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カテゴリー: 人間

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか

カテゴリー:人間

著者 フランス・ドゥ・ヴァール 出版  紀伊國屋書店
ハイイロホシガラスは、秋に、何百平方キロメートルもの範囲の何百という場所に、マツの実を2万個以上も蓄えておき、冬と春の間に、その大半を見つける。
ゾウが物をつかむ鼻は、霊長類の手とは違って嗅覚器官でもある。ゾウは、道具を使える。
かつては動物に名前をつけるのは人間が過ぎると考えられていたため、西洋の教授は学生に日本の学派には近づかないように警告していた。サルはみなそっくりなので、伊谷が100万頭以上のサルを見分けると言ったとき、ホラ吹きにちがいないと思われてしまった。今日では、多数のサルを見分けるのは可能だし、現に見分けている。そうなんですよね。外国人からみると、日本人って、みな同じ顔をしていて見分けがつかないとよく言われますよね、、、。
チンパンジーのメスが年齢(とし)をとって果実の生(な)る木に登れなくなったとき、木の下で辛抱強く待っていると、娘が果実をかかえて下りてきて、二頭いっしょに満足そうにむしゃむしゃ食べはじめました。親子で協力しているのですね。
チンパンジーが蜂蜜を採集するときには、5つの道具からなるセットを用意する。巣の入口を壊して広げる頑丈な棒、穴をあける棒、穴を拡大させるもの、蜂蜜をなめとる棒、スプーン代わりにする樹皮片。
チンパンジーは、他のすべての類人猿と同じで、考えてから行動する。オウムのアレックスは、話せるし、計算することだってできた。
オオカミは、犬ほど人間の顔を見ないし、自己依存の度合いが強い。犬は自分では解決できない問題に取り組んでいると、飼い主を振り払って、励ましや手助けを得ようとする。オオカミは決して、そういうことはしない。 自分で試み続ける。
犬は人間としきりに目を合せる。飼い主も犬の目をのぞき込むと、オキシトシンが急速に増える。
著者の観察と研究によってチンパンジーが政治をしていることが判明した。二頭のライバル間だけで対決に決着がつくことはほとんどなく、他のチンパンジーたちがどちらを応援するのかが関係する。事前に「世論」に影響を与えておいたほうが有利になる。
旗色が悪くなったチンパンジーは、手を広げて仲間のほうに差し出し、助けを求める。支援を得て形勢を逆転させようとしているのだ。そして、敵の仲間に対しては、懐柔しようと懸命になり、腕を回して顔や肩にキスをした。助けを乞うのではなくて、中立の立場をとってもらうのが狙いだった。
著者が私と同年生まれだというのを巻末の著者紹介で知っておどろきました。人間が一番だなんて、とてもとても威張ってなんかおれませんよね。
(2017年9月刊。2200円+税)

いわさきちひろ、子どもへの愛に生きて

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 松本 猛 、 出版  講談社
この本を読まない人は、人生で損をすると思います。まして、いわさきちひろの絵をまだ見たことがないという人がいたら、お気の毒としか言いようがありません。世の中に、こんなに素敵な子どもの絵があるなんて、信じられないほどの傑作ぞろいです。
それにしても、いわさきちひろ生誕100年というのには驚いてしまいました。ええつ、そんな前に亡くなっていたんですね・・・。55歳で亡くなっていますが、とても可愛いらしい笑顔の写真を私も見慣れていましたし、童女たちの絵を見るにつけ、いわさきちひろは今もまだ身近な存在だったので、生誕100年というのは驚きでしかありませんでした。
一人息子である著者による伝記です。戦争との関わりが、とても詳しく描かれています。
ちひろたちが満州に渡って大変な目にあったことを初めて知りました。ちひろの母親が満州に娘たちを送り出す組織の事務方をしていたのです。満州は日本での前宣伝とはまるで違った悲惨な現実に直面するのでした。そして、日本に戻ってからは空襲にあって焼け出されてしまいます。戦後、ちひろは戦争中の悲惨な現実を見て、戦争反対でがんばった共産党に魅かれていくのです。
いわさきちひろの絵は天性のものかと思っていましたが、もちろんそれもありますが、画家や書道家を師匠としてきちんと指導を受けているのですね。さらに、絵本をつくる過程では編集者の厳しい注文も受けとめていることを知りました。天才だから初めからうまい絵が描けたのではなくて、天分に努力を加えて、いまの私たちが感動する絵が生まれたのです。
著者は1951年生まれですから、団塊世代のすぐ下の世代です。私も身に覚えがありますが、中学生のころには親とほとんど話をしたことがありませんでした。今から思えばもったいないとは思いますが、それは誰でも親から自立する過程で必要なことですので仕方ありません。
東京のちひろ美術館には行ったことがありますが。長野はまだです。この本を読んで、ますます行きたいと思いました。よく調べてあります。いい本をありがとうございました。
                          (2017年10月刊。1800円+税)

