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カテゴリー: 人間

43歳頂点論

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 角幡唯介 、 出版 新潮新書

 極地探検家として高名な著者が43歳が人間として頂点だと主張している本です。その根拠になっていることの一つが、植村直己、長谷川恒男、星野道夫という名だたる冒険家やクライマーが、この年齢で亡くなっていることにあります。

 年齢(とし)とともに落ちる体力と経験値のほうは上がっていくギャップ。これは魔の領域だ。体力の衰えは経験でカバーできるという先輩の話を内心ひそかに馬鹿にしていた20代だった著者も、50代を目前にしてそれは言い訳ではなく、真理だと思い至った。

 加齢によって経験を重ねることになる一番の負(マイナス)は、刺激を感じなくなること。感性の鈍磨。これこそ加齢の最大の敵。

これは 弁護士にとっても共通する部分があります。事件によって依頼者の顔も特徴も全部違うのですが、法理論構成が共通していることから来るマンネリズムに陥ってしまう弊害です。新鮮な刺激を感じなくなる危険があります。そこをなんとか克服する工夫が求められるのです。

 探検家のはずなのに、未知なる大地そのものが日常化し、庭のようなものに変質してしまう。その反作用として、成長と発見の喜びは薄れ、行為は全体的に淡々とし、盛り上がりに欠ける。そして、淡々と旅は続いていく……。

 43歳が人生の全盛期だ。著者のこの主張を、77歳である今の私にあてはめたらどうなるのでしょうか…。43歳のとき何をしていたのか、今度、当時の訟廷日誌をめくって振り返ってみようと思います。25歳で弁護士をスタートしていますので、18年目の弁護士生活をどんなに過ごしていたか……、ということです。私は51歳のとき弁護士会長をしていますので、それより8年も前の43歳はまだまだ全盛期というのは早過ぎると思います。

 著者は、生きることを赤裸々に全力で経験したいから、山に登り、極地を彷徨(さまよ)い歩いてきた。著者には、今どきの若い人に多い、安定重視の考えはありません。そんなの、面白い人生を送れないじゃないの……と考えるわけです。

私自身も安定思考というのはあまりありませんでした。安定志向より、自分の思ってること、信念をあまり曲げずにしかも無理せずにやっていきたいと考えて、弁護士になり、50年以上も弁護士生活を続けてきました。

 著者は、経験の浅い若者に旅に出ることを勧めています。旅のなかで、いろいろの出会い、事件にぶつかって成長していくのはとても大事なことだと強調しています。これは、私もまったく同感です。日本人の外国への留学生が前に比べてぐんと少なくなっていますが、それは残念な事実です。

著者は何年間か新聞記者もしていますので、書くことに抵抗はなかったのでしょうが、それにしても探検記の生々しい迫力には圧倒されます。言葉が内側からドバドバ噴き出してきて、自分でも抑えきれないほどだったというのです。ある種のトランス状態(恍惚こうこつ状態)のなかで書き続けていった。いやあ、私はそこまではありませんね。そこが迫力の違いなんでしょうね。

結論に賛同はできませんが、さすがの指摘が満載の本ではありました。

(2025年11月刊。940円+税)

 1月末に受験したフランス語検定試験(準1級)の結果が分かりました。大型の封筒で来たので、開封する前から合格だと分かります。不合格のときは、ハガキなのです。開封して合格証書を取り出しました。ちょうど孫たちがいて、カスタネットを叩いて、一緒に合格を喜んでくれました。

 前にも5回か6回は合格したはずと思って合格証書を数えてみると、なんと10枚もありました。2009年から合格しています。その前、2級に合格したのは1994年のことですから、15年もかかっています。

