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カテゴリー: ヨーロッパ

通訳ダニエル・シュタイン(上)

カテゴリー:ヨーロッパ

著者 リュドミラ・ウリツカヤ、 出版 新潮クレスト・ブック
 ユダヤ人であることを隠して、ゲシュタポに勤め、秘書として働いていたという実在の人物について書かれた本です。
 人間の心理にはびっくりするほどの不可解な側面がある。ユダヤの老人たちは、一生のあいだに数多くのポグロムや広場での集団銃殺を経験してきたのに、ナチスがユダヤ人絶滅作戦を計画的に組織していることを信じようとはしなかった。彼らは、あくまで一縷の望みにすがりつき続けた。
 ゲシュタポで仕事をするとき、ヒトラー総統への忠誠を誓った。そして、著者はゲットー絶滅作戦の決行日を知って、ゲットーに漏らしたのです。ところが、それを通報したユダヤ人がいました。その裏切りによって著者はナチスの少佐の前にひっぱり出されます。
 「なぜこんなことをしたのか。きっとポーランドの愛国主義者としてしたのだろう?」
著者は答えました。
 「私は本当のことを申し上げます。私はユダヤ人なのです」
少佐は頭を抱えてしまいます。
「署員たちの言っていたことは、本当だったのか。なんということだ…」ところが、この少佐は、続けてこうも言ったのです。
「君は勇敢で頭の良い青年だ。二度も死の危険を免れることが出来たじゃないか。もしかすると、今回も運に恵まれるかもしれない」
そして、著者を拘束した憲兵たちは、一緒に食事までしたのでした。そのあと、警察署内から見て見ぬふりをしてもらっているうちに逃走したのでした。ええーっ、本当なのかしらん…。びっくりするような話です。でも、恐らく本当のことでしょう。その上司はナチス党員でしたが、一番まともで、仕事ぶりも誠実だった。この少佐は、ユダヤ人を自らは一人も殺さなかったし、そのことを自慢げに著者に話していたのです。ナチス党員といっても、人間性を喪ってない人もいたのですね。ゲットーにいたユダヤ人500人が広場で銃殺されたとき、いったい神はどこにいたのか?
神は苦しむ人々と共にあった。決して殺人者たちと一緒にいることはなかった。
しかし、神が本当にいるのなら、そもそも、人間がそんなにひどいことをするのを許すはずはない。それ以来、シナゴーグへ一度たりとも足を踏み入れたことはない、というユダヤ人もいます。
ユダヤ人アイデンティティーの核心とは、脳の練磨を生きる意味とし、常に思考を発展させようと努力することである。それこそが、マルクス、フロイト、アインシュタインのような人々を生み出す原動力となった。こうした頭脳たちは、宗教的土壌から離れたほうが、もっと集中して良質な仕事をすることができた。
ユダヤ人自身が自分たちのことをどう定義しようと、実際には、彼らは外から定義される。ユダヤ人とは、非ユダヤ人が、「あれはユダヤ人だ」と考える者のことである。だから、キリスト教の洗礼を受けたユダヤ人も大目には見てはもらえない。彼らもまた虐殺の犠牲者となった。
そして、奇跡的に生き延びた著者は戦後、イスラエルの地でなんとなんとカトリック神父として活動したのです。いかにも不可解なことが連続して展開していきます。やや読みにくいのですが、書かれている内容に強くひかれて読み通しました。
日曜日の午後からチューリップ畑づくりに精を出しました。畳2枚分を掘り下げ、そこに枯草を入れ、EMボカシで処理した生ゴミをかぶせて、その上を土で覆います。
これまで晴天続きで地面がコチコチに固まっていてできなかったのですが、先週やっと恵みの雨が降ってくれました。来週チューリップの球根を植えます。
(2009年8月刊。2000円+税)

