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チャップリンが見たファシズム

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 大野 裕之 、 出版 中央公論新社
 著者は日本チャップリン協会の会長です。これまでチャップリンに関する本を何冊も書いています。チャップリン家が所蔵する膨大な第一次資料を丹念に掘り起こしてチャップリンの足跡そして、その偉大な作品の形成過程を明らかにしています。
 今回は、サイレント映画の最大傑作『街の灯』を公開したあと、気分を一新するために世界一周旅行に出かけたチャップリンの旅先での出来事が実に詳細に描かれています。
 旅行に出かけたとき、チャップリンはまだ41歳です。独身男性でもありましたから、旅行の行先では何人もの女性と親密な関係にもなっています。
 日本にもやってきて、1932(昭和7)年の五・一五事件に危く巻き込まれるところでした。幸い、チャップリンの気まぐれもあって、5月15日は首相官邸には行かず、大相撲を見物して、難を逃れました。危機一発でした。事件のあと、殺された犬養首相の息子に弔問もしています。
 チャップリンは歌舞伎なども鑑賞していますし、銀座で天ぷらを食べています。なんと、エビの天ぷらを30匹、キスを4匹も平らげたとのこと。すごい食欲です。若かったのですね。
 小菅(こすげ)の刑務所も訪問しています。雑居房、独居房そして工場、炊事場、病舎など見学したそうで、日本の刑務所の明るさ、清潔さに感銘を受けたとのこと。治安維持法違反で逮捕された被疑者・被告人もたくさんいたと思いますが…。
チャップリンは三越百貨店で「キモノ・スーツ」をつくって、着たようです。そして、「どじょうすくい」を踊ってみせたとか。日本の芸人が踊ったのを見て、それをすぐに再現できるというのは、やはり天才ですね。
 チャップリンの秘書として世界一周旅行に同行したのは広島生まれの高野虎市。チャップリンに誠実に尽くして大変気に入られ、一時期チャップリン邸に働く使用人17人全員が日本人だったとのこと。すばらしいことです。
1932年5月14日夜、東京駅にチャップリンが到着したとき、そこに詰めかけた日本人は、なんと8万人…。いやはや、ものすごい大群衆です。この日の入場券は8000枚も売れたというのですから、信じられない熱狂ぶりです。
 地下道に降りて、改札に向かう階段でチャップリンは仰向けになって、群衆に持ち上げられ、宙を泳ぎながら移動した。ハンカチ、ベルト、ボタンはすべてむしり取られた。自動車までわずか30メートルを10分かけて到着。いやあ、すさまじい…。これも歓迎のうちなんですよね。
 日本ではありませんが、ボタンやベルトが盗られてチャップリンのズボンがずり下がってしまったところもあるそうです。
ロサンゼルスで「街の灯」を上映するときには、2万5千人が詰めかけたそうです。これまた大変な熱狂ぶりです。アインシュタインがチャップリンの隣でみていて、「ああ、素敵だ!美しい!」と感嘆したことも紹介されています。
チャップリンという天才の素顔を少しばかり垣間見ることも出来て、休日の午前中、喫茶店でカフェラテを味わいながら心豊かなひとときを大いに楽しむことができました。
(2024年7月刊。2200円+税)

「よく見る人」と「よく聴く人」

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 広瀬 浩二郎 ・ 相良 啓子 、 出版 岩波ジュニア新書
 著者の二人は、全盲の視覚障害者(男性)と聴力障害者(女性)です。
 伝音声難聴は補聴器で音を大きくできるが、もう一つの感音性難聴だと補聴器をつけてもことばは理解できず、役に立たない。私も難聴に困っています。
 「一目ぼれ」はありえないが、「一耳ぼれ」は頻繁にある。しゃべり方や声の質に魅かれる。目による読書は客観的に外から、耳による読書は主観的に内から作品世界に触れる。
 中学1年生の終わりに完全に失明した。原因は眼底出血。
パソコンの音声読み上げ機能を使って原稿を書く。点字で書いて音声で確かめる。点字は表音文字。点字の根底には、豊かな音の世界が広がっている。
全盲で京都大学文学部に入学した(1987年)。京大で初めての全盲の学生。そして京大居合道部に入る。視覚障害者なので、視覚情報に惑わされず、より深く自己の心と対話し、仮想敵に立ち向かうことができる。目に見えない敵を媒介として、己の精神を錬磨する。大切なのは闘魂。
その後も武道のいろいろに挑戦した。太極拳、テコンドー、ヨガ、合気道そして今は少林寺拳法。いやはや、すごいものですね…。
武道の稽古においてもっとも重視するのは音。道場に入ると、音の反響で自分の位置、壁までの距離を推測する。音の響きは道場の広さ、人数、天気などによって異なるので、気を四方八方に配って気配を感じとる。この心地よい緊張感が耳から全身に広がる。
 手話言語にも方言がある。手話も音声言語と同じく各地で自然発生的に表出される言語なので、世界共通どころか、国内共通でもない。うひゃあ、そ、そうだったんですか…、知りませんでした。
全盲でもテレビを「みる」。画面は見ずに(見えないから)、音声や雰囲気でイメージを広げて「全身でみている」。
 難聴者は「字幕メガネ」をかけて映画を楽しめる。動画で手話している様子を送る。これで、リアルタイプに使えるようになった。
世間では、障害者を十把一絡(から)げでとらえている。しかし、それは皮相的。
 「障害」を出発点として、共感力、コミュニケーション力を考えた新書です。大変興味深く読み通しました。
(2023年9月刊。940円+税)

