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ある裁判の戦記

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 山崎 雅弘 、 出版 かもがわ出版
 竹田恒泰は、「人権侵害常習犯の差別主義者だ」と論評したことから、竹田が原告になって著者を被告として裁判を起こしてきた、その顛末が語られています。
 2020年1月に始まり、裁判は2年以上も続きましたが、地裁、高裁そして最高裁のすべてで著者が完全に勝訴しました。まったくもって当然の結論ですが、それに至るまでには並々ならない努力と苦労がありました。
 竹田恒泰が著者に求めたのは500万円の支払いと謝罪。著者は、名誉棄損の裁判では第一人者の佃(つくだ)克彦弁護士を代理人として選任した。
竹田は、今もユーチューブで自分の差別的な言動をまき散らしているようです。たまりません。ここで引用するのをはばかられるような口汚いコトバで差別的コトバを乱発している竹田のような差別主義者を「差別主義者」と明言して批判する行為が訴訟リスクに陥るなんて、あってはならないことです。それでは差別やヘイトスピーチは良くないといっても実効性がありません。ダメなものはダメだという正論は社会的に守られる必要があります。
日本の社会は差別に甘い。最近ますますそう感じている。著者の嘆きを私も共有します。岸田首相自身が良く言えばあまりに鈍感です。はっきり言って、社会正義を実現しようという気構えがまるで感じられません。だから、竹田のような、お金のある「差別主義者」がユーチューブでのさばったままなのです。若い人たちへの悪影響が本当に心配です。
 アメリカでは、人種差別に抗議しなければ、何も言わなければ人種差別を容認しているとして批判されます。ところが、日本では人種差別を含む差別的言動に対してマスコミが「ノーコメント」、まったく触れないまま黙っている状況が今なお容認されています。ひどい状況です。
 著者が裁判にかかる費用を心配し、インターネットでカンパを募ったところ(今はやりのクラウドファンディング)、2週間で1000万円も集まったとのことです。心ある人が、それほど多いことに救われます。まだまだ日本も捨てたものじゃありません。
 日本人は、世界に類を見ないほど優れた民族である。竹田は口癖のようにいつも言っていますが、これってヒトラーがドイツ民族について同じことを言っていたことを思い起こさせますよね。
 竹田は、自分について、身分はいっしょだけど、血統は違う(旧竹田宮の子孫だということ)と称して、血統による差別を正当化しようとしている。でも、それこそ差別主義者そのもの。いやになりますよね。自分は「宮家」の子孫だから、血統が違うんだと強調しているのです。呆れてしまいます。
 竹田の語る思想を「自国優越思想」と表現するのは、論評の域を逸脱するものではないという判決はまったく当然です。差別主義者の竹田は、自分は明治天皇の「玄孫」にあたると高言しているとのこと。まったくもって嫌になります。そんなのが「自己宣伝のキャッチコピー」になるなんて、時代錯誤もはなはだしいですよね。
 この本のなかで、著者は、竹田について、「この人は本当に、天皇や皇族に深い敬意を抱いているのだろうか」と疑問を抱いたとしています。まさしく当然の疑問です。司法が竹田の主張を排斥したことは、評価できますが、主要なマスコミが、この判決をまったく紹介せず無視したというのに驚き、かつ呆れつつ、心配になりました。日本のメディアは本当に大丈夫なのでしょうか…。
(2023年5月刊。2200円)