アルバニア・インターナショナル

カテゴリー:ヨーロッパ

著者 井浦 伊知郎、 出版 社会評論社
 アルバニアって変な国だという印象があります。ソ連にたてつき、毛沢東主義に心酔した孤高を守る国だったのではないでしょうか。その実体はどんなものなのか知りたいと思って、この本を手に取りました。写真付きですから、イメージが持てます。
 人口は350万人。住民のほとんどはアルバニア人。言語はアルバニア語。
 ホヂャ独裁が40年近くも続いた。ホヂャというのは、聖職者とか教師を意味する姓であり、アルバニアではありふれた名前である。長く独自路線を取ってきたアルバニアも、今では左右を問わず「親米」路線をとる。9.11後はさらに対米協調路線を深め、イラクとアフガニスタンへアルバニア軍を派遣した。2007年にブッシュ大統領が訪問したとき、アルバニアだけは与野党を問わず国民的に大歓迎した。
アルバニアは2009年春、悲願のNATO加盟も実現した。
イタリア共産党の創設者であり、理論家として有名なアントニオ・グラシムは父親がアルバニア人である。
 一般にアルバニア社会では日常生活において宗教の相違が表に出ることはほとんど無い。見た目や言動だけでは、ムリスリかクリスチャンかすら、よく分からない。ムリスムが人口の6~7割を占めているが、人々は酒を普通に飲んでいる。また、レストランでも豚肉料理が普通に出ている。
 アルバニアは1992年に民主党政権が誕生して、急激な市場経済の導入によって首都ティラナの国景は一変した。自動車は急増し、カオス的状況となった。男性の多くはヒゲがなく、女性はスカーフもベールも身につけず肌を露出して歩いている。
  アルバニアと日本とのつながりと言えば、日本共産党から出て行った毛沢東主義派の人々がアルバニアと一時的に友好関係にあったようです。もちろん、親米路線をとるようになったアルバニアとは絶縁したわけですが…。
 アルバニア人が、世界中に結構ちらばって活躍していることも知ることが出来ました。
 それにしても、アルバニア語を専攻する学者が日本にはいるんですね。もっとも、大学ではドイツ語を教えているそうですが…。
 アルバニアを知る貴重な本だと思いました。
 北九州では、皿倉山へケーブルカーで登りました。上にあがると風も強くて寒いほどでした。ちょうどハングライダーの大会があっていて、大空を5人ほど気持よさそうに飛んでいました。
 ところが、ハングライダーって、着地するのが大変なんですね。風に流されてなかなか戻ってこれないのです。ずっと眺めていたら、2人が戻って来ました。ずしんと着地するのを見ました。
 命がけの滑空だなと思って眺めていると、よそでハングライダーの人が死んだり、空中で衝突してケガをしたという記事が出ていました。うひゃ、やっぱり怖い、と思いました。
(2009年8月刊。2200円+税)

ユダヤ人を救った動物園

カテゴリー:ヨーロッパ

著者 ダイアン・アッカーマン、 出版 亜紀書房
 ポーランドの話です。ユダヤ人を絶滅しようとしたナチスに抗して、ユダヤ人を助けていたポーランド人は多かったのでした。
 1944年の時点で、まだ1万5千人から2万人のユダヤ人が隠れ住んでいた。最高時は2万8千人いた。2万8千人のユダヤ人と、それを助ける7~9万人の市民、3~4千人の恐喝屋その他の悪党がいた。
 潜伏しているユダヤ人は「猫」、その隠れ場は「メリナ」(泥棒の巣)と呼ばれた。メリナが暴かれるのは、「焼かれる」と言った。
 1942年、ゲットーに残された3万5千人のユダヤ人は、商店街のそばの居住区に移され、警備員に見張られて工場へ行き来した。ゲットーのなかには、まだ2~3万人の野生の」(ワイルド)ユダヤ人が隠れ住んでいた。畑を避け、迷路のようなトンネルをくぐって建物から建物へ移動しながら、迷宮のように入り組んだ地下経済を生きていた。
 ポーランドのレジスタンスは、勇気と知恵を奮ってドイツの設備に破壊工作を仕掛け、列車を脱線させ、橋を爆破し、千百種類もの定期刊行物を刷り、ラジオ放送を流し、秘密の高校・大学を開き、10万人の生徒が授業を受けた。ユダヤ人が隠れるのを助け、武器を供給し、爆弾をつくり、ゲシュタポの諜報部員を暗殺し、囚人を救出し、地下演劇を上演し、本を出版し、市民の巧みな抵抗運動を率い、独自の法廷を開き、ロンドンを拠点とする亡命政府との間で伝令をやりとりした。レジスタンスの軍事部門は国内軍と呼ばれ、最多38万人いた。国土は分断され、ポーランドの地下政府は国民生活と同様、混乱してはいたけれども、6年間、立ち止まることなく闘い続けた。
 ポーランドの地下組織の強みは、下意上達しない運営方針と、徹底して仮名・匿名を貫く点にあった。上官の名前を誰も知らなければ、たとえ部下が捕まっても中枢までは危険が及ばない。伝令部隊と非合法の印刷所が皆に情報を流しつづけた。1日に50枚から100枚の偽造文書をつくっていた。出生証明、死亡証明、ナチ親衛隊の下級将校やゲシュタポ士官の証明書まで作った。結局、身分証明書の15%、労働証明書の25%は偽造と思われていた。
 ナチス・ドイツは、ポーランド語を公の場で話すことを禁止した。
 シルクロード探検で名高く、ナチの擁護者でもあったスウェーデン人のスヴェン・ヘデインは、1936年のベルリン・オリンピックではヒトラーと並んで演台に立つほど気に入られていたが、実は曾祖父はユダヤ教のラビだった。これはヒトラーの側近たちも知っていたが、不問に付されている。うひゃあ、ちっとも知りませんでした。
 ワルシャワ市内外の孤児院では、尼僧がユダヤ人の子どもたちを匿っていた。いかにもユダヤ人らしい顔つきの男の子専門の場所もあり、そんな子は頭と顔を包帯でぐるぐる巻きにして、けがをしているように装わせた。
 すごいですね。動物園もユダヤ人を救う地下組織の一つとして機能していたのです。
 
