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タイ 中進国の模索

カテゴリー:アジア

著者 末廣 昭 、 出版 岩波新書
 タイには一度だけ行ったことがあります。かつて一度も他国の植民地になったことのない安定した王国です。僧侶の多い、微笑みの農業国という印象も受けます。ところが、バンコクに行ってみると、すごい渋滞の国です。
 高層ビルが立ち並んでいて、高架鉄道が走っています。治安は良いので、私も一人で高架鉄道に乗って、シルクの店に出かけたのでした。
 ところがタイは、農業国ではなく、工業国である。輸出額のトップはコメではなく、コンピューター部品なのである。大学生は一握りのエリートではなく、在籍者は180万人にのぼる。増加するストレスに直面して、微笑みを失った国になっている。
 1973年に軍事政権が倒れてから2008年末までの35年間に、クーデターが4回、憲法制定が6回、総選挙は14回、政権交代は27回も経験している。首相の平均在任期間は1年半という短さである。 タイは決して政治的に落ち着いた国ではない。黄色シャツは反タクシン勢力、赤色シャツは親タクシン勢力である。この対立を民主主義を推進する勢力と阻害する勢力の対立、王制を守るグループとないがしろにするグループの対立、都市の中間層と農村の貧困層の対立というとうに、国を二分するグループ間の衝立という構図に読みかえるのは適切でない。国民の大多数は黄色にも赤色にも、そのなりふりかまわない実力行使にうんざりしている。
 タクシン元首相は1949年生まれですから、私と同じ団塊世代ということになります。警察中佐でしたが、コンピューターのレンタル事業に乗り出し、またたくまにタイ最大の通信財閥に発展させた。1998年、51歳の若さで首相に就任し、2006年9月のクーデターまで5年8ヶ月、政権を維持した。
タクシン首相による「国の改造」は国王と王室の威信と権威を傷つけ、国軍の人事や国防予算といった軍の聖域を土足で踏み荒らし、官僚を政策決定機構から排除していった。当然、そこに反発と不満を引き起こした。
 タイという国を多角的に分析していて大変分かりやすく読みすすめることができました。
        (2009年8月刊。780円+税)

がん患者、お金との闘い

カテゴリー:社会

著者 札幌テレビ放送取材班、 出版 岩波書店
 がんにかかったときの治療費がこんなに高いということを改めて認識しました。そして、がん保険があまり役に立たないことも知りました。
 がん保険は入院に対しては手厚いが、通院治療はほとんど対象としていない。1日の通院保障は最大1万円までが多い。この金額では、1回の通院で3万5千円とか5万円かかるのに対しては十分ではない。がんといえば。手術と入院だった時代から、化学療法による通院が増える時代となった今日、がん保険も入院を保障するだけでは、ニーズにこたえられない。そうなんですか……。ちっとも知りませんでした。
 抗がん剤の開発は日進月歩。ここ10年で種類が一気に増えた。北大病院に常備されている抗がん剤は、120種にのぼる。
 治療費が100万円かかっても健康保険をつかって自己負担が9万円ですむのはありがたい。4回目からは1回あたり5万円ほどの自己負担になる。これは高額医療費の支給を受けているとき。ところが、高額医療費は、なんと3ヶ月後に払い戻されるもの。それまでは自己負担を強いられる。なんと患者に冷たい医療行政でしょうか……。せめて窓口で利用できるようにすべきだと思います。スペインやイギリスのように窓口負担なしにすべきです。
 日本にお金がないわけではありません。1隻1000億円を超すヘリ空母を作ったり、日本に駐留しているアメリカ軍への思いやり予算をはじめ、ムダな軍事予算を削るべきではないでしょうか。
 がん患者の年間の自己負担額は、平均101万円である。
 がん患者にも、障害年金の支給がありうることが意外に知られていない。これは20年以上も前、1980年からのことである。
 日本でも、かつては、健康保険の自己負担は初診料200円だけという時代があった。ところが、1984年に1割負担、1997年に2割、2003年に3割へと、患者の自己負担はどんどん引き上げられていった。家計の負担が増えたにもかかわらず、国の負担は1980年度の30.4%から24.7%へと、6%も削減されている。
 アメリカのマイケル・ムーア監督の、『シッコ』を思い出しました。同じ資本主義国でも、イギリスは病院での窓口支払いはゼロ。それどころか、病院の窓口では通院費用を支払ってくれるというのです。ところがアメリカでは、オバマ大統領が国民皆保険を目ざすと、たちまち、社会主義者、アカというレッテルを貼られ、けたたましい非難を浴びせられかけているのです。もちろん、その背後には、高額の収益を上げている民間医療保険会社が潜んでいるわけです。それにしても、まだまだアメリカの国民の少なからぬ人々が、自己責任の原則を信奉し、弱者切り捨ての論理にどっぷり浸っていて、哀れとしか言いようがありません。
 日本はアメリカを手本にするのではなく、イギリスやフランスなどを見習うべきです。
(2010年2月刊。1600円+税)

