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市民輝く狛江(こまえ)へ

カテゴリー:社会

著者 矢野 ゆたか、 出版 新日本出版社
 東京都にある人口8万足らずの小さな市で13年間にわたって市長を務めている著者による体験レポートです。大変面白く、うんうんと共感しながら読み進めました。読み終わってさっぱりした爽快感があります。
市長としての気苦労は大変なものがあると思いますが、著者はかなりの楽天家のようです。表紙にある顔写真の屈託のない笑顔がとても素晴らしく惹きつけられます。
 この本を読んで感銘を受けたところは多いのですが、なかでも挨拶についてのこだわりというところはさすがだと思いました。
 政治家として言葉を大切にしてきた。言葉や活字にどれだけ自分の思いを込められるか、言論を通してどれだけ市民に伝えられるか、政治家はここで勝負すべきだと思っている。
 職員の書いた挨拶原稿を棒読みにするのでは市民と市政との溝は埋まらない。挨拶を大事にするため、担当課に下原稿を書いてもらう。これは、その事業の正しい実態をつかみ、職員の見方も念頭に置いて話すためだ。そのうえで自分の言葉に直し、話しやすい流れに書き換え、持ち時間に字数を合わせる。したがって、挨拶原稿は職員との合作で完成する。そして、前の晩に原稿内容を頭に入れ、当日は原稿なしで話す。
 すごいですね。たいしたものです。実は私もなるべくこの矢野方式を実践しています。原稿を書いたうえで、当日は目の前の聴衆の顔を見ながら、即興を交えて話すようにします。もちろん予定時間は厳守します。
 裁判員制度が始まりました。福岡の第一号裁判でも、弁護人は原稿を見ずに、メモを手にすることなく、裁判員に語りかけるように話していったそうです。簡単なようで、とても難しいことです。
 著者は、市長になる前、日本共産党公認の市会議員として6期目に入っていました。ところが、現職市長が突然、賭博で莫大な借金を作ったことを告白し、失踪してしまったのでした。バカラ賭博で40億円もの借金を抱えたというのです。そんな状況で、市民からの要請を受け、投票日の1ヶ月前に出馬表明して、ついに当選したのでした。
 大型公共事業を減らし、生活道路など中小零細業者ができるレベルの事業を増やしたため、市内業者の受注率は上がった。
 狛江は犯罪の発生件数が東京でも一番と言っていいほど少なくなっているそうです。市民による防犯パトロールの成果だということです。しかも、これが市の予算措置はなく、ボランティア活動として続いています。
 多数野党の横暴に抗しつつ初心と政策を貫いていった著者のたくましさには感嘆するばかりでした。同じ団塊世代ですが、私より少しだけ年長です。ぜひ、これからも元気にご活躍ください。
 連休中、久しぶりに近くの山に登りました。しばらくは森のなかを歩きます。薄暗く、ひんやりした空気のなかを歩いていきます。やがて、胸突き八丁の昇り口にさしかかります。急な崖を一気にのぼります。ツクツク法師が鳴いていました。この山はクマこそ出ませんが、イノシシはいます。急に遭遇しないことを願いながら、一歩一歩歩きます。久しぶりに登山靴をはいたので、踵がこすれて痛みがあります。ようやく尾根に出ました。珍しく誰にも会いません。尾根の両側は見晴らしがいいはずなのですが、夏草が高く生い茂っているため、外界を見下ろすことができません。向こうから中年の女性が一人でおりてきました。「絶景を先ほどまで一人占めしていました」とのこと。そうなんです。388メートルの頂上の少し先が、開けた草原になっていて、そこから360度、四方八方が眺められるのです。リュックをおろして、上半身裸になって汗を拭きます。裸のままおにぎりをほおばりました。山上の草原を吹き渡る風の爽快さがなんとも言えません。梅干しのたっぷりはいったおにぎりをかみしめ、紅茶で喉をしめらします。至福のひとときです。
(2009年6月刊。1500円+税)

