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カテゴリー: 社会

サムライ・評伝・三船敏郎

カテゴリー:社会

著者  松田 美智子 、 出版  文芸春秋
 「世界のミフネ」の実像に迫った本として面白く読みとおしました。
三船敏郎は大正9年に中国は山東省青島に生まれた。父親は秋田県出身で、漢方医の息子だったが、親と不仲になって、満州で一旗揚げようと思って中国大陸に渡った。それで、 三船は少年時代の大半を大連で過ごした。
 昭和15年で、19歳で軍隊に召集され、終戦まで6年間の軍隊生活を過ごした。軍隊では徹底的に殴られ、シゴかれた。三船は万年上等兵だった。九州は熊本の特攻基地で教育係として、特攻隊として飛び立つ少年航空兵を見送った。
 戦後、世田谷にあった東宝撮影所で撮影の仕事に応募した。しかし、ちょうど空がなかったので、俳優のニューフェイスの方に応募した。
 そのとき、怒れるものなら怒ってみろと言われ、三船はバカヤロウと怒鳴って、たまりにたまっていたうっ憤を発散した。
 「ああいう風変わりなのが一人くらいいてもいいだろう」
 という言葉で、応募者4000人のなかで、補欠合格となった。
三船は、俳優の声がかかったとき、「僕は俳優にはなりません。男のくせにツラで飯を食うというのは、あまりに好きじゃないんです」と言って断った。
 すごい言い草ですよね、これって・・・。
 三船は、除隊するときにもらった毛布を自分で裁断して縫ってコートに仕立て上げた。
 三船は掃除が好きで、自宅内の清掃も自分でしていた。
三船は自宅では着物を一切着なかった。いつも洋装で、身につけるものは、自分なりのこだわりをもって選んだ。靴をふくめて、欧米ブランド品を好んだ。
 三船敏郎は、生涯150本の映画に出演した。そのうち、黒澤明監督と組んでつくった映画は16作。最初の『酔いどれ天使』のときに三船は28歳で、最後の『赤ひげ』のとき45歳だった。この17年間で、「黒澤天皇」となり、「世界の三船」と呼ばれた。
『無法松の一生』をとるとき、三船は毎朝7時に撮影所に入り、大太鼓を叩いた。蛙打ち、流れ打ち、勇み駒、暴れ内野4種類をマスターした。本番は一発で決まった。
三船が黒澤監督と組んでつくった16本の映画で、もっとも多く競演した女優は香川京子で、次が司葉子だった。
 三船は台本をもたずに撮影所に入った。セリフをすべて覚えてから撮影にのぞむ。スタートの合図が出たときには、すでに役になりきっていた。
 撮影所に入る時間は、他のキャストより1時間早く、持参した椅子に座って待っているのが常だった。三船は、スターと呼ばれる存在になってからも、一番乗りで撮影所に入り、衣装に着替えて待機するという姿勢を守った。手抜きを嫌い、なにより現場で他人(ひと)に迷惑をかけることを嫌う性格だった。
 三船は乗馬と車が好きだった。三船の乗馬術は誰しも認めていた。
 三船の殺陣(たて)の特徴は、迫力とあの眼光。異様なほどの目の鋭さ。立ち回りでは、刀でバシャバシャと生身の身体に当ててくる。身体にあてて、その反動で次の相手を切る。だから、着られ役は、撮影の後、全身にミミズバレが何本も入っていた。三船は飲酒すると豹変した。酔った三船が暴れるのは日常茶飯事だった。
 三船は、常人には計り知れない怒りのマグマを腹の底にすえており、飲酒によって噴出したようだ。それでも朝はきちんと出社し、二日酔いで現場に来たことはなかった。
 極端なまでの潔癖、生真面目、律義、几帳面さ。
 三船は、他者が黒澤監督の悪口を言うことは許さなかった。愛情があって不満を言うのと、ただ現場で見聞きした人間が黒澤監督への不満を話すのは、三船にとって、まったく異なった次元の話だった。
 晩年の三船は認知症にかかっていた。そして、平成9年12月24日、77歳で亡くなった。
 三船敏郎の出演する映画の多くを、残念なことに、見ていないことが分かりました。ぜひ、時間をつくってみたいものです。
(2014年2月刊。1500円+税)

