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カテゴリー: 人間

いま、幸せかい?

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 滝口 悠生 、 出版 文春新書
私はテレビ版の「男はつらいよ」こそみていませんが、映画のほうは第一作からずっと映画館でみています。一番最初は大学祭のとき、法学部の大教室でみた記憶です。東京にいたときは有楽町の映画館でも、下町(大井町)の映画館でもみました。有楽町では、周囲がなんとなくお高くとまっていて心の底から笑えませんでした。下町では、周囲の人々と心おきなく爆笑の連続でした。
福岡に戻ってからは、正月は子どもたちも連れて家族みんなで楽しんでいました。なので、渥美清が亡くなったと聞いて、一家中ショックでした。
この本の著者は映画の全巻を何回もみているうえ、台本全部も読んだそうです。なかでも心に沁みるエッセンスを紹介してくれていますから、寅さんをたっぷり楽しむことができました。
それにつけても、山田洋次監督のすごさを改めて思い知りました。
2018年夏のシリーズ第50作「男はつらいよ、お帰り、寅さん」は死せる寅さんをまざまざとよみがえらせてくれた映画でした。まったく、そこに寅さんがいて、「よおっ、おいちゃん、おばちゃん、元気してたかい?」と声をかけてきそうな雰囲気の映画になっていて、感激しました。
私の自慢の一つは、この「おばちゃん」とNHKテレビで弁護士として「共演」したことがあるということです。まだ、私が30代のころのこと。インチキ先物取引に騙されないように呼びかける番組でしたが、「おばちゃん」は、そこでショート・コントを演じたのです。
寅さんは愛すべき善良さがあるが、同時に、救いようなに駄目さと常に表裏一体のものだった。笑いのなかに悲しみがあり、哀しみのなかに笑いがある。いつも二つの背反する感情がある。
 恋愛は「男はつらいよ」の重要なテーマだ。寅さんが旅先で女性に恋をして、そして失恋するというストーリーが、シンプルかつ普遍的であり、何度でも反復可能なものだった。誰かが誰かに恋をする、そのエネルギーが寅さんの映画の原動力である。
私の知人の女性が寅さん映画は、あまりにじれったくなるから好きじゃないと言い切ったことがあります。うむむ、そうも言えるんだね、そう私は思いました。でも…、ときに複雑で、ときに驚くほど単純明快な恋愛哲学は、恋愛は結局のところ思いどおりにはならないもの、という哀しい真理を示している。ふむふむ、なるほど、そうなんですよね…。
たくさんのマドンナのなかで、浅丘ルリ子が演じるリリーは、特別篇をふくめると計5作に登場していて、特別な存在になっている。これには私もまったく異論がありません。リリーさんほど、出てきただけでパッと華やかさを感じる女優は、そうそういませんよね…。
失恋のマンネリズムと言われることもあるが、実のところ寅さんの女性への心情は複雑多様だ。
「寅さん、もしかしたら独身じゃない?」
「首すじのあたりがね、どこか涼しげなの。生活の垢がついていないって、言うのかしら…」
映像でみたときには、さりげなく聞こえていた言葉が、台本の文章を読むと、心に留まって印象深く残る。そういうものなんですよね…。
「寅さんは、あの…、人生にはもっと楽しいことがあるんじゃないかなって、思わせてくれる人なんですよ」
そうなんです。だから私も寅さん映画を楽しみにし、映画館へ足を運んでいました。
「人間は何のために生きていくのかな?」
「ほら、ああ、生まれてきて良かったなって思うことが何べんかあるじゃない、ね。そのために人間、生きてんじゃねえのか」
いやあ、また映画をみたくなりました。それも小さな下町の映画館で…。
(2019年12月刊。税込880円)

