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カテゴリー: 生物

けもの道の歩き方

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  千松信也 、 出版  リトルモア
 鉄砲をつかわない猟をしている著者による、山での狩猟の実際を紹介した本です。
 鉄砲をつかわないので、わなにかかった獲物は、木の棒や鉄パイプでどついて失神させ、ナイフでトドメを刺す。
 猟銃免許とは、法律で定められた猟具(銃、わな、網)をつかうための免許である。石を投げて捕まえたり、パチンコで鳥を獲ったりするのは、自由狩猟と呼ばれ、免許はいらない。日本で伝統的に行われてる鷹狩も自由狩猟だ。
 解体も、家畜なら許された施設でしなければいけないが、猟で獲った獲物については、許可も資格も必要ない。
 野生シカの解体は、膀胱と肛門の処理が難しい。腹の中を水できれいに洗い、氷を詰め込み、外側からも氷をあてがう。そうしないと、残った体温で肉が傷んでしまう。分厚い毛並みの保温力は相当なものがある。
 おおきなオスジカだと、肉が硬いので、カレーやシチューなどの煮込み料理が一般的。
イノシシが日本全国で増えている。1980年代には全国で2~3万頭だった。1990年代後半は10万頭以下だった。その後の10数年で急増し、今では2012年に46万頭をこえた。
イノシシは、本来は臆病で、変化に対して異常なほど警戒心が強い。しかし、環境への適応能力は高く、慣れてきたら、びっくりするほど大胆で、ずうずうしい。
 全身を剛毛で覆われているイノシシは、鼻さえ触れなければ、電気柵の威力はほとんどない。イノシシは雑食性なので、ミミズやサワガニ、ヘビ、昆虫も食べる。春先は筍をよく食べ、秋のどんぐりが大好きだ。
 わな猟は、におい消しが必要だ。樫の樹皮に大量に含まれるタンニンはワイヤーの銀色をどす黒く着色し、人間のにおいを消している。
 イノシシは血が抜けやすいが、シカは心臓を動かした状態で血抜きする。血が抜けきらないと、肉に臭みが残ってしまう。発情したオスのイノシシの肉は臭い。ええっ、そうなの??
 日本全国に狩猟免許をもつ人は18万人いる。その6割が60歳以上だ。クマよりも猟師のほうが絶滅危惧種だとまで言われている。
 たしかに、20年以上前には、自分の鉄砲でうち落としたカモを依頼者から毎年いただいていましたが、今やそんな人は見かけませんね・・・。
 京大文学部を出て運送業のかたわら狩猟免許をとったという異色の経歴の持ち主です。
(2015年9月刊。1600円+税)

恐竜は滅んでいない

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  小林快次 、 出版  角川新書
 とっくに絶滅したはずの恐竜が、今も私たちの身のまわりに存在しているなんて言われたら、びっくりしますよね。アベ首相のようなウソを言う。と、叫びたいところですが、実は、こちらはウソではないのです。
 今も生き続けている恐竜とは何か・・・。それは鳥なのです。
 私の庭には、朝からいろんな小鳥がやってきます。大きいのは、カラス、カササギです。春には、うぐいすも鳴いてくれます。
恐竜の定義は・・・。
 「トリケラトプスと鳥類(イエスズメ)のもっとも近い共通祖先から生まれた子孫すべて」
 これじゃあ、まるで、何のことを言っているのか、さっぱり分りませんよね・・・。
 恐竜の化石から、恐竜の羽毛の色が知られるようになった。それは、古代イカの化石を調べるとき、イカスミの研究をしていた大学院生が技術を応用して分かったこと。
始祖鳥には、竜骨突起がない。また、肩の関節も、現在の鳥のようには動かせない構造だ。これでは飛ぶのは不可能だ。
  ティラノザウルスの化骨を調べると、痛風を患っていた形跡がある。
戦国時代に日本にいたルイス・フロイスは、日本に痛風がないことを驚いている。明治になって日本の痛風患者が増えはじめ、10年前に87万人の患者がいて、今や500万人もの予備軍がいる。
 福井県には有名な恐竜博物館がありますので、ぜひ一度いってみようと思います。
 九州には、天草にあるそうですが、まだ行けていません。
(2015年7月刊。900円+税)