女性弁護士のキャリアデザイン

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 菅原 直美 ・ 金塚 彩乃 ・ 佐藤 暁子 、 出版 第一法規
 いま、女性弁護士は8630人で、全体の20%弱(2022年5月末)。女性医師が23%であるのに、近づいてはいる。
 日弁連では、女性会長こそまだ実現していないが、女性副会長クォータ制が導入されているため、年度によっては女性副会長が3分の1近くを占めるようになっている。単位会の女性会長は珍しくないし、女性の日弁連事務総長も実現している。
 日弁連は、地方の裁判所支部に弁護士がいないか、1人だけという状況(「ゼロ・ワン地域」と呼ぶ)を解消しようと努力してきて、一応、その目標は達成した。しかし、支部管内に女性弁護士がいない(ゼロ)ところが63支部もある(2022年1月時点)。
 この本には、16人の女性弁護士が自分の活動状況を報告し、あわせて女性弁護士のかかえる問題点を具体的に指摘しています。
 「弁護士になって本当に良かった。自由に、自分らしく、やり甲斐のある仕事ができる、この仕事が好き」
 私も、これにはまったく同感です。それこそ天職です。
 仕事とプライベートの時間はきちんと分ける。男性の依頼者から食事に誘われるのは断る。信頼関係を築くのが難しそうだと感じたら、初めに断る、途中でも断る勇気を出さなくてはいけない。この点も、同感です。ただ、私にはネイルをする趣味はありません。
 睡眠・食事・運動の三つは大切にしている。仕事をするうえでは、身体的にも精神的にも元気でいることを意識している。そうなんです。元気じゃないと、困っている人の相談に乗るのは難しいし、前向きな解決方法を一緒に考え出すことは無理なのです。
 金塚さんはフランスで育ちましたので、フランス語はペラペラで、フランス弁護士の資格も有しています。私のような、せいぜい日常会話レベルのフランス語を話せるというのと、格段の差があります。すごいと思うのは、週末は乗馬かピアノにいそしんでいるというところです。
 私は週末はボケ防止のフランス語の勉強のほかは、ひたすら本を読み、またモノカキに精進します。
そのほか、金塚さんは自分の好きな服装・アクセサリーを大事にし、メイクとネイルは必須とのこと。そこも私と違うようです。
 人の悩みや紛争と常に直面する仕事なので、できるだけ仕事以外の自分でいられる時間をもつこと、何でも相談できる同期や同僚を大事にするよう勧めています。これもまた、まったく同感で、異議なーし、です。
新聞記者から弁護士になった上谷さんは、「弁護士の仕事の9割は、自分の依頼者を説得すること」だと先輩弁護士から教えられたとのこと。「9割」かどうかはともかくとして、依頼者を説得するというのは大きな比重を占めます。そして、そのとき、日頃の信頼関係がモノを言うのです。
 弁護士の仕事において、争うのは、あくまで手段であり、目的は紛争の解決にある。このことを常に念頭に置くべきだ。この点を強調しているのは、沖縄の林千賀子さん。林さんはマチ弁ですが、この本には企業内弁護士も、大企業を依頼者とする弁護士も、国際分野で働く弁護士など、多彩な顔ぶれです。
 弁護士は、めんこくない(かわいくない)、相手にしたくない、面倒くさいと思われてナンボの存在。いやはや、こんな断言をされると、まあ、そうなんですけど…と、つい言いたくなってしまいます。
 最後あたりに、札幌弁護士会が顔写真つき名簿を会の外にまで配布しているのは問題ではないかという指摘が出てきて驚きました。この名簿は福岡県弁護士会にもあり、私が執行部のときに札幌にならって始めたのですが、福岡では会の外には出さないということになっていて、私の知る限り、会員からのクレームはありません(自分の顔写真を提供したくない人は、昔も今も少なからず存在しています)。
 女性弁護士ならではの困難をかかえながらも、元気ハツラツと活躍している女性弁護士が全国的にどんどん増えているというのは本当にうれしいことです。タイムリーな本として、ご一読をおすすめします。
(2023年5月刊。3740円)

