に仰向けに寝そべり、両脚をそろえ、両腕とも身体の横につけ、頭も完全に地面につける。すると、ニシキヘビは、ヒトの身体の下に頭を押しつけようとする。少しでも隙はないかと試しているのだ。冷静を保つこと。少しでも動くと、身体の下に入りこみ、とぐろを巻きつけて絞め殺そうとする。しばらくすると、ニシキヘビはもぐり込もうとするのをあきらめ、恐らく何の前置きもなく飲み込もうとする。たぶん片方の脚から始めるはずだ。でも冷静さを保ち、脚は飲み込まれるままにしておく。まったく痛くはないが、時間がかかる。気が動転してもがき出すと、ニシキヘビは即座にとぐろを巻きつける。冷静さを保っていると、飲み込まれ続ける。膝くらいまで飲みこまれるまで辛抱強く待つ。それから、注意深くナイフを取り出し、ニシキヘビの口のふくらんだ方に差し込んで、裂け目から一息に切り裂く。
 うひょう、嘘でしょ。こんなことって、冷静になって出来ませんよね。ニシキヘビは体重90キロ、身長が5.8メートルもあります。
 初期ヒト科は声を出して意思を伝えあっていた。初期ヒト科は集団で暮らしていた。けれども、ヒト科は食べられるのを待ってぼうっと突っ立っていただけではなかった。生き続けるのは、あらゆる生き物の目標だ。
 ホント、世の中には知らないことがたくさんありますよね。
 あるところで私が昨年500冊以上の単行本を読んだと書いたところ、同期の親しい弁護士から、「あんたもそろそろいい年齢(とし)なんだから、そんな難行苦行はやめたほうがいいよ」というありがたい忠告を受けました。ところが、本を読むというのは、私にとって苦しいなんてことではまったくありません。それどころか、片時だって本を手放したくない、喜びにみちた行為なのです。知るって、楽しいことなんです。こうやって書評を書き続けているのも、その楽しさをなるべく大勢の人に分かちあいたいと思っているからです。そんなわけで、今後とも書き続けます。
(2007年7月刊。2200円+税)

仕事師たちの平成裏起業

カテゴリー:社会

著者:溝口 敦、出版社:小学館文庫
 この本を読むと、日本って、いったい何という国なのか、底知れぬ不安にかられます。日本のヤミ世界のだましの手口を、これでもかこれでもかと明らかにした本なのです。
 初めて会う人間には5つを表現せよ。1つは相手に力を示す。自分のうしろには若い者を3人ほど控えさせる。力の表現だ。2つ目は経済力を保持する。3つ目は知識、4つ目は人間性。5つ目はユーモア。この5つを全部表現すること。なぜかなれば、人は出会いで何かを求めているから。だから、ヤクザの親分のうしろに若い者が必ずいるんですね。
 インターネットが出てきた当時、ドッグイヤーと言われた。その後がキャットイヤーで、今はマウスイヤーだ。昔の13年が、1年で流れてしまう。たしかに、世の中の移り変わりの早さについていくのが大変です。法律もどんどん変わっていき、困っています。
 覚せい剤は、北朝鮮が主につくっていたけれど、アメリカと日本と韓国の取り締まりが厳しくなり、今は、中国、フィリピン、台湾あたりを経由する。もちこみはハンド。手で、女の身について運ぶ。1キロ単位なので、品薄、値上がりしている。
 韓国でバイアグラを偽造しているけど、ちゃんと効き目がある。
 ヤミ世界の金利は月に1割。これは東も西も定番だ。
 ふりこめ詐欺は経費が月に100万円で、売上げの9割は利益になる。ふりこめ詐欺屋にとって、名簿は命だ。ネタとしていいのは、ケータイのアダルトサイト利用者の名簿だ。
 ケータイの出会い系サイトで客に来るメールの半分以上はサクラの作文だ。サクラの時給は1200円〜1500円。4〜6交代制で、24時間対応する。サクラを引き受ける会社やサクラを派遣する会社まである。
 サクラは男に会わないし、会わせない。話題をそらすのもテクニックのうち。アドレスを集めるため、女の子を装って、よその出会い系サイトに入り、1日1000個も集める。
 ネットキャバ(ネッキャバ)は、男たちが安全な自室にこもって、女性とのきわどい会話を楽しみ、女性の裸を見たがり、注文をつける。1日で700万円の売上げと豪語するサイトもある。女性も自室にいて、在宅で稼げる。ひゃあ、そんな商売があるんですか。
 裏ビデオの店は、繁華街のコンビニの横か前、あまりにぎやかでなく、かといって裏通りでもないところで、店員は50〜60代の男性がよく、店は平均20坪で1階がいい。
 ほかにもいろいろありますが、人間不信がひどくなりますので、ここらでやめておきます。なんとも嫌な商売がこんなにも多くあるのですね。こういう商売をしている人って、いったい子どもには何と説明してごまかすのでしょうか・・・。
(2007年1月刊。552円+税)

