法律相談センター検索 弁護士検索

花晒し

カテゴリー:日本史(江戸)

著者   北 重人 、 出版   文芸春秋
 私と同世代の作家です。惜しくも3年前に亡くなっています。なかなか、じっくり読ませる時代小説です。いずれも短篇なのですが、話はずっと続いていきます。
 女がひとり、深川で生きていくにはね、暗くなっちゃあいけないんだ。気持ちが落ち込んでいても、明るく振る舞うんだよ。暗い気分で、暗い素振りじゃあ、ますます沈んでしまう。自分もそうだけど、周りのみんなの気が沈み、人が離れっちまう。辛いときこそ、明るく振る舞うんだ。そうすれば、人がよくしてくれる。いいかい。覚えておくんだ。けどね、明るいだけじゃ駄目だ。気張って意気地も見せないとね。大事なのは、明るさと意気地さ。そうすれば、あんたなら大丈夫だ。しっかりと生きていける。
なーるほどですね。いい言葉ですね。
 娘をたぶらかしてなぶりものにする悪徳武士(サムライ)に小気味よく復讐する話があります。胸のつかえがおります。そして、芝居がかった噂によって近所の稲荷に参詣人をたくさん集めて景気を盛り上げる話があります。
 実際、江戸の人々は神社やお寺に物見高く大勢参集していたようです。娯楽の少ないとき、人々の好奇心を満たす対象だったのでしょうね。
 そして、人が集まるところには店が立ち並ぶのです。稲荷鮨がどんどん売れるのでした。しっとりとした江戸情緒をたっぷり味わえる時代小説です。
(2012年4月刊。1500円+税)

朝の霧

カテゴリー:日本史(戦国)

著者   山本 一力 、 出版   文芸春秋
 いつも、うまい時代小説を書く著者が、いつもの江戸時代ではなく、少しさかのぼって戦国時代を舞台として書きました。
 四国は長宗我部元親が覇者になろうとしていたころを舞台とした時代小説です。
 戦国時代は武田信玄のように、実父を早々に追放して若くして実権を握った武将がいました。兄弟間の殺し合いはありふれていました。おとなしく従っているように見せかけて、実は敵に内通しているという武将はいくらでもいたのです。そこには信義よりも力の世界があったのです。
 長宗我部元親と競争していた武将・波川玄蕃は長宗我部の配下に入って、めきめきと頭角をあらわします。あまりに活躍し目立つと主のほうは面白くありません。いつ自らの地位が脅かされないとも限らないからです。下剋上の世の中なので、従であっても力あるものが上に立つ主(あるじ)を打倒する心配が常にありました。
 とうとう長宗我部は、この波川玄蕃を切り捨てることを決意します。実妹の夫であっても、自らの地位の安泰の方が大切ですから・・・。
 いつものことながら、しっぽり読ませてくれる本でした。
(2012年2月刊。1500円+税)

