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五感で学べ

カテゴリー:社会

著者    川上 康介 、 出版   オレンジページ
 読んでうれしくなる本です。だって、日本の農業を担う若者たちが、こんなに育っているのを知るなんて、とても喜ばしいことじゃありませんか。
 そして、その若者育成法は半端ものではありません。昔から軟弱な私なんか、一日で脱落しそうなハードさです。今どきこんな寮生活が考えられますか?
 全寮制で相部屋。朝7時に起床し、夜11時に消灯。門限は午後10時。寮内での飲酒は厳禁。テレビは禁止、ケータイも制限あり。外出、外泊は要届出。ケンカしたら、即刻退学。在学中は、帰省したときもふくめて、自動車・バイクの運転は禁止。部屋の整理整頓、掃除は義務で、月1回は校長による抜き打ち検査あり。うひゃあ、これはすごーい・・・。
 本科生(1年生)60人、専攻生30人。18~24歳の男子限定。ところが入学費・授業料・寮費・会費はすべて無料。ええーっ、では、誰が費用を負担しているの・・・?
しかも、研究費として、専攻生で月に1万6千円、本科生に月1万2千円が支給される。これって、いわば小遣いですよね。
 ここはタキイ種苗が設立した農業エリート養成所。正式名称は、タキイ研究農場付属園芸専門学校。なんとなんと、こんな専門学校が日本にあったのですね。ちっとも知りませんでした。私の日曜園芸はもっぱらサカタのタネを利用しているのですが、タキイって、こんな素晴らしい専門学校を運営しているのですね。すっかり見直しました。
 ちなみに、タキイの種苗は従業員700人、海外11ヶ国に拠点をもち、売上高424億円という日本最大、世界第4位の種苗会社。江戸時代の天保6年に創業されたというのですから、恐れいります。
 学校運営の経費は年間1億円。巨額ですが、それで日本農業の骨格をつくりあげるわけですから安いものですよね。国の援助がないのが不思議でなりません。
 新入生は、高卒37人、大卒12人、農業大学校卒が4人、専門学校卒1人。定員60人に90人の応募があったという。これは、近年の農業志向の見直しによる影響。
 生徒たちは、ここでハードな実寮生活を過ごすと、確実にやせ、タフになる。100キロの体重が、あっという間に80キロにまで落ちる。
 ここでは、トラクターではなく、原則として、すべて人力で行う。ここは、徹底した集団生活のなかで鍛えられる。誰も、ひとりぼっちにしない。濃密な人間関係が作られ、それは卒業してから生きてくる。農業は一人ではなく、集団の知恵で営まれるもの。
いかにもハードな実習と生活ですが、ここには哲学が生きていると思いました。
 こんな専門学校があることは、もっと世の中に知られていいと強く思いました。
 それにしても、この取材のために40歳の身でありながら実習に参加した著者に対して、心より敬意を表します。

(2011年7月刊。1429円+税)

 今度、事務員3人が秘書検定試験を受けることになりました。初めてのことです。そのためのテキストを少しめくってみたところ、弁護士も知っていたほうがいいことがいくつもありました。
 私もフランス語検定試験(準1級)を近く受験します。毎年2回の苦難の日です。それでも、少しは集中して単語を覚えますので忘却を食い止めるのには役に立っています。

柿のへた

カテゴリー:日本史(江戸)

著者   梶 よう子 、 出版   集英社
 うむむ、読ませます。よく出来た青春時代小説です。オビには次のように書かれていますが、そのとおりです。
「楽しく、愛しくて、もっと読みたい」
 綽名(あだな)は、水草どの。水上草介はのんびりや。小石川御薬園につとめる同心の水上草介が主人公です。
 小石川御薬園は、薬草栽培と、御城でまかなう生薬の精製をし、サツマイモ(甘藷)や御種人参の試作なども行ってきた幕府の施設だ。ヘチマ水を大奥へ献上もしている。4万5千坪の御薬園に450種類もの草木が植えられている。
水上家は、代々、薬園勤め。草介も、幼いころから本草学(ほんぞうがく)をみっちり学んできた。本草は主として薬効のある動植鉱物を採取し、研究する学問だが、博物学的な要素も強い。
 草介には、御薬園の仕事が一番、性に合っている。植物は草介をせかすこともなく、手をかけてやれば、きちんと応えてくれる。まさに、水を得た水草のごとく、日々お役に励んでいる。まる一日、植物の葉を眺めていてもまったく飽きがこない。
 小石川養生所は百名ほどの入所者を抱えている。そして、そこに17歳の干歳が登場する。若衆髷を結い、袴姿で剣術道場に通うお転婆だ。
 豊富な漢方薬の知識をもとに話が展開していきます。私も庭でいくつか草花を育てていますので、このような舞台設定には心が惹かれます。ずんずん話のなかに引きずりこまれ、胸のうちがほわっと、ほんわかするなかで、いつの間にか読了してしまい、残念な思いのうちに頁を閉じました。
(2011年10月刊。1600円+税)

