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カテゴリー: 人間

レバノンから来た能楽師の妻

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 梅若 マドレーヌ 、 出版  岩波新書
能楽師は梅若猶彦。その妻はなんとレバノン人です。いったい、この二人はどこで出会ったのでしょうか。そして、能楽師とはいかなる職業なのか。さらに、二人のあいだの子どもは、どんなふうに育っていくのでしょうか・・・。
レバノンというと、私には古くから内戦をずっとやっている国というイメージしかありません。
レバノンの起源は紀元前5000年から6000年前にさかのぼる。「人種のるつぼ」として、最古はフェニキア人、エジプト人、ペルシア人、そしてローマ人、十字軍、オスマン帝国など・・・。なので、レバノン国内には今も18をこえる宗教・宗派が存在する。レバノンは、大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、国会議員はイスラム教シーア派に人物が就任すると定められている。
二人が出会ったのは神戸の高校。インターナショナルスクールです。背が高くて、どことなく威厳を漂わせた猶彦は、とてもミステリアスだった。彼のなかには、私がどうしても立ち入れない部分がありそれは今も変わらない。芸術家というのは一筋縄ではいかない性格をしている。
彼女はレバノンに帰国したあとイギリスの大学でコンピューター・サイエンスを学びます。そのあと再びレバノンに戻ったあと戦火を逃れて日本にやってきたのでした。そして、猶彦と再会したのです。
結婚したあと、能楽師の妻として初めて能楽堂に行くと、猶彦は、「ここでは、私から三歩下がって歩くように」申し渡すのでした。耳を疑う言葉です。
能の振付を詳しく記録した秘伝書「型附(かたづけ)」を猶彦は保有している。型附を定めることによって、伝統を固定化し、そこからの逸脱を禁じた。型附は父から子に承継されるものであって、一般の生徒や弟子に公開されることはない。この指南書のおかげで、梅若一族の者は能の型にかかわる圧倒的な量の情報に触れることができ、それによって他よりも抜きんでることが可能となる。なーるほど、そんな仕組みになっているのですね・・・。
能の上演には多額の経費がかかるので、公演を主催しても赤字になることも多く、大した収入にはならない。能楽師の多くは自活を強いられている。
猶彦は、毎日、最低2時間は、立ったまま瞑想する。この瞑想によって、能の構え、身体、姿勢、身体の内側の動きを把握しようとする。
「瞑想とは、無への投資だ。無心になるのは難しいが、それこそが能の本質なのだ」
猶彦は体型の維持、そして健康保持に心を砕いている。
猶彦の胸に心拍計をつけて計測した。演技が最高潮に達したとき、ほとんど動いていないにもかかわらず、1分間に240に達した。ふだんは60から70。全速力で疾走するときの心拍数を上回っている。これは、能楽師に求められる精神集中の強度を証明するものだ。
公演が近づくと、猶彦は精神統一をしなければならないので、集中するために一人になりたがる。大きな公演の数週間前から、猶彦が必要とするだけ彼女は距離を置くようにしている。
なーるほど、能楽師の妻とは疲れる存在なのですね・・・。
能では、型附と寸分たがわずに演じることが前提とされている。無駄のない所作のひとつひとつが見る者の心に訴え、魅了できることが理想。そのため、いかなる過ちも許されない。完璧さが求められる。
能楽師は200曲もの古典的演目をまるで「辞書のように」覚えなければならない。
能の世界に「引退」は」なく、体力が続く限り演じ続ける。
いやはや能楽師の妻たるもの大変な苦労があるのですね。しかし、彼女は自分を「根っからの闘士」と自称しています。たくましいのです。ですから、二人の子どもたちも苦労しながらもたくましく育ったのでした。一読に値する新書です。
(2019年12月刊。780円+税)

