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老いの福袋

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 樋口 恵子 、 出版 中央公論新社
 ヒグチさんは88歳、「ヨタヘロ期」を明るく生きています。後期高齢者入りを目前にした私にとって、大変参考になる指摘のオンパレードでした。それにしても88歳で、こんな元気の出る本を出せるなんて、ヒグチさんは本当にたいしたものです。
 ヒグチさんは、夫に先立たれ、独身の一人娘さん(医師)と2人で生活しています。週に2回は「シルバー人材センター」の人に来てもらって家事をしてもらいます。また、助手の人(親戚)もやって来ます。なので、孤独死の心配はしなくてすみます。
 ヒグチさんは、70歳のとき、かの女性差別論者の石原慎太郎に対抗して、東京都知事選挙に出ました。わずかな準備期間なのに82万票もとったというのですから、すごいです。それにしても石原慎太郎って、ひどい男ですよね。ほとんど都知事として出勤することなく、作家業と遊びに専念していたようです。それでも、実態を知らずに(知らされずに)と知事に投票した都民が大勢いたのは本当に残念です。
 それはともかく、「ヨタヘロ期」とは…。もう何をするにも、ヨタヨタ、ヘロヘロ…。フレイルとは、加齢とともに心身の活力が低下し、健康や生活に障害を起こしやすくなった状態、つまり老人特有の虚弱。サルコペニアとは、高齢になるにともない、筋肉量が減少していく現象。著者は、その両方をあわせて、「ヨタヘロ期」と呼んでいます。とてもイメージがつかめます。
 「ピンピンコロリ」は理想であって、現実的ではない。実際には、ヨロヨロ、ドタリ、寝たきり往生する人のほうが多い。つまり、ある日、バタリと死ねるのではなくヨタヘロ期を通過して、何年も寝込むのが現実的。ヨタヘロ期は、朝、起きるだけでも一(ひと)仕事。80歳をすぎると、料理するのがおっくうになってしまう。
ヒグチさんが、冷蔵庫のなかのもので簡単にすませていたら、なんと、低栄養で貧血になってしまったとのこと、それは大変です。やっぱり、ちゃんと食べなくてはいけません。
 そして、ヨタヘロ期になると、買い物までおっくうになってしまった。朝、起きたとき、空腹感を感じないので、料理しようという気にならず、それで買い物に行くのも面倒になってしまうのです。
 ヒグチさんは、食事フレンド(食フレ)をつくって、たまに外食を一緒にするとか、「孤食」を避けるよう工夫することをすすめています。なーるほど、ですね。老いたら、できるだけ予定を入れて、「多忙老人」になり、「老っ苦う」の連鎖を断ち切る。ヒグチさんのアドバイスです。
 高齢になってからも仕事があり、「自分も社会の役に立っている」と実感できることは心の支えになる。まさしく、今の私にあてはまります。定年のない弁護士のありがたみです。
 ヒグチさんは、無理な断捨離(だんしゃり)をすすめません。子どもに迷惑をかけるので、ガラクタも残すけれど、少々の遺産も残したらいいというのです。これまた、一つの考えです。でも、私は子どものころから整理整頓が大好きでしたので、大胆な断捨離をすすめています。私の担当した事件ファイルは法定の保存期間を過ぎたものは、私が選別して捨て、また保存しています。ですから、50年近く前の事件も残しているものがあります。自宅の本もかなり捨てました。それでも大学生のころに読んだ文庫本も残していたりします。恐らく2万冊ほどは書庫に本があると思いますが、書庫に並べられる限りとし、それ以上のものは選別して捨てています。すぐに捨てるのはもったいないので、法律事務所にもっていって、所員に拾ってもらい、拾われなかった本を捨てるのです。前は書庫には、後列にまで本があったり、横に寝かせたりもしていました。今では、みな背表紙がすぐ読めるようにしています。そうしないと書庫においておく意味がないからです。
 子どもに親が言ってはならないコトバは「あなたの世話になんかならない」とのこと。私も肝に銘じています。いずれはお世話にならざるをえないからです。
そして、親は、最後まで自己決定権を手放してはいけない。つまり、財産(家や預金)を子どもに渡してはいけないのです。私も弁護士としての経験から大賛成です。少しずつ子どもに贈与するのはいいのです。でも、全財産を子どもに渡したら絶対にダメなんです。あとは年金だけ、それも通帳管理は子どもがしているなんていうのは最悪のパターンです。
「ファミレス時代」というのを初めて知りました。ファミリーレス、つまり家族がいない人のこと。50歳児の未婚率は、男性23.4%、女性14.1%(2015年)。65歳以上の「夫婦のみ世帯」は全世帯の32.3%(2018年)。つまり、ケアを担う家族が減って、介護を必要とする高齢者は増えていくという世の中になりつつあるのです。
お互い、健康で、また楽しく過ごせる毎日でありたいものですよね…。
(2021年5月刊。1400円+税)

