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カテゴリー: 韓国

父の革命日誌

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 チョン・ジア 、 出版 河出書房新社
 パルチザンの娘として生きてきた主人公が父の死に直面して回想していくというストーリー展開です。韓国で32万部も売れ、しかも当事者世代というべき70歳代に読まれているというより20代、30代の若い読者が圧倒的だそうで驚きます。
 私は、この小説を初め、著者自身の体験記(ノンフィクション)と思って読んでいましたが、やはり小説は小説のようです。訳者あとがきによると、両親以外の登場人物はおおむね架空の人だといいますから、両親がパルチザンの生き残りであったこと自体は歴史的事実だし、周囲の人々にもモデルがいるそうですから、まったくのフィクションではないわけです。
それにしても心が大いに惹かれるセリフ、文章があふれています。
 「きみは何のために智異山(チリサン)で命を懸けた?」
 「両親は、純粋無垢な社会主義者だった。世間知らずの田舎者だった」
 「父は、いついかなるときも社会主義者だった」
 「父は若いとき、無数の死を目撃した。首をはねられた同志たちの死体がアジトの近くにそこらじゅうに転がっていた」
 「幼い娘が石ころにつまづいて転んでも両親は幼い娘を起こさなかった。そうして育った娘は誰に対しても弱音を吐いたことがない。泣いたこともない。これがまさにパルチザンの娘の本質なのだ」
 「両親は、麗水・順天事件の直後に山に入った旧パルチザンで、そのうち生き残った人は数えるほどしかいない。それだけ運の強い人たちなのだ」
 「私は何も選んでいない。アカになりたいとか、アカの娘に生まれたいと思ったこともない。生まれてきてみたら、貧しいアカの娘だったのだ」
 子どもは親を選べないのですよね…。
父は頭がよくて立派な人。その立派さによってアカになって一族を滅ぼした人でもあった。父は家門の誉(ほま)れであると同時に、家を没落させた元凶なのだ。
 「あの時分は、頭のいい奴はみんなアカだったよ」
 結果の是非はともかくとして、父は命を懸けて何かを守ろうとした。それにひきかえ、自分は現実から目をそむけ、不平不満をこぼしているだけだ…。
 父は言った。「自分の得にならんことには容赦なく背を向けるのが民衆だ。そもそも民衆が背を向けるような革命は間違っているんだが…」。
 この本のなかに、まだ8歳だった弟が党幹部の兄を誇らしく思っていて、それを堂々と告白したために父親が目の前で軍人に殺害されたこと、それ以来、おしゃべりだった弟が極端に話さない無口の男になり、酒浸りになり、兄とケンカばかりしていたという状況が紹介されています。泣けてきました…。
 車中で、そして喫茶店に入って一気に読了しました。ご一読を強くおすすめします。
(2024年2月刊。2310円)

小鹿島、賤国への旅

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 姜 善奉 、 出版 解放出版社
 著者の両親は、日本の植民地時代にハンセン病を発症し、父親は小鹿島(ソロクト)に強制収容されました。そして、脱走して、母親と出会い、1939年に著者が生まれました。
本書は著者の20代までの自伝です。日帝支配下の小鹿島の状況、解放後の様子、そして、そこで過ごさなければならなかった人たちの歴史を伝え残しているものです。ですから、振り返りたくもない自身の苦痛にみちた過去がさらけ出されています。
 小鹿島は、韓国の南端、全羅南道高興郡の港街である鹿洞(ソクトン)の海岸端に立つと、目と鼻の先に見える小島である。
 韓国のハンセン病の病歴者とその家族の精神的支柱は、キリスト教の篤(あつ)い信仰。小鹿島には、キリスト教(プロテスタント)の教会が5つ、カトリックの聖堂が2つある。
 ハンセン病の患者たちが組をつくって街に出て物乞いをして歩いている状況が登場します。映画『砂の器』にも、親子で物乞いをしてまわる状況がありましたよね、その場面をつい思い出しました。
 物乞いでも、稼ぎのいい者もいれば、悪い者もいる。物乞いも技量がものを言う。
 1日に何十里も歩いた。ときにはなにもくれない人もいたけれど、くれる人のほうが多かった。
 ハンセン病の患者は結びつきを何より求めた。それは肉体的にお互いを頼りにし、体調が悪ければ世話をしあうため、そしてもっとも重要なのは、死んだときに死後の処理をしてもらうためだった。
 さつま芋は、島で唯一の補充食料だった。そして冬の間食として、とても重要だった。
 芋の蔓(つる)を干したものは、特別なおかずとして正月やお盆、来客のあったとき、結婚式の披露宴には必ず出た。とった芋の蔓を十分にゆでてから、しっかり干して保管し、ナムルにするときには、またもや水に浸しておいてから絞り、豚の脂(あぶら)で炒(いた)める。最上のおかずだ。
 繁殖力の強いウサギが主に肉食の対象となった。ウサギの肉にもち米とニンニクを入れて煮たり、ウサギの肉にウルシの皮を入れて煮て、薬として食べた。
 島には監禁室があった。監禁室での監禁は、園長の特権だった。裁判も弁論もなく入れられた。その罪名は、時間外点灯、殺人、逃走、姦淫(かんいん)、命令不服従などだった。小鹿島のハンセン病者たちは、まるでハエ叩きで叩かれて死ぬハエのような命だった。
 小鹿島は言葉どおりに賤国である。そして、そこから出てもなお賤国市民のままであった。
 これは本書の最後に出てくる著者の言葉です。大変な苦労を重ねながら、生き抜いてこられたのです。心より敬意を表します。この本を読んで初めて韓国におけるハンセン病歴者の状況の一端を知りました。
(2023年2月刊。2500円+税)