(2009年7月刊。2500円+税)

カラシニコフ銃 AK47の歴史

カテゴリー:ヨーロッパ

著者 マイケル・ホッジズ、 出版 河出書房新社
 ロシアで開発されたAK47を「世界でもっとも愛された民衆の武器」と言っていいものかどうか、私には疑問ですし、ためらいがあります。いわゆる大量破壊兵器ではありませんが、大量殺戮兵器であることには間違いないからです。
 AK47の特徴は、ずば抜けた単純さにある。取り外しのできる部分は8つしかなく、つくるのにも安上がりで、使うのも簡単。あまりに簡単なので、大人だろうと子どもだろうと、非常に基礎的な訓練を受けただけで、毎分600発という膨大な弾丸を発射できるようになる。ほとんどどんな気象条件でも、ものの1分もあれば分解掃除ができる。どんな銃よりも故障が少ない。
 いま全世界に7000万挺のカラシニコフ(AK47)が存在し、使われている。実は、それよりさらに数百万挺が存在する。
 ロシア製の最新型カラシニコフは1挺500USドルする。ブルガリアでは、それが1挺100USドルで売っている。
ドイツの突撃ライフルとソ連のAK47は、外見こそよく似ているが内部はまったく異なっている。カラシニコフの発射メカニズムは、ドイツよりもアメリカに多くを負っていた。その発射メカニズムは、アメリカのMIライフルに似通っていた。カラシニコフがもっとも重要視したのは、簡単さと頑丈さだった。
 ベトナム戦争において、アメリカ軍兵士はM16よりAK47を好んで使った。だから、同士撃ちすることすらあった。
 1960年代を通じて、中国は数100万挺のカラシニコフを製造してベトナムに与え続けた。1970年代、パレスチナの戦闘的グループが、AK47をつかって、テロリズムを印象付けた。1980年代になると、アフリカなどで少年兵士がAK47をつかっていることが大々的に報道され、AK47のイメージがさらに歪められた。
 カラシニコフは、何百万もの人々に解放ではなく流血をもたらし、1990年代になると、絶望の叫びとなった。
 日本でもAK47が氾濫する時代が到来しないことを願うばかりです。
(2009年2月刊。1600円+税)

北欧、考える旅

カテゴリー:ヨーロッパ

著者 薗部 英夫、 出版 全障研出版部
 私もスウェーデンとデンマークには一度だけ行ったことがあります。言葉の問題がなければ、今度はツアーの一員ではなく、ゆっくり訪問してみたい国々です。
 デンマークのある市では、1.5万人の地区ごとに275人の福祉スタッフ(公務員)が配置され、高齢者住宅が206箇所もある。そのうち105箇所は、特別養護老人ホーム。そして、医療費も介護料も、なんとすべてタダなのである。
 むひょう、そ、それは暮らしやすいですよ。老後の心配をしなくていいのですから……。これって、日本人がもっと知って良い事実です。
 フィンランドの学力は世界一。フィンランドではテストがない。高校受験も大学受験もない。あるのは大学進学資格試験のみ。大学進学率は40%。なりたい職業の1位は教師だ。教師が社会から尊敬されているって、本当に大切なことですよね。
 すべての子どもが大学まで無償で教育を受けることができる。教員の専門的知識や技量のレベルは高く、研修が充実している。遅れた子を置いていかない教育がなされているため、平均点は高い。学校現場に裁量が与えられ、力を出し切れる環境が整っている。カリキュラムは、教員が父母と協議して、学校独自に決める。国の決めたものが押し付けられることはない。これって、すごく大切なことだと思います。
 義務教育のときには、教科書も文房具も、もちろん給食も無償である。
 消費税は25%と高いが、日常生活費は除外されている。所得税も50%と高い。しかし、老後の生活費や医療・介護費の心配はまったくしなくていいので、そのための保険や貯金の必要はない。
 これを支えているのが、80%前後の高い投票率。そうなんです。日本も現状を変えるためには、皆が投票所に足を運ぶしかありません。いえ、みんなが、8割の人が投票所へ足を運ぶようになれば、日本も、世の中が劇的に変化すると思います。
 日本では投票に行かないこと、棄権を勧めるマスコミや文化人が目立ちます。でも、それは結局、現体制を黙って支持しろ、文句も言わずに現体制に従えということなのです。世の中を良い方向に変えるためには、投票所に足を運ぶ手間を惜しんではいけません。
 ただ、今のように政権交代、政権交代と中身抜きに叫ばれると、いったい中身の方はどうなってんの、と叫びたくなります。高速道路料金をタダにするとか、1000円にするとかだけが争点ではないはずです。アメリカとの関係をどうするのか、憲法をどうするのか、国の根本についての議論が抜け落ちている気がしてなりません。
写真付きの楽しく分かりやすい旅行記でもあります。
(2009年5月刊。1700円+税)

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