もし私が人生をやり直せたら

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 キム・ヘナム 、 出版 ダイヤモンド社
 医師の著者は42歳のとき、いきなりパーキンソン病と診断されました。
 どうせ生きるのなら、楽しく生きていくほうがいい。以来、この気持ちで生きてきました。
パーキンソン病は、ドーパミンという神経伝達物質をつくり出す脳組織の損傷による神経変性疾患。振戦(手足の震え)、筋肉や関節のこわばり、寡動(動きの鈍さ)、や発声困難などの症状がみられ、65歳以上に多い。
 ドーパミンが減少するパーキンソン病は、進行すると、うつ病や認知症、被害者妄想などを伴う。パーキンソン病には、今のところ根本的な治療法がない。
パーキンソン病の症状では、「ロープできつく縛られたまま動いてみろと言われているようなもの」。
 著者の脳は、ドーパミン分泌細胞の8割が消えている。しかし、まだ2割も残っていると著者は考え直したのです。努力次第では、病気の進行を遅らせることができるはずだと信じて…。そして、薬も服用して12年も持ちこたえ、その間に5冊の本を執筆・刊行したというのです。すごいです。
 完璧に執着したら、不安が増し、人生が疲弊していく。明日、何が起こるかも分からない。なので、すべてを予測して、未然に防ごうとするのは不可能なこと。
 遠くの目的地だけ見て歩くのではなく、今いるこの場所で、足元を見つめながら、まず一歩、踏み出してみる。これが始まりであり、すべてだ。
 人間は、自分の人生の主導権を握りたい生き物だ。なので、他人から命令されると、やる気が損なわれる。
 その気になれば、いくらでも作り出せるのが、「生きる楽しみ」。
 近ごろでは、田舎町から名門大学や司法試験の合格者が出ることは、まずない。合格のための必須条件は、祖父の経済力と父親の放任主義、そして母親の情報収集力。この点、都市部の人間には、とても太刀打ちできない。
著者は神経分析医。患者を診ていると、過去をやり直したいという気持ちにとらわれ、今を生きられないことが分かる。まるで巨大な宇宙服を着ているかのよう。宇宙服の中は過去のつらい記憶でいっぱい。それでも宇宙服を脱ぎ捨てようと思わず、ただ不安と恐れに震えながら過去に縛りつけられている。
人生がどう流れるかは、自分自身をどう見るかという視点次第。自分を肯定的に見たら、人生もそう流れる。自分を落伍者だと見れば、そのように流れる。
寂しい現代人にとって、スマホとは、自分と世界をつないでくれる生命線。スマホは、自分が一人ではないという事実を瞬時に確認できる、重要な装置。
 自分ひとりだけの経験や感覚は、記憶のなかで色あせやすい。誰かと共有した記憶は、思い出となり、歴史となる。
 怒りや憤りは、自分を守るための感情。しかし、度が過ぎたら、過去の記憶や感情が何度もぶり返し、前に進めなくなってしまう。青少年期の友人は、自分を映し出す、大きなスクリーンの役割を果たす。
 何かひとつに没頭できれば、他のことにも没頭することができる。
 今、私が没頭しているのは、近現代の歴史を調べ、そのなかで人々がどのように生きていったのかを跡づけようというものです。これは難問です。なので、少しずつ図書館通いなどをしながら、一歩ずつ歩んでいく覚悟です。
 さすが、精神分析の専門医だけはあり、とても深い考察がなされています。韓国で35万部も売れたというのもは、なるほどと納得できました。
(2024年6月刊。1500円+税) 