余力ゼロで生きてます。

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 水野 美紀 、 出版  朝日新聞出版
43歳での出産の前後と育児の辛くて楽しい日々が赤裸々に描かれていて、すごいよね、女性は・・・と驚嘆しつつ、最後まで面白く一気に読み通しました。
妊娠したら、コーヒーも紅茶もダメ、大好きな辛いものも、好きなお酒も飲めない。代わりにたんぽぽコーヒー(まるで戦前のヨーロッパの話です)、そして、デザートはスイカ・・・。これはこれは大変なことですね。1日じゃありませんからね・・・。
人間の脳は、辛い記憶を忘れる機能をもっている。忘れられるから、生きていける。
私も、これは本当にそう思います。年齢(とし)をとったから忘れるのではなくて、忘れるのは、忘れられるのは、実は、とてもいいことなんだ、今ではそう思うようにしています。
出産したあとの母体は、全治1ヶ月の大ケガをしたようなもの・・・。うひゃあ、そ、そうだったんですか・・・。それは知りませんでした。失礼しました。
お産が命がけのものだと身をもって知った。こんな痛い思いは二度といやだと思った。ところが、1年たったら、あのトラウマレベルの痛みの記憶は薄れ、若かったら、もう1人産みたかったなあ・・・、なんて思っている。
保育園に通うようになって、次々に鼻水状態になっていく。治りかけてはうつされて・・・というループにふりまわされる。ところが、医師は、こうして抵抗力が養われて、強くなっていくのだという。弁護士である私も、医師ではありませんが、まったく同感です。無菌培養ではひ弱い身体のままだと思います。たくさんの雑菌にふれてこそ、鍛えられる。そのように私も思います。
育児に比べたら、仕事なんてラクなもの。専業主婦の方が絶対に大変だ。どんなに可愛い我が子でも、1人で不安をかかえながら、毎日、睡眠不足で逃げ場もなく向きあっていたら、可愛いものも可愛いと思える余裕すらなくなってしまう。
子どもも泣き出したものの、何で泣いているのか自分でも分からなくなっていることが多い。そんなときには、くすぐって笑わせるのも効果的な対処法だ。
子どもが泣いて、原因が分からないときは、次の3つを疑ってみるとよい。
①自分でやりたかった、で大泣き。
②秩序(いつものようになっている)が乱れた、で大泣き。
③イヤイヤ期からくる大泣き。
そして、「ママ手伝っていい?」と問いかけてみる。
かわいらしいイラストがまた格別に素敵で、思わずクスッと笑ってしまいます。
さすがは、女優だけでなく、作家・演出家というだけあって、軽くすいすいと読ませます。
(2019年12月刊。1300円+税)

ルヴァンとパンとぼく

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 甲田 幹夫 、 出版  平凡社
フランスパンのなかでもカンパーニュは独特ですよね。ずっしり重たくて、いかにも固い。そして、かむほどに味わいがあります。バゲットもいいですけど、カンパーニュは別格です。
四半世紀も前の家族旅行でパリのプチホテル(ホテル・サンジャック)に泊まったとき、朝食に出てきたフランスパンの美味しさには、子どもたちをふくめて全員がうなりました。ほどよい塩かげんと固さで、すっかりとりこになってしまいました。パンとカフェオレかホットココアのみの朝食なのですが、あまりの相性の良さに誰からも文句は出ませんでした。
東京は渋谷で、ずっとパン屋を営んでいる著者によるパンづくりの話です。
ルヴァンとは、フランス語で種(たね)のこと。一日は、この種のご機嫌うかがいから始まる。種がルヴァンの真ん中にある。店では誰より種がエライ。
日本の小麦を使い、自分たちで育てた種で焼くパン。それがルヴァンの軸。
種は毎日使うから、使い切ってしまわないように数日おきに培養する。
自宅培養の種の面白さは、多様性とその調和にある。
ルヴァンは国産小麦にこだわる。そして「地粉(じごな)」を使う。ライ麦も国産だ。今は栃木産。種が完成するのには10日から2週間かかる。
いかにも手づくりの店の本当に手づくりパンの店です。大きなパンを量り売りもして、売り残さないようにする工夫もしているとのこと。あまりもうかる商売ではないと思いますが、ともかく35年以上も続いているのですから、たいしたものです。ぜひ一度この店のフランスパン、それもカンパーニュを食べてみたいものです。
(2019年11月刊。1800円+税)

41歳の東大生

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 小川 和人 、 出版  草思社
すばらしい生き方だと驚嘆しました。郵便配達員として働きながら東大を受験して、5回目で合格し、4年間、なんと同じ仕事を続けながら東大に通って、無事に卒業したというのです。まさしく奇跡というしかありません。もちろん、家庭と職場で温かく支えてくれる人々がいたからこそできたことです。それにしても、それを受けてやり遂げた本人の並々ならぬ努力と不屈の心にはまったく敬服しました。
そのうえさらに、著者は、あの難解なことで有名なサンスクリット語に挑戦するのです。東大といっても、なんとなんと専攻は「印哲」、つまりインド哲学なんです。そして、得た成績はまた文句なしにすばらしいのです。ほとほと呆れてしまうばかりです。
インド哲学概論   優
インド哲学仏教学演習   優
サンスクリット語文法   優
インド哲学仏教特殊講義   優
受験した9科目の全部がオール優なんです。信じられません。私なんか法学部でもらった優は1つだけだったかな・・・。自慢じゃありませんが、良と可ばっかりでした。
この著者は、いったいぜんたい、どんな人なのか・・・。
明治学院大学社会学部を卒業している。ただし、在学中はボクシングに夢中であまり勉強しなかった。そして郵便局で集配課の仕事をしながら、毎日2時間の勉強を続けて東大に合格した。問題はそのあとです。いったい郵便配達の仕事をしながら、しかも妻子をかかえながら4年間の大学生活が可能なのか・・・。
それが可能になったのですから、まさしく奇跡が起きたとしか言いようがありません。必修科目の時間割にあわせて有給休暇の時間取得を申請して上司に認めてもらったのでした。
スペイン語と英語には苦しんだとのこと。そんな人がなんとサンスクリットに挑戦してオール優をとったのですから、努力すれば、人間、たいがいのことはできるということなんですよね・・・。
私も、ずっとずっと50年間も、フランス語を飽きもせず続けているのは、大学時代にセツルメント活動に夢中になって(それ自体は決して後悔していませんが・・・)、授業に真面目に出席せず(といっても大学紛争が始まってからは、授業自体がありませんでした)、もっと授業に出て勉強しておけばよかったという思いがあるからでもあります。
著者は41歳で東大に合格して、10代から20代の成績優秀、頭のいい若者たちのあいだで勉強するというのは、お互いにとって大変刺激があったことだろうと推察します。
著者の興味・関心は現代哲学や現代思想ではなく、ずっと古い時代のギリシャやインドの仏教そして古代思想にあった。そこに自分の生き方のヒントを求めようとしたというのです。
これまた発想がすごいですよね・・・。
著者は、夜9時に寝て、早朝3時に起きる生活をずっとずっと続けたのです。いやはや・・・。
インド哲学というと、供犠(くぎ)。火葬、輪廻(りんね)、沙門(しゃもん)という言葉が登場する世界です。そこには豊饒な世界があり、豊饒な授業があった。そして、かの有名な『般若心経』をサンスクリット語で全文暗唱するのです。
この世の一切のものは、実体がなく変化し移ろうものであるということ。本当にそのとおりだ。
なんともはや、あまりにも知的刺激にみちあふれすぎていて、読みだしたら止まらなくなってしまいました。学ぶのは、いくつになっても遅すぎることはない、ということを実感させてくれる、ワクワクドキドキの本です。ぜひ、あなたもご一読ください。
(2019年11月刊。1500円+税)

