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カテゴリー: 人間

しゃにむに写真家

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 吉田 亮人 、 出版 亜紀書房
これは面白い。読ませます。私は何の期待もせず、車中で読みはじめました。ところが、なんとなんと、ええっ、そ、そんなことを奥さんから言われて写真家を志(こころざ)しただなんて…。信じられない展開が次から次に登場してきて、まったく目が離せません。車内放送もまったく耳に入らないうちに終点となりました。いやはや、とんだ経過と修行の結果、ついに立派な写真家になったのですね…。
写真家になる前は小学校の教員、5年目でした。奥様も同じ仕事。その奥方が、夫に向かってのたまわった。言葉は次のとおり。
「この家に公務員は2人もいらん。1人でいい。だから、あなたは教員やめて」
ええっ、なぜ…。
「自分の手で自らの人生を切り拓いて、道をつくっていってる姿を子どもに見せるのが親の役目…」
ふむふむ、なるほど、それで…。
「私は安定の道を進むから、あなたはいばらの道を行って。そして荒波を突き進んでいって、私と子どもに、その先に見つけた新しい風景を見せてほしい。父親って、そういう姿を子どもに見せるべきなんだから…」
ええっ、これって本当に言われたの…。信じられなーい。
夫として、父として、一人の人間として、この一度きりの人生をどう全うするのかという大きな命題を妻からいきなり突きつけられた。さあ、どうする…。
一晩寝て、翌日、著者は教員をやめると妻に告げ、妻はそれを受け入れた。では、何をやるのか…。思いつきのようにして写真家になることになった、のです。
それを知って、著者の父が宮崎から京都へやってきた。断乎反対、息子の転職を食いとめようと思って…。ところが、妻が夫の父に断乎として応対した。
「私たちはこう生きていくって決めたので、それを暖かく見守ってもらえませんか」
夫の父は、もちろん承知しない。
「あんたたちの人生はオレたちの人生でもあるとぞ」
「私たちの人生は、おとうさんの人生ではないです。私たちがどう生きようと、誰も口出しできる権利はありません。これ以上、何も口出ししないでください。うまくいかなかったら、私に見る目がなかったと思いますし、恥ずかしい思いも甘んじて受け入れます。何もせず、ただ、見守ってやってください。それが親の役目だと私は思います」
ドラマのセリフでも、こんな見事なタンカを私は聞いたことがありません。思わず、息を呑むほどのすごさです。そして、著者は妻のタンカに発破をかけられ一念発起して、一路、写真家へ成長をたどる…。なんてことはありません。それはありえないことです。それほど職業家としての写真家になることが甘い道であるはずがありません。でも、ともかく著者は現場に通い続けたのです。もちろん、奥様の支えがあってのことです…。
とりあえず著者は、2010年8月から2ヶ月間、インドを自転車で走破する旅に出ました。これまた、すごい、すごすぎます…。しかし、辛い日々でした。途中で、著者が唱えた呪文は、なんと…。「もう帰りたい、日本に帰りたい、今すぐ帰りたい」
そう言いながら、一本道を毎日70キロから100キロも自転車で走ったのでした。よく身体がもちましたね。そして無事でしたね…。
自分で発案した旅なので、誰も責められない。自分を徹底的に恨んだ…。ところが、人との出会いで、元気をとり戻してもいくのです。行く先々で人々から親切にしてもらったというのですから、よほど著者の人柄がいいのでしょうね…。
途中で、インドの染織工芸品をつくる工場に入っていった。そこの労働者たちは、こう言った。
「仕事を楽しいと思ったことはない。大変だと思ったこともない。嫌だと思ったこともない。なぜなら、これは神から与えられた仕事だから。オレたちは、それをやるだけなんだ…」
うむむ、しびれますよね、このセリフ…。
日本でカメラマンとして仕事を始めたころ、著者をつかってくれた人がこう言った。
「今日、ずっとキミの仕事を見ていたけれど、正直ものすごく不安だった。頼んだ側に現場で不安をいだかせるようなカメラマンではダメだよ。キミには仕事が来ないと思うよ」
いやあ、きつい言葉ですね。著者の頭が真っ白になったそうですが、当然ですよね…。
カメラマンの腕というのは、撮影技術はもちろんのこと、撮影現場を主体的に回し、雰囲気をつくり、適格に撮影していく能力にあらわれる。雰囲気をつくるだけでなく、商品そのものやモデルそしてセットも細やかな気配りをしながら、現場全体を冷静に把握する能力が必要だし、クライアントや政策チームに対してより良い提案をする積極性、そして臨機応変さも必要。そのどれをも的確に丁寧にやってのけてこそ、はじめて信頼してもらえる。なーるほど、プロとはそういうものなんですよね…。
写真は誰でも撮れる。でも、写真は誰でもは写せない。「写す」ためには、自分の中にある、自分だけの情熱が必要。カメラという道具を何も考えずに使えるようになるころ、新しい表現が生まれる。最初は広く見る。そして、そこから深く潜ることが大切。
バングラデシュのレンガ工場で働く労働者の写真の迫力は、まさしく圧倒的です。その目つきの鋭さには言葉を失ってしまいます。写真家になるというのが、本当に大変なことなんだっていうことがよくよく分かる本です。
もしも、疲れたなっていう気持ちに浸っていたら、ぜひ読んでみてください。何かが、きっと得られると思います。
(2021年2月刊。税込1760円)

