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カテゴリー: 人間

アーバンサバイバル入門

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 服部 文祥 、 出版  デコ
感動しました。著者の山中での過酷なサバイバル生活には人間は離れしていて、驚嘆するばかりでしたが、この本はなんと横浜に住んでいながら、自給自足のような生活を子どもたちと一緒に過ごしている、その知恵と技(ワザ)が写真700枚、イラスト50点で惜し気なく公開されているのです。ここまで詳細に明らかにされると、ついつい自分でもやれるんじゃないかなと「錯覚」してしまいそうです。
横浜北部の斜面に立つ築45年の古い2階建民家を1980万円で購入し、自力でリフォームしていきます。その過程が写真つきで詳しく紹介されています。
ニワトリを飼い、ミツバチを養い、梅や柿の木を育て、野菜を栽培するのです。
ニワトリの一番の好物はムカデ。トカゲや小さなヘビも大好きだとのこと。知りませんでした。私も小学生のころ、ニワトリに与える野草をとりに行っていましたが・・・。
ニワトリのさばき方と、調理の仕方が写真で紹介されています。私も父がニワトリを殺して調理するのをそばでじっと見ていました。卵の生成過程をそれで知ったのです。
野菜や果樹の育て方も写真つきです。タケノコの探し方が図解されています。親竹と穂先の出ているタケノコを結んだ線上でタケノコが一定間隔で地上に出てくるというのです。知りませんでした。とはいっても、親竹がたくさんあったら、どのラインか不明になりませんか・・。
ミドリガメが圧倒的に旨いとあります。本当でしょうか・・・。超高級地鶏の味がする(ようだ)と著者は断言しています。もちろん、調理法が写真つきで解説されています。正式名はミシシッピアカミミガメで、日本原産カメの生息を脅かすカメとして「悪役」視されているカメです。
ザリガニも美味しいとのこと。ぼくも小学生のころは夏休みになると一人ででもザリガニ釣りに遠くの堀まで出かけていました。食べたことはありません。それこそ美味しくないので、ニワトリのエサにされていました。
そして、ヘビやウシガエルのつかまえ方と食べ方が写真と図解で説明されています。我が家の庭にはヘビが棲みついていますが、食べようと思ったことはありません。鳴声のうるさいウシガエルも、下の田圃を隣人が耕作していたころまではいました。
博多の居酒屋でウシガエルのモモ肉は食べたことがあります。鶏のササミのような白身の淡白な味でした。
著者は東京都立大学のフランス文学科卒です。私も相変わらず毎日フランス語を勉強しています。そして、著者はワンダーフォーゲル部です。私は大学生活の3年間、セツルメント活動に没入していました。
著者はアウトドア活動と文字表現がライフワークの二本柱とのこと。いいですね、これって・・・。そして、息子さんが猟に一緒に行くことがあるようです。それも、押しつけないようにしているとのこと。素晴らしいです。親が好きだからといって、子どもが同じように好きになるとは限りませんからね。
奥様はよほど理解ある女性だと思います。イラストは奥様でしょうか、よく描けていて、楽しい雰囲気です。おすすめの一冊です。
(2017年5月刊。3000円+税)

