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カテゴリー: 人間

文芸編集者、作家と闘う

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 山田 裕樹 、 出版 光文社
 私も小学生のときから今まで、それなりに本を読んできたと思っていますが、この本を読むと、さすがに上には上がいるものだと痛感させられます。世界的に有名な古典文学では読んだ本はごくわずかですし、SFや推理小説も、それほど読んではいません。
 編集者は、最初は量を読むことが不可欠。読む量が多ければ、ダメ本と良書の違いが分かってくる。そして、ダメ本の中に、どこがダメの理由であり、そこを変えれば面白くなるという本も混じっていることを発見する。
預かった原稿は、すぐに読む習慣を身につけること。そうしないと、たちまち机の周辺が原稿の山になる。
 「筆が止まってしまったときには、自分の潜在能力が代わりに書いてくれる」(北方謙三)。
書いているうちに、登場人物が勝手に書き出してしまって制御が難しくなり、自分の初めに予定していたテーマとプロットが大幅に変わりそうになった。その瞬間、「これはいけるかも」と思ってしまう。これはモノカキのはしくれとして、私も実感します。
本が出来るまでの編集者と、本が出来てからの批評家とは、立場が違う。立場が違うと、正義も違う。
 作家は、自分といるときは、楽しく遊んでくれる編集者を欲するが、会社(出版社)に戻ったら自分の作品に正当な評価を会社にさせる編集者を欲するものだ。
 文章が実にうまい。というのは、読んでいてリズミカルで快(こころよ)い。肝心なことは、優れた文章が練られたプロットを効果的に読者に提示する手段になっていること。優れた文章を書くだけが目的の作品には感動しない。私もリズミカルで快い文章を書いてみたいと思いました。
 作家と喧嘩ばかりしている編集者は使いものにならない。しかし、ここというときに作家と喧嘩ひとつできない編集者もダメ。原稿を書くだけなら、作家には紙とペンがあればいい。それを本にするには、編集者が必要だ。そして、それをベストセラーにするには、販売部のプロが必要になる。
 そうなんですよね、きっと…。私も一度くらい、「〇万部、売れた」と言いたいのですが…。今や誰でも知っている作家たちが、世に出るまでの、生みの苦しみを編集者は作家と共働作業してつくり出していくものだということがよく分かる本でもあります。
 北方謙三、椎名誠、逢坂剛、夢枕獏、東野圭吾、高野秀行あたりは私もよく読みましたが、私の読んだことのない本の作家が何人も登場します。そして、編集者というのは、作家と夜を徹して、飲み、食べ、語り明かすのですね、そのタフさ加減には、とてもついていけません。
 それにしても、本のタイトルにあるとおり、文芸編集者は、文字どおり作家とガップリ四つに組んでたたかうことがよく分かりました。すごい本です。
(2024年12月刊。2750円)