オキノタユウの島で

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  長谷川 博 、 出版  偕成社
 アホウドリという名前は、人間がいかに無知で馬鹿な存在であるかを意味しています。
 実際の鳥は、賢く、優雅です。ですから、著者は、昔のようにオキノタユウと呼ぶことを提唱しています。これには私もまったく同感です。
 著者は私とまったく同じ年に生まれ、長く20年以上も無人島に渡って、一人で1ヵ月に及ぶ生活をしながらオキノタユウの繁殖を手助けし、観察を続けてきました。
 その苦労には、心より敬意をささげます。すごいです。
 オキノタユウは、長く一夫多妻で連れ添う。片方が亡くなると、しばらくして再婚はする。
 オキノタユウは、荒れくるう海をものともせず、悠然と飛翔する。きっと、荒れる海が好きなのだ。
 火山島の鳥島には、沢など淡水の流れはない。雨水をためて生活用水を確保する。雨水を飲料水にはしない。生息しているクマネズミのふんが貯水槽に入り込んでいるかもしれないから。
 着陸の不得手なオキノタユウは、けっして無理に着陸することなく、何回も慎重に進入を試みて、安全を確信したときに初めて着陸する。
 オキノタユウを近づいて観察するときには、なるべく低い姿勢をとり、すこしずつ、ゆっくりとコロニーの縁に近づく。そこにすわってじっとしていると、鳥たちは次第にこちらを気にしなくなる。
 オキノタユウのコロニーには病気を媒介するダニやツツガムシなどが生息している。そこで、コロニーの中を歩いたあとは、全身を石けんで洗い、着換えをするほうが安全だ。
 はじめのうち、島には、オキノタユウを招き寄せるため、デコイや音声装置を設置していた。しかし、2006年5月に撤去し、今はない。
今や成鳥と若鳥の数は200羽をこえ、ひなは80羽いる。長年の苦労がついに報われたのです。大きな心からの拍手を送りたいと思います。
(2015年5月刊。1800円+税)
シルバーウィーク、久しぶりに近くの小山にのぼりました。ところが、ちょっと前に直撃した台風のために至るところ倒木だらけで、いつものコースがのぼれず、危く道を間違えそうになりました。といっても間違えたからといって遭難するような状況ではありません。汗びっしょりになって頂上にたどり着きました。
秋の終わりを告げるツクツク法師の声を聞きながら、山頂でおにぎりを美味しくいただきます。山では梅干しおにぎりが最高です。360度のパノラマ光景で下界を見おろして英気を養います。黄金色のススキの穂が風に揺れています。山頂のコスモス畑は、まだ花がちらほらとしか咲いていません。山をおりる途中のミカン畑は、まだ青いミカンが鈴なりです。今年は台風直撃によって梨は8割も落果してしまったと聞いて心配です。
ふもとまでおりてくると、見渡す限り緑のじゅうたんです。いえ、黄色の稲穂が垂れはじめていますので、黄色の混じった緑色が広がっています。それを縁取っているのが紅い蔓珠沙華です。空をカラスの群れが飛びかい、アオサギが一羽、悠々と飛んで行きます。
いかにものどかな田園風景。心が和みます。

ウルフ・ウォーズ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  ハンク・フィッシャー 、 出版  白水社
 アメリカのイエローストーン公園にオオカミを復活させる取り組みをたどった本です。
 オオカミは、かつては嫌われものの筆頭でした。赤ずきんちゃんの話でも、オオカミは悪い奴として登場します。なので、オオカミを打ち殺すのは当然という風潮がしっかり社会に定着していました。同じようにピューマが家畜を襲っても、ピューマを根絶やしにしろという声が起きたことはありません。ピューマを見た人が少ないこともありましょうが・・・。
 アメリカ北部のオオカミの回復は軌道に乗っている。そのための一つは、家畜生産者がオオカミの被害にあったとき、民間の基金によって補償金を支払うという制度をつくったことです。その二は、自分の土地でオオカミが子を産んだとき、その土地の所有者に5000ドルを提供するようにした。
 オオカミを復活させるためには、やはり、このような経済的手当も必要なのですね・・・。
 1930年、アメリカのほとんどの州からオオカミの姿は消えてしまった。かつて、イエローストーン地域だけでも、オオカミは3万5000頭以上いると推定されていた。オオカミがいなくなると、シカが急速に増えはじめた。
 1995年1月、アメリカの魚類野生生物局は、カナダから空輸してきたオオカミ4頭を原生地域に放した。
 いま、イエローストーン公園には、年間350万人もの観光客が押し寄せる。そして、その相当部分がオオカミ目当てだ、ここではオオカミによる人身事故は起きていない。オオカミ目あての観光客は、地域経済をうるおし、オオカミの復帰で回復した自然は世界中から来る観光客を魅了するだけでなく、教育の場として、多くの親子連れや学生たちでにぎわっている。
 オオカミの大半は、発信機なしの野生のままの状態で生息している。人々は、それを見て、当たりまえのことと思っている。
日本でも、北海道でエゾシカやキタキツネが増えすぎていることが以前から問題になっています。それもオオカミがいないことによる現象の一つです。
 日本でオオカミを復活させるのはできないのでしょうか?
 ちなみに、オオカミが人を襲う心配は、ほとんどないということです。
            (2015年4月刊。2600円+税)