最高裁判所は変わったか

カテゴリー:司法

著者 滝井 繁男、 出版 岩波書店
 2002年から2006年までの4年間、最高裁判所の判事だった著者が体験をふまえて最高裁の現状を報告しています。弁護士界の中に「過払いバブル」というべき現象が起きていますが、著者は貸金業者の超高金利は支払った債務者へ返すべきだという最高裁判決をリードしました。
 体験記なので語り尽くすというわけにはいかないのでしょうが、それなりに最高裁の内情が伝わってきて一気に面白く読めました。
 最高裁判事になるには、4人の弁護士枠の場合、弁護士会内の推薦手続を経なければなりません。今のところ、一人の例外を除いて東京と大阪で独占しているという問題点があります。
 アメリカみたいに50代で斬新な考えを持った人が最高裁判事になっても良さそうですが、みんな60歳すぎの人ばかりです。それでも、弁護士枠はそれなりに内部手続がありますが、行政や学者の枠となると、まさに当局側による一本釣りでしかありません。
 いま、行政出身の最高裁判事の一人(女性)は大牟田出身です。少しは庶民感覚を持っていることに期待したいものですが…。
 最高裁が国会の定めた法令を違憲としたのは、過去に8件のみ。ただそのうち3件までは2001年以降に出ている。
 最高裁に持ち込まれる民事・上告事件は、年間7000件近い。そのため、一つの小法廷で扱うのも2000件をこえる。このほかに抗告事件もある。
 最高裁には調査官がいて、報告書が作られる。最高裁判事はまず調査官報告書を読む。そのうえで上告理由書を読み検討し必要なときには記録にあたる。
 最高裁の判事が審議するのは、週に1回か2回。小法廷ごとに異なる定例日に開かれる。調査官も同席するが、求められたときのみ発言する。
 主任裁判官は事件ごとに機械的に決まっている。審議室で取り扱うのは、1回3~5件。
 最高裁の法廷で弁論があるのは原判決が変更されるときだという慣例が確立しています。しかし、それは昭和40年代まではなかったということです。
 私も、一般民事事件で2度、最高裁の法廷に立ちました。通行権と交通事故でした。この2件ともなぜ負かされるのか納得できませんでしたので、当日、口頭弁論してみました。書いたものを読み上げるだけの弁護士が多いそうですが、そんなことはしませんでした。とはいっても、話した内容に自信があったわけでもありません。私は法廷で話しながら判事たちの反応をうかがいましたが、悲しいかな何の手応えもありませんでした。ああ、単なるセレモニーなんだなと実感して、悲しくなりました。そのとき大学生として東京にいた息子と娘を傍聴させていましたので、親としては良かったのですが……。
 著者は何回か印象に残る弁論を耳にしたそうです。ともかく、法廷で書いたものを読み上げるだけなんて、最低です。やっぱり聞かせる工夫は必要だと思います。
 刑事事件について、下級審の記録を読んで次のような印象を持ったそうです。
 裁判所には、罪を犯した者は逃してはならないという気持ちが根底に強いのではないか。果たして疑わしきは被告人の利益にという鉄則を考慮していたのか疑わせるものがある…。うむむ、なるほど、これは私の日頃の実感でもあります。
 裁判員裁判に反対する意見の多くは市民を入れることに反対するというものです。しかし、先ほどのような意識の裁判官に全部任せていいものでしょうか。それよりよほど裁判とは無縁だったフツーの市民を交えて議論した方がいいと私は思います。
 このところ、最高裁は利息制限法に絡むものばかりでなく、いろいろ画期的な判決を出して世間の耳目を集めています。かえって、下級審の方が旧態依然の判決を出して失望させることも多いのです。
 司法改革論議に個々の最高裁判事はまったく関与していないというのは、気になりました。
 4年間お疲れ様でした。ぜひ今後ともお元気にご活躍下さい。
(2009年7月刊。2800円+税

