法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 司法

破産者オウム真理教

カテゴリー:司法

著者:阿部三郎、出版社:朝日新聞出版
 今から、もう20年近くも前のことになるかと思うと、感慨深いものがあります。
 1989年11月4日、横浜の坂本堤弁護士(33歳)とその奥さん(29歳)と長男(1歳)がオウム真理教に虐殺されてしまいました。真犯人はなかなか判明せず、「神隠し」にあったような状況が続きました。私も、坂本弁護士一家の住んでいた横浜市磯子区のアパートを日弁連の理事の一人として現地を見に行ってきました。このとき、占い師というのは、本当にあてにならない存在だということを実感したものです。誰ひとりとして犯人がオウム真理教であること、既に全員が殺害されていること、3人の遺体は分散して山中に埋められていることを当てることはできませんでした。
 この本は、そんな殺人者集団であるオウム真理教に破産管財人として関わった弁護士の体験記です。私も弁護士として、大いに勉強になりました。それにしても、こんな犯罪者集団に今なお「信者」がいて、活発に活動しているという世の中の不可思議さに、驚きを禁じえません。いったい、世の中って、どうなっているんでしょうか・・・。これって、冤罪でもなければ、国家権力による不当弾圧事件でもないと私は確信しています。
 東京の公証役場事務長拉致事件が起きたのは1995年2月末。事務長の妹がオウム真理教の信者であり、逃げ出したために、その所在を聞き出すために拉致されて麻酔薬を注射され、翌日には死亡した。そして遺体は上九一色村内の教団施設で焼却されていた。
 そして翌3月の20日に、地下鉄サリン事件が発生する。私も月に1度以上は東京の地下鉄を利用していますが、霞ヶ関駅で化学兵器による無差別テロ事件が起きたのです。12人の死者と5500人のサリン中毒症の被害者が出ました。
 破産管財人を引き受けたのは、元日弁連会長。もちろん一人ではやれません。有能な弁護士補佐として、東京・大阪の4人の弁護士を常置代理人として選任しました。
 ところが、破産管財人事務所探しで難航する。それはそうでしょうね。誰だってそんなことに事務所を貸したくありませんよね。せっかくいい物件が見つかっても、全面ガラス張りだったりして、安全性の確保に難点があったりします。
 そして管財人の身辺警護のため、自宅には24時間丸ごとの警備体制がしかれるのです。外に2人、内に2人の警察官が常駐するというのですから、大変です。これが3年も続いたのです。いやあ、本当に大変なことですね。
 オウム真理教の破産申立は、はじめは被害者側がしました。しかし、それでは、破産宣告後に必要となる莫大な費用の負担が難しい。そこで、国が別に破産申立を行い、管財業務に必要な費用の多くは、国の納める予納金でまかなうことにした。いやあ、なるほど、こういう方法があったのですね・・・。なにしろ、1ヶ所の警備費用だけで月に30万円、宣告後1年間に概算4412万円というのですから、国の支援なしには、とうていできないことです。
 オウム真理教の建物の解体費用について、危険施設の解体は自衛隊の訓練になるという理屈から、自衛隊の予算から出してもらったとのこと。なーるほど、ですね。
 さらに、オウム真理教の被害者救済のため、一般的な基金をつくって、寄付の受け皿をつくったり、また、一般債権者には被害者への配当率を高めるために残債権の譲渡をしてもらったりという工夫もなされています。こうやって、被害者への配当率は37%近くにまでなったのです。
 12年間に及んだ大変な管財業務を1冊の本にコンパクトに要領よくまとめて紹介していただきました。いろいろ勉強になりました。感謝します。
(2008年6月刊。2400円+税)

