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カテゴリー: 社会

「3.11フクシマ」から原発のない社会を!

カテゴリー:社会

著者  「原発と人権」全国交流集会 、 出版  花伝社
 二回目の全国交流集会の報告集です。反原連の代表が次のように発言しています。
 2012年3月が初めて。初回は300人で、トラメガとマイクだけ。首相官邸前は、静穏保持法や東京都条例によって、デモは出来ないことになっている。そこで、抗議行動と呼んでいる。8時までに終了する。警察との協力が不可欠。警察官も協力してくれている。
 2012年6月29日には20万人近くの人々が集まった。とかく共産党系と見られがちだけど、まったくの無党派で、シングルイシュー。つまり原発だけ。活動資金はカンパ。1回で200万円ほど集まったこともある。
原発輸出のセールスをスムーズに行うためには、日本国内でも原発を再稼働させなければならないというベクトルが働く。原発が必要であろうが、必要でなかろうが、とにかく何が何でも動かす。そこで、とりあえず元気に生きている国民を見せ物にするのが目的だ。ショールームとしての日本列島。つまり、日本人は、日本に住んでいるというだけで、いつの間にか原発メーカーや電力会社、そして政府のための命知らずの原発セールスパーソンに仕立てられている。補償がなかなか進まないのも、そのため。
 昨年(2014年)5月21日の福井地裁の判決文は、何回よんでも心に残る名判決です。まさに「司法は生きていた」ことを久方ぶりに実感させてくれました。以下、少しだけ紹介します。このブックレットの末尾に載っています。
「使用済み核燃料は、本件原発の稼働によって日々生み出されていくものであるところ、使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するということに加え、国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく、深刻な事故はめったり起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っていると言わざるをえない」
 「国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると、本件原発にかかる安全技術および設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというのにとどまらず、むしろ確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ちうる脆弱なものであると認めざるをえない」
 「被告(関西電力)は、本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等と並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。
 コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。
 また、被告(関西電力)は、原子力発電所の稼働がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国はじまって以来、最大の公害・環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは、甚だしい筋違いである」
 いま、私は判決文を書き写しながら、何度となく、うんうん、そうだよねと深くうなずいてしまったのでした。この樋口英明裁判長は熊本地裁玉名支部の裁判官だったことがあり、私も出会ったことのある裁判官です。
 そして、この判決は結論として、次のように断言しています。
 「大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者は、本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求(原発の運転差止)を認容すべきである」
 いまの安倍内閣のすすめている川内原発の再稼働を目ざす動き、そして海外へ原発を輸出しようとする動きは、直ちにストップさせなければいけません。
 みんなで声を上げましょう。原発なくして、安全・平和な日本に!
(2014年9月刊。1200円+税)