離婚で壊れる子どもたち

カテゴリー:社会

著者 棚瀬 一代、 出版 光文社新書
 面会交流権について、私はこれまでかなり消極的でした。その法制化にも反対で、せいぜいい運用で考えたらいいと考えてきました。子どもにとって、別れた父親(大半がそうです)に会っても、あまりいいことはないというのが根拠でした。それが、この本を読んで大きく変わりました。やはり、子どもにとって、その成長過程で父親との交流は不可欠かもしれないと思うようになったのです。この本は、アメリカと日本の実践にもとづいていますので、とても説得力があります。
 現在の日本では、3組に1組の結婚が離婚に至っている。年間26万件にのぼる。そのうち4割が乳幼児を抱えている。
 離婚ケースの8割で、母親が親権者となり子ども全員を引き取って育てている。子どもが3人以上いても、7割の母親が全員を引き取っている。
日本の離婚の9割は協議離婚である。
 離別した母子世帯の平均年収は、202万円(1992年度)と低い。別れた夫から養育費の支払いを受けているのは15%でしかない。養育費の取り決めをしても、1年で半分は約束を守らなくなり、2割だけが履行しているにすぎない。2003年の法改正によって養育費の給料天引きが認められるようになったが、それでも19%に過ぎない。
 両親が離婚騒動をひき起こしたとき、子どもが強迫的に学業に励み、「良い子」に徹することで大変な時期を乗り越えようとする過剰適応の子どもがいる。こういう子どもは、後になって「良い子症候群」になり、学業に集中できなくなる危険性をはらんでいる。
 両親が別居すると、ほとんどの場合、子どもは抑うつ状態に陥るが、この状態のときにはいじめにあう危険性も高まる。
 1歳半から3歳児までのあいだ、子どもが父親との接触がないときには、父親の面会申出に対して、子どもは「両親そろった家族」の記憶がないので、「別に会いたくない」と拒否することが多い。それは、たしかにその時点での子どもの正直な気持ちではあるが、その気持ちに母親が便乗して会わせないと、子どもは父親像を欠いたまま育ってしまう。
 性同一性の模索を始める思春期になると、必ず「自分のお父さんは、どんなお父さんだったのだろう?」と気にかかりだす。女の子であれば、青年期になって異性との親密性を求める段階になって、同世代の異性にはまったく興味がわかず、父親世代の異性に父親像を追い求めるという問題になって現れてくることが多い。
 男の子であれば、性同一性の確立が困難になったり、結婚後に自分の子どもに父親としてどのように向き合ったらいいのか分からないという問題となって現れる。
 したがって、父親が面会を求めてきたら、母親は自分の気持ちはさておいて、父親と子どもが会う機会を設定する方向に協力することが、子どもの発達にとって望ましい。
 3歳から5歳児までの子どもは、基本的に道徳的な判断をしないのが特徴である。離婚に際して、両親のどちらが悪いのかという判断をしない。そして、自己中心の心性がある。離婚によって家庭が壊れたとき、それは自分が悪い子だったからだという自責の念から極端に良い子になってしまうことがある。自分が頑張って良い子になれば、親はまた元に戻るかもしれないという幻想を抱く。
 そこで、極端に良い子になっている子どもに対して、離婚したのはあなたのせいじゃないのよと繰り返し繰り返し言って聞かせる必要がある。
 片方の親が意図的に子どもの世界から消えることを選んだときには、子どもがその傷から完全に癒えることはないだろうと言われている。父親に対する抑えがたいノスタルジーとともに、自分を見捨てた父親への許しがたい怒り、そして見捨てられたという癒しがたい傷、悲しみが成人してまで残る。
 6歳から8歳児までの子ども、親に見捨てられたという気持ち、悲しみがどの時期よりも深い時期である。この時期の男の子は、去っていった父親への思慕が強く、一緒に暮らす母親に対して結婚を壊したことや、父親を追い出したことに対して怒りを向けることが多い。父親がでていったあと、虐待的だった父親とまったく同じことを母親やきょうだいにし始め、母親がショックを受けることがある。
 9歳から12歳の子は、道徳観、正義感が強く、白黒をはっきりさせ、グレイゾーンを許せない発達段階にある。離婚の責任はどちらにあるのかを判断し、「良い親」と同盟して、「悪い親」へ復讐することがある。
 しかし、この子どもの心性を利用して味方に取り込み、他方の親を子どもの世界から排除するならば、やがて、子どもが青年期になったときに、自分を片親から疎外させた親に嫌気がさし、良い関係を維持することができなくなる危険性が高い。
 13歳以上の思春期・青年期にある子どもにとっては、もっとも安定した家庭を必要としている時期であるので、片親が突然に家を出ていったりして家庭の基盤が不安定になることは、子どもにとって大きなショック体験である。子どもの反応として、親に向けるべき怒りを打ちに向けて抑うつ状態に陥り、不登校やひきこもりになる場合と親への怒りが置き換えられて外に向けられ、学校で攻撃的行動をとったり、非行に走ることがある。
 子どものために争っているつもりが、いつのまにか子どもを置き去りにして夢中でいがみ合い、闘いをエスカレートさせていくことがある。同居する親への気遣いと忠誠心から、別居している親への思いを語れずにいる子どもから、そのホンネを聞き出すのは非常に難しいことでもある。
 子どもに虐待などの直接的な危害が及ぶような例外的な場合を除いて、原則的には、子どもには離婚後も両親との継続的かつ直接的な接触を保証するという方向に向かうべきである。別居している父親と良い関係を継続させることが子どもの精神的な健康にとって決定的に重要なのである。
 子どもの発達段階に応じて、親との関係が具体的に語られていますので、実務的にも大いに勉強になりました。目下、同種のケースの裁判を担当していますので、よくよく話し合ってみたいと思います。
 