核兵器と日米関係

カテゴリー:社会

著者   黒崎 輝 、 出版   有志舎
 日本の「非核」政策なるものの実質を追及した本です。主として1960年から1976年までの日米関係が対象となっています。
 非核三原則が「国是」として広く国民から支持され、日本の核武装を論じることは長くタブー視されてきた。ところが、このところそのタブーも過去のものとなった感がある。核武装すべきだと公言する国会議員が出てきたのです。そして、マスコミがそのままたれ流しします。
 北朝鮮の核兵器とミサイルの脅威に対抗するためには、日本も核兵器を持つべきだという声もかまびすしい。しかし、日本が核武装するかどうかを決めるとき、アメリカの意向は無視できないという認識が広く存在する。
 日本政府が「非核三原則」を掲げる一方、日米安全保障条約を日本の安全保障・防衛政策基軸と位置づけ、核の脅威に対してはアメリカが提供する核抑止力、いわゆる「核の傘」に日本の安全を依存してきたという厳然たる事実(認識?)がある。
 日本は1970年2月にNPTに署名し、1976年6月に同条約を批准した。これによって、日本は非核兵器政策を一方的に宣言するだけでなく、核兵器を製造・保有しない義務を国際社会に対して負うことになった。中国は1964年10月に最初の原爆実験を成功させた。これは日本の宇宙開発関係者にとって大きな衝撃だった。
1961年10月の国連総会において日本は西側諸国として唯一、核兵器使用禁止決議に賛成した。これは唯一の事例である。この決議は核兵器の使用は、国連憲章に反し、人類に対する犯罪であると宣言している。
1966年2月、日本政府は統一見解を発表した。
 「現在の国際情勢のもとにおいて米国の持っている核報復力が全面戦争の発生を抑止する極めて大きい要素をなしている。日本も、このような一般的な意味における核のカサの下にあることを否定することはできない」
 米国の核抑止力への依存政策は、日米安保条約により日本の安全を確保するという政府見解によって覆い隠され続けてきた。
 佐藤栄作首相が非核三原則を表明したのは1967年末のこと。
佐藤栄作首相は、当初、国会で非核の三原則を表明するつもりはなかった。当初の演説原稿には、「持ち込みも許さない」という言葉は入っていなかった。ところが、非核三原則の表明は、予想以上に大反響を呼び、やがて事態は佐藤の思いもよらない展開となった。
 1971年に起きた二度のニクソン・ショックは、日本の指導者たちを驚かし、米国に対して不信感を増強する原因となった。日本政府内では、米国離れの自立志向まで芽生えていた。
日本政府の「非核三原則」なるものが、いかに内実のないインチキのものであったかが明らかにされています。ところが、日本国民がそれを圧倒的に支持している以上、そこから日本政府は大きくはずれることも出来なかったのです。世の中の弁証法的帰結ということでしょうか。
250頁に歴史の内実がぎっしり詰まっていて、理解するのは容易ではありませんでした。
(2006年3月刊。4800円+税)

弁護士道の実践

カテゴリー:司法

著者   鈴木 繁次 、 出版   民事法研究会
 昔なつかしい大恩ある先輩弁護士の本です。新聞広告で知って、すぐに注文しました。この本の印税は、全額、東日本大震災の義援金として寄付しますと書かれているのを読んで、さすがと思い、昔のまま変わりない先輩の存在を改めて認識しました。
 私が著者にお世話になったのは、弁護士になりたてで、横浜(川崎)にいたころのことです。私はまだ20歳台でしたから、まさに生意気ざかりの年頃でした。裁判官出身で、キリスト教徒の著者は、血気盛んな私たちとともに公害問題の現地調査の出かけ、また、公害裁判に取り組まれたのでした。
 この本にも、横浜弁護士会の公害対策委員会の活動が紹介されています。京浜工業地帯である川崎の大気汚染公害に取り組んだのでした。このころ、横浜弁護士会は全国の公害委員会の活動をリードしていたと書かれていますが、本当にそのとおりであり、私も末席を汚していたのでした。福岡に戻ってきたとき、ひどい落差があるのを実感しました。
 著者が働き盛りのときの一日のスケジュールは次のようなものでした。
 朝9時までに事務所に出勤する。夕方5時ころまでは来客、電話の応対、弁護士会の委員会に出席する。それまでは落ち着いて書類がきはできない。5時以降に書類作成に入り、6時から7時に軽い外食をして、9時から10時まで事務所で書類がきと調べものをして帰宅する。その後、自宅で夜食をとる。だから、どうしても栄養過多になって、太ってしまった。
 うへーっ、夕食と夜食と2回も食べるなんて、それはいけませんね。私は夜8時までは食べずに我慢しています。それでも太ってしまうのですが・・・・(現在の体重66キロ)。
 著者が私と決定的に違うのは、8つもの「学会」に加入していることです。実は、私もそのうちの2つには加入しているので、残る6つが違います。日本私法学会、日本民事訴訟法学会、日本交通法学会、日本土地法学会、日本マンション学会、日本賠償学会です。すごいですね。著者が、いかに勉強熱心なのかがよく分かります。
 さらに私との違いできわめつけは、司法試験委員、それも民法の委員になったということです。私なんか、恐れおおくて、とてもこの委員にはなれません。毎年、5~600通の答案を採点しておられたようで、頭が下がります。
 優良答案が5%、不良答案が10%、あとは内容のあまり変わらない紙一重のものばかり。大変ですよね、公平に採点するって・・・・。
 著者は、昔から毎年合格者を100人ずつ増やしていたらよかったんだという意見です。
これには私もまったく大賛成です。今のように一気に2000人に増やしてしまったから、ひずみが生まれたのです。ですから、逆に合格者を減らせという動きに著者は懐疑的ですし、私も同じ気持ちです。
 裁判官から弁護士になり、法科大学院の教授にもなった著者は、弁護士会の会長にだけはなりそこなったそうです。これもケンカしたくない著者の温和な人柄によるものでした。ますますのご健勝を心より祈念します。
(2012年5月刊。952円+税)