「灘→東大理Ⅲ」の3兄弟を育てた母の・・・

カテゴリー:社会

著者  佐藤 亮子 、 出版  角川書店
 正月休み明けの事務所、私の机の上にびっくりするようなタイトルで、カラフルな本が載っています。あれえ、こんな本、注文した覚えはないんだけどなあ・・・。
 本を手にととってみると、なかに手紙が入っています。私の敬愛する奈良の佐藤真理(まさみち)弁護士からの贈呈本です。何、なに・・・。
 「突然ですが、妻の本を贈らせてもらいます。・・・」
 ええーっ、佐藤弁護士のつれあいが書いた本なんだ。そして、佐藤さんに息子が三人いて、みんな灘からそろって東大理Ⅲ(医学部)に合格したんだって。信じられません・・・。
 翌日、本は一気に読了しました。とても明快、かつ合理的な子育てです。誰もができることではないと思いますが、母親として確固たる人生観をもち、信念を貫く生き方に支えられた子育てですので、大切なところはどこの家庭でも取り入れることができるように思いました。
 その意味で、とっくに子育てを卒業してしまった私などは、大いに反省させられました。やっぱり子育ては楽しいものでなくてはいけないのです。そして、そのための工夫を尽くせば、楽しい子育てができるのです。
 この本を読んで、とても真似できないと思うところは後半部分に多々ありますが、男3兄弟と妹の4人を、全員平等に、しかも楽しく、のびのびと育てていった状況は、読んでいてほほえましくもあり、うらやましくもありました。
 私の家庭でも、それなりに三人の子どもを伸び伸びと楽しく育てたつもりではいるのですが・・・。初めての長男については、「かくあらねばならない」という親の押しつけが行き過ぎたと、今は大いに反省しています。まさしく若気の至りです。
 子どもが高校を卒業して親元を離れる18歳までは、すべて親の責任だし、親の仕事だ。子どもを早く大人にしようとは思わず、できることはしてあげる。やるべきことをシンプルにあげることが、子どもを伸ばすコツ。
自立とは、子どもが誰かに助けてほしいときに、きちんと声をあげられるようになること。
 親の自立は、子どもが離れていくときに、精神的に足をひっぱらないこと。
 子どもが、より一層前を向いてがんばれるように、ほめ倒す。そのためには、継続した観察が必要。そして愛情いっぱいに、本心からほめる。ほめて、背中を押してあげる。感情的に起こるのではなく、具体的に伝えること。
 子どもが話しかけてきたとき、「ちょっと待ってね」とは言わず、その場で子どもにきちんと向きあう。
母親の知的好奇心は、子どもにいい影響を与える。
 DNAのせいにするのは、子どもの存在を否定するようなもの。
「朝だよ、朝だよ」と笑顔で楽しそうな声で起こす。朝は、子どもに絶対に怒らない。何はともあれ、朝は、ニコニコ過ごす。感情をコントロールして、子どもたちが笑顔で学校に向かうようにする。
食事は、おいしく食べる。食事は楽しい場だと子どもが感じるのが一番。
カップラーメンは普段は一切食べない。しかし、具合の悪いとき、そしてテストの前にはカップラーメンを食べさせ、楽しさと元気をとり戻させる。
4人の子どもたちに、食べ物は徹底的に平等にする。
子どもたちがおもちゃで遊んだとき、片付けるのは親の仕事。子どもは楽しく遊ぶのに集中する。子どもにお手伝いもさせない。
 子どもの「楽しい」をいかに増やしてあげるかが親のつとめだ。
 テレビを見ない、見せないという点は、私の家でもそうでした。私は今でも、テレビは一切みません。たまに録画したものをみることはありますが・・・、
 子どもに水泳とバイオリンの習い事をさせた。
 よその子と比較して親が焦るのは、いちばんしてはいけないこと。
 子どもの部屋はない。勉強中も、周りは雑音だらけ。勉強する環境なんて、整っていないのが当たり前。受験は、本当は自分とのたたかい。
 これは、私も司法試験を受験しているときに、改めて、そう思いました。40年以上も前のことです。当時、2万3千人の受験生のうち500人ほどの合格者でした。他人を蹴落とすという気持ちでは合格できるものではありません。あくまで、自分の努力が肝心なのです。自分が理解したことを、文章にして表現する。それがどれだけ他人に分かってもらえるのか・・・。そのために勉強するのです。
きわめて合理的な生き方、学び方が満載の、とても実践的な本です。
 私も、運動会の騎馬戦のときに、ケガ人に備えて救急車が待機しているという「灘」校に入ってみたいと思いました・・・。といっても、私自身は市立中学、県立高校そして東京大学というコースで、今も良かったと思ってはいるのです。47歳で脱サラして小さな小売の酒屋を営んでいた両親と一緒に18歳まで生活していて良かったと考えています。おかげで、父についても、母についても、それなりに調べて伝記を書くことができました。親の生き方を書くなかで、戦前戦後の日本史を自分のルーツとして学ぶことができたことが成果です。
 子育ての終わった人にも、これから子育てしようという人にもおすすめの本です。
 佐藤真理さん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。奥様によろしくお伝えください。一度、子どもさんたちと話させてください。楽しそうな息子さんたちのようですから・・・。
(2014年12月刊。1400円+税)

