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カテゴリー: アメリカ

プリズン・ブック・クラブ

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 アン・ウォームズリー 、 出版  紀伊國屋書店
刑務所のなかで読書会をしているというのに驚きました。それに参加した著者によるカナダでの実践記録です。
刑務所には手作りの焼き菓子の持ち込みは禁止されている。なかにやすりやぎざぎざした金属片など武器になるものを隠せるから。
読書によって受刑者を中流階級に引き上げたいという願いがある。受刑者に幅広い文化を体験させたいということ。読書会は徹底して無宗教で運営される。
カナダでは、国民全体の自殺率は10万人のうち11.3人に対して、連邦刑務所内では84人にのぼる。
受刑者は、ほかの人たちよりずっと本から多くのことを学びとっている。時間とエネルギーがあるぶん本に集中できるし、学ぶ必要に迫られてもいる。
刑務所内では、グループできっぱり分断されている。ムスリムのグループ、ケルト人のグループ、先住民族のグループ、ヒスパニックのグループ、BIFA(黒人受刑者友好協会)のグループ。ふだん受刑者は仲間同士で固まって、ほかのグループとは接触しようとしない。しかし、読書会がそこに風穴を開けた。
受刑者が本の中の恋愛に関心を寄せるのも不思議ではない。彼らにとって恋愛は、いつか刑務所を出てパートナーと晴れて人生をやり直せるときまで、外の世界を忘れないでいるための支えなのだから。
本を大量に読むことで、受刑者暮らしに耐えてきた。でも、一緒に読んでくれる仲間がいないと、気力が出ない。読書の楽しみの半分は、ひとりですること。つまり本を読むこと。あとの半分は、みんなで集まって話し合うこと。それによって内容を深く理解できるようになる。本が友だちになる。
これは、私にとっても言えることです。まず、一人で本を読みます。そして、こうやって書評を書いて、感想をあなたと共有したいのです。
戦争とは、数ヶ月に及ぶ退屈に、ときおり恐怖が混じるもの。兵役期限が満了したころになると、兵士のほとんどが故郷へ帰りたがらない。これは、長いこと服役している囚人も同じ。居場所は刑務所しかない。ここを出ても、何もない。安心できる場所は刑務所だけ。戦場で求められるのは、仲間の面倒をみることと、敵を殺すことだけ。
バラク・オバマの本『マイ・ドリーム』すごく分厚いけど、よく読まれている。
読書会でとりあげる本の選定には苦労しているようです。この本には、O・ヘンリーとか、私の知っている(読んだ)本もいくつか出てきますが、大半は知らない(読んだことのない)本でした。『ベルリンに一人死す』とか『卵をめぐる祖父の戦』は読みました。どちらも大変面白い小説です。
この世界には、なんとさまざまな囚われびとがいることだろう。監獄の囚人、宗教の囚人、暴力の囚人。恐怖の囚人もいる。読書会への参加を重ねるたびに、その恐怖から徐々に解放されていった。
この読書会は受刑者の更生を直接の目的とはしていない。ただ、文学作品を読むことが他者への共感につながっていく。文学作品をよく読む人は、ノンフィクションの読者や何も読まない人に比べて、共感力や社会適応力がすぐれている。
こういう読書会は日本でもやられたらいいと思いました。受刑者にとって外部の実社会との接点が広がることは、とてもいいことだと私は思います。
(2016年9月刊。1900円+税)

