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カテゴリー: 司法

志と道程

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 宮本 康昭 、 出版 判例時報社
 裁判官としての再任を不当にも拒否された著者が満州から敗戦後に苦労して母と子3人で日本に帰国した体験を踏まえて、司法反動化の象徴でもあった再任拒否に至る状況をほとんど実名で紹介しています。改めて著者の人間としての芯の強さと再任拒否の不当性に思い至りました。裁判官としての著者のすごさは、転任するたびに旧任地の人々がたくさん見送りに駆けつけたことにあらわれています。
 初任地の福岡から新潟地裁長岡支部へ転任したとき(1964年3月)、裁判所の職員だけでなく、大学の先輩後輩、家族、親戚、はては近所の人まで駆けつけて、旧博多駅のコンコースが見送りの人で埋まったというのです。
さらに、再任拒否されたあと、熊本簡裁の判事としてまだ身分が残っていて、著者が仕事で長岡支部に立ち寄ったとき(1972年ころのようです)、ときの支部長が「今日の午後は長岡の裁判所は休業にする」と宣言し、庁舎2階の大会議室に全職員が、電話交換手から守衛さんまで、全員が集まって、楽しい時間を過ごしたというのです。信じられません。考えられないことです。よほど印象深い支部長だったのでしょう。
青法協攻撃、司法反動化の米兵となったのが雑誌『全貌(ぜんぼう)』でした。薄っぺらな冊子ですが、このころ書店の片隅で売られていました。これに、「裁判所の共産党員」として青法協裁判官部会の裁判官の名簿を載せたのです。
この攻撃を受けて、青法協から分離独立しようという動きが出てきました。主唱者は町田顕(あとで最高裁長官になる)で、若い推進者が江田五月(あとで政治家に転身。私が横浜地裁で修習中に青法協の小さな勉強会にチューターとして役の裁判官としてきてもらったことがある)。このときまで、著者は町田顕を裁判官の活動の中での指導者だと考えていたとのこと。町田と江田の二人は、対決を回避して当面を糊塗することに頭を働かせるばかりのエリートの弱さだと著者は鋭く批判します。
最高裁の岸盛一事務総長は、裁判官が青法協を脱退するのを「業務命令」だとまで言って強引に推進した。それまで岸盛一はリベラル派の刑事裁判官だと評定があったのに、「なんという変わりよう。裁判官としては、これで終わったな」と、著者は思ったのでした。
 青法協会員だった350人の裁判官は、脱退したかどうかで、その後はきれいに分かれた。「司法権力はエゲツなく、何十年たっても執拗だ」と著者は断言します。
脱会届を出した158人のうち、最高裁判事が6人(うち1人が長官)、高裁長官が12人、所長は64人。青法協に残った200人のうち、高裁長官になったのは2人だけ、地・家裁所長が3人。いやはや、歴然たる差別です。
著者に尾行がついたり、スパイ役をする裁判官までいたという話が出ています。尾行したのは素人のようですから、専門の公安刑事ではなく、裁判所の職員だったのでしょう。著者宅の電話も盗聴されていたようですが、これは高度の技術を要しますから、恐らく公安警察でしょうね。
再任拒否にあっても著者は泣き叫ぶこともなく、外から見ると、いかにも冷静沈着に行動しました。判事としての再任がなされなくても簡易判事として残れることが判明したら、その簡裁判事の仕事をまっとうしたのです。これは並みの人にできることではありません。どうして、そんなことが出来たのか。
その秘密がこの本の前半に詳しく語られています。著者の一家は戦前、中国東北部(満州)に渡り、日本敗戦時は9歳、父親はソ連軍からシベリアに連行されて、母と著者と妹2人が生命から日本に帰ってきたのでした。
父親は熊本県山鹿市出身で、満州では領事警察官でした。1945年8月9日、ソ連軍が満州に侵攻してきたとき、父親は著者たちに青酸カリの錠剤を渡した。そして、青酸カリを飲むゆとりがないときに備えて、小型の拳銃(コルト銃)を著者に渡して、「この拳銃で、まず母を、それから妹たち2人を、最後に自分を撃て」と命じたのです。これを受けても、著者に母や妹を射殺することに何ら罪悪感はなく、恐怖心もなかった。ただ、父の言ったとおりにできるかどうかだけが気がかりだった。いやはや、なんということでしょう。9歳ですよ。
それが、ソ連軍の侵攻が予定より遅れたことで、著者たちは死なずにすんだのでした。「ボクは9歳からが余生なんだよ」と著者は思ったというのです。
一度は捨てたこの命。ここまで思い定めたら、司法反動の嵐のなかで「クール」な対応をしたのは、ある意味で当然だったことでしょう…。すごい経験です。感動そのものでした。
世の中で忘れてはいけないことがあることを痛感させられる本でした。今後ひき続きのご活躍を祈念します。
(2025年6月刊。2420円)