 準1級に11回合格したといっても、聞きとりはなんとか出来ても、話すほうはいつまでたっても、ちっともうまくなりません。

 でも、あきらめずに続けるつもりです。

気象学者・増田義信

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 小山 美砂 、 出版 本の泉社

 101歳で亡くなられた気象学者である増田義信氏(以下、「増田」)の一生をたどった本です。

 広島原爆の被爆者たちが直後の黒い雨を浴びたと訴えているのに、国はずっとそれを否定していました。そこで、増田は現地に出かけ、被爆者の聞き取り調査を始めたのです。気象庁を定年退職したあとのことです。

 原爆投下後は、街が焼き尽くされたことから、積乱雲が発達した。激しい積乱雲からは非常に不規則な形で雨が降る。なので、「きれいな卵形」に雨が降るとは考えられない。そのことを増田は現地で指摘された。このとき、頭をガーンと殴られたようなショックを増田は受けた。そこで、現地に出かけ被爆者から聞きとって「増田雨域」を完成させたのでした。さすがですね。執念を感じました。

 増田は1923年9月、京丹後市で生まれた。貧乏な農家の次男として…。お金がないので、本当なら中学校に進学できなかったところ、父親が小作人となって、その小作費を学資に充ててくれた。当時、地主に納付する小作料は高かった。収穫した33俵のうち25俵を地主に年貢として納めた。

 中学を出たあと、増田は体格不良のため、軍人にはなれず、測候所に「雇員」として働くようになりました。

 戦争が始まると、天気予報まで国家機密とされました。報道できないのです。そして海軍に入り、いじめられるのです。ところが、海軍ではテンプラとも呼ぶインチキが横行していた。最後の最後まで海軍は腐っていたと、増田は怒りを込めて告発しています。要するに、上官の私的な官品持ち出しが公然となされていたのです。

右翼青年だった増田は終戦後に労働組合に入り、また共産党にも入党して活動を始めたのです。

 増田は、どんなに忙しくても研究の心を忘れなかった。研究の基礎にあるものは、自然現象の観察とアイデアだ。なーるほど、きっとそうでしょうね…。

 そこで、増田は時間をひねり出すため、自宅での晩酌を一切やめた。大したものです。

 全気象労組の執行委員長をしていたときには、労働現場に出かけていった。そして、トイレの落とし紙に何が使われているかに注目した。それによって、暮らしぶりが分かるのです。

 増田は昨年(2025年)6月9日に、101歳で亡くなりました。増田の温かい人柄のにじみ出てくる、いい本でした。

 

(2025年12月刊。2200円+税)

腎臓の教科書

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 髙取 優二 、 出版 講談社ブルーバックス新書

 私の知人・依頼者に透析を受けている人が何人もいます。本当に大変そうです。

これだけ医学が発達しているというのに、週3回、1回に4時間もかかるのです。しかも終わったら、ぐったりして、力が出ないと聞きます。回数を減らすとか、もっと短くするとかならないものでしょうか…。

それでも、日本の透析は世界的でも最先端に位置するというのです。信じられません。

なお、イスラエルが軍事侵攻して6万人超の死者を出したガザ地区は、飲料水の汚染により透析患者も多いと聞きます。大丈夫なのでしょうか、本当に心配です。

さて、血液透析のほか、腹膜透析というのもあるとのこと。こちらは通院は月に1回か2回ですむそうです。ただし、腹膜透析は1日に3~4回行うといいます。要するに、通院先の病院ではなく、自宅にいて自分で透析するということなのでしょう。ただし、5~8年間しか出来ないという制限があります。

血液透析を始めると、尿がほとんど出なくなる。腎臓の機能が急激に低下するから…。私は逆だと思っていました。尿が出なくなったので透析を始めるというのではないのですね…。

腎臓にリンは負担をかけるので、なるべくリンの摂取を減らすようにというアドバイスがなされています。具体的に、インスタントラーメンではメンのゆで汁は捨てることです。そしてスポーツドリンクも糖質のとり過ぎになるので、あまり飲まないほうがいいそうです。

腎臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるほど、ダメージを受けていても、症状がほとんど出ないという特徴がある。