日本はなぜ原発を輸出するのか

カテゴリー:社会

著者  鈴木 真奈美 、 出版  平凡社新書
 「世界一安全な原子力発電の技術を提供できる」
 これは安倍首相がサウジアラビアの大学で講演した(2013年5月)ときの言葉です。こんな真っ赤な嘘を日本に首相が海外で堂々と言い切るなんて、私は絶対に許せません。
 嘘つきはドロボーの始まりです。道徳教育を強引にすすめようとする安倍首相の二枚舌は酷すぎます。
福島の原発事故は依然として「収束」の目途はたっていない。4号炉の使用済み燃料棒の取り出しこそ完了したものの、1号炉も2号炉も、そして3号炉も、核燃料棒の所在も何もかも判明していない。原因の究明さえ終わっていないのに、安倍首相が外遊先で「安全」を安請けあいするのは見識を欠く。反省したはずの「安全神話」を輸出するようなものではないか・・・・。
 原子力のプラント輸出は、「国」が長期にわたって法的・財政的な「保証人」になることが求められる特殊な国際商取引である。「国」は、日本側の保証人として、そのプロジェクトが続くあいだ、融資をふくめ、さまざまな側面から支援するだけでなく、原子炉の製造ラインと技術・人材を確保するための政策を保持することになる。
 原子力プラントの受注契約を先行させ、そのうえで自国の今後の原子力施策と中長期計画を検討するというのは、原子力産業を維持するために、原子力発電を継続するという逆転をもたらすことになる。
 このように、原子力輸出は、他のエネルギー技術の輸出にはない、特殊なリスクを内包している。なぜなら、一度でも大量の放射能放出事故が発生したときには、その賠償は巨額かつ長期にわたることは自明のことだから。
 原子力産業を立ち上げるのは「国」であり、この産業は「国」が定めた施策の枠組みをこえて活動することは基本的にありえない。国の法的・財政的な補償を必要とする海外展開の場合は、なおさらである。
 かつて世界の原子炉や濃縮ウラン燃料の供給をソ連と二分し、自由主義陣営への供給では圧倒的な占有率を誇っていたアメリカは、いまや輸入する側になった。いまでは、日本はアメリカの原子力産業の再建を技術面・資金面で支援し、日米は共同で原子力輸出をすすめている。
 世界の原子力産業界は、ライバルであると同時に、その根底では一蓮托生なのである。
 「室蘭が止まれば、世界の原発建設が止まる」
 世界の原子力業界では、室蘭にある日本製鋼所の室蘭製作所が、つとに有名である。そこで大型原子力用部材において突出した鋳鍛(ちゅうたん)技術をもっているため、世界のシェアの8割を占めている。
 地球は、もともと放射性を出すあまたの元素の塊だった。これらの天然の放射性元素のほとんどは、長い時間を経てエネルギーを出し切り、安定元素となった。この安定元素に囲まれた環境の下で人類は誕生した。ところが、この50年ほどのあいだに、本来なら地球上には存在しなくなったはずの放射性元素を核爆発や原子力発電によって大量につくり出してしまった。
 人間の管理能力をはるかに超える人工の放射性元素(核のゴミ)を、これからも増やし続けるか否かが、今、私たち人類に問われている。
 安倍政権による無責任な「原発」輸出策の危険性を改めて強く認識させてくれる新書です。読みやすい本です。ぜひ、あなたも手にとって一読してください。
(2014年8月刊。800円+税)