解離

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 フランク・W・パトナム 、 出版  みすず書房
年収150万円以下の家庭の児童は、年収300万円以上の家庭の児童に比べて、身体虐待を受けるリスクが18倍、無視放置(ネグレスト)を受けるリスクが56倍。
非道処遇を受けた児童の相当パーセントは、自殺で人生を終える。相当数が他害事件を起こす。その相当数が一生をアルコール乱用者・ドラッグ乱用者として送るだろう。また、相当数が自分の子を虐待するだろう。
あらゆる統計数値からみて、アメリカは工業化社会のなかで、もっとも暴力的な国である。殺人は15~24歳の青年層の死亡原因の第二位を占める。アフリカ系アメリカ人男性が殺人の犠牲者となる率は、同年齢のヨーロッパ系アメリカ人男性の7倍。アメリカの大都市の旧市街中心地にあるスラムにおいては、ほとんど慢性的に市民とその子女が日々、暴力にさらされている。
離人感は、多重人格性障害では、ふつうにある症状。自分が自分の身体の外に出て、他人を眺めるように自分を眺めている体験である。
人間の記憶とは、忠実に事態を記録する単純なテープ録音機やビデオカメラというものでは絶対にない。記憶とは、部分的あるいは全面的に再構築的なものである。記憶とは間違いうるもの。記憶とは、実験的な操作によって変化させうるものである。
レイプはPTSDの恐るべき原因である。被害者の51~80%がPTSDになる。
児童も、良い記憶力をもっている。成人も児童も事件後の暗示の影響をこうむる。偽記憶は、弱点をもった人に生じうる。研究がすすむにつれて、児童の空想は信じられないほど複雑だということが分かってきた。児童は、役割の変更の合図を、ふつう声色の変化で行なう。
児童は、自分にとって大きな意味をもつ疑問に対する説明がなさないのに我慢できない。そこで児童は、自分たちの世界理解と両立する「論理的」な説明をあみ出す。
外傷を負った児童への治療作業の主要目的は、児童が自己の行動状態と感情状態との自己統御を獲得するのを援助することである。
遊びは子どもの人生の中心である。それは世界を理解することを学ぶ手段である。また、傷害的な体験に直面したときに自己統御を取り戻し、意味を発見することを許す競技の場でもある。
アメリカでは、50万人の児童が里親ケアを受けている。児童は、一般に、移送元の場よりも、移送先の里親と一緒にいるほうが幸せである。里親およびその他の保護者は、何にも増して整合的であること、そして安定性を与えることが必要。
非道処遇を受けた児童は、しばしば里親の持ち物や個人の動産を破壊する。
人間とは何かを深く追求した本だと思いました。500頁もある大作です。
(2017年7月刊。8000円+税)

パパは脳研究者

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 池谷 裕二 、 出版  クレヨンハウス
脳を研究する科学者が我が子の成長過程を刻明に記録していて、とても面白い本です。
オキシトシンは、子宮を収縮させるホルモンで陣痛促進剤。ところが、脳にも作用し、相手を絶対的に信じ、愛情を注ぐためのホルモン。
赤ちゃんに大人が話しかけるときには高い声になる。マザーリーズと呼ばれ、世界共通。音程の高い声で話しかけると、乳児はよく反応する。
乳児に話しかけをしないで育てようとしても、3分の1は死んでしまうというデータがある。それほど人間の脳は食欲と同じく、関係性欲求の本能が強く備わっていて、他人とのコミュニケーションを本能的に欲する。
胎児に音楽を聴かせると、生まれてからも曲を覚えていることが証明された。
新生児は、母親の胸部のにおいを自分の母親以外の人と区別することができる。
赤ちゃんは、生後4ヶ月ころ、テレビに映っている人と、実際の人とを区別できる。
IQ(知的指数)は、生涯あまり変化しない。しかし、知能は、教育によって高まる。
記憶は、正確過ぎると実用性が低下する。いい加減であいまいな記憶のほうが役に立つ。一般に記憶力のいい人ほど、想像力が乏しい傾向がある。記憶力のあいまいさは、想像力の源泉だ。
イヤイヤ状態に入ったら、娘を抱いて鏡の前に連れていき、「ほら、泣いている子がいるよ」と鏡を見せる。「泣いているのは誰?」と話しかける。鏡を通じて自分を客観視させる。
1歳10ヶ月になるとウソをつく。ウソは認知的に高度な行動で、高度な認知プロセスだ。
イヤイヤ期は、人間形成に本当に必須なプロセスなのか、科学的には証明されていない。しかし、成長過程から考えると、子どもが「どこまで求めたら、限界にぶつかるのか」を経験を通して学ぶ機会になっているのは間違いない。
胎児は、無用なほど過剰な神経細胞をもって生まれる。そして、3歳ころまでに神経回路の基礎をつくり、必要がないものを捨ててしまう。
ヒトの神経細胞は、もともともっていたのを100%とすると、3歳までに70%が減り、30%が残る。不要な神経細胞はエネルギーをムダに消費するので、捨ててしまう。その後は、この30%だけで生涯を貫く。つまり、どの神経細胞を残すかが決まるのは3歳まで。3歳までのあいだに、あれこれと刺激を受けて、これは大切だから残す、これは不要だから捨てると判断している。
3月生まれと4月生まれには差はない。知能の劣等感は十分に克服できる。早くから教育を始めても、必ずしも有効ではない。
幼児教育では、知識の詰め込みよりも大切なことがある。自然や実物に触れる「五感体験」、忍耐力。物事を不思議に思う疑問力や知識欲。筋道を立てて考える論理力。本来のことや他人の心の内などの見えないものを理解する推察力、そして適切に判断する対処力。多角的な解釈を可能にする柔軟性、自分の考えを伝え、人の考えに耳を傾ける疎通力なども大切な養成ポイント。
ストレートにほめるのは禁じ手。えらいね、上手だねと何度もほめるよりも、すごいな、面白いねと、成果そのものを一緒に喜ぶようにする。
さて、マシュマロ・テストに挑戦しましょう。マシュマロを見せて、15分間ガマンしたら、もう1個マシュマロをあげるよと言って、子どもを何もない部屋に1人にして様子をみるのです。何もない部屋ですから、手もちぶさたで、退屈です。目の前にはおいしいマシュマロがあります。15分間、マシュマロを食べずにガマンできたら合格。4歳で合格するのは全体の30%この3%は、大人になっても好ましい人生を送る傾向がある。
私は、そんな自信はありません。年齢(とし)とった今なら、ガマンできる自信はあるのですが・・・。もう遅いでしょうか。
(2017年8月刊。1600円+税)