スペイン市民戦争とアジア

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 石川 捷治・中村 直樹 、 出版 九州大学出版会
 スペイン内戦は、1936年7月に始まった。フランコ将軍らが人民戦線政府に対して軍部クーデターを起こしたことによる。このとき、陸軍の半分、空軍と海軍の多くは政府を支持していた。この内戦は、人々の予想に反して長期化した。
 1939年1月にバルセローナが陥落し、4月1日、フランコは内戦終結を宣言した。それから1975年までフランコ独裁体制が続いた。
2年8ヶ月に及んだ内戦のなかで、フランコの反乱軍側はドイツ・イタリアのナチ・ファシスト政権から強力な支援を受けた。アメリカ・イギリス・フランスが「中立」と称して不干渉政策をとって政権側を支援しないなか、世界55ヶ国から4万人をこえる人々が「国際義勇兵」として政権側を支援した。
 スターリンのソ連軍も政権側を支援したが、アナキストたちと内部で衝突するなど、反乱軍に対抗する陣営は一枚岩ではなかった。
 この本で、著者は、スペイン内戦は、市民戦争に該当すると定義づけています。
そして、アジアからもかなりの人々がスペイン市民戦争に参戦したのです。日本人としては、北海道出身のジャック白井が有名です。アメリカに渡ってレストランで働いた経験を生かしてスペインではコックとして活躍していましたが、激戦の最中に戦死してしまいました。
 このジャック白井と同じマシンガン部隊にいたというジミー・ムーンさんに著者はロンドンで出会って話を聞いています。そして、スペインに渡ったイギリスの元義勇兵とパブで話し込んだ実感から、彼らは特別の人ではなく、ごく普通の人、正義感の強い、率直な市民・労働者だということを確信しました。ただし、一緒にスペインに渡った仲間の3分の1は戦死したし、イギリスに戻ってからは政治上、職業上の差別待遇を受けたということも判明したとのこと。なーるほど、ですね。
 国際義勇兵は、国際旅団を結成して、フランコ側の反乱軍と戦った。アメリカのヘミングウェイ、イギリスのジョージ・オーウェル、フランスのアンドレ・マルローやシモーヌ・ヴェイユなど、あまりに著名な文化人が参加した。幸い、これらの人々は全員、死ぬことはなかった。ただ、写真家キャパの恋人ゲルダは事故死した。
 スペイン市民戦争のなかで、共和国側の人々は70万人が死亡した。戦死したのは30万人で、残る40万人はフランコ派に捕えられて、処刑された。フランコ派による逮捕・処刑の続く日々を描いたスペイン映画をみたことがあります。朝鮮戦争の最中に起きたような同胞同士の殺し合いに似た、寒々とした状況です。
 日本政府は1937(昭和12)年12月1日、フランコ政権を正式に承認した。翌2日、フランコ政権は「満州国」を承認した。
フランコが死んだのは1975年11月。それから、すでに48年たち、スペイン社会も大きく変わった(らしい)。でも、いったいファシスト政権との戦いの意義を再確認しなくてよいのか、考えなおす必要があるように思えてなりません。
著者の石川先生から、最近、贈呈を受けました。ありがとうございます。
(2020年8月刊。1800円+税)

やまと尼寺精進日記(3)