あなたは、こうしてウソをつく

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 安部 修士 、 出版 岩波科学ライブラリー
人間はよくウソをつく。アメリカの研究では人は平均して1日に1回、学生だと2回、ウソをつく。日本でも学生が1日に2回ウソをつくというレポートがある。
ええっ、本当でしょうか…。まあ、ウソも方便というように、たしかに潤滑油になることもありますよね…。私は弁護士として、「許されたウソもある」とよく言います。なんでもバカ正直に言えばいいというものではないからです。
ウソとは、意図的に相手をだますような、真実でない言語的陳述。「意図的に」とは、「故意に」ということ。
ウソをつく理由。
①自分のためか、他人のためか。
②利益を得るためか、不利益や罰を避けるためか。
③物質的な理由か、心理的な理由か。
ウソをつく理由は多様で、複合的である。
ウソは、人間が円滑な社会生活を営むうえで必須のルールでもある。
ウソは簡単には見抜けない。言いよどみ、言い間違い、声の高さや話す速さ、視線やまばたきなど、顔から得られる情報もある。手や足、頭の動きや姿勢など、さまざまな体の動きも手がかりになる。しかし、これらの手がかりに着目(こだわる)すると、むしろウソを見抜けなくなることもある。
脳波の研究では、虚偽検出にはP300と呼ばれる電位が有効だと考えられている。
fMRI(機能的磁気共鳴画像法)は、脳の深部の活動をとらえるのを可能にする。しかし、虚偽検出のためのツールとして有効に使えるものではない。
人間の記憶は、ビデオカメラのように正確なものではない。自分のでっち上げたウソが時間の経過とともに、記憶の中で真実として置き換わってしまうことがある。
人間には一度ウソをついてしまうと、その後もウソをつき続けてしまうことがある。
男性は女性よりも利己的なウソをつくことが多く、利他的なウソは女性に多く見られる。
男性の利己的なウソは相手が男性のときに多く、一方で女性の利他的なウソは相手が女性のときに多い。
若い人ほどウソをつきやすい。ウソの頻度は、発達とともに上昇し、青年期にピークとなり、その後は下がっていく。
知能が高ければウソをつきやすい、あるいはウソをつきにくいといった単純な関係性はない。
人間は3歳児からウソをつけるようになる。4歳~5歳児は、間違いとウソの違いを区別できる。
自然に発現する正直さは、人間の本質的な善の要素を示しているが、同時に、誘惑への克己をもとに発言する正直さも、人間が理性によって善を実施できる一例。
性善説と性悪説は連続体として考えるのがより適切。
この本を読みながら人間とウソとの関係を考えてみました。よくよく弁護士って、日常にウソにまみれた職業でもあります。なので、身近なものとして面白く読み通しました。
(2021年1月刊。税込1430円)