子どもの危機をどう見るか

カテゴリー:社会

著者   尾木 直樹 、 出版   岩波新書
 2000年8月が初版ですので、10年以上たっていますが、ここに書かれている内容は今もそのまま通用するのではないでしょうか。
 学級崩壊現象が1997年以来、一気に全国の小学校に広がりを見せ、現在もなお、教師たちを疲弊させている。
 全国の7~8%の学級で、学級崩壊現象が発生している。引き金となる子どもが主因ではなく、同調圧力(ビア・プレッシャー)を受けて、同じ行動に走るその他の子どもたちの行動こそが問題なのである。学級崩壊の発生プロセスには、
  ①引き金っ子の存在、 ②他の子どもの同調圧力の強さ、 ③崩壊期間の長さという三つの要素がある。
 子どもたちは、反抗したり、無視したり、みんなで担任をいじめることによって、自己の存在を確認している。
 学級崩壊は小学校に限定したほうがよい。それは、その最大の本質が、一人担任制による「学級王国」体制の揺らぎにあるということだから。
 学級崩壊とは、小学校での学級カプセルという名の密室での教育実践が限界に達している現象。
学級崩壊とは、個々の意志を尊重する就学前教育の基本方針と、相変わらず硬直したままの一斉主義的傾向を重視する小学校との間の断絶に原因の一つがある。要するに、小学校低学年における今日の学級崩壊は、幼児教育から小学校の集団的生活化へのソフトランディングが上手にできず、つまづかせている現象である。精神主義的な服従に強い、日常的に圧力を加えているのが、今日の学校の姿だ。
外界の価値観が大きく変化している時代だけに、ここから生じる生徒たちへの内圧が異常に高まったとしても、不思議ではない。暴力行為やパニックを子どもたちが引き起こしたり不登校に陥るのも理解できる。
産業社会への「人材育成」装置としての学校の役割は終わったと考えたほうがよい。工場で労働者がベルトコンベアーの前に5分前に集合し、自分を押し殺して一致「団結」し、整然と作業に従事できる人材を養成するために、学校があるのではない。
いじめによる被害者は、40人学級として、小学校では一学級につき2人、中学校では1人は必ずいじめで苦しんでいる子どもがいるということになる。
 いじめられた子の半数の親しか、わが子のいじめの被害とその苦悩を知らなかった。いじめっ子といじめられっ子が交叉したり、逆転するケースも珍しくない。
いじめの克服に必要なことは、クラスの友人の動向にある。いじめ問題の解決のカギは大多数の傍観者が握っている。いじめられている子どもたちの願いは、この傍観者たちが機敏に動いてくれることにある。
いま(1999年)、不登校の子どもは、小・中あわせて13万人近い。1980年代に不登校の子どもが増えたのは、明らかに学校の抑圧度が強まったことに関係している。
学校は、暴力と管理で生徒を押さえ込んだ。学校での管理が強化されていくなかで、生徒は思春期に抱く葛藤を教師にぶつけたり、友達同士が慰めあう場面がつくりにくくなり、学校自分にとって居心地が悪く、安心できない場所となっていった。
今日の管理主義は、かつての強面(こわおもて)の管理方法とは様相を異にして、比喩的に言えば、優しくほほえみながら進行し、強化されている。
日本でいま急速に進んでいるのは、「子ども期」の喪失状況。これまでの「子ども期」が成り立たなくなったまま、かといって新たな関係性の模索もなされていないという、子どもにとって厳しい状況がある。
 思春期の中・高生は、発達段階の特徴として自立を求めるからこそ、親や大人のコントロールから脱しようと欲する。ただ、そうすればするほど、反対に一人になる不安感は増大していく。皮肉にも、誰かに依存したいという心理が大きくふくらむ。だから、友だちと同じものを持ったり、身につけて安心する。このような友だちへの同調圧力というものがある。
「子ども期」とは、独立した人格の主体である子どもが、本来の主催者になるために、最善の利益を受け、権利行使をする発達保障と解すべきである。
とてもいい本だと思いました。
(2011年9月刊。800円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.