こどもたちのライフハザード

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 瀧井 宏臣 、 出版  岩波書店
ライフハザードって何・・・?一言でいうと生活破壊。もう少しニュアンスの違った生活の崩れ。それが、現代に生きる子どもたちに起きているという警告の書です。
こどもの体温は、1日のうちに0.6度から1度のあいだで変動し、季節によって異なるが、36度から37度のあいだで推移するのが普通。そして、通常は夜に眠っているあいだ体温は低く、朝に目が覚めてから次第に上がっていき、午後3時から4時ころをピークとし、それからまた下がっていく。
ところが、低体温の子は、生体リズムが3.4時間ほどうしろにずれてしまっている。朝、眠っているときの低い体温で起こされて、体温が上がらないまま保育園に来る。これでは、ボーっとしているのは当然だ。また、夜になっても体温が高いため、なかなか寝つけないという悪循環に陥っている。
赤ちゃんのころは体温が高い。通常は、3歳ころに体温調節機能が整って安定してくる。ところが、高体温の子は、体温調節機能が整っていない。つまり、赤ちゃんのころの状態が続いている。
表情が乏しく、あまり泣いたり笑ったりしない赤ちゃんが目立つ。
保育園で「気になる子」のほとんどが、夜間の睡眠時間が少なく、しかも不規則になっている。その多くは情動が不安定で、他人に関心がない。そして、①無表情。②理由なき攻撃性。③強いこだわりという三つのタイプに分かれる。
欧米では、中学生までは夜9時に寝るのがあたりまえ。国際的にみて、子どもの遅寝が社会問題となっているのは日本だけ。
子どもが大量の清涼飲料水を飲んでいると、ペットボトル症候群になる。これは、2型糖尿病の一種。甘い清涼飲料水が引き金になって、子どもが昏睡状態になるケースがふえている。
肥満の度合の高い子ほど、食べる速さが速く、食べる量が多く、しかもかむ回数が少ない。
肥満の度合が高いほど、依存型行動や攻撃型行動、自閉か多動型行動が多い。
コケコッコというニワトリ症候群。ひとり食べ孤食のコ。食事をとらない欠食のケッ。家族と一緒でも自分の好きなものをたべる個食のコ。肉やカレーライスなど、いつも決まったものばかりを食べる固食のコ。
親が、食についての子どもの要求をできるだけ受け入れている。嫌いなものを無理に食べさせず、子どもに訊いて喜ばれるものを出している。そのほうがムダやハズレがなく、作るのも食べさせるのも楽だから。
衣食住遊のなかで、食の地位は最下位まで下落している。遊びやレジャーのために食費を削るのは、あたりまえになっている。
症状が出る出ないは別として、今の大学生の10人に9人はアレルギー体質。
子どもにとって遊びは、身体機能や運動能力を鍛え、物事を工夫する知恵を養い、情緒や社会性を育てる重要な役割をもっている。人間として生き抜くための基本的な能力を身につける大切な機会なのだ。
実は、この本は2004年1月に出たものです。今から16年も前の日本の子どもの状況を問題視しているのですが、その後、事態が改善されたどころか、ますます心配な状況になっているのではないでしょうか・・・。孫をもつ身として、大いに考えさせられる本でした。
(2004年1月刊。1900円+税)

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