「非正規大国」日本の雇用と労働

カテゴリー:社会

著者  伍賀一道 、 出版 新日本出版社 
現代日本における非正規雇用の横行がもたらしている問題点をよくよく理解できる本です。
日雇い派遣の細切れ的雇用は、最低限の所得や住まいの確保を不可能にしている。健康ランドやネットカフェ、マクドナルドを転々とし、コンビニ弁当で空腹を満たすことが、生活コストを高め、予備の蓄えを難しくしている。細切れ的雇用と貧困の悪循環である。
 ことあるごとに繰り返される「自己責任論」は、働き口を得ることの出来ない人に対して、意欲の欠如や能力不足を指弾し、リストラされた労働者に対しては本人の落ち度を見つけ出そうとする。これによって、企業の責任や政策の失敗は免罪される。
失業と貧困は、資本主義の経済システムに加えて、今日の新自由主義的施策によって絶えずつくられるものである。
学校にも派遣教師がいるのですね。私は知りませんでした。
 いま、「即戦力や利便性」を求めて間接的雇用の派遣講師が私立高校で広がっている。派遣会社には1コマ(50分授業)4000円、そして派遣教員に渡るのは2200円。非常勤講師を雇うと2600円なので、学校にとっては1400円も高いが、雇用調整の容易さが上まわるメリットをもたらす。教員派遣最大手のエディケーショナルネットワークには、2007年に1万8000人が登録していたが、2013年には2万6000人に増えた。
 大学生のアルバイトが劣悪な労働条件で働く正社員に接して、正社員とは、あのような働き方を受け入れることだと覚悟してしまう。もし、高校生や大学生がアルバイトに精を出さなくても学校に通えるだけの給付制奨学金や授業料無償化が実現したら、日本の産業構造は、今とは相当異なるだろう。
教育政策の貧困は、若者を使い捨てにする産業の隆盛の有力な基盤となっている。学生たちが、不当な扱いをあいまいにしない気概をもつことを願わずにはいられない。本当に、そうですよね・・・。
 この間の労働者の増加のほとんどを非正規雇用が占めている。正規労働者が540万人減少する一方、非正規雇用は780万人増加した。これによって、過労死・過労自殺の多発がもたらされた。
 半失業者のプールを拡大することで失業者を隠蔽し、失業率を圧縮するような手法が新自由主義の特徴である。したがって、失業率が高いか、低いかだけで失業問題の深刻さの程度を即断することは出来ない。
 この10年間に非正規雇用は416万人増加したが、その65%が年間所得200万円未満層である。2012年時点で、この低所得層は、非正規雇用の4分の3を占めている。
 1982年当時、男性では9割以上、女性は7割弱が正規職についていた。
 若者が非正規労働者として職業人生を出発し、企業が正規雇用の縮小を継続しているもとでは、非正規雇用のまま中年に達する人が次第に増えている。これが生涯、単身化の増加と深く関わっている。
 民間大企業の労働組合が労使協調的労働組合になって以降、企業の成果の分け前を取得する道を選択した。社外工に対する労働行政の対応も批判的姿勢から黙認へと転換した。
 今日の雇用の劣化と働き方の貧困をもたらした要因の一つとして、労働組合が本来、果たすべき役割を担っていないことがあげられる。労働力浪費型雇用の進行に事実上黙認してきた点で、とりわけ民間大企業の労働組合の責任は大きい。
 今日の日本社会では、「連合」の政策が話題にのぼることなど、まずありません。いつも企業べったりの労働組合なんて、まるで存在意義がないからです。本当に残念な状況です。
 現代日本がいかなる社会であるかをよくよく映し出している貴重な労作だと思いました。
 360頁、2700円というハードカバーの本ですが、広く読まれるべきものとして、ご一読をおすすめします。
(2014年12月刊。2700円+税)