藤原 道長

カテゴリー:日本史(平安)

著者  朧谷  寿    、 出版   ミネルヴァ書房   
 平安貴族の栄華を極めた藤原道長が、実は、長く病気に苦しめられていたことを初めて知りました。決して順風満帆の生涯ではなかったのです。
 平安貴族の上層部においては、地位や生活が安定していたとは言えないようです。藤原道長は、嫡男の頼通が具平新王の娘である隆姫女王と結婚したとき、こう言った。
「男は妻がらなり。いとやむごとなきあたりに参るべきなめり」(男の価値は妻次第で決まるものだ。たいへん高貴な家に婿取られていくのがよいようだ)(『栄花物語』巻第八)
この言葉は、道長が天皇家との縁組により、力をつけていったことを象徴している。この世をば我が世とぞ思ふ、望月の欠けたることもなしと思へば。この歌をよんだとき、道長は病に苦しんでおり、実は、悲哀もないまぜになっている。道長は、病とたたかいながら頂点を極めた男だった。
院政の主である上皇と摂関とでは似て非なるものがある。上皇には選択の余地が少なく、自ずと決まってくる。摂関では、個人の力量とその結果とが必ずしも一致せず、他力本願的な要素に左右される面が強い。その第一は娘に恵まれること。第二に、その娘が成長したあかつきには天皇ないし将来天皇になりうる人に配すること。第三に、そこに皇子が誕生すること、である。外戚の地位を確立するためには、このように人力を超えた要素が介在する。これに成功を収めたのが道長だった。
道長は関白にはなっていない。道長の日記自筆本が14巻(計7年分)が現存し、これが最古の自筆日記を位置づけられる。この道長の日記を読むと、病む人・道長の像が浮かびあがってくる。
道長には、正式の妻が2人いた。その倫子も明子も、ともに源姓であり、藤原姓にはならない。当時は夫婦別姓の時代だった。ですから、いま夫婦別姓にしようという動きに対して右翼・保守側から、そんなのは日本古来の伝統を破壊するものだ、という意見が出ていますが、これは明らかな間違いなのです。
妻は墓も父親と同所でした。当時の女性は、生家と深い関係を維持し続けた。
有名な紫式部と道長との関係も取り沙汰されています。著者は二人の関係は親密だったとします。紫式部が道長と出会わなかったら、『源氏物語』は生まれなかった。この物語の内容形成にも道長は深く関わっている。
内覧と関白は違う。内覧は宣旨、関白は詔勅による任命という違いがある。内覧は、太政官と天皇との間を往復する文書のみで、関白はすべての文書に目を通すことができた。道長は内覧であり、1年ほど摂政になったが、関白にはなっていない。チャンスを待っての道長の動きは、機を見るに敏なるたとえそのもの。焦らず、着実にという道長の心情は生涯の重要な局面でよく見られる。
道長は出家してもなお、政治への介入になお健在ぶりを示した。
藤原道長、そして平安貴族の一生を改めて考えさせてくれる本です。
(2011年6月刊。3000円+税)