不安と特権

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 ハーゲン・クー 、 出版 岩波書店
 韓国の現状と、その抱える問題点を深堀りした、興味深い本です。
 不安は現在の韓国社会を特徴づけるキーワード。ほとんどすべての国民が不安に直面しながら暮らしている。
 富裕中産層が経験する不安の最大の要素は、子どもの教育と就職。
 最上位1%に位置する上流階級家庭は不安がない。なぜなら、子どもに事業や十分な財産を譲り渡すことによって階級世襲が可能だから。
 上流中産層は、熾烈(しれつ)な教育競争を避けるすべがない。
 韓国には渡り鳥家族がいて、急増している。教育のため、子どもと妻と一緒に海外に送り出し、夫がひとり韓国に残って働き、仕送りする家族のこと。
 江南(カンナム)は、国家の全面的な支援によって急激に発展した。
 江南は、1117人の回答者のうち93人もの人が江南に移り住みたいと考えるほど。
 進学(大学入試)にあたって、特権的な機会が保障されている。ほんの50年前まで、江南は田んぼと広大な野原だった。
 カンナムに中産層向けのマンションが続々と建設された。マンションが中産層の好む住居形態だったから。
 江南は不動産による資産増殖の機会があり、また、より有利な教育を受ける機会が保障されている。江南の不動産(地価)の上昇は他で25倍だったのに対して800~1300倍もあった。
 2000年代初めに、弁護士の6割、医師の6割近く、企業家の5割以上、ファンドマネージャーや公務員の5割、ジャーナリストの4割近くが江南に暮らしていた。
 韓国民は、韓国の教育システムに対しての不満が極度に高い。韓国では教育が非常に競争的で、費用が多くかかり、子どもと両親にはなはだしいストレスを抱えさせるから。
 韓国には、ひときわ垂直的で硬直した大学の序列構造がある。そして、これは縁故主義と密着している。
 課外授業という私教育の弊害をなくすためにとられた高校平準化政策が、むしろ私教育市場に火をつける結果をもたらした。家庭教師と私設の塾が急速に増加した。
 アメリカには、韓国人の就学児童が4万人いると集計された(2000年代初め)。
 子どもの早期留学に人気があるのは、子どもの社会的下降移動を防ぐのに便利な方法であること、親の体面を保つための一種の戦略であるから。子どもが韓国内でソウル大学などの名門大学に行けないときに代わりに選択できるオルタナティブの戦略になった。
 かつて韓国社会の主軸を成し、活気にあふれ希望にみちた中産層が存在したが、今では、次第に圧迫され、経済的にも社会的にも無気力で挫折した集団へと変貌している。
 韓国人の感じる体感中産層は、1980年代に75%だったのが、2010年代には40%台にまで低下した。2013年の調査では20%台だという結果も出ている。
 日本も、かつては「一億、総中産階級」と自称していましたが、今や、そんなのウソでしょ、どこの国の話ですか…、と訊き返されてしまうでしょうね。
 韓国の厳しい、矛盾に満ちた社会状況の一端がすっきり頭に入ってきました。
 それにしても、この本のとっつきにくいタイトルはどうにかなりませんか…。
(2023年12月刊。2600円+税)