文品、藤沢周平への旅

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 後藤 正治 、 出版 中央公論新社
 私は弁護士になる前の、2年間の司法修習生のころ、山本周五郎にはまっていました。同じ修習生仲間(仙台・石巻市の庄司捷彦氏)から勧められたのですが、たちまち江戸情緒たっぷりの豊かな人情話の虜になってしまいました。
弁護士になってからは、藤沢周平です。山田洋次監督が映画化していますので、視覚的にも没入することが出来るようになりました。ありがたいことです。
藤沢周平の生まれ故郷である山形県鶴岡市には亡き上田誠吉弁護士(自由法曹団の元団長)と一緒に(といっても、私は下っ端で、あまり役に立っていませんが…)。灯油裁判の原告弁護団の一員として何回か行っています。落ち着いた、古い城下町だという印象が強く残っています。
風景や情景の描写における藤沢周平の筆運びの精密さ、巧みさはよく指摘される。それは少年期からの読書量に加え、俳句や短歌や詩に親しんだことも一助になっていようが、細部への観察力、折々に覚えた心象や想念を記憶に留め置き、それらを文章に置き換えていく、やはり天与の技量があった。
藤沢周平は28歳の妻を亡くした。幼い娘は、まだ1歳。鬱屈(うっくつ)した気持ちのはけ口が小説を書くことだった。だから出来あがったものが暗い色彩を帯びるのは当然のこと。物語という革袋の中に、鬱屈した気分をせっせと流し込んだ。そうすることで、少しずつ自分は救済されていった。
藤沢周平は短い教員生活のあと長い結核療養の年月を過ごした。これは大学に行っていない藤沢周平にとって、「私の大学」となった(師範学校は卒業している)。
 そして、東京で業界紙に勤めた。29歳から46歳まで、17年ものあいだのことで、これが「もうひとつの大学」になった。
藤沢周平は、雑誌に寄稿するとき、必ず締切を守った。
 藤沢周平の作品、とりわけ前中期の士道小説には、権力というものに対する冷え冷えとした感触がある。主人公の下級武士たちは、権力に翻弄されてつつもなお、意地と矜持(きょうじ)を失わない。
 藤沢周平の小説には負のロマンがある。主人公は、暗い宿命のようなものに背中を押されて生き、あるいは死ぬ。
小説は、私という兵士が口ずさむ軍歌のようなもの。軍歌の常として、メロディがやや悲惨味を帯びるのは、やむを得ない。歌わない兵士が大部分のなかで、ともかく軍歌を自分なりに歌えるのは、恵まれたこと。たとえ、音痴気味だとしても…。
 藤沢周平は、健康な懐疑主義、なんであれ、絶対的な存在、唯一無二、唯一神的なものを好まなかった。
藤沢周平は作風を転換させたが、それには長い年月を要した。
 娘(展子)によると、藤沢周平は、庄内弁のカタムチョ(頑固)で、便利な流行(はや)りものは好まない。テレビも故障するまで白黒。
2階の和室を仕事部屋にしていたが、クーラーはなく、うちわ片手に原稿を書く。チヂミのシャツ、腹にサラシを巻き、下半身はステテコ姿。
 時代や状況を超えて、人間が人間であるかぎり不変なものが存在する。人間の内部、ホンネということになると、むしろ何も変わっていないのが真相だろう。小説を書くということは、そういう人間の根底にあるものに問いかけ、人間とはこういうものかと仮りに答えを出す作業だろう。作家にとって、人間は善と悪、高貴と下劣、美と醜をあわせもつ小箱だ。作家は魔に憑(つ)かれた人種というしかない。つくられた小説世界の中で、作者もいっときの虚構の楽しみを読者と共有する。
藤沢周平の世界をたっぷり堪能した思いのする本でした。
(2025年3月刊。2640円)

考古学者の多忙すぎる日常

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 角道 亮介・青山 和夫・大城 道則 、 出版 ポプラ社
 正確なフルタイトルは、「考古学者だけど、発掘が出来ません。多忙すぎる日常」というものです。ええっ、ど、どういうこと…。
 発掘調査よりも、研究室にこもって遺物を研究し、データを分析する時間のほうがはるかに長い。石器の使用痕を日本でこつこつと分析し、成果をスペイン語で書いていく。
 マヤ文明の交易、ものづくり、宗教儀礼と戦争という政治経済組織の一側面を9万点もの石器をこつこつと研究して実証明に検証し、英語、スペイン語そして日本語の論文に書き上げる。
 石器を分析する時間のほうが圧倒的に長い。石器の分析が忙しすぎて、発掘する時間がない。うひゃあ、現場で石器を掘り上げてからが大変なんですね…。
 「世界四大文明」というのは時代遅れの間違い。著者たちによって高校世界史の教科書から、時代遅れの「世界四大文明」という用語が消えた。世界四大文明とは、メソポタミア、中国、アンデスそしてマヤ文明。中学の世界史教科書では今も「大河のほとり」で発展したとしている。しかし、マヤ文明の諸都市は「大河のほとり」にはない。文明の誕生に必要なのは食料の確保であり、大河ではない。
マヤ文明には、鉄器、大型家畜、そして統一王朝がない。主要な利器は石器で、家畜は犬と七面鳥だけ。統一王朝もなく、ネットワーク型の文明。文字と暦(こよみ)、天文学を高度に発達させた。いやあ、そんなに違うものなんですね…。
考古学者になろうと考えている学生には、日本の発掘現場でアルバイトして経験を積むようにアドバイスしている。なーるほど、それは大事ですよね、きっと。
 エジプトのヒエログリフを読めたとしても、それだけでは就職先も仕事もない。ふむふむ、そうなんですか…。
発掘現場では蚊の大群に襲われる。トイレのときは悲惨。蚊の地獄。寝泊まりするのは、ジャングルの中のテント。コインランドリーも洗濯機もない。川の水で衣服を洗い、生乾きのまま服を着る。女性の調査員も含めて、プライバシーはまったくない。それを恥ずかしいと思っていては発掘調査はできない。野外調査のもう一つの大敵がマダニ。
 マラリアの予防薬は、欠かさず飲む必要がある。日本製の携帯用蚊取り器はあまり役に立たない。デング熱には予防薬はない。
 こんなに大変な苦労のともなう考古学ですが、ご本人たちは至って楽しそうです。やはり好きなことに一心不乱にうち込めるのがいいのですよね。
(2025年2月刊。1760円)

