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カテゴリー: 人間

大学教授、発達障害の子を育てる

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 岡嶋 裕史 、 出版 光文社新書

 著者はコンピュータ屋。なので、たとえ話もコンピュータによります。

 知的障害はCPU(中央処理装置)がトラブルを抱えている状況。発達障害は入出力装置(コミュニケーション装置)がトラブルを抱えている状況。

大学教授である著者自身が大人になるまで発達障害をかかえて生きていたようです。高校には行かず、大検(現在は高認)で代替し、至福の5年間はゲームにのめり込んでいたのでした。私はインベータ―ゲームをやったことがありますが、1回か2回して、これは私には向かないと思い、以降、一度もゲームをやったことがありません。今もやりませんし、やろうとも思いません。そんなことをするより、本を読んでいるほうがよほど楽しいのです。あちこちの別世界に連れて行ってくれるからです。

 大学に入ってからも、著者はほとんど昼前に起きていなかったとのこと。さすがです。徹底しています。

 アスペルガー障害は、自閉症の軽症例。今では自閉症スペクトラム障害の中に含められれている。自分の好きなものには徹底的に執着するが、それ以外のものには極めて無関心。

 自閉症の子は、他者への興味がないため、自己と他者の区別があいまいではないか…。

 自閉症の子は、いろいろの不安をかかえて生きていえる。空恐ろしいほどおもちゃをぴったり整理整頓するのは、不安な世界を秩序化して安心を得る行為なのだろう…。

 発達障害は障害なので、治癒することはない。発達障害の子は知覚過敏が多い。

 日本の自閉症を取り巻く状況は、「早期発見・早期絶望」だと、よく言われる。

 長く学校に勤めていると、社会で必要とされる能力と偏差値がリンクしていることに気がつく。生活態度やコミュニケーション能力まで相関が認められる。ただし、異なる検査の数値を比べることは意味がない。

 人は、必ず、同じ属性のもの同士で群れる。

 自閉症の子は、人間相手のコミュニケーションは苦手でもコンピュータ相手のコミュニケーションは得意なことも多い。

 発達障害の子がeスポーツに参加するのは慎重だったほうがいい。親和性が高すぎるからだ。一度でもあの世界に潜ると、現実に帰ってくるのは苦痛になる。

自閉傾向の子は、人と人との距離感をつかみにくい。これは、物理的な意味でも、心理的な意味でも言えること。

 発達障害をかかえる自分の子を育てる体験にもとづく話ですが、妙に深刻にならず、とても読みやすいものでした。

 

(2021年2月刊。940円+税)

バッタ博士の異常な愛情

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 前野ウルド浩太郎 、 出版 光文社新書

 累計37万部という大変なベストセターになった『バッタを倒しにアフリカへ』の著者がバッタの婚活の研究も面白いけれど、自分の婚活は失敗の連続で、45歳の今に至るまで結婚へゴールインできていないことを告白した本です。

「異常な愛情」とありますので、著者は変態なのかと疑いたくなりますが、「恋愛と婚活の失敗学」というサブタイトルがついているように、中味は至って真面目で、そうか、そこでもう一押しだったんだけどな…と、つい思ってしまったりします。

今や婚活の主流はネットです。私の知る弁護士も、私の娘もネットで婚活して、成功しています。もちろん、うまくいく人ばかりではなく、失敗する人の方も多いのでしょうが…。

 昔のように、お見合いをセットしようという人は断然少ない世の中になっているのですから、ネットに頼らざるをえない現実があるわけです。

アプリには利点と欠点がある。相手の条件を重視するのなら、アプリのほうが使い勝手がよい。しかし、パネマジには要注意。パネマジってコトバを初めて知りました。お見合い用の写真を修正するのは戦前の日本にもあり、東京の有名な写真店には、地方からもわざわざ上京してきたのでした。

パネマジとは、パネルマジックの略で、写真を加工修正し、容姿を変えて良く見せる行為のこと。女性は朝でもスッピンではいけないそうですね。でも、私なんかスッピンのほうがいいと思うのですが…。

「今度みんなで行きましょう」と、「みんな」というコトバが使われたら、先方は警戒しているということ。なーるほど、ですね…。

デートまでこぎつけたあと、メールが送って返事が来なかったときは…。返事がないのが返事。これまた、そうなんですよね。

浮気をする人は、こりずに繰り返す。この点は、弁護士を長くしている私の経験からして、その確率は高いように思います。

この本によると、日本人男性の平均年収は570万円で、年収1000万円をこえるのは1割以下とのこと。私の住む街でいうと、この平均月収にはほど遠い状況にあります。なので、結婚したら「嫁を養う」なんて言う自信は出て来ません。女性が働いていたら大丈夫というわけにもいきません。子どもが産まれたら、妻はしばらく働けず、無収入になるからです。その点、著者は、ベストセラーによる印税収入があるから心配はないはず。でも、それでも女性はやはり心配するのでしょうね…。

婚活のネックは、女性は年齢、男性は収入。うむむ、なるほど、なるほど、難しいものです。結婚相談所を利用すると、お金をつぎこむほど確率は高まるとはいうものの、本当にマッチングできるか実は分かたないという不安もあります。いやあ悩ましい限りです。