韓国の国防政策

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 伊藤 弘太郎 、 出版 勁草書房
 韓国の国防費は日本の防衛費を追い抜き、世界第9位となっている。
 2017年5月に発足した文在寅政権の下で、それまで9年間の保守政権よりも高い年平均6.5%の増加率で国防費を増やした。
 2022年の国防費は、前年より4.4%増の54兆6112億ウォンであり、任期中だけで3割も国防費が増加している。2025年には、日本の防衛費の1.5倍に広がる可能性がある。
 文在寅大統領は、「誰からもみくびられない安保態勢を整える」と演説した(2019年10月1日)。
 韓国製の軍装備品の海外輸出額は、李明博政権から急増し、廬武鉉政権期の2006年に2.5億ドルであったのが、10年後の朴槿恵政権期の2016年には10倍の25億ドルにまで到達した。
 韓国の防衛産業の海外への輸出額は2006年に2億ドル、2008年に10億ドル台、2011年に20億ドル台、2013年には30億ドル台に到達した。つまりわずか10年で15倍となった。2014年には36億ドルとなった。
 文在寅政権以前は、防衛産業をめぐる不正が常に存在した。
防衛装備品の海外輸出は、単なる経済的利益にとどまらず、同家の威信をかけ技術力を結集させて、防衛産業業界だけではなく、経済界全体に技術革新の促進効果が滅小することを期待する。
 韓国の防衛装備品は、基本的に民間企業によって生産・販売されているが、歴史的にみると、装備品の開発や輸出は官主導で行われてきた。
 韓国防衛産業界は、財閥系企業であるハンファやLIGネクスワン(LG系)などの大企業と、その他中小企業の2つに分けることができる。サポートする行政組織は主に防衛事業庁である。そして、大企業は車両や艦艇などの防衛装備品そのものを製品として扱うことが多いのに対して、中小企業は主に装備品の部品や素材を扱っている。
 韓国の防衛産業の躍進を支えているのは、官主導による官民軍が一体となった海外セールスへの果敢な挑戦である。
 北欧諸国は、韓国製K-9自走榴弾砲を積極的に導入している。フィリピンは韓国製練習機T‐50を攻撃型に改造したFA-50軽攻撃機を導入した。
 インドネシアもT‐50に加え、韓国製潜水艦を購入し、現在は、韓国の次期戦闘機KF-21を共同開発している。インドは、韓国製のK-9自走榴弾砲を装備した。
 また、韓国はオーストラリアからK-9自走榴弾砲の受注を獲得した。
 しかしながら、2020年の各部品の国産化率は全体で76%、航空部門の装備品では53%である。T‐50の部分の国産化率では61%である。
韓国は世界11位の経済規模をもつ国家としての自信をもち始めている。
 私が不思議でならないのは、韓国にはいくつもの原発(原子力発電所)があることです。北朝鮮の脅威を本気で心配しているのなら、絶対にありえないことです。ちょっとしたミサイルが原発に撃ち込まれたら、それこそ韓国は破滅してしまいますよね(もちろん、日本も同じことが言えます)。
 この原発の存在と国防政策との矛盾に触れない「韓国の国防政策」なるものは、私にとっては単なる絵空事でしかありません。本書は、この点について触れていませんので、本のタイトルに私は違和感がありました。どうなんでしょうか…。
(2023年11月刊。3600円+税)

だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 キム・ウォニョン 、 出版 小学館
 著者はソウル大学出身の障がいを持つ弁護士。骨形成不全症のため、1級身体障害者として車イス生活を送っている。小学校は入学を拒否され、中等部では特別支援学校に入り、一般高校からソウル大学に入学。ロースクールを卒業して司法試験に合格した。ソウルで、作家、パフォーマー、弁護士として活動している。
 この本は、2018年に発刊され、韓国ではベストセラーになった。
 著者は15歳のころから今まで、砂の城だった。軽く触れるだけでさらさらと崩れてしまう。品格には最高と最低があるが、尊厳にはそれはない。
 すべての人類のすべての国民が同等の水準で有するのが尊厳だ。「最高の尊厳」という言葉はおかしい。
 著者は長らく基礎生活受給権者(日本の生活保護受給者)として生きてきた。
 障害を受け入れることは、障害を何か価値のある産物だと信じることとは異なる。
自分の人生の著者という概念は、人々がみな固有の物語と観点をもつ存在であり、自分の物語を主体的に紡ぐ存在であることを強調する。
 どんなにポジティブで強い精神を有する人であっても、横断歩道を渡れず、トイレにも行けないとしたら、人生のモチベーションを上げることなど、不可能だ。
 一日中、排尿を我慢しながら希望をもつことはできない。ある人は、あらゆる権利のなかで、「排尿権」こそ人間にとってもっとも重要な権利だと強調している。
 排尿検と同じく「移動権」は、法曹界はもちろん、一般の人々でも使われていなかった言葉だ。なーるほど、言われてみるまで考えたこともありませんでした。
 2005年1月、交通弱者の移動便宜増進法が制定された。障害者運動は社会権と自由権という伝統的な二分法に亀裂を起こさせながら「移動権」を明らかな法的概念として成立させた。
 障害者に便宜を提供する義務をもつということは、障害者に配慮しなければならないという言葉ではない。身体的または精神的な特性を抱え、長い間、自分なりのやり方で生きてきた人生の物語を尊重してほしいという、こうした障害者の要求に向き合うものである。
 人はみな、お互いの人生が尊重に値し、美しいものであることを証明するために努力しなければならない。しかし、努力するうちに、強靭な闘士の姿でなければ、自分ですら自分を愛することができない孤独な姿を発見するかもしれない。それでもかまわない。
 私たちは尊厳があり、美しく、愛し愛される価値がある存在なのである。だれも、私たちに失格の烙印を押すことはできない。
 身体障害者として育ち生きてきた著者ならではの深い洞察にみちみちた本です。それでも、こんな内容の本が韓国でベストセラーになるとは不思議な気がしました。日本では、残念なことに、こんな真面目に考える本が大いに売れるなんて考えられないように思います。いかがでしょうか…。いろいろ深く考えさせられました。
(2022年12月刊。1800円+税)

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