「その日暮らし」の人類学

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 小川 さやか 、 出版  光文社新書
東アフリカのタンザニアで15年にわたって零細商人に密着し、そのタンザニアの町での商慣行、商実践そして社会関係を調査している日本人(女性)学者のレポートです。
ところ変われば、品変わると言いますが、日本人にはとても理解できない状況です。そこでは、日本人の一般常識はまったく通用しません。
タンザニアでは、一つの仕事に収入源を一本化するのは、リスキーなことである。
タンザニアの人々のもつ事業のアイデアは、その後の人生において実現することもあるが、少なくとも、その実現が一直線に目ざされることはない。
タンザニアの都市住民にとって、事業のアイデアとは、自己と自身が置かれた状況を目的、継続的に改変して実現させるものというより、出来事、状況とが、その時点でのみずからの資質や物質的、人的な資源にもとづく働きかけと偶然に合致することで現実化する。
このような仕事に対する態度は、彼らの危機的な生活状況を反映している。彼らは一方で、計画を立てても、本人の努力ではどうにもならない状況に置かれている。
計画的に資金を貯めたり、知識や技能を累積的に高めていく姿勢そのものが非合理、ときには危険ですらある。
「明後日の計画を立てるより、明日の朝を無事に迎えることのほうが大事だ」
一日くらい食事を抜いても、同じ境遇の仲間がいて、明日を語りあうことが楽しいと思えるし、重労働をこなせる自らを誇りに思うことができる。
広告産業が未発達なタンザニアでは、流行がコントロールされていないので、消費者の需要・嗜好の多様性はゆっくりとしか変化していかない。
タンザニアでは、2000年ころから、中国に渡航して商品を買いつける商人が急増している。国の法や公的な文書は価値をもたず、香港や中国に商人本人が出向いて、みずから対面交渉をし、そこで取引の詳細と輸送までの手続をたしかめる。そうしなければ騙されやすい。人々は大企業の権威を無視し、具体的な人間との関係性でしか動かない。対面的な関係こそが信頼できるすべてである。
旅行者扱いで短期的に中国・広州に入ってくるアフリカ人は年間20万人にのぼる。
中国のコピー商品は、消費者の心を動かす価格にまで一気に引き下げ、そこから売れた商品の価値を徐々につり上げていく。
アフリカでは、今、ケータイによる送金サービスが発展している。これは、銀行のサービスを利用できない人でも、利用できるので、どんな奥地の農村部でもつかわれている。
いやあ、目を大きく開かせられる思いのする、面白い本でした。著者は、よほどアフリカ、タンザニアの現地に溶け込んでいるようです。アフリカの人々の物事の考え方を理解するに役立つ本だと思いました。
(2016年7月刊。740円+税)

移民大国アメリカ

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 西山 隆行 、 出版  ちくま新書
アメリカには毎年100万人の合法移民が入国している。不法滞在者は1000万人をこえる。移民大国であるアメリカは、このところ中南米系とアジア系の移民が急増しており、2050年までには、中南米系を除く白人は人口の50%を下回ると予測されている。
日本と違って住民票の存在しないアメリカでは、10年ごとに人口統計調査が行われる。
アメリカの黒人は、1960年に人口の11%だった。2011年には12%で、2050年には13%と、横ばいで推移するとみられている。
中南米出身者は人口の17%であり、黒人をすでに上回っている。
アジア系は2011年に人口の5%で、2050年には9%にまで増大するとみられている。
共和党は、非白人票をあまり獲得できていない。中南米系は一貫して共和党より民主党を支持している。
白人ブルーカラー労働者は、1980年代以降、支持政党を民主党から共和党に変える傾向がある。主として黒人の福祉受給者に対する反発からである。
近年のアメリカでは、中南米系、アジア系、黒人のすべてにおいて、民主党に政党帰属意識をもつ人は、共和党に政党帰属意識をもつ人よりも多い。その結果、共和党は白人の政党、民主党はマイノリティの政党という傾向が顕著になりつつある。
オバマ大統領は、奴隷を祖先にもたない。アメリカの全黒人の10%が奴隷と関わりのない人々になっている。
日本では、人口10万人あたりの収監者数は58人。アメリカは730人。収容者には黒人男性と中南米系男性の比率が非常に高い。
アメリカは移民を受け入れることによって発展してきた国。アメリカは先進国のなかでも、生産年齢人口が増大し続けている稀有な国だが、それは比較的若年の移民を受け入れ続けているから。
なぜアメリカでトランプのような大統領候補が生まれ、一定の強固な支持を得ているのか、その理由を探る本でもあります。
(2016年6月刊。820円+税)