私の場合は、大学生のときに交際していた女性とうまくいくかと思っていたら、結局、ふられてしまい、傷心しているとき、大学の先輩から紹介された彼女と結婚しました。紹介されてプロポーズまで3ケ月もあったでしょうか…。結婚は決心なのです。あれこれ悩むことはありませんでした。おかげさまで、子どもが生まれ、今では孫もいますので、嫁さんにはひたすら感謝するばかりです。

(2025年11月刊。990円)

骨のふしぎ

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 石井 優 、 出版 講談社ブルーバックス新書

 骨の骨組み(柱)はコラーゲン繊維から成り立っている。コラーゲン繊維は、分子量が10万で細長いコラーゲンタンパク質がたくさん集まって出来ている。コラーゲンタンパク質は、らせん状のバネのような構造をしていて、これが少しずつ重なり合ってできているのが、コラーゲン繊維。

骨粗しょう症には、症状がない。なのでかかっていても気づかない人が多い。骨粗しょう症は治療できる病気。

「古い骨」を壊すのを破骨細胞と呼び、新しい骨をつくるのが骨芽細胞。正常(健康)な骨では、この破骨細胞による骨破壊と、骨芽細胞による骨再生が釣り合っている。このバランスが崩れると、たとえば骨粗しょう症になる。

破骨細胞は骨の「古くなった部分」を探し出して、それを対象とし破壊している。その意味では賢い細胞である。決してランダムに手当たり次第に壊しているのではない。

骨をつくる成熟した骨芽細胞から放出される小胞は、別の骨芽細胞にくっつくと、その骨芽細胞が骨をつくるのを抑制する機能をもっている。

骨折したあとの復傷過程など、骨の代謝回転が亢進(こうしん)しているときには、破骨細胞と骨芽細胞の物理的接触が明らかに増強している。

骨は、カルシウムとリンの生体内最大の貯蔵庫としての役割を担っている。体内では、細網内に血液中のカルシウムの量が厳密に制御されている。その濃度を一定に保つために、必要に応じて骨からも血液中に動員する。このとき、破骨細胞が活性化して骨を壊すことで、血中にカルシウムを放出させる。

カルシウムは細胞内のシグナル伝達を担っている。これをセカンドメッセンジャーと呼ぶ。カルシウムは生命維持に必須の機能を担っており、枯渇すると死を意味するので、そのために骨という貯蔵庫がある。

リンは、食物から摂取され、通常、尿や便に排出されることでバランスが保たれている。生命の構成要素としては、リンは極めて重要であり、体内に骨という貯蔵庫があるのは合理的なこと。

リンは、カルシウムのように細胞内で濃度が劇的に変化したりすることはない。

カルシウムは生体にとって重要な元素だが、血中に過剰にあると毒性を発揮する。なので高カルシウム血症には迅速な治療が必要となる。

骨から分泌されて電解質代謝だけでなく、さまざまな系を制御する骨ホルモンが注目されている。その代表がオステオカルシン。骨芽細胞からつくられるオステオカルシンには、糖尿病や肥満の発症を抑制する可能性がある。

体の中の血液系細胞はすべて骨髄の中で生まれて育ち、全身へと流れていく。骨髄の中には、すべての血液系細胞を生み出す元となる細胞、造血幹細胞が存在する。

長期に記憶されている免疫細胞が、どこに潜んでいるのか、諸説あるが、骨髄内に潜んでいるというのが有力。

十分に理解したとは、とても言えませんが、骨は重要な役割を果たしていることを改めて認識しました。ところで、この本に紹介されていますが、フランス料理に「リ・ド・ボー」という、仔牛の胸腺をソテーしたものがあります。先日、東京のフランス料理店で久しぶりに食べました。とても美味しい高級食材です。 

(2025年5月刊。1100円+税)

意識はどこからやってくるのか

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 信原 幸弘・渡辺 正峰 、 出版 ハヤカワ新書

 哲学者(信原)と神経科学者(渡辺)が意識について対話した本(新書)です。

 人間の意識を機械に移すことで、不死を実現するという考えがあるそうです。でも、そのとき、生身の人間は滅びているのでしょうから、他者との対話は出来たとしても、親密な交流ができるとは思えません。

意識は胸のハートにあると昔は考えられていました。でも、今は頭の中の脳にあるはずです。ところが、脳で起きているのは電気信号の伝達であり、シナプスを介しての神経伝達物質の受け渡しです。つまり、純粋に物理的な事柄ですから、そこに意識があるというのには無理があります。

 結局、つきつめて考えたら、意識は機能だと結論づけるしかない。

 研究対象とされているショウジョウバエの脳のニューロンは14万個だけ。それに対して人間の脳のニューロンは860億個もある。このニューロンの接続する神経回路全体をコネクトームと呼ぶ。現在の技術レベルでは、コネクトームの解析には何十年もかかってしまう。