海賊の日常生活

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 スティーブン・ターンブル 、 出版 原書房
 海賊とは何者なのか…。世間で「海賊」と呼ばれる者たちは、決して自分を海賊だとは言わない。バッカニアは、自分を海賊だとは思っていなかった。自分のために財宝を盗んでいるわけではないから。政府のために働き、襲撃する正式な許可、私掠(しりゃく)免許状をもっていた。
 1243年、イギリスのヘンリー3世は、イギリス海峡でフランス船を襲撃する許可状を与えた。その見返りとしては、王に略奪品の半分を差し出せばよかった。
 イギリスではドレークは偉大な英雄だが、スペインでは悪党だった。
 海賊になる人は、みな、なりたくてなるのではない。多くの人々は、絶望の果てに海賊になる。船乗り稼業しか知らない男たちは、海賊団に入るより他に道はなかった。
 海賊は強制徴募という手段は使わない。説得して海賊団に加わらせる。
多くの海賊の末路は、公開の絞首刑に処せられるというもの。
海賊船の船長は、乗組員の投票で選出される。それには乗組員から尊敬を得ていること。船長は勇敢さと狡猾さを示し、乗組員の管理や船の舵(かじ)取りの能力をもち、戦い方を知っていなければならない。また、戦利品の記録や乗組員の借金の管理をしなければいけないので、せめて読み書き計算の能力が求められた。
 健康なコンゴウインコは、30年も生きる。多くの乗組員はサルを飼って、うまくやっている。
 船乗りは、火事にあう危険も多い。
 海賊は、風向きには特に注意を払う。そして、船団から遅れた船を狙って襲撃する。
東インド会社の船を攻撃するのは、きわめて愚かなこと。十分に武装しているし、海賊には慣れているし、護衛艦もいる。
 節操ある海賊は攻撃する前に、海賊の旗を掲げる。
海賊なるものの実情を知ることができました。
(2024年6月刊。2500円+税)

檻を壊すライオン(改訂版)

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 楾 大樹 、 出版 かもがわ出版
 「おりライ」とも呼ばれている「檻(おり)の中のライオン」講演会は全部の都道府県で累計1000回をこえて開催しているそうです。すさまじいばかりの著者のエネルギーには圧倒されます。
 久留米でも近く(11月24日の午後2時から、筑後弁護士会館にて)2回目の講演会が予定されています。
 国家権力をライオン、憲法を檻にたとえた憲法解説書「檻の中のライオン、憲法がわかる46のおはなし」が刊行されたのは2016年のこと。それから8年たち、その続編になります。
この改訂版は岸田政権が退場し、石破政権に交代した瞬間に刊行されました。見事な早技(はやわざ)です。
 選挙で深く考えることもなく自民党に投票する人が少なくありません。裏金議員を公認してはばからない(公認しない候補者に2千万円も政党助成金、つまり税金を支出したことがバクロされました。ひどいものです)のが自民党ですが、天賦人権説も攻撃しています。人権なんて、国が与えたもので、もともと個人が持っているなんて、間違った考えだというのです。国民は国の言うとおりに従っていればよい、生きるも死ぬも国が決めたことに文句を言わずに従え。それが自民党の考え。どうして、こんな考えに共鳴する人がいるのか、私には不思議でなりません。
 そして、自民党は、国民に知る権利なんてないとも言うのです。昔の知らしむべからず、由らしむべしを今も貫いているのが自民党です。あまりにも古臭くて、カビがはえすぎているのが自民党です。
 「アベノマスク」のムダづかいはひどいものでした。少なくとも543億円もの税金がムダにつかわれました。安倍の息のかかった企業や公明党関連の企業が丸もうけしたと小さく報道されました。上脇博之教授が裁判を起こしたら、国側はこのアベノマスクはすべて口頭契約で実行されたもので、書面はないと開き直って、裁判官を唖然とさせたと報じられました。許せません。
 自民党は憲法改正が必要な理由として、大災害のとき国会議員の選挙ができないときは国会議員の任期を延長できるようにしないと、法執行の行政がやれずに国民が困るというのを理由としています。だけど、正月の福井大地震では、今なお復旧工事が十分ではありません。そして、国会で十分に救済策が審議されないうちに投票日を迎えることになりました。
 「大災害が起きたときに困るから」という口実の化けの皮がはがれたのです。大災害がおきたのに、国会で十分な審議もせず、国会を解散してしまうなんて、とんでもないことです。
 石破政権は「日本を守る」と称して、大軍拡予算を執行中です。5年間で43兆円。その財源は明らかにされていません。財政法4条で、防衛費のための国債は、発行できないとしています。ところが、「建設国債」でまかなうことにしました。これまた、とんでもないことです。戦前の「帝国ニッポン」に逆戻りしてしまったのです。
 石破内閣が誕生したことで、何が問題なのかを改めて総おさらいした感のある本書は、なんと318頁もの分厚いものになっています。でもでも、本当に分かりやすいうえに、読みごたえがあります。さすがは、「憲法講師、分筆業」を自称する著者だけのことはあります。ご一読を強くおすすめします。
(2024年10月刊。1800円+税)

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