土の声を

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 信濃毎日新聞編集局 、 出版 岩波書店
 リニア新幹線って、税金の莫大なムダづかいの典型です。そんなお金は教育分野にまわすべきですよ。大学の学費を公立も私立も無償にする。学生食堂で学生はタダでランチが食べられるようにする。すでにヨーロッパで実現していることです。日本でもやれないはずがありません。日本政府、自民・公明の両党の税金のつかい方は間違っています。
 国はリニア新幹線をすすめるJR東海に3兆円を融資している。つまり、リニア新幹線はJRの事業というより国策事業なのです。だから、私たちも文句を言えるし、言うべきです。
東京・品川と名古屋を結ぶリニア新幹線の総工事費は7兆400億円。
 長野県内のトンネルや橋、駅などの工事の大半は県外の大手ゼネコンの共同企業体(JV)が受注し、県内の企業は2社だけが、その下請に入ったのみ。
 東京・品川と名古屋間の86%がトンネル区間。掘削工事によって出た残土には、自然由来のヒ素やホウ素などを基準値以上に含む、汚染対策が必要な「要対策土」が含まれている。これは、どこにでも捨てていいというものではない。
トンネル掘削作業に従事する作業員の月収は100~150万円。長野県内だけで330人あまりの作業員が掘削に従事している。
 そして、トンネル工事現場で労災事故が相次いで発生し、作業員1人が死亡し、7人が重軽傷を負った(2022年6月現在)。JR東海は、労災事故は原則として公開していない。それどころか、作業員宿舎の出入口には、こんな大看板が立っている。
 「秘密情報に関して、人に話さない、写真を渡さない、資料を持ち帰らない」
いったい、この「秘密情報」とは何をさしているのか…。いやはや、JR東海とは、どんなブラック企業なのでしょうか…。
いま、九州新幹線にはプラットホームに駅員がいません。まさかの事故に対応することはできません。そして、JR九州では駅員の常駐しない無人駅がどんどん増えています。災害にあった辺地の路線は廃止するばかり…。そして、在来の特急列車を極端に減らしました。いまJR九州が金もうけのためすすめているのは、在東線を減らす一方で、ホテル事業への投資拡大です。公共交通機関という使命はとっくに忘れ去られています。JR東海も同じ穴のムジナです。
 それもこれも、かの国鉄分割・民営化のなれの果てです。「国鉄の分割・民営化」を強引にすすめ、国労を徹底的に弾圧したあげくが、利用者不在の「ゼネコンのためのJR」になってしまったというわけです。ひどい話です。
 リニアの工事をめぐる各地の説明会は非公開ばかり。本当にひどいものです。よほどリニアには隠さなければいけないものばかりのようです。今からでも遅くありません。リニア新幹線工事は直ちにストップすべきです。ゼネコンと一部の政治家だけがもうかる工事なんて許せません。
(2023年4月刊。2400円+税)

毒の水

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ロバート・ビロット 、 出版 花伝社
 この本を原作とするアメリカ映画「ダーク・ウォーターズ」をみていましたから、アメリカの企業弁護士がデュポンという世界的大企業の公害かくしと長いあいだ戦った苦闘の経過があわせてよく分かりました。
 テフロン加工するときに使われていたPFASの強烈な毒性は牧場の牛たちを全滅させ、そしてもちろん人間にまで悪影響を及ぼす。デュポンの工場で働く女性労働者が出産したとき7人のうち2人も、目に異常が認められた。PFASは水道水にも入っていて、大勢の市民が健康被害にあった。
 このPFASは、いま、日本でも東京の横田基地周辺そして沖縄の米軍基地周辺で大問題となっています。泡消火剤に含まれているのです。日本政府は例によってアメリカ軍に文句のひとつも言えません。独立国家の政府としてやるべきこと、言うべきことをアメリカには言えず、ただひたすら実態隠しをして、必要な抜本的な対策をとろうともしません。
 アメリカでも出発時は今の日本と同じでした。環境庁も及び腰だったし、マスコミもデュポン社の主張するとおり、健康被害は出ていないというキャンペーンに乗っかっていました。
 アメリカの企業弁護士として、働いていた著者(このとき32歳)は身内の縁で依頼を受けるに至りました。でも、通常のような時間制で請求なんかできません。依頼者は大企業ではありませんから、成功報酬制でいくしかないのです。この場合は、着手金がない代わりに獲得額の20%から40%のあいだで弁護士報酬がもらえます。
 大きな企業法務を扱う法律事務所にいて、デュポンのような大企業を相手とする裁判なので、パートナーの了解が得られるか著者は心配しましたが、そこはなんとかクリアーしました。
 アメリカの裁判では、日本と決定的に異なるものとして、証拠開示手続があります。裁判の前に、相手方企業の持っている証拠を全部閲覧できるのです。デュポン社からは、ダンボール19箱の資料が送られてきました。これを著者は他人(ひと)まかせにせず、全部読みすすめていったのです。箱に入っていた書類をオフィスの床に全部広げる。次に一つひとつを年代順に整理する。そして、トピックやテーマ別に色つきの付箋を貼りつける。
 テフロンはデュポン社の重要な主力商品であり、APFO(PFOA)は、テフロン加工に欠かせない薬剤だった。テフロンは他のプラスチック樹脂と異なり、製造が厄介だった。テフロンが効率的かつ安定的に製造できるようになったのは、界面活性剤(PFOA)のおかげだった。
 著者の部屋は、ドアからデスクまでの細い通り道のほかは、資料が読み上がり、その下の絨毯は隠れて見えなくなった。著者は箱の壁に囲まれながら、床に座って仕事をした。映画にも、その情景が再現されていました。
 この裁判は集団訴訟(クラス・アクション)と認定されて進行した。日本では集団訴訟の活用が今ひとつですよね。私も残念ながら、やったことがありません。
 デュポン社による健康被害の疫学調査をすすめるため、デュポン社に7000万ドルを出させ、7万人を対象として、アンケートに答えたら150ドルを、採血に応じたら250ドルが支払われる(計400ドル)という方式が提案された。アンケートに答えるのは、79頁もの質問なので、記入するだけで45分はかかってしまう。
著者は企業法務を専門とする法律事務所の弁護士として、請求できない時間報酬と経費が累積していくのを見ながら事件に取り組んだ。その7年間のストレスと不安は相当なものがあった。このストレス過剰のせいで、著者は2回も倒れています。幸い脳卒中ではなく、後遺症もなかったようです。
 いま日本で問題となっている、アメリカ軍基地由来のPFASはヒ素や鉛などの猛毒より、さらに比較できないほどの毒性を有している。がんや不妊、ホルモン異常などの原因になっている疑いがある。アメリカが日本を守ってくれているなんていう真実からほど遠い幻想を一刻も早く脱ぎ捨て、日本人は目を覚まさないと健康も生命も守れないのです。北朝鮮や中国の「脅威」の前に、差し迫った現実の脅威に日本人がさらされている。強くそう思いました。
(2023年5月刊。2500円+税)