菅生事件第一審裁判記録

カテゴリー:社会

著者  菅生事件60周年記念事業実行委員会 、 出版  同
 菅生事件が起きたのは昭和27年(1952年)6月2日午前0時すぎのころのことでした。大分県竹田市菅生村の巡査駐在所が爆破されたという事件です。この事件が何より怪しいのは、事件の前に、この駐在所の周辺には、大分県警の警察官が何十人も周囲に潜んでいて、同じように新聞記者もじっと待機していたということです。
 しかも、駐在所に住む警察官はいつでも出勤できるように長靴をはいていて、その妻も今夜、駐在所が爆破されるというのを知らされていたということです。
 これでは犯人として捕まった二人は、まるで「まな板のコイ」です。現場に三人いたはずの「犯人」のうちの一人は警察に「連行」されたあと、行方不明になってしまいました。
 そうなんです。その一人こそ、現職の警察官であった戸高公徳でした。「市木春秋」と名乗って現地の共産党に接近して、共産党員を現地の駐在所におびき寄せたスパイだったのです。
 この戸高公徳は、事件のあと東京に潜伏しているところを、共同通信の記者に摘発され、裁判にかけられます。ところが、戸高公徳は、警察では、その後は格別に優遇され、警察大学校の教官になったり、警察共済組合の幹部にまで昇進したのです。
この裁判記録は、そんな菅生事件の苦難のたたかいを改めて掘り起こしたものです。ガリ版ずりの一審の記録を大分地方検察庁の記録を閲覧して、活字にして、読みやすくしたのです。大変な苦労があったことと思いますが、たしかに活字にしないと忘れ去られてしまう記録でしかありません。
 昭和27年(1952年)4月の起訴状から菅生事件の前史の裁判は始まります。そして、昭和27年8月13日の公判から清源(きよもと)敏孝弁護士の無罪を目ざす弁論が始まるのです。
 はじめのうちは「市木春秋」が何者か分からなかったから大変です。事件直後から姿を消したのは怪しい。そして、反共の有力者宅に寝泊まりしていたけど、誰も、その素性を知らないのでした。こんなハンディを背負って、現場近くで駐在所爆破の現行犯人として二人の共産党員が捕まり、裁判が進行していくのです。
 この背景には、当時の日本共産党が中国にならって暴力革命路線をとっていて、「中核自衛隊」という軍事組織をもっていたことがあります。北の「白鳥事件」は「ぬれぎぬ」とは言い難いものがありましたが、この菅生事件は、まさしく典型的なぬれぎぬ事件でした。裁判では、大勢の警察官や新聞記者が、なぜ爆破された駐在所の周囲に待機していた(させられていた)のかということが問題となります。
 その真相は、大分県警がスパイ戸高公徳に命じて、二人の共産党員を駐在所付近へ招き寄せていたということです。駐在所の爆破それ自体も警察官がやったものでした。
 外から投げ込まれた爆弾が爆発したのではないこと。駐在所夫人の身の安全に危害を及ぼさない程度の爆発であること。こんな条件をみたした爆発事件だったのです。
 被告弁護側は、何度も裁判官に対して忌避中立をします。まさしく予断と偏見をもった裁判の進行がありました。こんな事件で有罪判決が下されるなんて、まるで信じられませんが、昭和30年7月2日の大分地裁の判決は有罪でした。懲役10年ないし8年です。
 もちろん、被告弁護側は直ちに控訴します。福岡高裁は昭和37年6月13日、無罪判決を下しますが、それは、スパイ・戸高公徳が東京で発見され、ついに法廷で証言せざるをえなかったことによります。
 「小雨の中を2時間も駐在所前に張り込み、犯人の来るのを待ち受けていた」
 「事件当時、既に鑑識課員が現地に派遣されていた」
 これらは、被告人の有罪を肯定する証拠がないことになる、としたのです。弁護人は、駐在所内の爆発状況を再現実験していますが、この実験結果も、被告人らの無罪の根拠とされています。
 私は40年前の弁護士なりたてのころ、被告人の一人であった坂本久夫氏と何回か話したことがあります。神奈川県で国民救援会の仕事をしておられました。とても小柄な男性です。
 駐在所内の再現実現のとき、背が低いので電燈のソケットに届かないという写真がありましたが、なるほどと本人を見て思いました。
 当時の共産党が山村において「中核自衛隊」という無謀な行動をしていたことはともかくとして、警察が共産党弾圧のためにスパイを使ってまったくのぬれぎぬ事件を創り上げたことを、そして、その無罪を明らかにするためには大変な苦労が必要だったことを、よくよく思い出させる貴重な裁判記録です。復刊の努力をされた実行委員会に対して、心より敬意を表します。
 年末年始に読みふけってしまいました。
(2014年10月刊。4000円+税)

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