北朝鮮を継ぐ男

カテゴリー:朝鮮・韓国

著者:近藤大介、出版社:草思社
 東京・神田に事務所を構える「成甲書房」の主である朴甲東(パクカプトレ)の生い立ちを語ることは、日本と朝鮮半島(韓国と北朝鮮)の関わりを明らかにする現代史を語ることです。
 両班(ヤンバン)の名家に生まれ、戦前、早稲田大学で学び、戦後は朝鮮に戻り、朝鮮共産党の指導者であった朴憲永(パクホニョン)につかえ、李承晩(イスンマン)政権と対決する南朝鮮労働党(地下党)の層責任者もつとめた。朝鮮戦争が始まってから、北朝鮮へ行き、文化宣伝省ヨーロッパ部長に就任した。そして、1957年に金日成の粛清を逃れて中国経由で日本に亡命して現在に至っている。いまは「金日成ー金正日王朝」の崩壊後をにらんでつくった朝鮮民主統一救国戦線の常任議長である。
 戦前の朝鮮の独立運動は、両班層、富裕層の子弟たちが中心となっていた。日本敗戦後、日本という重しが取れるや、朝鮮政界は、よく言えば百花繚乱、率直にいうと混乱状態にあった。五大派閥があって、そのほかに海千山千の政治団体がうごめき、収拾不能の事態に陥っていた。
 朝鮮共産党の幹部の多くは、両班出身のインテリだった。
 1946年夏ころ、朴憲永の指導する朝鮮共産党は全国に60万人の党員をかかえていた。金日成は、朴憲永の暗殺を企て、刺客まで送っていた。
 1948年8月、北朝鮮で最高人民会議代議員選挙が実施された。このとき、南では直接投票ができないので、南労党員たちが、知人から党の決定した選挙に投票を委任するという署名・捺印を集めてまわった。このとき、集めたのは673万人もの委任状を集めた。これは実に8割近い人から委任を受けたというすごい高率です。信じられません・・・。
 金日成が生きのびるためにとった戦法は次のようなものである。
 金日成は自分に忠誠を誓わない連中を、まず2分する。そして、一方を優遇し、優遇した側に他方を粛清させる。その後、優遇していた一方も粛清する。このような巧妙な手をつかって、対立分子を次々に排除していった。朴憲永副首相、許可誼(ホガイ)党副委員長、金抖奉(キムトウボン)最高人民会議常任議長・・・。
 1950年代の後半に、大物政治家が次々に粛清されていった。
 いま北朝鮮の核開発が国際的に注目されています。アメリカも、ひところは「悪の枢軸国」などと決めつけて武力侵攻一本槍でしたが、アフガニスタンやイラクでの軍事制圧が依然として完了していないことから、少しずつギアチェンジし、対話路線をとるようになりました。
 にもかかわらず、日本政府はアメリカにも逆らって北朝鮮との外交交渉もしないまま今日に至っています。なんたる無為無策でしょうか・・・。日本は、もっと北朝鮮に対しても平和外交のレベルで積極的にイニシアチブを握って、行動すべきだと思います。
(2003年2月刊。1700円+税)

進化で読み解くふしぎな生き物

カテゴリー:生物

著者:北海道大学サイエンスライターズ、出版社:技術評論社
 地球上には、さまざまな変な色と形をした生き物がうごめいています。この本は、写真と絵で、それを具体的に紹介してくれます。でもでも、もっとも不思議な生き物って、やっぱりヒト、そう人間ですよね。必要もないのに殺しあったりして、多くの人を無意味に殺した人間が英雄になったりして、ですね。まったく合理的な存在ではありません。どうして、ヒトはこうなったんでしょうね。それはともかく、変な生き物のいくつかを紹介することにしましょう。
 コウモリは、かつて自分が困っていたときに食物である血を分けてくれた個体に、自分が吸ってきた血を与える傾向がある。コウモリは飢え死にしそうな個体のうち、どのコウモリに血をあげて、どのコウモリを見殺しにするか、きちんと考えている。
 アデリーペンギンは、巣づくりの石が足りなくなると、メスは、他のつがいのオスか独身のオスの巣に行き、交尾をするのと交換条件で石をもらう。石を手に入れたメスは自分の巣に戻り、その石をつかって巣をつくり、つがいのオスと仲良く子育てする。
 アリはハチの仲間であり、シロアリはゴキブリの仲間である。つまり、アリとシロアリは、全く分類上は異なっている。
 ジュウシマツは江戸時代初期にインドから輸入されたスズメの仲間コシジロキンパラを祖先とする。オスのジュウシマツはカゴの中に好みのメスを見つけると、自慢の鳴き声をきかせる。その歌は文法をもっていて、それが複雑であるほどメスは強く反応する。オスは頭をつかって、なるべく良い歌をうたってメスの注意をひいて、口説き落とそうと努力するのである。ペット化されてわずか200年のあいだに、この技を身につけた。
 タマシギは一妻多夫で、メスがオスに求愛し、オスが抱卵、子育てする。メスは一腹分の産卵を終えると、オスに卵を残して移動していき、新しいオスと次々につがって産卵する。オスが子育てをする鳥では、オスがメスを選ぶ傾向にあるため、メスがきれいな羽色を発達させ、一妻多夫となる。
 寄生虫のサナダムシは、卵を2年間、休みなしに毎日うみ続ける。1日に20万個〜 100万個にものぼる。2年間の一生のうちに1億4600万個もうむ。ところが、1億個以上うんでも、終宿主にたどり着けるのは1匹程度。それでも、ヒトの小腸に入ると、1日に5〜20センチの割合で成長し、2週間で成虫になる。このとき、5〜10メートルになる。1ヶ月後から卵をうみはじめる。
 ホヤは、体液中に硫酸をもっている。ペーハー2以下というので、たいしたもの。それで捕食者から身を守っている。ところが、人間はそのホヤを美味しい珍味として食べるのですね。私も仙台に行ったとき何度か食べてみました。それほど美味しいとは思えませんでした。たしかに珍味ではありましたが・・・。
(2007年5月刊。1580円+税)

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