ニワトリの卵と息子の思春期

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 繁延 あづさ 、 出版 婦人之友社
思春期の息子もまた同じ年頃の娘と同じく多感で反抗的で、とても扱いが難しいものです。著者の息子(中学生)は、何回も家出したことがあるとのこと。すごい勇気がありますね。中学生だとネットカフェには入れてもらえないので公園で夜を明かしたという話が紹介されています。ちょっと信じられません。
その息子から、著者は「ゲーム機を買う代わりに、ニワトリを飼わせて」と要求され、ついにニワトリを5羽も飼うことになったのでした。しかも、その目的が産んだ卵を売ってお金を得ようというのです。お金もうけと言えば、子ども向けのNISAにも親の許可を得て手を出しているとのこと。いやはや、なんとも、すごい、すごいすぎる…。
私が小学生のころ、わが家でもニワトリを飼っていました。ニワトリのエサになる草をそこらの空地から採ってくるのも私の仕事の一つでした。ときには貝殻をこまかく砕いたものも与えます。卵の殻の原料になるのです。
父がニワトリをつぶす(殺す)のも、そばでじっと見ていました。腹を割くと、なかに卵が小さいのから大きくなって殻をまとうまで、ベルトコンベア式に並んでいるのを見て、なるほど卵の殻はあとからくっつけるというのではないことを理解したことを今でも覚えています。
問題は飼ったニワトリをつぶして(殺して)食べられるか、です。以前、若い女性が豚を2匹も飼って育てたうえで、食べて美味しかったという本を紹介しました。また、小学生が学校で豚を飼って、それを食べるかどうか、大激論になったという本もあります。
この本の中学生は、ニワトリには名前をつけませんでした。ペットではなく、いずれ殺して食べるからだというのです。さっきの豚にはたしか名前がついていたように思いますが…。ともかく徹底した合理主義者の息子さんです。
ニワトリは台所で生まれる野菜クズを喜んで食べるが、ニンジンの皮には見向きもしないとのこと。ええっ、不思議ですよね…。ニワトリはナメクジだって大好物。これまた、ええっ、という感じです。さらに、ニワトリは暑さに弱い。
飼っていたニワトリをつぶして料理する。レバーとハツは焼き鳥に、モモは照り焼きに、ガラはおでんに。脚はラーメンスープにすると、濃厚な出し汁が出てきた。肉はかむほどに出てくる旨(うま)味があった。
この本を読みながら、なんだか、この著者を取り巻く状況は前に読んだことあるよな…、と思ったら、あったあった、ありました。『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)でした。2020年11月に読んでいるので、そのころ、このコーナーでも紹介したはずです。長崎の山中でイノシシなどを殺して、食べる過程が写真とともに紹介されている衝撃的な本でした。
今度のニワトリを飼う話には、思春期の息子との対話というか葛藤がかなりさらけ出されているのが興味深いです。しかも、当の息子さんの事前検閲ずみで文章が公表されたというのもすごい。こんな飛んでる親子関係もあるんですね、世の中には。目からウロコの本でもありました。
(2021年11月刊。税込1595円)

東北の山と渓

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 中野 直樹 、 出版 まちだ・さがみ事務所
東京(正しくは神奈川県)の弁護士が東北の山歩きをした写真と紀行文が楽しい冊子にまとまっています。
私は阿蘇・久住なら登ったことはありますが、本格的な登山をしたことはありません。山をのぼりきったところに広がっているお花畑の写真を見ると、さぞかし気持ちがいいだろうと想像はしますが、そこに至るまでの難行苦行を考えたら、とてもとても山登りなんかしようとは思いません。この冊子にも、苦労した山歩きが少し紹介されています。
稜線に出ようとするところで、烈風が待ち構えていた。山が咆哮(ほうこう)し、波状的に押し寄せる風に押し返されて前に進めない。足を前に出そうとして片足立ちになると、足下からあおられてふらつき、後ろずさりをさせられるほどの風圧だった。雨粒が真横から身体を打ち、砂粒も飛んできた。
奥鬼怒沼の避難小屋に一人で泊っていると、激しい雷雨となった。すぐ目の前を稲妻が暴れまわり、湿原全体を青白く浮かびあがらせる。その不気味さ、雷鳴がすぐ耳元で咆哮し、振動した空気が身体に響き、全身に鳥肌が立った。
いやはや、山の天気は変わりやすいし、烈風が吹きすさめば低体温症になってしまいそうです。せっかく山小屋にたどり着いたかと思うと、カギがかかっていて、哀れ、なかに入れなかったこともあるとのこと。
この冊子の写真は、ほとんど青空の下のお花畑です。それはそうでしょう。雷鳴の下で脅えているとき、カメラなんか構える余裕なんてないでしょう。そして、絵になる構図も考えられません。
著者は単独行、気のあった弁護士仲間との山登りのどちらもやるようです。不思議なことに奥様のすばらしい山野草のスケッチがいくつも添えられています。たまには奥様と二人で山行きするということなのでしょうか…。ともかく安全には気をつけて、これからも山登りを楽しんでください。
著者より贈呈を受けました。ありがとうございます。
(2022年2月刊。非売品)