司法が原発を止める

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 井戸 謙一 ・ 樋口 英明 、 出版 旬報社
 元裁判官の2人が原発に関わる裁判の現状と問題点、そして司法の果たすべき役割を対話のなかで鋭く指摘している本です。とても読みごたえがありました。現役の裁判官に読んでもらえたらいいんだけどな…と思いながら読みすすめました。
 3.11まで原発は安全だと思い込んでいた。樋口さんはそう言います。今でも残念ながら少なくない日本人が原発は安全だと漠然と思い込んでいると私は考えています。
 原発は建物の耐震性だけが問題ではない。配電や配管の耐震性も必要。本当にそうなんですよね。ともかく冷却水をずっと送り込まないといけないのが原発なんですからね…。
最高裁は裁判官を集めて、ディスカッションという名のレクチャーをした。それは、行政の基準を尊重すればいいというもの。
最高裁判所の判決でも、規制基準の内容の合理性を判断せよとも言っているのに、その基準の適用のほうだけを問題とする下級審判決が多いが、それは間違い。
 基準の内容の合理性と適合判断の合理性の二つを判断しろというのが最高裁の判決なのに、一方は無視されている。これはおかしい。
規制基準は行政処分の審査基準なのだから、裁判所は、それに縛られることなく、それ自体の合理性を判断しなければいけないのに、それを怠っている裁判所がほとんど。
樋口判決は立証責任論がオリジナルであることと、説明が一般人にとても分かりやすいという二つの大きな特徴がある。
 私も、まったく同感です。すらすらとよく分かる流れの判決文でした。
自分の書いた判決が他の原発にも波及して全部を止めてしまうことになると思うと、裁判官には大きな勇気が必要となる。よほど肝のすわった人でないと、原発を止める理屈を判決文に書くのは難しい。残念ながら、多くの裁判官にはそこまでの勇気がなく、なんとかごまかして逃げようとします。
 先日の東京高裁の東電役員の責任を不問に付した逆転判決もそうでした。いろいろへ理屈をつけて、自分の責任のがれをする裁判官が圧倒的に多いのが現実です。
裁判官は、最高裁の結論に従うこと、最高裁が出すだろう、政府寄りの結論に従っておけばいいという教育を所内で受けている。勇気を奮い起こさせないようにしているわけです。  
樋口さんは、熊本地裁玉名支部の支部長をしていたことがあります。当時の熊本地裁の所長は簑田孝行さん(現弁護士)でした。
 井戸さんは裁判官懇話会などに積極的に関わっていましたが、樋口さんは関わっていませんでした。なので、福岡地裁柳川支部長をつとめた山口毅彦さんも知らないそうです。
 裁判官にも、かつては青法協の会員が300人ほどいたのですが、今では組織自体がありませんし、交流のための全国懇話会も消滅してしまっています。ほとんど最高裁の思うままの人事統制が効いているといえます。
そのなかで病理現象が生まれています。つまり、上のほうだけを見て、要領よく仕事をやっつける人ばかりが目立つのです。本当に残念です。
たまに自分のコトバで語る裁判官に出会うとホッとします。自分の頭で考えて、自分で把握したことしか判決には書かないというスタイルを貫く裁判官。前はいましたけれど、今はごくごく少ないように弁護士生活50年になる私は思います。
 井戸さんは、今は弁護士として、原発や再審に取り組んでいます。
 樋口さんは弁護士にならず、年に40~50回の市民向けの講演をして全国をまわっています。たいしたものです。
 原発は日本には必要ない。現に関東首都圏には原発の電気は供給されていない。これで日本は十分にまわっているわけです。なので、原発はなくてもいいのです。
 台湾も日本と同じく地震の多いところですが、原発全廃を決めています。日本もそうすべきです。
原発の危険性は核兵器と同じ。自国に向けられた核兵器である。原発は、ちょっとした攻撃にも耐えられない。ほとんど無防備。自衛隊も警察も原発を完全に防護することは不可能。原発は、その後始末の莫大な経費を考えたら、「安上がり」どころではない。とんだ金食い虫の典型。
 原発の運転の差し止めを言い渡した裁判官は7人。認めなかったのは30人以上。
 私は、この7人の裁判官こそが司法の使命を自覚した人たちだと考えています。自己の信ずるままに勇気をもって判決(決定)を書いたのです。
 2人の勇気ある元裁判官の対談を読んで、私も元気をもらった気がしてきました。学生のときセツルメント活動をしていたという共通点のある井戸弁護士に贈ってもらいました。ありがとうございます。今後ますますのご健闘を祈念します。
(2025年6月刊。1760円)