もっと論理的な文章を書く

カテゴリー:司法

著者     木山 泰嗣 、 出版   実務教育出版
 裁判官に読んでもらう書面(訴状や準備書面)は、やはり論理的でありたいものです。この本で著者が強調していることは、私の頭の中にすーっと入ってきました。まさしく論理的な文章でした。やはり、ときどきはこういう基本的なことに目を向けて意識的に努力することが必要なのですよね。
 論理的な文章とは何か、その一般的な定義はない。要は分かりやすい文章であり、整理された文章であること。
 論理的な文章とは、ものごとがきちんと整理され、検討すべき問題がひとつひとつ順序立てられたうえで、明快に、かつ、矛盾なくしるされた文章である。
 論理的な文章の最大のメリットは、説得力があること。論理は、感情を正当化する手段である。明快であるということは、一読してすぐに論旨がはっきりするという意味。すらすら読めて、すぐに理解できる文章のことである。
 自己矛盾があると、一挙に論理性はなくなってしまう。
重複を避け、「前述のとおり」を使う。また、書くべき要素が多いときには、「次のとおり」を使う。
 文書を書く前には、メモを書いて整理をしておくこと。
 文章を書く方法として、先に見出し、小見出しのタイトルを構成段階で決めてしまい、そこに肉付けとして、ひとつひとつ文章を書いていくやり方がある。
 私も、大見出し、小見出しを必ずつけるようにしています。
 段落にある最初の1行目は、1マスあけをする。これによって文章をパッと見たときに、すっきりした印象を与え、効果的である。
まとまりのある文章であっても、適度に改行していくことが必要である。「である調」と「ですます調」は、いったん選択したからには、その文章では一貫して使い続けること。
 文章を書き始める前に、あらかじめ結論を決めておく。書きながら書く内容や結論を考えると、おかしなことになる。これは本当にそうです。自由作文や小説なら、書いていくうちにどんどん発想がふくらんでいって、書いている本人までもが、どんな結末になるのか予測がつかないということがあります。それはそれで楽しい作業です。ところが、準備書面などは、そうはいきません。はじめから結論ないし目標を定めておかなければなりません。
 選択した、印象に残りやすいキーワードは、統一して使い続けること。
自分の考えを述べるときには、必ず論拠を示すこと。そして、論拠を示すのは自分の考えを述べたあとにする。この順番が逆だと読んだ人は、その学者の考えをただ引用してマネしただけだと受けとってしまう。
 著者は年間400冊の本を読まれるそうです。私は、久しく年間500冊の単行本を読んでいます。今年も10月半ばで400冊を突破しました。読書ノートを書いていますので、間違いありません。
 本を読んでいると憂さを忘れますし、頭の中が絶えず新鮮な刺激にみちてきます。
(2011年9月刊。1300円+税)

「原子カムラ」を超えて

カテゴリー:社会

著者   飯田 哲也・佐藤 栄佐久 河野 太郎
 この本のオビに坂本龍一が「国土を汚し、子どもを危険に曝した原子カムラを解体しなければならない」と書いていますが、まことにそのとおりです。
 ところが、今朝(10月16日)の新聞によると、国会議員の6割が原発再開に賛成だというのです。とんでもない議員たちです。
 これまでも原子力関連施設は、たびたび重大なトラブルを引き起こしてきた。
 1995年12月 高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウムもれ事故が発生。
 1999年9月  JCO東海事務所の臨界事故で作業員2人が死亡。
 2002年8月  東電による福島第一・第二原発、そして柏崎刈羽原発でのトラブル隠し発覚。
 2004年8月  関西電力の美浜原発で配管破断事故が発生して作業員5人が死亡。
 2007年7月  新潟県中越地震によって柏崎刈羽原発で火災が発生。
 これらの事故・不祥事のたびに、電子力会社の経営陣は深々と頭を下げ、国は「遺憾の意」を表明し、「再発防止の徹底」を宣言した。ところが、同時に、「それでも原発は安全だ」と言い張ってきた。そして、そろって妄想のような「安全神話」をつくり上げた。
 原子力カムラの解体が一筋縄で進むとは思わない。閣僚などは、今なお「原発は安全だ」「原発はエネルギー政策の基本だ」と高言している。
 玄海原発のやらせメールが発覚しても、経営トップの責任をがんとして認めようとしない九州電力の対応、態度を見ていると、こんな会社に日本の将来をまかせておくわけにはいかないと痛感します。まるで、昔の殿様、それも裸の王様です。
 この本は、著者のうちの二人、「佐藤さんも、河野さんも、バリバリの自民党、それも保守本流だ」というところに特色があります。そうなんですよね。今や脱原発は、右とか左とか、保守か革新かを聞かず、日本という国土を安全なまま子孫に残すために必須不可欠のことです。
 安全神話の内実は、アメリカの技術の引き直しでしかなく、安全審査なるものもお座なりでしかないことが明らかにされています。それだけでも、背筋がぞくぞく凍るような話です。
 福島第一原発の事故は明らかな人災である。
 今も福島第一原発からダラダラと放射能が出続けている。しかし、それをコントロールできていない。この恐ろしい事態をきちんとマスコミが報道せず、多くの人々が忘れ去っているのは本当に怖いことです。
 経産省が5月に発足させた「エネルギー賢人会議」のメンバーを選定する基準は、次の三つ。
① 誰がみても大物であること
② 原子力を完全に否定しないこと
③ 官僚の振りつけにそった落としどころにきちんと従ってくれること
 うひゃあ、そうやって選ばれたなかに、かの有名な立花隆も寺島実郎、そして佐々木毅もいます。こりゃあ、いったいどうなっているんでしょうか。困ったことですね。
(2011年7月刊。1000円+税)

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