百姿繚乱

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 嵐 圭史 、 出版 本の泉社
前進座で活動していきた嵐圭史の舞台生活70年の雄姿を紹介する写真集です。そのすごさに思わず息を呑みます。
嵐圭史の初舞台は、なんと1948年。私の生まれた年です。8歳で初舞台とは…。そして80歳の今も、前進座こそ離れましたが現役の役者です。すごいものです。並の根性ではありません。残念なことに、私が前進座の舞台を観劇したのは2回か3回ほどしかありませんし、何をみたのかも覚えていません。
ながらく前進座を支える柱である幹事長をつとめていて、70歳のときに後進に託したとのこと。いさぎよい身の退き方です。たくさんの舞台が見事な写真で紹介されています。1972年の「子午線の祀り」の嵐圭史は凛々しい若武者です。
1991年には「国定忠治」を演じ、唐丸籠(とうまるかご)に入れられています。
1997年に新しい国立劇場がオープンしたときには「夜明け前」を加藤剛とともに演じています。
嵐圭史が佐倉宗五郎を演じた「佐倉義民伝」はみた気がしますが、定かではありません。
嵐圭史が太閣秀吉をコミカルに演じた「大いに笑う淀君」という舞台があるそうです。
時代劇も嵐圭史の雰囲気にぴったりですよね。「瞼(まぶた)の女」の忠太郎は、いなせな浪人姿で決めています。
私は、ひところ山本周五郎にしびれていました。嵐圭史も「さぶ」を演じています。ぜひ、みたかったです…。
私の敬愛する井上ひさしの「たいこどんどん」では、アホな若旦那役を嵐圭史は見事に演じました。楽しい舞台だったと思います。
ちょっと変わったところでは、嵐圭史は親鸞になったり、日蓮になったり、また蓮如にも、と大忙しです。また、鑑真にもなっています。プロは本当になんにでもなれるのですね。さすがです。100頁足らずの濃密な写真に圧倒されました。
(2020年8月刊。2700円+税)
 
 歩いて5分の小川にホタルが乱舞しています。孫たちと一緒に見に行きました。ちょうど目の前に飛んできたので、両手でそっと包みこみ、孫の手のひらに移してやりました。小学1年生の孫は、つまんでみようとしますので、「見るだけ、見るだけ」と注意します。2歳の孫のほうは初めてのホタルに、少しおっかなびっくりで、こわごわ兄の手のひらのホタルをのぞきこみました。上の孫が、そっと手を開いてやると、ホタルはフワフワと飛び去ります。いつ見てもホタルはいいですよ。童心に返ることができます。

ちひろ、らいてう、戦没画学生の命を受け継ぐ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 小森 陽一 ・ 松本 猛 ・ 窪島 誠一郎、  出版 かもがわ出版
2020年の秋、「信州安曇野・上田、文学美術紀行」というツアー旅行が企画され、そのときの対談が本になっています。
私は日本全国、すべての県に行ったことが自慢の一つなのですが、まだ信州・安曇野にある「ちひろ美術館」をはじめとする美術館めぐりをしていません。実は昨秋、行くつもりだったのですが、コロナ禍によって流されてしまいました。そこで、今回はツアーの記録を読んで追体験しようと思ったのです。
この本で語られているのは、予想以上に深いものがありました。びっくりしました。
まずは、ちひろの絵です。「枯葉のなかの少年」で、男の子の服装が白いのは、秋の空気の色合いを見せるため。そして、足元に赤がないと絵が締まらないので、靴下は赤。なーるほど、ですね…。
ちひろが丹下左膳など剣豪を描くのが好きだという話には腰を抜かしてしまいました。ちひろのかれんな絵と剣豪の絵のイメージとのミスマッチからです。ところが、剣豪が瞬間的にピッと斬るときの気合がちひろには分かったという。いわさきちひろの絵は気合の勝負の絵なのです。
ちひろは、画用紙に向かって描き始めるまでの時間が長い。しかし、筆をおろしてからは早い。多くの場は、いっきに描いてしまう。そして、締め切りが必要だった。
ちひろは、「見せない」、「隠す」ところがあって、みる人の創造力をかきたてる。ふむふむ、すべては書き尽くさないのですね…。
少女の微妙な心理を連続した絵で描いたり(「あめのひのおるすばん」)、男の子の悲しみを表現するために、紙がむけるほど消しゴムで消しては描いている(「たたずむ少年」)。いやあ、こんな解説を聞かされると、ちひろの絵の深さにしびれてしまいますよね…。
らいてうの本名は平塚明子(はるこ)。夏目漱石の教え子だった森田草平と駆け落ちし、心中未遂事件を起こした。そして、漱石は森田草平をひきとって、自宅に2週間かくまった。さらに、漱石はらいてうの親に対して、草平が小説を書くことを了承しろと迫ったというのです。教え子の草平の苦境を救うためでした。
ところで、漱石の「草枕」に出てくる女性(那美)は、らいてうをモデルにしていたというのです。みんな同時代に生きていたのですね…。
この本の最後は、「無言館」の窪島誠一郎と小森陽一の対談です。これがまた読ませます。窪島の実父は水上勉。35年たって実父と面会し、また実母とも再会した。しかし、実母とは2回しか会わなかったというのです。いろいろあるものなんですね…。
窪島誠一郎の実父が水上勉だと分かってまもなく朝日新聞が大スクープとして紙面に紹介したいきさつは、不思議な人間社会の縁を感じさせます。要するに、このとき朝日新聞のデスクをしていた田代という人が、水上勉と同じ東京のアパートの隣室に暮らしていて、窪島のおシメを取り替えたこともあったというのです。こんな偶然も、世の中にはあるのですね…。
コロナ禍のせいで、思うように旅行できませんが、ますます信州の美術館めぐりをゆっくりしたいと思いました。このツアーに参加した元セツラー仲間から贈ってもらった本です。ありがとう。いいツアーでしたね。うらやましい。
(2021年3月刊。税込1870円)

