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アフリカの瞳

カテゴリー:未分類

著者:帚木逢生、出版社:講談社
 アフリカの国民10人に1人がHIVに感染している。毎年200人の赤ん坊がHIVに感染して生まれてくる。そんなアフリカで、日本人医師ががんばっている。
 欧米の製薬会社は、エイズ治療薬の開発に必死だ。あたれば、大変なもうけが確実だからだ。だから、人体実験をひそかにすすめている。そのカラクリを暴こうとする者には死の脅しが迫る。モデルがいるのか知らないが、最後まで読ませた。
 ウガンダとセネガルでは、セックスするときにはコンドームの使用を当然とするセーフ・セックスの文化を育てあげ、HIV感染率を大幅に下げた。ウガンダは15%を9%に、セネガルでは感染率はわずか2%にすぎない。
 欧米の製薬会社の売るエイズ治療薬は開発費の8倍ももうけるほどのもの。だから、今の薬価を1000分の1に値下げしてもいいはずだ・・・。
 うーん、そうだったのか・・・。もう騙されないぞ!。

小説・島津啓次郎

カテゴリー:未分類

著者:榎本朗喬、出版社:鉱脈社
 明治3年9月、佐土原藩主(改め知藩事)島津忠寛の三男・島津啓次郎はアメリカ留学に出かけた。アナポリスの海軍兵学校に学び、中退して明治9年4月に帰国した。
 帰国後は武より文を重視する方針で、故郷に私学校を設立した(明治10年2月)が、西南戦争が勃発したため、鹿児島に兵を率いて参戦した。田原坂の戦いで、敗退するや、いったん故郷に戻るも、西郷軍が宮崎へ退路をとったため、またもや参戦し、ついに、鹿児島で西郷とともに敗死した。明治10年9月24日、享年21歳。
 私がこの本を読んだのは、今秋、宮崎へ行き、帰路に西都原古墳を見物したことによる。佐土原町は宮崎から西都市に行く途中にある。いま西南戦争のことを少し調べているので、西郷軍に宮崎から加わり戦死した島津一族の青年がいるということを知り、読んでみようと思った。アメリカに5年ほどいて、それなりの成績もとって開明的な青年になったはずなのに、西郷軍に身を投じるというのは、いかにも日本的な心情の持ち主だったように思われる。
 西都原古墳の方は、一面のコスモス畑を期待していったところ、コスモスはまだ苗の状態でしかなく、期待はずれ。新装の博物館はそれなりの迫力だったが、古墳を自分の足で歩けなかったのが大いに心残りだった。西都原(さいとばると読む)の高台には300もの古墳がある(まだ発掘されていないものが多いという)から、ここが日本の古代文明発祥の地であることは間違いないところだ。

香三才

カテゴリー:未分類

著者:畑正高、出版社:東京書籍
 匂いは格別なものがあります。夏休みに田舎の叔父さんの家にいったとき、稲ワラの山の乾いた匂いに、なんとも言えない安らぎを感じたことを思い出します。
 匂いは、記憶と強烈に結びついています。うーん、どこからか、いい匂いがしてきた。美味しそうな匂いだ。あっ、今日はカレーライスだ・・・。
 線香は江戸時代のはじめに中国から入ってきたそうです。夏の庭作業には釣り蚊取り線香が欠かせません。
 織田信長が、1574年(天正2年)に正倉院の御物「蘭奢待」(らんじゃたい)を切り取らせた事件は有名です。でも、信長だって、ほんの少ししか切り取ったわけではありません。明治天皇も切り取らせているそうです。
 沈水香木(沈香)は、天然の木質香料。今でも人工的な合成はできません。南国の熱帯雨林に自生するジンチョウゲ科アキラクア属と呼ぶ木の樹脂が自然に沈着したものです。
 匂いあわせと称して、同じものかどうかをあてっこした遊びがありました。いかにも優雅な遊びです。現代人は、そんな遊びの心を喪ってしまったようです。