バーニー・サンダース自伝

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 バーニー・サンダース 、 出版  大月書店
 思わず涙が出てくるほど感動しました。大学生時代の初心を、こうやって今なお貫いていること、そしてそれが多くの心あるアメリカ市民に支持されていること、それを知って私の心まで熱く震えてしまいました。すごい人です。
 バーニー・サンダースはアメリカで民主党の大統領候補にあと一歩というところまで迫りました。ヒラリー・クリントンが金持ち階級の代弁者だとして人気がないことにも助けられたのでしょう。でも、バーニー・サンダースの主張は、アメリカの多くの若者の心をがっしりつかんだのです。ここに私は、アメリカの未来があると思いました。
 バーニー・サンダースは社会主義者を名乗り、一貫して無所属だった。大統領選挙に向けてだけ民主党員になった。
 今のアメリカには貧困層と弱者を代表する主要政党がない。そして、貧困層を叩くことは、今や「上手な政治」だ。
「この国の貧困層は、母豚の乳を吸う大きな子豚だ。彼らは、この国のもたらす便益をみんなもっていってしまう。いつも人を食い物にしているんだ」
アメリカでも日本でも、保守反動の政治家は貧困層を叩いて、中間層の喝采を得ています。自らは金力も権力もある自民党の政治家が、ことあるごとに生活保護受給者を目の敵にして、ぜいたくな生活をしているかのように叩いています。そして、その尻馬に乗る、決してリッチではない中間層がいます。悲しい現実です。
 アメリカの現在の主たる危機は、失業ではなく、労働者階級の賃金が急送に低下していること。失業率が高いことは問題だが、それよりさらに深刻なのは、アメリカの労働者の実質賃金が過去20年間に16%も低下したこと。
 これは、日本も同じですよね。アベ政権下で、労働者の賃金が低下する一方なので、消費・購買力が低下しているため、日本の経営回復の目途がいつまでたってもたちません。アベノミクスの失敗は明らかです。
バーニー・サンダースは、シカゴ大学の学生のとき、人種平等会議、学生平和連合、青年社会主義者同盟の一員だった。図書館では、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロッキー、フロイト、フロム、そしてもちろん、ジェファーソンもリンカーンも読んだ。すごいですね。そして、ベトナム反戦運動にも取りくんでいます。
サンダースが公職に立候補しようと思ったのは、今日この国の政治状況が本当に危険であることに多くの人が気がついていないと思ったから。
 はじめは1%、そして2%・・・。バーリントン市長に選出されたときには、わずか14票差(数え直しの結果、10票差)だった。ところが、その後は市長に3回も再選された。
サンダースの選挙運動の基本は戸別訪問。運動員が組んで、一軒一軒を歩いてまわり、対話して支持を広げていくのです。日本で戸別訪問が禁止されているのは、本当におかしいと思います。買収の温床になるというのですが、とんでもないことです。個別訪問を一律に禁止するのは憲法違反だとする下級審の判決がいくつも出ましたが、自民党は一向に公選法を改正しようとしません。買収で摘発されるのは圧倒的に自民党なんですけど・・・。
 アメリカ社会の重大な政治的危機は、働く人々が黙ってしまうことだ。もし組織労働者の5%が政治的に活発になれば、アメリカの政治的・社会的政策を根本的に変えることが出来るだろう。今日、大多数の低所得労働者は投票に行かない。働く人々の圧倒的多数は無力感を抱いている。
そして、投票率をあげるだけでなく、政治プロセスについて、市民への教育をもっとしっかりやらなければいけない。今こそ、学校で若者に民主主義の教育をすべきだ。
労働組合の積極的役割について、テレビのゴールデンタイムで語られ、紹介されるべきなのだ。
戦争は政治家が始める。そして、戦場で政府のために命を危険にさらした男女がいざ助けを必要としているとき、その同じ政府に背を向けられてしまう。許しがたい非道だ。
これは、アメリカのことですが、今、同じ状況が日本にも起きようとしています。
 アフリカ(南スーダン)へ日本の自衛隊を派遣して、なんで日本の平和が守れるというのですか。反対ではありませんか。日本の若者がアフリカの地で、殺し、殺されることを日本にいる私たちは黙って見ていいのですか。私は、そんなことは止めてほしいと思います。弁護士会も、そのための行動を起こしています。
 久しぶりにたぎる思いに接し、胸が熱くなりました。あなたも、ぜひ手にとってお読みください。 
(2016年6月刊。2300円+税)