アオキくんは、いつもナス味噌

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 青木 人志 、 出版 有斐閣
 著者は一橋大学の比較法制史の教授です。さすが、モノカキを自称するだけあって、人と人との出会い、邂逅(かいこう)の不思議な縁(えにし)を解き明かす叙述が読ませます。読み終わったとき、ほんわかした気持ちになってしまう話がテンコ盛りなのです。
 まずは、この不思議な本のタイトルです。著者が一橋大学に入学したのは1980(昭和55)年のこと。もう大学紛争の嵐は吹き去ってその余韻が少し残っているだけでした。一橋大学の小平キャンパスの北門前にある中華食堂「龍園」に著者たちは毎日のように昼食を食べに行っていたのです。当時はコンビニもマックもなく、学内の生協食堂のほうが断然安い。ヤキソバは150円。それに対して龍園の定食は450円。でも、ずっと美味しい。
 著者は、学生のとき、ここで、ずっとナス味噌定食を食べていたのです。そして、10年後、助教授として一橋大学に戻り、再び昼休みに龍園に行くと、おばさん(店主の奥様)は覚えてくれていたのです。
 「アオキくんは、いつもナス味噌だったものねえ」
 いやあ、学生の顔、そして名前ばかりか、注文していた好みの料理まで覚えてくれているなんて、信じられませんね。ちなみに私は駒場寮に住んでいた大学1年生のころの好みはレバニラ炒め定食でした。今でもこれを食べると大学1年生のころの気分に浸ることが出来ます。
 そして、著者は再び龍園の常連客になったのです。ところが、2008年に、閉店することになりました。そこで、「サヨナラ龍園の会」と称する別れの宴をもちました。さらには、如水会館での「龍園謝恩会」が開かれ、しかも、ついには一橋大学の杉山武彦学長名の感謝状の贈呈にまで至ったのです。なんということでしょう。こんな話、聞いたこともありません。
 そして、おじさん(龍園の店主)は病気になりました。著者が気になって電話したところ、おじさん本人が電話に出て、少しだけ話したのでした。おじさんが亡くなったのは、その数時間後のことだというのも奇縁です。
 著者の「お別れの言葉」は、このいきさつを紹介していて、心を打ちます。
 次は、学生時代に亡くなった学友のT君とその姪の話。一橋大学の学生のころ、同じ刑法の福田平ゼミの仲間だったけれど、T君が体調を崩して入院したので、著者は入院に見舞いに行った。すると、ある朝、電話があり、「Tの弟ですが、兄が亡くなりました」という。