日本の森・列伝

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  米倉 久邦 、 出版  ヤマケイ新書
 私は、秋田県の白神山地のブナを見学に行ったことがあります。見事なブナの木でした。
 日本のブナの北限は北海道。
 ブナという種が地球上に誕生したのは150万年前のこと。そしてブナの森は、今よりずっと北側にまであった。しかし、地球が氷河期に入ると、ずっと南へ生息域を移していった。
 地球が再び温暖化して、1万2000年前に、ブナは反転攻勢して北上していった。本州の北端にブナがたどり着いたのは9000年前のこと。
 ブナが北上するといっても、根があるから、タネを誰かが運んで芽を出すという方法しかない。ブナは発芽してからタネをつけるまでに50年かかる。だから100年で100メートルしか北上できない。ブナのタネを運んだのは鳥だ。ホシガラスやカケスが「犯人」として考えられる。
 北海道において、道南のブナは、アイヌの人々の暮らしとともに栄えてきた。
 北海道のブナは、葉が大きい。その代わり、葉の枚数が少ない。ブナの若木は、ミズナラやホオノキが葉をつける前に太陽の光を独占しようとして、早く太り、背を伸ばして大きな葉を広げる。
 北限のブナは、まっすぐに幹を伸ばし、高いところに枝葉を広げる。下枝もない。
ブナの寿命は一般には250年。しかし、北限のブナは170年で枯死する。
 ブナは雪の申し子だ。冷温で、たっぷりの水を供給してくれる土地が好き。でも、湿地は好まない。水はけがよくないと困る。
 ブナが実生で、発芽してから育つのは10%未満でしかない。ブナの実は、ヒグマの大好物だ。
 ブナは、保水力のある土壌が好きだ。ブナの森の土壌は、スポンジのようになっている。ブナの葉は、とても固い。そこで、まずは菌類が分解する。そして、ミミズやダニが食べられるようになり、フカフカの土壌になる。
 ブナは保水力があるところが好きだ。ブナがあるところは、さらに保水力がアップする。
 東北地方に、もともとクロマツはなかった。海岸防災に一番適した木だと分かって、クロマツの評価が一挙に高まった。クロマツが海岸林として形を成すまでに20年以上もかかった。
 動くことのできないブナは、水を寄せ集める仕組みを、木全体でつくり上げている。雨も霧も、樹幹流といって、水を見事に誘導するシステムがある。
 ブナの次は、スギ。スギにもいろいろな形があるのですね・・・。
佐渡には一度だけ行ったことがあります。あまりに人間にとって劣悪な自然の環境のためにスギの天然林があるといいます。樹齢500年の大木まであるそうです。
 木も動いていく生物なのですよね。楽しい、不思議な話が満載でした。
(2015年6月刊。880円+税)
大刀洗町に今村天主堂という立派なカトリックの教会堂があります。この地域は江戸時代を通じて潜伏キリシタンがいて、明治になって「発見」されたのでした。
 江戸時代の直前、1600年ころ筑後地方のキリシタン人口は7000人、1605年には8000人をこえていた。現在、筑後地方のカトリック信者は2900人ほどなので、当時のほうがはるかに多い。
 この今村地域は、今もほとんどがキリスト教信者です。
 なぜ、陸の孤島でもないのに大量の潜伏キリシタンがなぜ可能だったのか。秘密が厳守されていたこと、全村が潜伏キリシタンだったこと、年貢を確保するためには藩としても農民を殺すわけにはいかなかったこと、そのため村役人は「見ざる、言わざる、聞かざる」を通していたことが理由として考えられるとされています。
 私の個人ブログに、その堂々たる教会堂の写真を紹介していますので、のぞいてみてください。

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