軍国少年がなぜコミュニストになったのか

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  松本 善明 、 出版  かもがわ出版
 いわさきちひろの夫であり、弁護士であり、日本共産党の国会議員として活躍した著者の自伝です。
著者は、1945年8月15日、19歳で海軍兵学校の最上級生として広島県江田島にいた。なぜ、あの戦争に反対しなかったのか・・・、その問いに答えるべく書いた自伝。
戦争に反対するどころか、当時の著者は心の底から日本の戦争を正しい戦争だと思い、お国のために命を投げすてることを唯一の道だと考えていた。それは愚かだったから戦争を賛美したというものではなかった。
 小学生時代の著者は身体が弱く、神経過敏だった。親は子どもたちに読書をすすめた。東郷平八郎、乃木希典などの軍人の生涯にひきつけられ、軍人として国のために命を捧げるという生き方に違和感をもたずに育った。
 著者は両親の期待を受けてまじめな秀才としての道を歩んだ。お国のために死んでいく価値観は、小学校のときから疑いをもっていなかったが、中学時代にますます確固たるものに変わった。
 中学の校長は、「10年後の大学者となるより、1年後の一兵卒たれ」と叫んだ。著者は、自らの燃えるような意思で、海軍兵学校への進学を決めた。
 このように読んでいくと、学校教育の影響力の恐ろしさをまざまざと見せつけられます。アベ首相につらなる人たちが教育勅語の復活を企図しているのが、恐ろしくてなりません。
 著者は1943年12月に江田島の海軍兵学校に入ります。75期生です。3480人が同期生でした。これは74期の3倍以上。
 敗戦によって生きる目的を失い、心にぽっかり穴があいてしまった。そして1946年4月、東大法学部に入学した。大学生になって、戦前戦中に命を賭けて戦争に反対し続けた人たちがいることを知り、ひどい衝撃を受けた。東大図書館に一人こもり続けるのを1年数ヶ月間も続けたあと、著者は日本共産党に入ったのです。信じられませんね。図書館での独習だけで共産党に入るなんて・・・。
 アベ首相の父の安倍晋太郎とは法学部の同期生で、卒業も同じだった(お互い面識はない)。
 いわさきちひろとの出会いは感動的です。交際中のある日、ちひろから「靴を買ってあげましょうか」と言われた。著者がわらの緒のついた粗末なわら草履(ぞうり)をはいていたから。しかし、著者は海軍兵学校からもらってきた靴が6足もあるから大丈夫だと答えた。自分は一生お金が入るような仕事にはつかないつもりだから、6足の靴を一生はこうと思って大切にしていると答えた。何と純粋な心の持ち主でしょうか・・・。
 著者とちひろとの二人だけの結婚式の光景を上条恒彦が歌っています。神田のブリキ屋の二階のちひろの部屋を花でいっぱいにした。1000円の大金を全部花にした。あとはワイン1本ときれいなワイングラス二つ。すばらしいですね・・・。そのあと、著者は失業して司法試験を受験し、半年間の猛勉強で合格したのです。6期です。
 国会議員になってから、田中角栄首相を鋭く追及し、総理を辞めたくなるほどの心境に追いやったのです。後輩として、読んで元気の出る本でした。
(2014年5月刊。1800円+税)