チェチェン、やめられない戦争

カテゴリー:未分類

著者:アンナ・ポリトコフスカヤ、出版社:NHK出版
 世界中でジャーナリストが殺されています。イラクでも多くの記者がアメリカ軍に狙われて殺害されました。日本の大手新聞や民放の記者はいつもアメリカべったりだから、心配はないかもしれません(もちろん、テロリストに狙われる危険はあります)。
 モスクワ劇場占拠事件のあと、航空機2機同時墜落があったかと思うと、北オセアニアで学校が占拠され、何百人もの罪なき人々が大人も子どもも殺されてしまいました。悲惨です。いったい、どうしてこんなテロ事件が頻発するのか?
 誇り高いチェチェン人たちは、ロシアの圧力をはねのけて独立しようとしてきました。トルストイも、かつて、チェチェン人の独立を抑圧するロシア軍の将校として従軍したことがあったそうです。現在のチェチェン人の3分の1が、スターリンによる強制移住の悲劇的体験をしています。このチェチェンで戦争が続いているのは、この戦争によってもうかっている者が多くいることによる。著者のこの指摘は重大です。
 契約志願兵は検問所で贈賄をもらい、モスクワの本部にいる将軍たちは戦争予算の一部を個人運用する。中間の将校は人質や遺体の引き渡しで身代金を稼ぎ、下っ端の将校は、掃討作戦と称して略奪する。そして、全員で、石油や武器の取引にかかわっている・・・。やっぱり、戦争でもうかる連中がたくさんいるのですね・・・。
 銀行も税務署も、チェチェンでは機能していない。しかし、その方が石油取引を自分の思うようにできて好都合だと考えている集団がいる。
 読みすすめると、心に寒風が吹きすさび、首筋がゾクゾクしてきます。暗たんたる気分になって、早く家に帰って、布団をかぶって寝よう。そんな暗い気分にさせる本です。でも、この現実から私たちは目を逸らすわけにはいきません。だって、いつのまにか飛行機に安心して乗れない世の中になってしまったのですから・・・。力ずくでチェチェン人を抑えつけられないとしたら、ここは日本国憲法の前文と9条の精神を生かすべきときなのではないでしょうか・・・。

裁判員制度と国民の司法参加

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著者:鯰越溢弘、出版社:現代人文社
 裁判員制度は既に法律が制定され、5年後に施行されることになっているのに、弁護士のなかには、まだ非難するばかりの人が少なくない。被疑者・被告人の人権保障の充実こそが裁判員制度の目標であるべきだという人も多い。
 しかし、私は、裁判員制度は国民の司法参加の一形態であって、陪審員制度の実現にまでは今回いたらなかったが、必ず陪審員制度を実現するためにも、裁判員制度を成功させて制度としての定着を図る必要があると考えている。そして、その不十分な点を改善するなかで、陪審員制度へ一歩一歩近づけていかなければならない。
 ところで、裁判員制度については、裁判官による裁判を受けられなくなるので憲法違反という声があった。この本を読んでその疑問が解消した。
 日本国憲法32条や37条の「裁判所」の英原文はcourtではなく、tribunelである。courtは、裁判官で構成された通常の裁判所を意味し、tribunelは司法ないし準司法的な機能を果たす機関を意味し、広い意味では通常の裁判所も含む。tribunelの普遍的な特徴は、主催者は法曹資格を有していても、その大半または全員が素人によって構成されていることである。したがって、憲法32、37条の裁判所は、裁判官のみで構成される通常裁判所ではなく、素人を構成員として含む陪審員裁判所を意味している。そもそも歴史的に言うと、陪審員制度は市民の自由を守るための裁判制度として創出されたわけではなく、むしろイギリス国王が行政執行のために必要とする情報を収集するための便宜として使われていたものである。しかし、その後、絶対王政に抵抗した政治犯を無罪とする評決を通じて、陪審裁判が自由の砦として認識されるに至ったものである。うーん、そうだったのか・・・。
 陪審制度は、普通選挙と並んで、司法制度における国民主権の象徴的表現である。民主主義的な憲法体制においては、市民が直接に裁判に関与する陪審制度が望ましい。陪審制は、何よりも政治制度なのである。私も、著者と同じく、裁判員制度が陪審制実現への一里塚になることを心から願っている。

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