冤罪を追え

カテゴリー:司法

著者:朝日新聞鹿児島総局、出版社:朝日新聞出版
 鹿児島で起きた志布志事件は単純な「冤罪」事件ではない。警察官(やり手と評判の警部補と署長)が無実の人に初めからありもしない「犯罪」(買収)を押しつけてデッチ上げたものだ。捜査当局が誤って罪のない人を有罪にしてしまったという「冤罪」事件とは違って、故意犯であり、悪質きわまりない。
 そこで著者は「虚罪」という言葉をつかおうとします。でも、私には、こんなときに「虚罪」というのは胸にピンときません。これって、まさに警察官の犯罪、国家権力の濫用罪そのものではありませんか。こんなとき、「虚罪」というのは、むしろあいまいな言い方に聞こえてしまいます。
 この本を読んだ私がもっとも驚いたのは、朝日新聞に対して志布志事件はおかしい、デッチ上げ事件だと内部告発していた警察官が複数いたという事実です。やはり、警察官にも正義感を失っていない人がいたのですね。こういう人がいたから、警察組織の巨悪をいささかなりともチェックできたわけです。その内部告発の勇気を私は大いにほめたたえたいと思います。
 志布志事件では、13人が公選法違反で起訴された。中山県議(当時。そして、今、再び県議)を当選させるために4回の買収会合を開いて計191万円が配られたという容疑である。被告たちは長く勾留された。最長395日間(中山県議)、最短でも87日間。
 「お前を死刑にしてやる」
 「認めれば、すぐにここから出れる」
 「認めないと地獄に行く」
 これは取調べにあたった刑事のセリフ。家宅捜索はのべ50回以上。ところが、買収の物的証拠は出てこなかった。志布志では、「うそつきは警察のはじまり」とまで言われるようになった。あちゃー、こんなことを言われるようになったら、日本の警察はガタガタと崩れてしまいますよね。
 鹿児島県警は本部9階に「公判対策室」をかまえた。担当した特捜班長など捜査の中心人物たちが裁判対策のために集められた。
 ところが、地検と県警とが裁判対策のために会合を重ねていたときの協議会議事録が朝日新聞の手に渡ったのです。それほど正義に反したひどい協議内容だったということです。検事が裁判維持で頭をかかえていたことがよく分かります。
 捜査官が取調べのとき小票(こひょう)というものをつくっていたことを私も初めて知りました。それなりに長い刑事弁護人としてのキャリアがある私でも知らないし、見たこともないものです。事実を争うような事件では、私も、この小票を出すように検察官に要求してみようかと思います。
 それにしても、志布志事件は「踏み字」といい、捜査官が闇の中で勝手放題のことをしてしまうことの恐ろしさを実感させられます。そのためにも取調の全課程を録画する必要があるというのは、よく分かります。
(2008年5月刊。1500円+税)