原発ゼロで日本経済は再生する

カテゴリー:社会

著者  吉原 毅 、 出版  角川ワンテーマ21
 福島第一原発事故の使用済み核燃料と放射性物質の処理をどうするのか、今でもまったく不明のままです。超高濃度の放射能が出ていることは間違いありません。ですから、いつになったら、底のほうに「こぼれ落ちた」と思われる核燃料を「始末」できるのか、誰にも分からないのです。
 そのことを抜きに、「美味しんぼ」の表現だけが問題とされるのはおかしいと思います。そして、福島第一原発の事故の後始末もできていないのに、日本が原発を外国へ輸出するなんて、気が狂っているとしか言いようのない、無責任な話です。外国で、まさかのことが起きたとき、誰がいったい責任をとるのでしょうか・・・。もちろん、そのとき「安倍首相」なんていないでしょう。ともかく、「あとは野となれ、山となれ」式の無責任さが今の日本には横行しすぎです。
 未来へのツケをまわすような原発はやめるべきだと言う著者に対して、ある財界人が次のように言ったそうです。
 「キミは、あと何年生きるつもりなの。あと10年か20年でしょう。そんな先のことを考えても仕方がないじゃないか」
 これが、東芝とか三菱重工業のような原発輸出企業のホンネなのでしょうね。今のお金もうけが出来れば、子孫がどうなっても知ったことじゃないというわけです。それは許せません。ひどいです。あまりに無責任すぎます。私は本気で心配しています。
 城南信用金庫は現職理事長が脱原発の声をあげていることで有名ですが、その理事長が書いた本です。
 三大経済団体、つまり、経団連や経済同友会そして日本商工会議所も、電力会社からお金がまわっていて、「原子力ムラ」の一員に組み込まれている。
電力会社のあげる利益の9割は一般家庭や事務所、商店の払う電気料金による。官公庁や大企業は、電力会社から買わず、かなりを自家発電などに頼っている。
 3.11のときの東電社長だった清水正孝氏は、6月28日に、その退任したが退職金として5億円以上を受けとっている。
 ええーっ、許せませんね、これって。本当は、今ごろ、とっくに刑務所に入っておくべき人ではないでしょうか。大きく悪いことをした人は表彰されるという、昔からある悪しき格言を実践しています。ひどい話です。それを許しているのが、マスメディアです。
マスコミの上層部は、電力会社の連合体である「電気事業連合会」(電事連)によって操作されている。
原発や人殺し兵器を輸出したら、お金もうけは確かに出来るでしょう。でも、それは、とてつもない不幸をもたらす災いのもとです。そんなものに頼っていたら、いつか、地球の破滅は必至です。
 みんなで、反原発の声を勢いよく、そして分かりやすい平易な言葉であげましょう。
(2014年4月刊。800円+税)

創作の極意と掟

カテゴリー:社会

著者  筒井 康隆 、 出版  講談社
 申し訳ありませんが、この著者の本はほとんど読んだことがありません。
 それでも、作家になる心構えと、その秘訣が書いてあるというのですから、読まざるをえません。しっかり読んでみました。
 たしかに、いろいろ反省させられることの多い本ではありました。しかし要は、何をテーマとして書くか、ということですよね・・・。
 小説を書くとは、もはや無頼(ぶらい)の世界に踏む込むことであり、良識を拒否することでもある。
 ええーっ、良識を拒否しないと小説は書けないのでしょうか・・・。良識ではなく、いわゆる常識を拒否するというのなら、それなりに理解できるのです。
筆舌に尽くしがたいという表現は使ってはならない。
 また、作者自身が性的興奮するためにエロチックに描写するというのは、絶対にやってはならない。小説の色気は、男女のエロチックな愛欲描写などとは無関係に存在する。
 作家は、すべからく色気を持たねばならない。そのためには、常に誰かを恋し続けていなければならない。
 なるほど、そうなんですよね・・・。
あらゆる小説には、迫力がなくてはならない。それは真実だ。迫力とは、文章の力によって生じるものである。それほどの考えもなく、ルーティン・ワークとして小説を書いてしまうような作家の作品から迫力が生まれることは絶対にない。プロは、己の職業をこよなく愛している。金銭的なことは二の次で、ひたすら、いい仕事をしようとする。
 うむむ、これは弁護士にとっても、まったく共通していますよね・・・。小説を書くのは大変なことだと言うことは、一度、挑戦してみた身として、本当に身に沁みてよく理解できます。
 そして、本が売れるためには、読者の興味・関心をひきつけなければいけません。その微妙な兼ねあいが、とても難しいのです。それでも、小説を書きたいと私は考えています。新しく創造した世界で、私の分身たちを生き生きと動かしてみたいのです。
 そんな私にとって、とても参考になる本でした。
(2013月刊。1300円+税)