 そして27年後のこと(2016年4月7日)。著者は、その日、たまたま研究室の自分の机からT君を回想する古ぼけたコピーを見つけて読み返した。それから、その年のゼミ生の初顔合わせをしたあと喫茶店に入った。すると、たまたま著者の月の前に座った女子学生が、「昔、私の伯父が一橋の法学部にいて、学生時代に亡くなった」と言い出した。苗字が同じTなので、著者は、「その亡くなった伯父さんは、○○高出身ではなかったか」と尋ねた。女子学生は「どうして知ってるんですか」と驚いた。これでT君が亡くなったことを知らせてくれた弟の娘だということが、判明した。まったくの偶然で、一橋大学の著者のゼミにT君の姪が入ってきたということ。いやあ、本当に奇縁ですよね。
 最後は、退学まで勧めたサトウユキというゼミ生の話。小田原にキャンパスのある関東学院大学法学部のゼミ生のなかに、おそろしく朗読がうまく、抜群に良い文章を書いた学生がいた。ところが、このゼミ生はゼミを欠席してばかり。演劇に熱を入れていることは分かったものの、欠席するは、試験は受けないでは、教師として単位をやるわけにはいかない。いつも「不可」をつけた。そして、ついに、そのサトウユキというゼミ生を呼び出して本気で説教した。
 「退学すべきだと思う。退学しなさい。芝居の道に本気で行けばいい」と著者は申し渡した。すると、サトウユキは、その足で退学届けを出しに行った。それからあとは風の便り。日大芸術学部に浪人して入学し、映画学科でシナリオを研究したという。ところが、サトウユキは、40歳にして大学教員になったのです。今では、玉川大学リベラルアーツ学部の佐藤由紀教授です。すごいですね。
 ここでは、著者とサトウユキをめぐる不思議な因縁の人々の紹介は省略します。
おまけの話として、著者は一橋大学に最高点をとって首席で入学したので、入学式で新入生総代として誓詞を朗読しました。ちなみに、著者の出身高校は、山梨県立富士河口湖高校で、新設高校の1回生でした。
 実は、私も大学ではなく、高校入学のとき、新入生を代表して宣誓文を読んだことがあるのです。当時は、そこそこの進学校である県立高校に1番で入学したらしいのです(卒業のときは2番だったと思います。理数科クラスにいましたが、数学の成績が今ひとつでした)。そして、このときのことで覚えているのは、打合せのとき、「披瀝」(ひれき)という字を読めず「披露」と読んでしまったことです。「おまえ披瀝も読めないのか」と教師に言われたのです。すごいショックでした。このとき、そうか、世の中には知らないことがたくさんあること、そして、身につけておかないと、こうやって馬鹿にされるんだな、そう実感しました。ついでに言うと、中学3年生の実力テストの試験問題に「一入」の読み方が出ましたが、これも読めませんでした。「ひとしお」と読みます。辞書(角川国語辞典)によると、染め物を染料の液の中に一度入れることで、はっきり色がつくことからとあります。
世の中には知らないことがまだまだたくさんある、知れば知るほど世の中は深く味わうことができる。これが今の私の心情です。
 東京からの帰りの飛行機のなかで一心に読みふけりました。いい本です。ご一読をおすすめします。
(2024年12月刊。2300円+税)