(2010年2月刊。860円+税)

山谷でホスピスやってます

カテゴリー:社会

著者 山本 雅基、 出版 じっぴコンパクト新書
 山田洋次監督の映画・最新作『おとうと』に登場するホスピスのモデルは大阪ではなく、東京の山谷(さんや)にあったのでした。いやあ、すごい人たちがいるんだなと映画を見て感嘆したのですが、この本を読んでその感嘆は驚嘆というべきものに変わりました。まさしく、こんな善意の人々が少なからずいるので日本社会はまだ成り立っているのだと、胸の内が震えるほどの感動をじっくり味わいました。こんな素晴らしい本に巡り合えてよかったなと思う半面、自分は今どれだけのことが出来ているのかと、ついつい反省させられたことでした……。
 学生のころ東京に10年ほど住んでいたことのある私ですが、山谷のドヤ街には一度も行った事がありません。なんだか怖いところというイメージがあったから、近寄りがたかったのです。
 ドヤとは、宿(ヤド)をひっくり返した言葉。宿は簡易旅館のこと。ドヤは1泊2000円。平均年齢60数歳の単身男性3500人が生活している。
 「きぼうのいえ」の居室は、すべて個室。部屋にはテレビがあり、事務所にあるビデオ・ライブラリーから毎日2,3本のペースでビデオを借りることができる。
 ここでは、喫煙も飲酒も、本人の健康に多大の悪影響を与えない限り、規制しない。消灯時間もない。入居者は、みな生活保護を受けている。
 居室のベッドのシーツにできたタバコの焦げ穴の数と、その施設の住みやすさは正比例する。
 入居者の過去は問わない。入居者が語りたい過去は聞くけれど、それ以上は踏み込まない。
 「きぼうのいえ」は40坪の土地に建っている。銀行からの借金、1億2千万円でつくられた。
 ワンカップのお酒を買って飲むのは、お金の問題もあるけれど、「いまは、これだけ」という、自制のきっかけにするため。経済的かつ身体的な自衛手段なのである。
 うむむ。なるほど、そういうことだったんですね。1升ビンを買ってしまうと、どうしても際限なく呑んでしまいますからね……。
 山谷に住み続けて生きていくためには、次々に起こる事件や物事におうようであることが欠かせない。
 入居者には、驚くほど歯のない人が多い。歯を治すことと縁遠い生活を送ってきたからだ。
 それはそうですよね。健康保険が使えず、すべて自費だなんて、ぞっとします。
 この「きぼうのいえ」が始まってから3年間のうちに、看取った人(入居していて亡くなった人)は、34人。すごいホスピスです。感動しましたという言葉では軽すぎます。
 「きぼうのいえ」は、年に数千万円以上の赤字を出しながらも、ボランティアにも支えられて続いています。著者夫妻は、何回となく、もうやってられないと投げ出しそうになり、また、うつ病にもかかりながらも、今日までなんとか、やってきたということす。すごい努力ですね。漫然と生きているのが恥ずかしくなってしまいます。
 不思議なことだが、「きぼうのいえ」では、「死にたくない」と言いながら亡くなった人がまだいない。もはや奪い取られるものがなく、すべてを失ってきた入居者にとって、この世は積極的に生きる意味を見いだせない場所となっている。しかし、ここに入って希望を見出すと、やはり命の継続を望むように変わる。
 いい話ですよね。こんな施設をいつまでもボランティア頼りにしていていいとはとても思えません。戦車や航空母艦より、こんなところにこそ国はお金をつぎ込むべきではないでしょうか……。映画『おとうと』とあわせて、一読を強くおすすめします。
 