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 NHK制作班 、 出版 NHK出版
 「やまと尼寺、精進日記」は私の大好きな番組でした。録画してもらって、日曜日の夜に、寝る前みて楽しんでいました。ともかく紹介される精進料理がどれもこれも、とても美味しそうなのです。
 しかも、素材はみな地元産のとれとれのものばかり。それを住職と副住職、それにお手伝いのまっちゃんという女性3人が笑いながらも真剣に料理をこしらえていきます。さすがにNHKの撮影も見事でした。
この番組は2016年に始まり、2020年3月に撮影終了。4年間でした。今は、住職ひとり、そして別なお手伝いの人が来ているようです。
お寺は奈良県桜井市にある音羽(おとば)山の中腹にある音羽山観音寺(融通念仏宗)。創建は奈良時代で、かつては山岳修行の場だったというのです。車でお寺に乗り入れることはできません。歩いて50分もかかります。
 住職の後藤密榮さんは、30年もこの寺を守り続けてきました。ほとんどものを買わず、山の恵みと里から届けられる食材を知恵と工夫でおいしくしてしまう料理名人。よく笑い、よく食べる。一人暮らしの山中の尼寺で単調な生活…。いえ、全然違うのです。
 住職はきのうと違う今日を生み出す達人なのです。たとえば、夏には香草ごまだれそうめんです。金ごまを鍋で煎(い)る。香りが出るまで中火でゆっくり、焦がさないように注意しながら。そして、すり鉢(ばち)に入れてする。すれてきたら、刻んだバジル、エゴマ、青じそ、しその実を加え、そしてする。いやあ、おいしそうなそうめんですよね…。食べてみたいです。白菜を千切りにして、納豆をからめたサラダもおいしそうです。
住職は、年齢や職業を訊くことなく、ただ「お寺に集う仲間」として迎え入れる。お互い、ありのまま付きあいましょうということ。なんとも心地が良い。
お寺の庭は、季節ごとの草花と樹木の花で彩られる。そして、室内にも季節の花を活けて飾ります。わが家の庭は、少し前までアガパンサスの花が咲いていました。そして、ブルーベリーも収穫できました。今は、アサガオが咲きはじめていて、サツマイモを待っています。ヒマワリのタネを植えたのですが、大雨のせいか芽が出ていません。苗を買うしかないかもしれません。
高菜の油炒めに住職が初挑戦。これは筑後地方で定番の郷土料理です。子どものころは、これをおかずにして白メシのお代わりをしていました。
粉吹きいもには、少し砂糖を入れたら、さらに美味しくなるそうです。
 4年間の番組を担当したプロデューサーのコトバもいいですよ。ひとりだけど、孤独じゃない。そうなんですよね。人間、みんなどこかで支えあって生きているのです。また、生かされているのです。
 こんないい番組があったなんて知らない人がいて、お気の毒に…と、つい思ったりしました。
(2022年11月刊。1600円+税)

世間と人間

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 三淵 忠彦 、 出版 鉄筆
 初代の最高裁判所長官だった著者によるエッセーの復刻版です。
 最高裁長官というと、今ではかの田中耕太郎をすぐに連想ゲームのように思い出します。
 砂川事件の最高裁判決を書くとき、実質的な当事者であるメリカ政府を代表する駐日大使に評議の秘密を意図的に洩らしていたどころか、そのうえアメリカ政府の指示するとおりに判決をまとめていったという許しがたい男です。
 ですから、私は、こんな砂川事件の最高裁判決は先例としての価値はまったくないと考えています。ところが、今でも自民党やそれに追随する御用学者のなかに、砂川事件の最高裁判決を引用して議論する人がいます。まさしく「サイテー」な連中です。
 ということを吐き出してしまい、ここで息を整えて、初代長官のエッセーに戻ります。
 片山哲・社会党政権で任命されたこともあったのでしょうが、著者の立場はすこぶるリベラルです。ぶれがありません。
 厳刑酷罰論というのは、いつの時代にも存在する、珍しくもない議論だ。つまり、悪いことをした奴は厳しく処罰すべきで、どしどし死刑にしたほうが良いとする意見です。
 でも、待ったと、著者は言います。厳刑酷罰でもって、犯罪をなくすことはできない。世の中が治まらないと、犯罪は多くなる。生活が安定しないと、犯罪が増えるのは当然のこと。だから、人々が安楽に生活し、文化的な生活を楽しめるようにする政治を実現するのが先決だ。こう著者はいうのです。まったくもって同感です。異議ありません。
 東京高裁管内の地裁部長会同が開かれたときのこと。会議の最中に、高裁長官に小声で耳打ちする者がいた。そのとき、高裁長官は、大きな声で、こう言った。
「裁判所には秘密はない。また、あるべきはずがない。列席の判事諸君に聞かせてならないようなことは、私は聞きたくない。また、聞く必要がない」
その場の全員が、これを聞いて驚いた。それは、そうでしょう。今や、裁判所は秘密だらけになってしまっています。かつてあった裁判官会議なんて開かれていませんし、自由闊達で討議する雰囲気なんて、とっくに喪われてしまいました。残念なことです。上からの裁判官の評価は、まるで闇の中にあります。
「裁判所は公明正大なところで、そこには秘密の存在を許さない」
こんなことを今の裁判官は一人として考えていないと私は確信しています。残念ながら、ですが…。
江戸時代末期の川路聖謨(としあきら)は、部下に対して、大事な事件をよく調べるように注意するよう、こう言った。
「これは急ぎの御用だから、ゆっくりやってくれ」
急ぎの御用を急がせると、それを担当した人は、急ぐためにあわてふためいて、しばしばやり直しを繰り返して、かえって仕事が遅延することがある。静かに心を落ち着けて、ゆっくり取りかかると、やり直しを繰り返すことはなく、仕事はかえってはかどるものなのだ。うむむ、なーるほど、そういうもなんですよね、たしかに…。
徳川二代将軍の秀忠は、あるとき、裁判において、「ろくを裁かねばならない」と言った。この「ろく」とは何か…。「ろくでなし」の「ろく」だろう。つまり、「正しい」というほどの意味。
訴訟に負けた人の生活ができなくなるようでは困るので、生活ができるようにする必要があるということ…。たしかに、私人間同士の一般民事事件においては、双方の生活が成り立つように配慮する必要がある、私は、いつも痛感しています。
著者は最高裁長官になったとき、公邸に入居できるよう整うまで、小田原から毎日、電車で通勤したそうです。そのとき67歳の著者のため、他の乗客が当番で著者のために電車で座れるように席を確保してくれていたとのこと。信じられません…。
私の同期(26期)も最高裁長官をつとめましたが、引退後は、いったい何をしているのでしょうか。あまり自主規制せず、市民の前に顔を出してもいいように思うのですが…。
(2023年5月刊。2800円+税)