ブラック企業戦記

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 ブラック企業被害対策弁護団 、 出版 角川新書
 昔ながらのタコ部屋のようなところに寝泊まりしながら働かされていたという人の訴えを私も聞いたことがあります。なんですぐに逃げなかったのかと尋ねると、ともかく怖かった、自分が逃げたら新兄弟にどんな仕返しされるか分からないし…、という話でした。経営者は本物のヤクザだったようです。
 この本では、一見するとまともな会社なのですが、会社のなかはひどくて、まるで治外法権の無法地帯。社長は、オレが王様なんだから、従業員はみんなオレの言うとおり奴隷になって働け、そんな会社と社長がフツーに登場します。
この本のオビには、こう書かれています。日本中に存在する、驚きの無法地帯。会議で社長がハグを強要。上司が若手社員を丸刈りに。0泊4日の寝させない新人研修。
いやはや、驚くばかりのトンデモ会社(ブラック企業)がこんなにもあるんですね…。
 しかも、弁護士が本人(労働者)と一緒に闘い、それなりの成果をあげて解決したあと、その会社は、今も存続しているというケースがいくつも紹介されています。ということは、今も新しい被害者が生まれているだろうということです。
ともかく、無理なガマンなんかせずに、この最強の弁護団をふくめて、周囲にSOSを発信して、動き出すことが大切だと、つくづく思います。ノイローゼが昂(こう)じてうつ病になり、自殺を図るなんて、最悪の事態は、なんとしても避けましょう。
 ハローワーク、そしてインターネットの求人広告に書かれている労働条件はウソだらけ…。ホント、多いんですよね、この手の話は…。
ブラック企業の経営者には3つのタイプがある。その一は、違法だと自覚したうえで、もうけのためには手段を選ばないという者。その二は、社長は万能だと勘違いしている者。中小企業のワンマン社長に多い。その三は、違法なのかどうか考えない、気にしないノーテンキな者。
労働者がブラック企業と闘うとき、もちろん主張を裏付ける証拠があったら、断然、有利になる。そのとき有効なのは録音。自分の身を守るためなのだから、相手の同意なんか必要ない。しっかり録音しておき、それを文字起こし(録音反訳)する。
事実に反する反省文を書かされることがある。もちろん、書かないほうがよい。でも、書いてしまっても、決して挽回できないわけじゃない。書かされた内容が違うというのをより詳しくして反撃したら、裁判所も「反省文」を無効にしてくれることがある。要は簡単にあきらめてはいけない、ということ。
 「我々の業界では、どこも労働基準法は適用されていない。我が社のような中小企業に労働基準法が適用されたら、我が社はつぶれてしまう」。社長が堂々と、こんなことを言って「反論(弁解)」する。でも、そんなものは適用しないのです。
 不当解雇の話もありますが、なかなか辞めさせてくれないというケースもあります。そこで退職届出を代行する「便利屋」が登場します。しかし、退職条件をめぐって会社と交渉するまで行ったら、それは明らかに弁護士法に違反するものです。
 「うちの会社では、残業は承認制。だから、承認していないので、残業代なんか支払いません」。これは法の無知を告白しているに過ぎません。残業代を請求するときには、会社の黙示の承認があれば十分なのです。「承認」の有無は関係ありません。
このブラック企業被害対策弁護団には福岡の弁護士も入っていて、木戸美保子、前田牧、光永享央、星野圭弁護士も執筆しています。たのもしいです。すばらしいことです。
 本当は、こんな新書なんて必要ない社会でありたいものですが、そんなことは言ってられないのが現実です。今、若い人に広く読まれてほしい新書です。私も心から応援しています。
(2024年12月刊。1060円+税)