日本の慢性腎臓病患者は2000万人、成人の5人に1人になっている。

腎臓は背中側に2つあり、合計すると200万個のネフロンが立体的に組み合わされている。

海水魚と淡水魚の違いを知りました。海水魚は口から多量の海水を取り込み、えらから塩分を排出する。尿は少量。これに対し淡水魚は水分はほぼ含まず、えらから塩分を取り込み、多量の尿を出す。海水魚は口から多量の海水を取り入れるけれど、尿として排出するのは少ない。えらから塩分を排出する。

淡水魚にとって、塩分は貴重。

腎臓について少しばかり認識することが出来ました。

 

(2025年10月刊。1100円+税)

すごい科学論文

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 池谷 裕二 、 出版 新潮新書

 脳科学者として有名な著者は、実は薬学部出身なのだそうです。この本(新書)は、週刊誌での連載エッセイをまとめたもので、当初は「週刊朝日」(2023年5月に廃刊)、そして今は「週刊新潮」に連載しているとのことです。それはともかくとして、毎日100本から500本もの論文に目を通しているとのこと。すごいです。

 麻酔薬がなぜ効くのか、今もって解明されていない。不思議ですよね。同じく、意識も解明されていないそうです。人間の身体の不思議ということでしょうか…。

オランウータンは、傷つくと、「アカルクニン」という植物の葉をとって食べ、30分ほど丁寧にかみ砕きペースト状にしてから、その患部に塗りこんだ。ふだんは食べない植物の葉で、5日後に傷口は閉じて、1ヶ月後に完治したとのこと。スマトラ島の現地の人々にとってもこのアカルクニンは、薬用植物として利用しているそうです。不思議な話ですよね。

 老化は徐々に進むのではなく、ステップ式に進行する。老化が突如すすむ「加速期」と、それほど老化が進まない「停止期」が交互に訪れる。身体の老化は精神の老化とは異なるもの。

 アルツハイマー病は、遺伝的な要因にはよらない。ガンマ波をあてると、アルツハイマー病の原因物質の蓄積が抑えられ、認知機能が健康なレベルに保たれた。

 タコにもレム睡眠がある。タコは眠ると白っぽい色になるが、1時間に1回ほど、あたかも起きているかのように暗い色に変化する。

メスの老齢シャチは、若いメスのために生殖に必要な食料を確保したり、孫の世話をしたりする。

チンパンジーは50歳以降は出産しないが、それからも生きているのは珍しくない。そして、ホルモン量を調べて閉経を確認した。

ヘビは1億5千万年前にトカゲから分岐し、足を捨て、独自の感覚器や毒腺を発達させた。

カリブ海の島にすむアカゲザルは、もともとは攻撃的な性格で、社会的寛容性は低い。しかし、台風によって島の植物(森林)が破滅的被害を受けたとき、攻撃性は低下した。そして、社会的寛容性をもつ個体ほど生存率が高まった。

 世界で最大の生物は、アメリカのオレゴン州に生息するオニナラタケというキノコ。直径3キロメートルもの広さがある。このオ二ナラタケの寿命は、なんと数千年。そんなキノコがいるんですね。驚きます。

 人は、睡眠中に話しかけられると、きちんと聞いて、指示通りに正しく表情をつくる(この確率は80%)。眠っていても、意識はあるわけですね…。自覚していないだけなんですね。

名前をつけられたウシは牛乳の出がよいというデータがある。不思議です。でも、名前をつけるということは、それだけ飼主が愛情をもってウシと接し、育てることにもつながるということからだと解説されています。なーるほど、です。

 ミトコンドリア・イブは存在しない。人類は、ある特定の女性ではなく、現在では絶滅した多様なヒト種がいくつも混じりあって出来たもの。なるほど、そうなんだと素人の私も思います。

 ネアンデルタール人の遺伝子が混じっている純血種は、アフリカ系黒人、つまり白人のほうが混血なのです。

心を通わせる会話のコツは表情をマネすること。

私の知らなかった話、意外な話が盛りだくさんの本でした。

(2025年6月刊。960円+税)