リストラ中年奮闘記

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 高木 喜久雄 、 出版  あけび書房
団塊世代の元気な老後の過ごし方を実践し、日々のブログで紹介していたのが一冊にまとまっていて、大変面白く、読んでいると身につまされ、また元気も湧いてくる本です。
50歳で宣伝マンがリストラされて庭師へ「華麗に」転身します。そして、地域から求められる庭師と定着しつつも、寄る年波から惜しまれながら引退し、70歳の今ではボランティア三昧の日々を過ごしているのです。
かつては音響メーカーであるパイオニアのサラリーマンとして、宣伝マン一筋。労働組合の役員としても広報担当。宣伝一筋で生きてきた。ところが、50歳になる直前にリストラで退職した。さて何をするか・・・。
著者は技能訓練生として造園科に学ぶことにしました。樹木の名前を覚えなければいけない。絶対に覚えないといけないのが150種類。できたら覚えておけと言われるものまで加えると300種類になる。20~30センチの樹の枝を見て、ぱっと見分けないといけないのです。私も著者のように見分けられるようになりたいです。
庭師としての技術を身につけたかったら、個人の庭を中心にしている会社じゃないとダメ。そんな会社は、せいぜい3~4人ほどじゃないと維持できないので、会社は、みんな小さい。
公共の仕事は、丁寧にやっていると怒られる。いい加減でも良く、とにかく速くやること。
庭師として実践しはじめると毛虫に出逢う。チャドグガは全身がカユミに襲われるので、要注意。
先輩は仕事を教えてくれないので、見て、盗むしかない。しかし、盗むにも、それなりの知識と経験がなければとても理解できない。
植木の剪定には、それをする人の性格があらわれる。剪定すると、切り口に殺菌剤を塗ったほうがいい。剪定のときには木に声をかける。
「ちょっと痛いけど勘弁な」
「痛かったかもしれないけれど、これでお仕舞いだからな」
「どうだい、これで太陽も風も懐まで入るようになっただろう」
私も花に水をやるときには、なるべく声をかけるようにしています。
「きれいに咲いて、見事な花を見せてよね」
モクレンは花が終わると、すぐに来年の花芽をつけるので、花が見苦しくなってきたら、もう剪定すべし。
庭にいると、スズメバチに刺されてしまうことがある。毒を吸い出す道具を携帯しておく。スズメバチは樹液を吸わないと生きていけない。キイロスズメバチは、樹液の代わりに人間がポイ捨てした空き缶の中に残ったジュースを吸って生きている。
弱った樹木には害虫がますますつきやすくなって、悪循環に陥る。
森林を保全し、よみがえらせるボランティア活動にも乗り出します。そして、子どもたちを森へひっぱり出すのです。いいことですよね。幼いときに少しでも自然に触れておくというのは、とても大切なことです。
著者はまた子どもたちへ絵本の読み聞かせをし、紙芝居もしています。まことに芸達者の人ですね。うらやましい限りです。私より2歳だけ年長の人がリストラにあって会社をやめたあと、いかに生きるのかが問われるとき、元気さを保ちながら続けることの大切が実感できます。引き続き、無理なくご健闘ください。
(2016年9月刊。2200円+税)