イスラエル

カテゴリー:アラブ

著者 臼杵 陽、 出版 岩波新書
 ユダヤ人といっても東欧、ロシア出身の「白人」からエチオピア系の「黒人」まで様々である。アシュケナジームは、ドイツ系ユダヤ人。スファラディームはスペイン系ユダヤ人。エチオピア系ユダヤ人は10万人。貧困層が多く黒い肌の色のために差別されている。そしてイスラエル人口の2割が超正統派ユダヤ教徒である。
 イスラエルには建国前からこの他に住んでいるアラブ人が人口の2割近くもいる。イスラエルの人口は737万人。そのうちアラブ人が148万人いる。740万人に対して150万人だから、アラブ人の占める比率は決して小さいとは言えない。イスラエルに居住するアラブ人はイスラエル国家と文化に決して同化しようとはしない。
 世界で最大のユダヤ人口を擁する国家はアメリカである。アメリカには650万人のユダヤ人がいる。
 イスラエルには憲法がない。憲法に変わる基本法はある。ユダヤ国家においてユダヤ教をどのように位置づけるかを巡ってユダヤ教宗教勢力と世俗勢力が激しく対立し妥協を見出せなかった。そのために憲法を制定することができなかった。
イスラエルの独立宣言はユダヤ国家であると同時に民主国家であると規定している。イスラエル大統領は国事行事を行う国家元首であるが、実権を持たない名誉職である。
 イスラエル建国後の大規模なユダヤ人新移民のほとんどではシオニズムという政治イデオロギーとは無縁の人々だった。そのため、建国前のシオニズムの考え方に共鳴してやって来たユダヤ人移民の性格を根底から変えた。
 1950年代に入ってモロッコ系ユダヤ人(ミズラヒム)が大量に移民してきた。ホロコーストの悲劇を経験しておらず、シオニズムのイデオロギーも信奉せず、モロッコ社会で培われた独自のユダヤ教信仰を持っており、イスラエル社会では異質の人々であった。このようなホロコーストを体験していない人々をイスラエル人として国民統合すべく政治的に利用されたのがホロコーストの神話であり、アイヒマン裁判であった。
 1960年代を通じてホロコーストは、イスラエルの国民統合にとって不可欠なシンボルへ昇格した。というのも、シオニズムがイスラエル国民を統合するためのシンボルとはなりえなったからである。
 1995年11月オスロ合意に調印したラビン首相は和平に反対する熱狂的なユダヤ人青年によって暗殺された。
 私は、このとき、ちょうどデンマークかどこか、ヨーロッパの都市にいました。また戦争が始まる。そんな不安へかき立てられたことをよく覚えています。
 2005年11月、労働党の党首にモロッコ出身のペレツが選出された。
 それまで労働党の支持者はキブツ居住者と都市中間層を中心にする高学歴の欧米系ユダヤ人だった。他方、リクード党は地方都市在住で、中東イスラーム世界出身の貧困層だという大まかな図式があった。それも壊れつつある。
 大きな内部矛盾を抱えるイスラエルという国を垣間見ることができました。
(2009年4月刊。780円+税)

くらげ

カテゴリー:生物

著者 中村 庸夫、 出版 アスペクト
 海月、水母、久羅下。クラゲをあらわす言葉です。海の中をふわりふわりと漂っていくクラゲは夢幻の存在というほか言い表しようがありません。
 英語ではゼリー・フィッシュというそうですが、まさしくゼリー状の姿をしています。でも刺されたら痛い存在です。私も子どもの頃、お盆過ぎに海水浴をして、クラゲに刺されて痛い思いをした記憶があります。
 クラゲは古事記にも登場しているそうですが、なんと、魚や恐竜よりはるか古く、10億年前に地球上に現れたといいます。
 脳も心臓もエラも骨もない。動物でも魚でもない。プランクトンなのである。
 海の中をフワフワと漂っているのは、クラゲの一生の中のほんのわずかな期間であり、その他の期間は「ポリプ」の姿で付着生活をしている。
 さまざまなクラゲの生態が見事な写真で紹介されています。コンパクトな写真集ですが、生物の多様性を発見・実感させるものとなっています。
 漆黒の水中に体を輝かせて浮かぶ姿は、まるでUFOが宇宙から舞い降りてくるような錯覚をおこさせた。
 こんなキャプションがついていますが、まったくそのとおりです。
 しかも、いかにもカラフルな姿がカラー写真で紹介されています。造形美の極致というべきクラゲの姿は、いつまでも見飽きることがありません。
(2009年3月刊。2000円+税)

いっしょがいいね

カテゴリー:生物

著者 間山 公雅、 出版 文藝春秋
 眺めているうちに、心がほんわかあたたまってくる。そんな鳥たちの可愛い写真集です。
 みずみずしい緑の森の中で、枝にとまった2羽のフクロウが仲良く寄り添っています。隣のフクロウの身繕いに手を貸したりもします。
 丹頂鶴に赤ちゃんが生まれました。丹頂鶴は、求愛ダンスで愛を確認しあうと死ぬまでパートナーを変えず添い遂げるそうです。卵は夫婦で交代しながら温め、家族単位で行動します。赤ん坊が親の背中の羽毛に埋もれるようにしてもぐりこみ、頭だけを出しているほほえましい写真もあります。子どもたちは親からエサを分けてもらったりしながら、次第に大きくなっていきます。身体が白いのが親で黄色いのが子どもです。
 ところが、菜の花の咲く頃には、子どもの身体も白くなり親と見分けがつきません。やがて、親にならって求愛ダンスを始めます。
 災害や戦争などを追いかけていたカメラマンが故郷の北海道をまわって写真を撮り始めたのでした。良くできた、小さな写真集です。
(2009年1月刊。1238円+税)

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