(2010年1月刊。762円+税)

脳に悪い7つの習慣

カテゴリー:人間

著者 林 成之、 出版 厳冬舎新書
 タイトルに魅かれて買ったのですが、なんとなんと大正解でした。うむむ、なるほど、なるほど、そうだったのか。よく分かったぞ・・・・。そんな気になりました。
 脳神経細胞がもつ本能はたったの3つ。生きい。知りたい。仲間になりたい。これだけだ。脳には本来、仲間になりたいという本能があるから、本質的に人は誰かが喜ぶのはうれしいものなのだ。
 この3つの本能のなかで、脳の思考や記憶に大きくかかわるのが、知りたいという本能だ。これは脳の原点ともいえるもの。
 子供の脳の発達過程を考えると、赤ちゃんのころに母親がたくさん声をかけることが非常に重要である。
 第2段階の脳の本能は、自己保有と統一、一貫性。人は、自分と反対の意見を言う人を嫌いになる。
頭がいい人とは、何に対しても興味を持ち、積極的に取りくめる人のことである。大切なことは、苦手なことを避けるのではなく、まずは興味をもってチャレンジしてみること。
統一、一貫性という脳のクセから、人間は整ったものやバランスのよいものを好む傾向にある。逆に、見た目がアンバランスだと、なんとなく嫌だなと感じてしまう。
 自分を嫌っている上司のもとで働くことは、自分のためにならない。関係の修復ができず、努力する余地が残されていなければ、居場所を変えるのも選択肢の一つである。
笑顔で脳のパフォーマンスを上げることができる。
 脳は、他人(ひと)のためになるとき、貢献心が満たされるときに、それを「自分にとっての報酬である」ととらえて、機能するようにできている。
 自己報酬神経群の働きをうまく活用するには、物事をもう少しで達成できるというときにこそ、「ここからが本番だ」と考えることが大切である。
 物事を達成する人と達成しない人の脳を分けるのは、この「まだできていない部分」「完成するまでに残された工程」にこだわるかどうかなのである。自分にはだいたい出来ているなんて思うと、自己報酬神経群は働かなくなってしまう。
 そろそろゴールだという言葉をかけると、脳の血流が落ち、正解率はダウンしてしまう。 
 脳の機能を活かすためには、「だいたいできた」というのはご法度なのである。一つの目標を成し遂げたあとで、やった!と思うことだ。 
 脳の達成率を上げ、集中してことを成し遂げるためには、コツコツは間違いなのである。達成し、完結したということこそ、脳にとっては最高の喜びなのである。
 目標を達成したいなら、プロセスにこだわることが大切である。人間の脳は、話すことで  新しい思考を生み、考えを深めることが得意である。このとき、大事なことは、考えっぱなしにせず、紙やパソコンを使って整理しておくこと。一度、形にすることが思考を深めるポイントである。
 脳の機能を活かすには、大事なことは早いタイミングでまとめて、くり返し考え直すこと。これが独創性を生む。
 本を読むときには、いつでも素直に内容と向き合うスタンスをもつこと。本はいかにたくさん読むか、ではなく、いかにいい本をくり返し読むかに重点を置くべきである。くり返し考えることでのみ、新しい発想を生むことができる。新しい発想をきちんとまとめ、ときには自分を疑い、立場を捨てて他人(ひと)の意見を取り入れ、間をおいて考え直すことができて、初めて独創的な思考が可能になる。
 コミュニケーション力をアップするには、うれしそうに人をほめることが有効だ。 ほめるときには、必ず相手のほうを見て、自分もうれしいという気持ちを込めて伝えることが大切である。
 いやぁ、予期せぬばかりの、いい本でした。大変勉強になりました。明日からも笑顔とともに生きていきましょう。
(2010年2月刊。670円+税)
 まだまだ風は冷たいのですが、サクラが満開となりました。福岡の裁判所の裏の桜並木を、少しばかりそぞろ歩きして花見を楽しみました。桜はやはりソメイヨシノですね。ピンク色に染まった満開の桜並木を歩くと、なぜかしら心が浮き浮きしてきます。
 我が家のチューリップも全開となるのももう少しです。180本までは数えましたが、こうなると数えきれません。500本植えたものの7割は咲いていると思います。春らんまんです。花粉症のほうはおさまりました。

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