最高裁判所と憲法

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 泉 徳治 、 出版 岩波書店
 とても常識的で、まともな指摘が満載の本です。最高裁判決の間違いをズバリズバリいくつも指摘しています。ホント、そうなんだよな、つくづくそう思いました。
 たとえば、弁護士にとって、身近な話である、警察署の面会室で、弁護士がアクリル板ごしに被疑者を撮影したからといって、庁舎内の規律・秩序・安全が脅かされ、逃亡、または罪証隠滅の恐れが生じるというようなことはありえない。著者はこのように断言しています。まったくその通りです。
 弁護人が撮影した写真を利用して逃亡や罪証隠滅にあたる行為をする恐れがあると言っているに等しい判決は、憲法で認めている弁護人依頼権、接見交通権それ自体を否定するに等しい議論だ。そのとおりだと私も思います。
 面接室内での弁護人による写真撮影禁止の根拠は法務省矯正局長通達があるだけ。法律ならともかく、行政内部の通達で憲法34条前段で保障された写真撮影権を制限することは、法律の留保原則にも反している。そのとおりです。精一杯、拍手します。
 また、著者は、憲法34条前段の解釈として、逮捕段階から被疑者の国選弁護人選任請求権が認められるとしたうえで、さらに、捜査機関の被疑者取調べに対する弁護人の立会権も認められると解すべきだとしています。
 著者は、このような見解の根拠として国連の自由権規約14条3項には、弁護人立会権も明記されていることをあげています。そして、結論として、社会経済活動におけるグローバル化が進んでいる今日、刑事手続も国際水準に近づけるべきだと強調しています。
 そこで、こんなことを言っている著者はいったい何者なのかというと、すごい経歴なのです。最高裁の調査官、民事・行政局長、人事局長、事務総長を歴任したうえで、最高裁の裁判官を6年2ヶ月つとめています。まさしくミスター最高裁とも言える当局サイドの人なのです。
 しかし、著者の論理展開はあくまで常識的であり、穏当そのものです。
 最高裁判決の誤りとして真っ先にあげられているのは、1978(昭和53)年10月4日のマクリーン判決(大法廷判決)です。この判決では、法務大臣は憲法の拘束を受けずに外国人に対する退去強制関係の処分を行うことが出来るとされているけれども、国の行政は憲法の枠内で執行すべきものなのだから、法務大臣が退去強制関係の処分を行うについても、憲法による拘束を受けるものである。したがってマクリーン判決は明らかに間違っている。まことに論旨明解です。
さらに、入国者収容所長等が入管法に基づき行う身体に対する強制力の行使について、東京地裁は、自由権規約は所長の裁量権を制約しないと判示したが、これはマクリーン判決の誤った判示を、マクリーン判決も触れていない身体に対する強制力の行使にまで及ぼすもので、二重の誤りを犯すものだと厳しく指摘しています。
マクリーン判決の誤りの影響下にある裁判実務を指摘し、それを払拭するには、弁護士も裁判官も、もっと条約のことを勉強する必要があると著者は繰り返し強調するのです。
 ところで、日本でもヨーロッパ人権裁判所の判例を積極的に引用した判決がいくつかあるそうです。都議会議員選挙の定数が人口比例原則に応じていないことについての最高裁令和4年10月31日判決についても著者は誤っていると断じています。定数是正は議会にはまかせられない、それを是正するのは裁判所の果たすべき役割だとしています。これまた、まことにもっともだと思います。
 著者は神田の古本屋街をよく歩いているようですが、そのなかで司法関係者の随筆を埋もれたなかから掘り出して、本書でコラムとして紹介しているのも興味深いものがあります。
一番驚いたのは三ヶ月章の親友で特攻隊員として戦死した人に捧げた追悼本です。数冊しか製本したうちの1冊を入手したのでした。すごいことです。また、最高裁ウィスキー党物語と題するコラムは、かつての古き良き時代を感じました。私の50年前の司法修習生のころにも、裁判官室の机にウィスキー瓶が入っているという話はよく聞いていました。検察修習のときは、夕方の閉庁時間になる前から修習室で検察教官を含めて酒盛りが始まっていました。今では、もちろん考えられません。
 著者からありがたくも贈呈を受けましたので、早速、机の上に置いて読みはじめて、書面作成のあいまに数日かけて読了しました。大変勉強になった刺激的な本です。ありがとうございます。
(2025年4月刊。5800円+税)

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