腸内細菌が健康寿命を決める

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 辨野 義己 、 出版 インターナショナル新書
cacaミュージアムが福岡で開催中。これが先週のフランス語教室で話題になりました。フランス人講師は、フランスでは考えられないと断言します。でもでも、日本の子どもたちには、「ウンコ・ドリル」が大人気で、みんなベストセラーになっているようです。
この本の著者は私と同じ団塊世代。23歳から、この道一筋で研究してきた、「便の」先生です。なにしろ日本人2万人のウンチ(大便)を集めて、分析してデータバンクをつくりあげたというのです。すごいことです。
長寿の家系だと聞いたら、島に渡って、祖母・母・娘という三代の女性のウンチをいただいて帰って、分析するというのです。それが、まったく臭くない話なのですから、こうなると著者の人徳なのでしょうね。これまで著者が書いた本は150冊、研究論文は350報。これまた、すごいですね…。
腸は考える力をもつ重要な臓器。
医学的には、肛門から排泄されるのに72時間かかると便秘。24時間以上かかるのは便秘傾向。
日本人も欧米人も腸の長さは変わらない。人間は人種や食習慣が異なっても、腸の長さに違いはない。世にある誤解を解消すべき。私も誤解していました。肉食と穀物食の違いからくるものと思っていましたが…。
大腸が吸収するのは水分とミネラルくらい。その重要な仕事は、飲食物のカスをウンチに加工して留めておくこと。それでも、大腸は、よりよく生きるためには大切な臓器。
大腸は、病気の種類がいちばん多く、また多くの病気の発生源になっていたり、身体の調子を左右する臓器だ。
腸内細菌は、少なくとも500種以上、おそらく1000種類はある。ウンチ1グラムのなかには、なんと1兆個もの細菌がいる。うひゃあ、す、すごーい。それにしても、1兆個いるって、どうやってカウントするのでしょうか…。
1グラムのウンチのなかに、6000億個から1兆個近い腸内細菌がふくまれている。
良いウンチは酸性のもの、肉をたくさん食べる人のウンチはくさくなる。野菜や果物中心の食生活をしている人のウンチは、あまり臭わない。
便秘をしていない人に宿便はない。小腸の粘膜は3日毎に再生されている。腸壁から古い粘膜がはがれてウンチになって排泄されるから…。
腸は、人体のなかで最大の免疫臓器。腸は、免疫系の主戦場。また、人体のなかで最大のホルモン生産器官。
がん細胞のほとんどは大腸で生じている。野菜を食べないと、がんになるリスクが高まる。なので、食べた肉の3倍は野菜を食べたほうがいい。
腸から脳へ情報が伝わっている。
腸のセロトニンは、腸全体に運動の指示を出して、ぜん動運動を起こさせる役割を担っている。
腸内細菌は、人間の脳はもちろん、感情や健康に関与している。
もともと、脳の大もとは腸だった。
いやあ、すごい学者がいたものですね。同世代ですが、心から尊敬します。
(2021年2月刊。税込880円)

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