脂肪と人類

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 イエンヌ・ダムベリ 、 出版 新潮選書
 私たち人間には脂肪が必要だ。原始に生きた祖先たちは肉を目当てに狩りをしていたのではない。求めていたのは脂肪だ。どろりとした骨髄をすすった。脂肪は生きるに欠かせない存在。生命そのものだった。今でも脂肪は生命そのものだ。
2017年の秋ロンドン下水道に130トンという巨大な脂肪の山(塊)が出現した。下水システムを詰まらせたもの。長さ250メートル、重さ130トン。清掃員8人が1日9時間、9週間かけて退治した。
 このロンドン下水道に脂肪の山がそびえ立ったのは、イギリスの成人がウェットティッシュで手をふきはじめたから。トイレットペーパーなら下水でどろどろになって流れていく。ところがウェットティッシュは、下水に溶けないので絡(から)みあって長い鎖(くさり)を形成する。シンクから下りてきた熱い油が鎖状のウェットティッシュに出会うと、油が冷えて固まり、ウェットティッシュが鉄筋のようになる。この130トンという巨大なファットバーグの62%は脂肪で、19%が灰とチリ、10%が水で、残る9%にウェットティッシュが含まれている。
 大腿骨のような長い管状の骨に入っているのは85%は脂肪の黄色い骨髄。北極圏のイヌイットは半年間、食べるのは肉だけ。正確に言うと脂肪だけ。イヌイットの食事は「ケトン食」。
炭水化物があれば、身体はグルコース、つまり血糖を生成して脳にエネルギーを供給するが、炭水化物が欠乏すると、別のプロセスが起動する。肝臓が脂肪をケトン体に変換して脳の燃料として使うのだ。
 脂肪は、私たち人間の身体が長いあいだエネルギーを蓄えられる唯一の物質。炭水化物は48時間で燃焼されてしまうけれど、脂肪なら1.2ヶ月はもつ。だから重要だった。
食品に含まれる脂肪には、主として3つの形態がある。トリグリセリド(中性脂肪)、リン脂質、ステロールだ。
 ケトン体は、肝臓の脂肪から生成され、全身とくに脳の燃料に使われる。それ以外に脳がエネルギーとして使えるのは血糖(グルコース)だけ。
ケントダイエットをすると、体内に備蓄された脂肪が燃焼しやすくなり、おかげで体重が減る。それに血糖値を低いまま安定させてくれるので、空腹感や気分に影響されにくくなり、インスリン値も下がる。
 脂肪は身体におけるもっとも強力な燃料だ。脂肪は身体の中で舌や胃、そして膵臓(すいぞう)から十二指腸で分泌されるリパーゼという酵素によって分解される。十二指腸は小腸の最初の部分で、ここで行われる活動が脂肪の吸収に重要になってくる。
 人生は必ずしも良いことばかりではないが、自分たちが食べるものは、なるべく良いものであってほしい。
 これは、この本の最後に書かれた文章です。まったく、そのとおりです。ですから、お米だって輸入米なんかではなく、地産地消。地元でつくられた、なるべく低農薬の安心して食べられるものを食べたいです。
 「小泉劇場」なんかに惑わされることなく、日本の農業(酪農を含め)をきちんと守り、減反をやめて食料自給率を高めるため、農家に生産奨励金を付与して、みんなが安心して食べられるお米と野菜をつくって双方が生活できる。そんな社会にしたいものです。
(2025年1月刊。2200円)
 参政党は「新日本憲法」(構想案)というのを公表しています。読んで腰を抜かしてしまいました。まるで戦前の明治憲法です。
 国民主権ではありません。第1条に日本は天皇が統治する国だとしています。天皇主権なのです。信じられません。思わず目を疑いました。
 そして、基本的人権がほとんど書かれていません。権利には義務がともなう、公益優先だとしています。
 こんな時代錯誤の参政党に国会議員の資格はありません。