半うつ

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 平 光源 、 出版 サンマーク

 読みやすいし、とても分かりやすい、うつ病に関する本です。すでに、6万部も売られているというのも、十分理解できます。それだけ、現代日本社会にうつ病の患者が多いということです。 

弁護士にもうつ病の人は多いのです。私のごく親しい弁護士がうつ病で2年ほど治療を受けていたと聞いていましたが、先日、久しぶりに会ったら、なんとか元気を取り戻したとのことで、ひと安心しました。

 うつ病の人が、「自分は、うつかもしれない」と思って精神科に行くのは、わずか6%だけ。65%の人は内科に行く。胸がつかえ、食欲が減り、動悸やめまい、頭痛がしたり、体調不良になって、本人が悩んでいても、家族は、「気にしすぎだよ」「ちょっと疲れているだけじゃないの」という反応…。ところが、夜に眠れなくなり、風呂に入るのも、歯をみがくのもなんだか億劫(おっくう)になってくる……。

なぜ、うつ病と気がつかないのか…?①自分では気づけない。②家族も少しずつの変化に気がつかない。③医師も専門分野が異なると気がつかない。

「半うつ」とは何か……?

憂うつ以上で、うつ未満の状態にあること。本格的なうつ病になってから治療するより、半うつの段階で適切にケアするほうが何十倍も簡単で、何千倍も多くの人を元気な状態に導くことが出来る。

重要な役割をもつ精神伝達物質は次の3つ。その1は、セロトニン。心のブレーキの役割。その2は、ノルアドレナリン。心のアクセル。その3は、ドーパミン。心のエンジン。

うつ病は、この3つの神経伝達物質の全部が大幅に減ってしまった状態。半うつは、どれか1つ、あるいは2つが不足している状態。つまり、れっきとして生理的な変化によって起きている。これらの神経伝達物質は、ストレス、睡眠不足、栄養の偏(かたよ)り、運動不足などによって過度に消費され、必要以上に減少していく。つまり、現代社会に生きている以上、誰にでも起こりうること。

タンパク質をとらないと、アミノ酸が体に入ってこない。アミノ酸から神経伝達物質への合成は、ほとんど休息や睡眠しているときに行われる。セロトニンが減ると、メラトニンも減り、睡眠がうまくとれなくなる。

現代人の5人に1人は「半うつ」の状態にある。「半うつ」の人は、一見、健康そうなので、日常生活は送れる。

「半うつ」の状態は、まだ選択肢がたくさんある場所にいる。半うつから回復するには、決まった順番があり、一気に回復するものではない。第一段階は、食事と睡眠で、回復の土台をつくる。第二段階は、イライラが減って、不安がやわらぎ、憂うつが改善する。第三段階は、根気が出て、何かに興味がもてる。第四段階は、人生に喜びが感じられ、生きがいを実感するというもの。

毎日のなかの「何の役にも立たない」時間こそ、私たちの心を豊かにしてくれるもの。「ただ心地良い」というだけの時間でいいのです。ムダとか非効率とかいって切り捨ててはいけません。

現代社会において、「本当に強い人」は、自分の限界を正直に認められる、助けが必要なときに、「助けて」と言える、完璧でなくてもそれを受け入れられる、ときには立ち止まる勇気がある人をいう。食事と睡眠は、心にとってのガソリンの役割を持っている。

パチンコや競馬で、本人は「ストレス発散」をしているつもりでも、実際にはギャンブルの興奮や緊張のため、脳はフル回転していて、休んではいない。

著者は、次のように言っています。「死にたいと思うとき、あなたの心は、『生きよう』とする機能を取り戻しはじめている。回復に向かっているからこそ、死にたくなってしまう」

私は、週1回は、仕事から離れて、自分の時間としています。この割り切りが大切だと、この本にも書かれています。わが意を得たり、です。あなたに強くご一読をおすすめします。

(2025年12月刊。1650円)

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