トランボ

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者  ブルース・クック、 出版  世界文化社
 映画を見逃してしまったのは残念でした。東京では満員で入れず、福岡では上映時間が1回のみで、時間が合わず入れなかったのです。
 素晴らしいヒーローがいる。大きな障害と戦い、強力な敵の迫害にあったヒーローが。それに、すべて本当に起こったこと。おまけにハッピーエンドの実話だなんて、めったにお目にかかれない。
 アメリカ映画の有名な脚本家は、アカというレッテルを貼られて映画界から追放された。しかし、才能ある彼は友人の名前を借りて発表し続けた。生活のためだ。そして「ローマの休日」など、誰でも知っている映画の脚本を書いて大当たりをとった。
 「オレはハリウッド一の脚本家ではないかもしれない。でも、仕事の早さにかけては並ぶものなしだ」
 トランボは、小説「ジョニーは戦場へいった」の著者でもある。
 トランボは、急速な社会変革を求める急進主義者だった。
 戦争が始まったとき、限られた選択肢のなかから、共産党員になる道を選んだ。
 トランボはスイミングプール・コミュ二ストと呼ばれ、裕福だった。
 ハリウッドでは、才能ある人は、ドルをたくさんもらえた。そして、あとでブラックリストに載せられたとき、仲間を密告するより、そのプールを進んで手放した。
 トランボは、刑務所から出てすぐから、すさまじい不屈の精神と攻撃性で仕事を勝ちとり、苦難を乗り切った。
 トランボは、苦境にあっても抜け目なく、前向きな男だった。
 トランボは仕事を頼まれて、断ったことがほとんどない。いつも限界以上の仕事を引き受けた。貧しかった少年・青年時代を忘れていなかったからだろう。
 トランボは、衝動的でありながら、粘り強く、その集中力は、ほとんど執念にひとしいものだった。 
 トランボは、アイデアノートをもっていた。使いきれないほどのアイデアが書き込まれていた。将来必要になったときのために、アイデアを書きためていた。それをもとに脚本を書き、売れたら、アイデアノートから、その項目を消してしまう。
 1943年12月トランボはアメリカ共産党に入った。1944年5月アメリカ共産党の党員は8万人だった。ニューヨーク市で1945年に2人の市議会議員が当選した
 「入党を後悔したことはない。いや、入党しなければ後悔していただろう。それは、生きることそのもので、歴史上の重要な時期、今世紀で、もっとも重要な時期、もっとも壊滅的な時期の一部になることだった」
 1935年から45年のあいだに、共産党にかかわった人は100万人に近い。
 トランボは、ハリウッドのなかで、表だって共産党員として激しくたたかった。協調路線はとらなかった。 
 トランボは現実主義者だったから、刑務所行きになることが分かっていた。それで、しっかりと目を見開き、志を高くもって、苦難の道を歩きはじめた。
 トランボに励ましや称賛の電報が殺到した。しかし、トランボには汚点がついた。
 トランボは1948年に共産党を離党した。
 トランボが刑務所に入ると、そこには、トランポを刑務所送りにした元国会議員のバーネル・ノーマスと出会うことになった。給与の水増し請求をして、実刑をくらったのだった。せこい国会議員は、アメリカにも日本にもいるのですよね・・・。
 刑務所には入れられたけれど、トランボは自分のしたことに自ら罪の意識はなかった。HUACへの協力を拒否したことは誇らしい行為だったと確信していた。
トランボは模範囚として2ヵ月の減刑があり、10ヶ月間で刑務所から出てきた。
トランボは、1975年に正式にオスカー賞が与えられた。そして、翌76年9月に亡くなった。
 アメリカにも、すごい映画人がいたのですね。マッカーシー旋風、そして今なお激しいアカへの偏見が根づいているアメリカで果敢にたたかった、その勇気と才能には驚嘆するばかりです。
(2016年7月刊。2000円+税)

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