私のヴァイオリン

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  前橋 汀子 、 出版  早川書房
 高校2年生の夏、17歳でソ連で留学。1961年8月のことです。いやはや勇気がありますよね。ヴァイオリンの修行のため、念願のソ連留学を実現したのでした。日本人が一人も住んでいないレニングラードに行ったのです。横浜を出発して1週間かかってようやくレニングラードに到着したといいます。今ならあっという間に、その日のうちに着きますよね。
 著者がヴァイオリンを始めたのは4歳のとき。すごいですね、こんな幼児のころからヴァイオリンを始めるのですね。自由学園幼児生活団に入ってからのことです。
 ヴァイオリンを「ヴァー子ちゃん」と呼んで、いつも枕元において寝ていたというのですから、やっぱり変わっていますよね。ヴァイオリンの練習をしないのは、ご飯を食べなかったり、歯をみがかなかったりするのと同じこと、そう思っていたとも言います。うひゃあ、す、すごいです・・・。
小学6年生のとき、コンクールに出場して2等に入賞。ところが、母親は優勝しなかったので、ひどく落胆した。著者のヴァイオリン上達に母親は並々ならぬ、涙ぐましい努力をしたようです。
レニングラードでは、4人部屋に入りました。寮の部屋では、誰が何時から何時まで練習するというスケジュールを決めていて、自分の番になったら、人が寝ていても、お構いなしにピアノを弾きはじめる。1日に10時間から12時間、みな死に物狂いで練習する。
レニングラード音楽院では、身体の骨格や筋肉について学ぶ授業もあった。ながく演奏活動を続けていくためには骨や筋肉をどう使うか、その仕組みを熟知しておくことが不可欠だから・・・。
筋肉を鍛えると、演奏をしているときの感覚が明らかに違う。うへーっ、そうなんですか・・・。
ソ連の次はアメリカへわたって勉強を続け、やがて世界にはばたいていきます。そして、今では日本で活動しています。いちど、コンサートに行って聴いてみたいと思いました。プロへの道のすごさの一端をうかがい知ることのできる本でした。
(2017年9月刊。1500円+税)

みすずと雅輔

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  松本 侑子 、 出版  新潮社
 みんなちがって、みんないい。
 金子みすずの詩は、どれも思わずはっとさせる新鮮さがありますよね。
 みすずの弟は古川ロッパの脚本家をしていたということを初めて知りました。その実弟の残した膨大な日記をもとに、姉みすずの幸福と苦悩の日々を描いた伝記小説です。
 初めはずっと事実ばかりを描いていると読んでいましたが、著者はあくまでも小説だと書いていますので、フィクションもあるようです。ただ読んでいるだけでは、どこまでが真実なのか、どこからがフィクションなのか判別できません。それだけよく描けていると思いました。
 それにしても、金子みすずはよく詩を書いたものですね。下関の片田舎から東京の出版社へ次々に投稿していったのです。なんと、4つの雑誌に童謡と詩が5作も一度に載ったのでした。見事なものです。「婦人倶楽部」「婦人画報」「童話」「金の星」です。
 金子みすずは投稿を続け、昭和4年までに512編の童謡を書いた。そのうち90編が雑誌に載り、昭和5年3月に自死した。金子みすずの詩を西條八十が絶賛した。
金子みすずは、死の前日、写真館で写真をとってもらいました。有名な写真です。娘への思いを込めたかったのでしょうか・・・。このころ、金子みすずは夫にうつされた性病のために重病人だったのですが、そのような病気やつれを感じさせません。ふっくらとした少女のような面だちです。
 実弟の日記が2014年に四国で見つかったことも、この本の細かい描写を助けています。金子みすずの生きたころは、自分の願望や欲望を口にする女や行動的な女は、「女のくせに」「おてんば」と叱られ、後ろ指をさされた。遠慮がちで、口数の少ない女だけが、ええ女子(おなご)と褒められる。金子みすずは、そうしたしつけを受けたことも詩に書いている。
   あたしひとりが 叱られた。
   女のくせにって しかられた。
   女の子ってものは、木のぼりしないものなのよ。
   竹馬乗ったら、おてんばで、打ちごまするのは、お馬鹿なの。
 金子みすずの詩を、いちど全部よく読んでみたいと思いました。
 11月に受けたフランス語検定試験(仏検・準一級)の結果が判明しました。幸いなことに今回も合格です。合格基準点72店のところを81点とりました。自己採点では80点でした。1月下旬に口頭試問を受けます。これが難関です。3分前に2問あたえられて、うち1問を選んで、そのテーマにそって3分間のスピーチをします。そのあと、ネイティブの試験官と5分間ほど問答するのです。3分間スピーチって、毎回ほんとに悩みます。最高のボケ防止策です。ボケてなんておれません。
(2017年3月刊。2000円+税)

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