公事宿の研究

カテゴリー:司法

著者:瀧川政次郎、出版社:早稲田大学比較法研究所
 1959年に出版された本です。古本屋で入手しました。江戸時代の公事宿について研究した古典的な本です。本好きの私は、古書目録もみていますし、東京・神田の古本屋街もたまに歩いています。本が手に入らないときには、インターネットで古本として注文して入手することも多くなりました。
 江戸時代の公事宿は、公事訴訟人の依頼に応じて、訴状その他の訴訟に必要な書類を代書し、目安裏判のもらい受け、裏判消し等の訴訟手続を代行するのみならず、奉行所の命を受けて訴状の送達を行い、宿預けとなった訴訟当事者および訴訟関係人の身柄を預かるなど、公務の一端を負担していた。公事宿の制度は、江戸時代の司法制度の一翼をなしていたのである。
 公事宿には、訴訟に必要な諸書類の雛形が備え付けられてあり、公事宿の下代(げだい)などは、それによって書類を勘造していた。
 江戸時代、訴訟というのは、まだ相手方の立ち向かわない訴えであり、公事というのは対決する相手のいる訴訟事件である。訴訟には、また訴願の意もあった。
 江戸時代の訴訟は、これを出入物(でいりもの)と吟味物(ぎんみもの)との2つに大別することができる。出入物というのは、訴訟人(原告)が目安(訴状)をもって相手方(被告)を訴え、奉行(裁判官)がこれに裏書(裏判ともいう)を記載して相手方を白洲(法廷)に召喚し、返答書(答弁書)を提出せしめて対決(口頭弁論)、糺(ただし。審理)を行い、そのあと裁許(判決)を与える手続による訴訟のこと。
 吟味物というのは、捕方(警吏)の手で召捕(逮捕)り、あるいは奉行所の差紙(召喚状)をもって人を召喚して吟味(審問)する手続による訴訟。
 つまり、出入物は前代における雑訴であって、およそ今日の民事訴訟であり、吟味物は前代の検断沙汰であって、およそ今日の刑事訴訟事件である。
 吟味物は、国の治安に関するものなので、代人はまったく許されない。したがって、日本には江戸時代まで弁護人は存在しませんでした。ところが、出入物には、代人も許され、その資格は問われませんでした。
 公事宿は出入宿(でいりやど)とも呼ばれた。公事宿の主人・下代は吟味物には手を出しませんでした。公事宿の主人・下代は、江戸中期以降は、江戸幕府に公認された公事師である。公事宿は、公事宿仲ヶ間を組織し、その営業権を守るとともに、幕府の御用をつとめた。
 明治5年、代言人制度が制定されたとき、公事宿の主人・下代はおおむね代言人となった。江戸時代の庶民は、決して裁判所や訴訟を忌み嫌ってはいなかった。それどころか、裁判所を人民の最後の拠り所と信頼して、ことあればこれを裁判所に訴え出て、その裁決を仰いだ。裁判所(奉行所)といっても、行政と司法は一体であった。
 奉行所・評定所の開廷日には、訴訟公事は大変繁忙しており、想像を上まわる。腰かけるところがなく、外にもたくさんの人がつめかけた。早朝から300人もの人が殺到している。このように描かれているのです。
 まことに、実のところ、日本人ほど、昔から裁判(訴訟沙汰)が好きな民衆はいないのです。例の憲法17条の「和をもって貴しとなす」というのも、それほど裁判に訴える人が当時いたので、ほどほどにしなさいと聖徳太子が説教したというのが学説です。
 この本には、公事宿に関する古川柳がいくつも紹介されています。それほど江戸時代の庶民にとって公事宿と裁判は身近なものであったわけです。
 諸国から草鞋(わらじ)踏み込む 馬喰町
 馬喰町 人の喧嘩で蔵を建て
 馬喰町 諸国の理非の寄る所
 鷺と烏と泊まっている 馬喰町
 これらは公事宿の多い馬喰町についての古川柳です。
 ところが、公事宿の本場は、丸の内に近い神田日本橋区内にあったそうです。
 江戸の公事宿は200軒ほどあった。1軒の公事宿が2人の下代を置いていたとすれば、江戸で訴訟の世話をして生活している人が500人ほどであったということになる。
 江戸の公事宿は本来が旅館業者であり、大坂の公事宿は本来が金貸し(高利貸)である。
 江戸時代の裁判所の事物管轄は複雑だったので、どこに訴えたらよいのか、簡単には分からない。そこで、公事師が必要となった。
 幕府当局は、人民が訴訟手続に通暁して「公事馴」するのは健訴の風を助長するものとして、法律知識の普及を欲しなかった。だから、一般庶民は、法律を知っていても、奉行所に出頭したとき、法律のことはまったく知らないという顔をしているように装うようにしていた。
 実のところ、かなり詳しく法律のことを知っていたことが、この本によってよく分かります。日本人は昔から、それほどバカではなかったのですよね。
(1959年12月刊。300円)