無限発話

カテゴリー:韓国

(霧山昴)
著者 ムンチ 、 出版 梨の木舎
 著者の正式な名前は「性売買経験当事者ネットワーク・ムンチ」です。そして、タイトルの副題は「買われた私たちが語る性売買の現場」です。
 女性が自分の身体を売る(性売買)というのが、こんなにも苛酷なものなのか、思わず息を呑んでしまいます。
 1日に少なくて6人、最大11人の客を取る。11人の客を取ったときは、シャワー22回、性感マッサージは水台でボディ全面11回、背面11回、肛門もマッサージしてから部屋に戻ってラブジェルなしで前から後ろから11回、本番11回、抜いてあげる(射精)は合計22回。
 夕方6時から朝6時まで休みなく、洗い、くわえ、しゃぶり、体でこすって射精させるのがミッションだ。
 客の支払う料金18万ウォンのうち、「私」の取り分は8万ウォン。11人の客を取ったら88万ウォン。12時間働いて88万ウォンなら、けっこうな額だ。だけど、借金を支払ったら、手元に残るのは5万ウォン。涙が出る。力が抜けて、食欲も出ない。
 部屋の入口上の天井には赤いランプがついている。取り締まりがあると、音はならずに赤く点灯してクルクル回る。ランプがまわると二人とも急いで服を着て、ドアを開けて裏口から逃げる。逃げ出すのに2分以上もかかってはいけない。
 店は、客のタバコ代、カラオケの新曲代、カラオケ機の修理代、おつまみの材料費、水道光熱費、部屋代を徴収する。客がチップをくれても、みな店主が取り上げる。
 買春者(客)がするのは性行為だけとは限らない。お王様のように振る舞いたい、侮辱したい、あらゆるファンタジーを満たされたい、わがまま放題したい、悪態をつきたい、殴りたい…。暴力のバリエーションは無限だ。彼らはエゴイストになりに、性売買の店にやって来る。
 ルームサロンでは、店主は客にばれないよう酒を捨てるよう指示する。売り上げがアップするためだ。そのことが客にバレたときは、店主は女性に全額を借金として押しつける。
 タバンで女性がお金を稼ぐことができない。仕事を休んだら欠勤ペナルティ、遅刻したら遅刻ペナルティが、借金として積もっていく。半休とっても1日分として計算される。
 「セックスワーク」が本当に労働として認められる仕事だと言えるためには、1年も働けば技術が身について待遇もよくなるはずだけど、1年たってみたら稼ぎも待遇も前より悪くなっている。長くいるほど、かえって、お局(つぼね)扱い、くそ客処理係をさせられる。どんな病気になっても自己責任。みんな買春者から病気を移されたのに…。
 買春者は、性欲を解消するため性売買すると思われている。しかし、実際の現場では、それが第一の理由ではない。誰かから疎(うと)まれているとか、日頃感じているストレスの憂さ晴らしをしていく…。自分の中にたまった日常のカスを女性というゴミ箱に捨てていく。身近な人たちには出来ないことを、ここに来て、晴らしている。
 現場の生の声を集めていて、いかにも切実すぎるほどの内容です。韓国の厳しい状況は分かりましたが、ではわが日本の状況はどうなっているのでしょうか…。世の中は知らないことだらけです。人間として生きることの大切さをお互いもっと強調する必要があると痛感しました。
(2023年7月刊。1800円+税)

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