寅さん入門

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 岡村 直樹 ・ 藤井 勝彦 、 出版 幻冬舎
知識ゼロからの、映画「男はつらいよ」入門の手引書です。
古い映画でしょ。50作もあるなんて、何からみていいのか分からない。ヤクザが主人公の映画なんて…。こんな映画をみたいファンなんて、年寄りだけじゃないの…。
そんな疑問に一挙に答えて、なるほど、それならぜひみてみたい、そう思わせる入門書です。「寅さん」をみるのにルールはいらない。初めのころに傑作が多い気がするけれど、それは好みによる。
テーマは普遍的。家族・愛・友情。まったく色あせない。そこに浮かびあがるのは、人間同士が裸でつきあえる豊かな世界。
葛飾柴又の参道には、私も何度も行ってみました。矢切の渡しにも、もちろんお寺の境内にも入りました。笠智衆や源公(げんこう)に出会えなかったのは残念でしたが…。
オープニングタイトルが流れ、参道の「くるまや」店内がうつし出されると、なつかしさが胸一杯こみあげてきます。
寅さんの映画には、冒頭に寅さんの夢物語が展開するのも楽しみでした。
浦島寅次郎、マカオの寅、車寅次郎博士、宇宙飛行士などなど、夢ですから何にでも寅さんは大変身します。まさしく夢のような別世界に私たちも一緒に連れて行ってくれるのです。
寅さんの啖呵売(たんかばい)も、まさしく名人芸です。言葉の魔力で通行人を自分の前に引き寄せる。サクラを置けばいいというものではない。そして、インチキすれすれの買い物をさせられた客に、「あんなに面白い啖呵が聞けたんだから、まあ、よしとするか」とあきらめさせる話術でなければならない。うむむ、これは難しいことですよね。
家族相手のモノローグ(独白)。寅のアリア(独唱)と呼ばれる場面がある。物言い、間、情感、表情、身振り手振りなど、すべてが渥美清の独壇場。まさしく、寅さんに扮した渥美清は天才としか言いようがない。
渥美清は黒いサングラスをかけて変装して都内の映画館に行って、よく映画をみていたそうです。そして、自宅とは別にマンションをもっていて、私生活は絶対オープンにしませんでした。命の洗濯としてアフリカ・ケニアによく行っていたそうですが、それもなんとなくよく分かりますよね。あんな顔をさらして町を歩いたら、あまりにも目立ってしまい、すぐに人だかりができたでしょうから。
50作のほとんど(全部だと言い切る自信はありません)を映画館でみた私です。4K・デジタルマスターしたブルーレイでみてほしい。この本に書かれていますが、私はやっぱり映画館でリバイバル上映でみたいです。
渥美清は1996年8月に68歳で亡くなりました。私より20歳だけ年長ですから、今、生きていたら93歳になります。もっと長生きしてほしかったですね。
(2019年12月刊。税込1430円)

邂逅の森

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 熊谷 達也 、 出版 文春文庫
圧倒的なド迫力、ストーリー運び、場面展開、クマ狩りの迫真の描写に思わず溜め息をもらしてしまいました。
東北の山間部で生きるマタギの暮らす村は貧しい。そして、人々は貧しいなりに知恵もしぼりながら生活している。ときに騙しあいもしながら…。クマだって、ただ狩られるばかりではない。ときには逆襲してみせる。包囲陣から逃げ切ることだってある。
主人公は山形県の月山(がっさん)の麓(ふもと)の肘折(ひじおり)温泉近くの山中で狩りをするマタギの一員。
狩りの獲物の一つは、アオシン、つまりニホンカモシカだ。アオシンは下へ下へと逃げていくので、上から谷底に向かって追い落として仕留める。ところが、クマは、アオシンとは逆に、人に迫られたら斜面の上に逃げていく。
4月中旬から5月上旬にかけて、冬ごもりから出てきたばかりのクマは、毛皮も上質で、何より熊の胆(い)が太っている。そんなクマを巻き狩りで仕留める。
「熊の胆」は高く売れる。クマの胆嚢(たんのう)を乾燥させてつくる「熊の胆」は、腹病みをはじめとした胃腸病、産後の婦人病まで、ほとんどあらゆる病気の万能薬として、昔から珍重されてきた。「熊の胆1匁(もんめ)、金1匁」という言葉があるほど高価なもの。米と交換するなら、熊の胆1匁は米2俵になる。
アオシンの肉と毛皮はクマ以上に需要があった。アオシンの肉ほど美味いものはない。毛皮も素晴らしい。防寒具としてすぐれていて、マタギもアオシンの毛皮を愛用している。
人は歩いた数だけ山を知る。山のことは山に教われ、獣のことは獣に学べ。これがマタギの鉄則。じっと待つのがマタギの仕事の一部でもある。ひとところで息を潜め、身じろぎひとつせず、気配を消して、ひたすら待ち続ける。1時間や2時間はザラで、3時間以上じっとしていることもある。少しでも物音を立てると、それを敏感に察知したクマは、人の裏をかいて姿をくらます。
穴グマ猟。クマは毎年同じ穴を使うことはほとんどない。寝込みを襲われないための知恵だろう。それだけクマ穴を探し出すのは容易なことではない。
クマは自分で越冬穴を掘ることはない。必ず自然に出来た穴を利用する。
主人公はマタギの里にいられなくなって、鉱山の里にもぐり込んだ。ここには、友子同盟と呼ばれる採鉱夫だけが所属する組織があった。鉱山は危険が一杯。そして長く働いていると病気になって早死してしまう。それでも目先のお金を求めて鉱夫たちは働いている。
文庫本で530頁もある大作です。2004(平成16)の直木賞、そして山本周五郎賞を同時受賞したというのは、読んで、なるほどと納得しました。冬山の危険にみちたマタギたちの狩りが手にとるように想像できるのです。巻末に参考文献が紹介されていますが、マタギの生活、鉱夫たちの友子制度、富山の薬売り、「性の日本史」などを踏まえ、一本の骨太ストーリーを組み立てあげた著者の想像力の卓越したすごさに完全脱帽しました。一読を強くおすすめします。
(2020年7月刊。税込902円)

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