まちがえる脳

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 櫻井 芳雄 、 出版 岩波新書
 ヒトの脳には、1000億ものニューロンがあり、そのうち800億以上は小脳にある。脳の大部分を占めている大脳には100~200億のニューロンがあり、そのほとんどは大脳皮質に集まっている。大脳皮質のニューロンの特徴はシナプスの多さであり、一つのニューロンが数千以上のシナプスをもっている。そこでは、多数のニューロンが複雑につながることで、緻密な神経回路を形成している。大脳皮質の1ミリメートル四方には10万個以上のニューロンがあり、ニューロン同士をつないでいる樹状空起と軸索の長さの合計は10キロメートルにも及び、接続部位であるシナプスは10億ヶ所以上になる。
ニューロン間の信号伝達は30回に1回ほどしか成功しない。
 脳の活動がまるでコンピュータの動作のように定常的で安定していると考えるのは誤解。同じ運動が常に同じニューロンの活動から生じるわけではない。同じニューロンが活動しても、常に同じ運動が生じるわけでもない。一つの運動には、毎回、少しずつ異なるニューロンの集団が関わっている。ニューロンの発火は不安定であり、ニューロン間の信号は確率的にしか伝わらない。ニューロンは刺激がないときでも発火を繰り返している。脳全体で、常に自発的でリズミカルな同期発火が生じている。
 脳の信号伝達は確率的であり、しかも、その確率はニューロン集団の同期発火がゆらぐことで刻一刻と変動している。ときに信号の伝達がうまくいかず、まちがいが起きてしまうのは当然のこと。このまちがいの中から、斬新なアイデア、つまり創造が生まれる。
 つまり、進化とは偶然の結果にすぎないが、その偶然が起こるためには、生存できず消えてしまう多くの突然変異が必要なのだ。
 ヒトの脳は、単純な神経回路の単なる集合ではない。言語と左脳の関係も決して固定されておらず、絶対ではない。男女で差があるというより、個人差のほうが圧倒的に大きい。
 脳は5%とか10%しか動いていないというのは根拠のない迷信であって、脳は常に全体が活動している。脳は寝ているときも、起きているときも、常に全体が休みなく活動している。
 脳は、生きて働いている脳については、まだ十分に解明されてはいない。脳は依然として、手強く未知な研究対象である。
 脳の解明は、心の解明でもある。脳はいいかげんな信号伝達をして間違えるからこそ柔軟であり、それが人の高次機能を実現し、一人ひとりの成長を生み、脳損傷からの回復を促し、個性をつくっている。
 なーるほど、そうなのか…と、何度も思い至りました。心とは何か、人間とは何かを改めて考えさせてくれる、大変刺激にみちみちた新書です。ご一読をおすすめします。
(2023年4月刊。940円+税)

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