 モルモットの頭蓋骨を開けて、そのまま溶液に浸し、脳だけを丸ごと1週間ほど生かしておける技術がすでに開発されている。うひゃあ、そんなことが出来るのですか…。

 人格の同一性について、哲学的には身体説と記憶説の二つがある。身体説は、身体が時空連続的なら人格は同一だと考える。記憶説は記憶がつながっていれば同一だと考える。

人間の体は、原子レベルでは常に物質は入れ替わっていて、過去と今とで同じものではない。青虫が蝶になっても同一性があるとみる。そうなんですよね、どんなに形と動きが違っていても…。

 不死というのは終わりがないので、物語ではなくなる。なので、不死になると、物語であることの価値が失われる。つまり、物語というのは、始まりと終わりがあって完結するもの。それによって、人生に意味があるかないかという評価が可能になる。

 もちろん、みんな死にたくはないわけです。でも、逆に死なないというのは終わりがないということなんですね。それも、ちょっと怖い気がします。

 死が怖いのは、自分という存在が消滅することに対する恐怖があるから。大往生とは、ウェルビーイングな人生を実際に生ききったということ。

 意識はどこにあるのか、どうやって生まれるのか、この本を読んでもすべては分かりませんでしたが、これからも考えていくつもりです。その材料というか、手がかりになりました。

(2025年2月刊。1160円+税)

落語と学問する

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 森本 惇生・鈴木 亘 、 出版 水声社

 落語というのは明治なってからで、それまでは「落とし噺(ばなし)」と呼ばれていた。落語家も「噺家(はなしか)」と言われていた。

 落語という芸能は、その起源は前近代にさかのぼるとしても、笑いの近代的大衆化の一環として明治以降に確立した芸能。ふえーっ、そ、そうだったんですか…。

 落語は、演者が見えなくなることで成立する話芸。観客は語っている演者を意識せずに、演者が発する登場人物の語りの展開を通して物語の世界を想像する。

落語は騙されようとする観客をその望み通りだまし満足させる芸。演者の姿がいつのまにか消えて、登場人物が見えてくるのが芸人の極致。江戸期に誕生して以来、多くの噺家によって創作され、受け継がれ、また改良を加えられてきた落語という話芸は、日本人が繰り返し立ち戻ってきた虚構世界。

落語は、文学や戯曲などとならぶ言語芸術のひとつ。落語家は衣裳も書割(かきわり)もなしに、扇子(せんす)と手拭(てぬぐ)いのみを使って、自分の言葉だけを頼りに噺の世界を描ききる。

高座にあがった落語家は、まずは素(す)の自分で話はじめ、時事ネタなどを使って枕に入っていく。

落語は常に、素の落語家とマクラという、話の本体とは異なる次元によって枠付けられており、フィクションであることが、そもそもの初めから明示されている。

落語にはサゲ(オチ)があり、話の終わりには今まで話したことが冗談であったことが暴露される。サゲというのは、一種のぶちこわし作業。いかにも本当らしくしゃべっておいて、サゲでどんでん返しをくらわせて、「これは嘘ですよ。おどけ話ですよ」という形をとるのが落語。

落語は、聴き手に自分の想像力で話の世界を作り出させる芸。

古今東西を見渡しても、落語ほど貧乏人や阿呆を登場させ、彼らの生活や言動を描き、そこから共感に満ちた姿勢で笑いを引き出してきた芸能はないだろう。

落語を成立させている視点は常にこうした貧乏人や阿呆とほぼ同じレベルに位置している。

マクラとは、演者が直接に観客に語りかけることの出来る、貴重な自己表現の場である。

師匠のいないプロの落語家というのは存在しない。師匠がいるかいないかが落語家とお笑い芸人の違いだ。

落語家は、師匠に入門すると、見習い修業(半年ほど)を経て、前座(3年から5年ほど)になる。見習いのときから師匠の身の回りの世話をし、前座になると、寄席(よせ)やホールで他の師匠や先輩たちの世話もする。いま何が必要なのか、瞬時に察知し、全体がうまく回るように配慮し続けなければいけない。自分を殺すのが前座の修業時代。あらゆる時期の修業は、噺で笑いをとるための知識や技術の習得に向けられている。

師匠は弟子の前で、一つの話を、日をおいて3回喋(しゃべ)る。弟子は、その3回で噺を覚え、4回目は弟子が師匠の前で噺をして、講評を受ける。

「聞いて覚える」「見て覚える」という「模倣」が伝授の基本。「形」を細かく要素に分解し、それを難易度順に配列して、段階を踏んで徹底的に反復するという西洋式の教育方法はとられていない。

落語とは何かが、少しわかったような気になりました。寄席に行ったことはありませんが、前はCDでよく聴いていました。今なら、オーディオブックですね。目が悪くなって本を読めなくなったらこれでいくつもりです。それにしても、落語を聴いてスカッとした笑い、腹の底から笑い転げるというのはいいものですよね。静粛であるべき場所にいて、イヤホンで落語を聴いていたら悶絶しそうになりますよね、きっと…。

ものすごく勉強になりました。落語に関心ある人には必読の本だと思います。

(2025年3月刊。2750円)

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