ゼロ

カテゴリー:社会

著者  堀江 貴文 、 出版  ダイヤモンド社
 刑務所に一度入った人はたいてい謙虚になり、人生の意義を考え直すものです。
 同じ福岡県に生まれた著者の場合は、どうだったのか。ちょっとした好奇心から読んでみました。
 素直に自分の人生を振り返っているな、というのが私の第一印象です。
 親のこと、勉強のこと、塾のことなど、読んでいて、なるほどそうだなと思いました。
 そして、大学での寮生活は、私のころと似たようなものだと思ってしまいました。私は6人部屋でした。私はマージャンはしませんでした。廊下では毎晩どこかでやっていましたが・・・。そして、先輩がふらりと部屋に入ってくるのが寮でした。それが門限もない、完全な自治寮の良さでした。私は、そこで、人間づきあいの基本を学ぶことができたのです。本当に幸いでした。
 2011年6月末、著者は長野刑務所に収監された。刑期は2年6ヵ月。そして、刑務所のなかで40歳の誕生日を迎えた。
中高時代も、大学生時代も完全に落ちこぼれていた。
 ええーっ、そ、そうなの・・・と驚きますよね。久留米大学附設高校という名だたる受験高から東大に入っているのに、落ちこぼれだなんて・・・。
 大学生時代は、地味でひねくれた田舎者でしかなかった。私も同じ福岡県出身で、方言まる出しで、恥ずかしい思いをしました。ただし、地味だとは思いますが、「ひねくれた」という点は私と同じではありません。
 附設高校が男子校なのが良くなかったようです。そして、著者は、子どものころ寂しい思いをしていたようです。家庭の温もりがほしかったというのです。一人っ子なのに、それほど温もりのある家庭生活ではなかったようなのです。お気の毒としか言いようがありません。厳格で独裁者の母親を持つと、その子どもは大変なんですね・・・。
 著者は、子どものころ、百科事典を読みふけっていたといいます。
 私の家には百科事典はありませんでした。私は、もっぱら学校の図書館で本を借りて読んでいました。
 著者は、中学2年生のとき、パソコンのプログラミングのアルバイトをして10万円を報酬として受けとったとのこと。これはすごいです。私なんかとてもできないことです。やっぱり性にあっていたのでしょうね。ところが、成績の方は反比例してドン尻になってしまったのでした。202人のうち199番というから、最悪ですね。
 しかし、親元から脱出するには東大に入るしかない。そこで一大決心をするのです。私の場合も似たようなものです。田舎町を抜け出すには、東京に行くには東大だと思いました。
 著者は、受験英語とは英単語をきわめることに尽きると結論し、完全な丸暗記に挑んで、達成したのでした。
私は、部厚い英和辞典(サイトウ)を一冊、全頁、読破しました。これで英語への怖さを払拭しました。
著者が大きく変身したのは、大学生時代に経験したヒッチハイクの旅。これは、私も高校生のときに挑戦しました。阿蘇、大分そして北九州をまわったことを覚えています。
経験とは、経過した時間ではなく、自らが足を踏み出した歩数によってカウントされていくもの。日本全国をヒッチハイクしてまわったことによって、著者はもう見知らぬ人に声をかけるのも怖くない、交渉だってうまくできるという自信をつけたのでした。
私の場合は、それは、セツルメント・サークルで身につけました。
感情や感性よりも理性を大切にしているのは自分が天才でないことを正面から受け入れているから。自分が天才ではないからこそ、会社をつくる。優秀な仲間を集め、自分に欠けた部分を補ってもらう。そして、一緒に大きな夢を実現したい。
最後まで素直に読める本でした。
(2014年1月刊。1400円+税)

ネット右翼の逆襲

カテゴリー:社会

著者  古谷 経衡 、 出版  総和社
 私はネット社会に無縁に生きていますし、これからも無縁でありたいと願っています。ですから、「ネット右翼」なるものが、インターネット上で幅をきかしていても、なんということもありません。でも、「ネット人間」にとっては大変なことなんだと思います。
 この本は、「ネット右翼」のイメージが、必ずしもあたっていないことを「実証」しています。その限りでは、なーるほど、と思いました。
「ネット右翼」のイメージの特長は、①学歴における低学歴、②年収における低所得、③社会的地位・立場における底辺、④外見上の底辺。
 ところで、麻生太郎・元首相が、マンガをよく読み、アキハバラおたくだということは、よく知られています。結局、彼は、知性がない(乏しい)という一言に尽きるのではないでしょうか。そんな人に日本を動かしてほしくはありません。ひっこんでいてください。そう叫びたくなります。
 「ネトウヨ」(ネット右翼)は、年収200万円以下としたのは、小林よしのりだった。
 しかし、調査してみると、「ネトウヨ」の最終学歴は、大学、大学院卒業が63%をこえている。そして、年収も200万円以下というより400万円台にある。
このように「ネトウヨ」の実態は、一般のイメージとはかけ離れている。実際には、東京や大阪に住む、社会的にはミドルクラス以上、つまり典型的な中産階級で、年齢としては40歳より前、社会人としては成熟した、金銭的に余裕のある人々が多かった。
 「ネトウヨ」の怒りの矛先は、韓国であると同時に日本の既成大手メディアにも向けられている。
 冷戦時代において、日本人の韓国観は、保守層は一貫して融和的であり、左翼・リベラル側が一方的に嫌韓(辛辣)だった。
 なーるほど、たしかに、そうでしたね。だって、あのころ、韓国では、ずっと軍事独裁政権でしたし、ベトナム侵略戦争にも積極的に加担していましたからね・・・。
 「ネット右翼」は、日本人の悪いところを増幅してしまっているというのが、悲しい現実だと思います。早いうちに、そのことに気づいてくれることを私は願います。
(2013年6月刊。1500円+税)

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