ままならぬ顔、もどかしい身体

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 山口 真美 、 出版 東京大学出版会
 人は外見を区別する生物であり、この区別は意識下で起こるので、たちが悪い。
 女性は容姿が良いことが収入で有利に働き、男性は容姿が悪いことが収入につき不利に働く。
 小学2年生の男子が好きな色は圧倒的に金色で、女子のほうは水色。ピンクを嫌いな色にあげた女子が19%もいる。赤ちゃんは金色を好む。
サルは攻撃をしかける相手には唇を丸くして突き出し、逆に相手に従いますという弱気な表情では歯を見せる。この歯を見せる表情が人間の微笑(ほほえ)みの起源。
 リカちゃん人形とバービー人形。幼く従順そうな風貌の日本のリカちゃん人形に対して、欧米のバービー人形は、成長してしっかりと自分を持っていそうな容姿。
 アメリカでは、子どもっぽい顔はリーダーにはふさわしくないと判断される。大人っぽい顔の人は意図的な罪を犯すのに対して、子どもっぽい顔の人は不慮の罪を犯したと判断される傾向がある。
 欧米人にとってマスクをしている人は不快にうつる。日本人にとってのサングラスと同じだ。欧米人は、相手の表情をよみとるのに口元を見る。東アジア人は目元に注目する。これは生後7ヶ月で獲得する。
マスクをした顔は、マスクをしていない顔よりも魅力的に感じる。これは、マスクで隠した部分を平均額で補って見ていることによる。
 私は、初対面の人から法律相談を受けるとき、マスクをしている人に対しては何度もお茶を飲むように勧め、素顔を拝見するように心がけています。最後までマスクを外さない人は、心を開かなかった人として、もう一歩踏み込んでアドバイスすることはしません。いわばお座なりの対応をして、こちらの足元がすくわれないようにします。
 人間は、1時間かけて知り合いの顔を思い出せるだけ思い出すと、平均500人もの知り合いを記憶している。さらに、有名人の顔だとなんと4240人もの顔を知っているという実験結果がある。うひゃあ、すごい人数です。
高校のクラスメイトの顔は25年後も正確に覚えている。スーパーレコグナイザー。顧客の名前や職業をすべて頭に入れている高級ホテルのホテルマン。何十人もの犯人の顔を写真を眺めて駅の改札口に立って犯人を見つける「見当たり捜査員。顔を見る能力は振れ幅が大きい。
弁護士である私にとって、前に見たことのある人だとはすぐ思い出せても、その人の名前までは思い出せないことがほとんどです。
 全身ガンになって(あとでステージⅠと判明)、手術をし、抗ガン剤を投与され、それから7年たち、今日も元気に活躍している、心理学者である著者が自分の体験を踏まえつつ、顔と身体について考察した、とても興味深い本です。
(2025年4月刊。2420円)
 精神科の病院にしばらく入院していた人が、インドネシア人の看護師がいて、とても優しくしてくれましたと話してくれました。
 私の知っている病院では、介護士不足を埋めるため、インドネシア人に働いてもらうようにしているとのことです。
 参政党は「日本人ファースト」といって、外国人を排斥しようとしていますが、日本は、今、外国人労働に頼らざるをえなくなってしまいます。いたずらに外国人はダメだというのではなく、日本に住む、すべての人が安心して仲良く生活できるようにしたいものです。

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