性犯罪被害にあうということ

カテゴリー:司法

著者:小林美佳、出版社:朝日新聞出版
 読んでいるうちに思わず粛然とした思いになり、襟をただされ、背筋の伸びる思いがしました。若い女性の悲痛な叫びが私の心にもいくらかは届いた気がします。
 24歳の夏、私は見知らぬ男2人にレイプされた。道を聞かれ、教えようと近づいたところを、車内に引きずりこまれた。犯人はいまも、誰だか分からない。
 その夜から、私は生まれ変わったと思って過ごし、放たれた矢のように、何かに向かって飛び出した。
 この本は、このような書き出しから始まります。レイプされてからの著者の痛ましいばかりの変わりようが、淡々と描写されていきます。何回となく吐き気を催したという記述があり、読んでいる私のほうまで気が重くなり、胸に重たいしこりを感じました。
 警察に届けに行き、警察官から被害者としての取り調べを受けたとき、著者は被害の事実をありのまま語ることができませんでした。
 事実と嘘が、めちゃくちゃだった。聞いて助けてほしい気持ちと、知られたくない、離したくない、思い出したくない気持ちがまざり、中途半端な証言になってしまっていた。警察とよりは他人に対する防衛本能、拒否感は自然に芽生えていた。
 たとえ相手が警察とはいえ、初対面の人をいきなり信用することができなかったのかもしれない。冷静に、いま起こったことの順を追って話せるほど気持ちも落ち着いていなかった。自分さえ、夢だと言い聞かせていたのだから。
 著者は、事件後、職場を欠勤も遅刻もしなかった。そのとき、事件のことを隠すことや言えないことへの疑問や反感、悔しさがあり、事件そのものを偽って伝えることに抵抗があった。どこまでを他人に話し、どこからを隠したらよいのか判断がつかず、本当は誰かの口から休む理由を伝えてほしかった。毎日の生活は、いつもと変わらない日常をこなすことで精一杯だった。仕事や社会生活など、周りに他人がいて事件のことを公言できない場での私の生活は、何かあったと悟られないように過ごし、それまでと変わらないように見えていたはずだ。しかし、一人の時間には、それまでと同じ生活はまったくできなくなっていた。
 食べることも忘れてしまう日々が続いた。ひと月で13キロも体重が落ちた。そもそも、生きる気力を失った人間が、食べようと思うわけがない。辛くて食べられないのではなく、食べる必要がなかった。だから、お腹も減らなかった。昼休みは飲み物を片手に、一時間、ずっと歩き続けていた。
 セックスで理性が外れることが、とても怖かった。自分の快楽だけのために時間を過ごしている人のために、苦痛に耐えさせられることがとても悔しかった。うむむ、なるほど、この表現って、なんとなく分かりますね。
 カウンセリングは、決して弱い人が行くところではない。自分の考えや気持ちに気づきはじめた人が、他人に合わせることに違和感をもちはじめたとき、その違和感を取り除く方法を見つけに行く。カウンセリングは、そんな場である。
 人が人を裏切った瞬間が、とても汚いものに思えて寂しいし、悲しかった。加害者が著者に手をかけた瞬間は、加害者が道を教えようとした著者の信頼や親切を裏切った瞬間なのだ。その一瞬の信頼を裏切られたときのショックは大きかった。
 著者の顔写真が表紙にのっています。いかにも寂しげです。信頼を裏切られた思いを今も重くひきずっている表情です。
 忘れることのできる体験ではないと思いますが、ぜひ前を向いて生きていってほしい。私は心からそう思います。それにしても、恐らく私とほとんど同じ世代であろう父親の対応が残念でなりませんでした。子どもにもっと寄りそう柔軟性があっても良かったのでは・・・、そう思いました。私も、あまり偉そうなことは言えませんけれども。
(2008年4月刊。1200円+税)

死刑

カテゴリー:司法

著者:森 達也、出版社:朝日出版社
 死刑判決が急増している。2006年の1年間に出た死刑判決は、44件。地裁13人、高裁15人、最高裁16人。1980年以降、もっとも多い。地裁での死刑判決は3倍にも増加している。
 アメリカでは死刑の執行は、通常、金曜日の午前2時。その週の火曜日に死刑囚は執行室隣の監房に移される。区画内は自由に出入りできるし、外部への電話も自由。処刑の日時は死刑囚の家族にも連絡され、最後の面会がある。
 処刑の立会人は16人。公的立会人4人に加え、被害者遺族や死刑囚の親族の立会も可能。メディア関係者5人の枠もある。
 日本では死刑存置の声が急増している。死刑廃止6%に比べて、81%。「どんな場合でも死刑廃止という意見に賛成か!」と問われると、賛成は16%弱で、反対は66%強である。日本は少し異常としか言いようがない。
 すでに世界では死刑廃止が大勢である。死刑廃止国133ヶ国に対して死刑を実施する国は半数以下の64ヶ国。アジアと中東とアフリカの一部でしかない。ヨーロッパはみな死刑を廃止した。EU加盟の前提になっている。
 カナダでは1975年に死刑を廃止してから、殺人事件が大幅に減少したというデータを政府が発表した。私も、この説です。死刑がなくなれば、かえって治安は良くなるのです。死刑を存続させているアメリカなんて治安が悪化する一方なのです。
 死刑になりたいから人を殺す。犯罪大国でもあるアメリカでは、そんな実例がいくつもある。そうなんです。先日の秋葉原の連続殺傷事件もそうだったと思います。
 私は誰がなんといっても死刑廃止派です。国家が人間を殺すなんて許されません。もちろん、人が人を殺すのを許すつもりはありません。でも、単純な報復主義がはびこる社会は悪い方向にすすむだけだと確信しています。カナダの実例があるわけです。
 死刑について考えさせてくれるいい本だと思います。
 今の法務大臣は私とまったく同世代です。これまで既に13人の死刑囚を処刑してしまいました。私は、せめて死刑執行を停止して、もっと真剣にそもそも犯罪をなくすにはどうしたらよいのか、報復主義を横行させていいのか、被害感情優先でいいのか、正面から社会全体で議論すべきだと考えています。目には目を、歯には歯を、では決して安心して生活できる社会を築いていけない、これは35年間の弁護士生活を通じた実感です。
(2008年1月刊。1600円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.