蔵書一代

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 紀田 順一郎 、 出版  松籟社
すべての愛書家、蔵書家に捧げるとなっていますので、愛書家を自称する私も読まないわけにはいきません。要するに、読んでため込んだ本をどうするのか、ということです。
井上ひさしの蔵書は14万冊。生前から故郷の山形県川西町の図書館に段階的に寄贈していて、「遅筆堂文庫」として残っています。私も一度ぜひ行ってみたいと思っています。
最近亡くなった渡部昇一は巨大な書庫に15万冊を擁していた。書庫の建設費は数億円もの銀行ローン。立花隆は、地下1階地上3階のビルに3万5千冊の蔵書、資料を備えている。私も写真でその光景を見ました。
私は単行本を年間500冊は読んでいますので、弁護士生活40年以上ですから2万冊はあると思います。すでに自宅の子ども部屋は書庫に変身しました。引き取り先を少しずつ開拓しつつあるのですが、容易なことではありません。
1935年生まれの著者は3万冊もの蔵書を一挙に泣く泣く処分したようです。身を切られる辛さだったと言いますが、私にもよく分かります。
出版界のピークは1996年、それ以降は今日まで回復の気配はなく、売上額はピーク時の半分にまで落ち込んでいる。マルチメディア化が急速に進行し、紙の出版物の市場自体を脅かしている。
本は段ボール箱に入れてしまったらダメ。書籍は、所蔵者自身で配架しなければ絶対に役立たない。
まったく同感です。私は高校生のとき以来、本の並べ替えを楽しんできました。今もジャンル毎に本を並べています。背表紙が見えなくなったら、本は無縁の存在と化します。
1万冊をこえる蔵書を維持するには体力が必要。これはまったくそのとおりです。雑誌は基本的に捨てますが、本は原則として捨てることはありません。そして、目の前にいいと思った本を見たら、持てるだけ買います。弁護士として、とくに変な遊びもしませんので、好きな本を買うくらいの贅沢は自分に許しています。
そして、買ったら、なるべく積ん読(つんどく)にならないように心がけています。とは言っても、まずは読みたいものを優先しますから、あと回しになっている本が常時100冊を下ることはありません。
新聞の書評、本の末尾の参考本、関連本、そして本屋での出会い。本を読みはじめたらやめられませんし、読んだ本は捨てられません。これを読んだあなたはいかがですか。そんな簡単に本は捨てられませんよね。
私は読んだ本には赤エンピツで棒線を引っぱっていますし、サインして、読んだ日を記入していますので、一般には売れない本になっています。私にとっては、それでいいのです。それでも、そろそろ元気でなくなり、足腰が不自由になったときのことも考えなければいけません。著者が強調しているようにどこか公共施設で引き取ってくれたら、本当にありがたいです。
(2017年7月刊。1800円+税)

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