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うつ病を体験した精神科医の処方せん

カテゴリー:未分類

著者:蟻塚亮二、出版社:大月書店
 団塊世代の精神科医です。自らもひどいうつ病にかかり、いっそ死んだほうが楽だと思うような日々が2年ほど続いたそうです。青森県の病院で長く活動してきましたが、今は沖縄に移住しています。沖縄の方が住みやすいのでしょうね。
 うつ病は7人に1人が生涯のうちに1回はかかる病気とのことです。私の親しい弁護士が最近よく眠れないとこぼしていました。夜中に一度目が覚めたら、ずっと眠れず、明け方になって寝入るので、結局、朝は9時まで布団の中にいるというのです。それはきっとうつ病だよ。彼の症状を私から聞いた別の弁護士が即座に診断を下しました。さもありなんです。うつ病の症状のひとつが眠れないということだからです。
 頼まれると断れない性格。仕事にみる精力性・熱中症。これがうつ病に結びつきやすい。
 うつ病は時間をかければ、必ず回復する。著者はこのように断言しています。ただし、治るということの真意は、病気になる前の状態に復することではなくて、肩から力を抜いてもっと楽な生き方に変わることに他ならない。
 うつ病は、家庭や職場、学校などの環境要因と、必要以上にくよくよしたりする性格などが反応しあって発病する。性格だけでうつ病になるのではない。
 身体が、癌の存在をうつ病というサインによって警告することがある。これを癌による警告うつ病という。まだ気づかれていない癌が体内にあるときにうつ気分が持続する。
 末川博博士は色紙にこう書いた。20歳までは他人様に育てられ、20歳から50歳までは他人様のために生きる。50歳を過ぎたら自分のために生きる。
 本当にそのとおりだと私も思います。私も、自分でも信じられませんが、あと3年で還暦を迎えます。ですから、自分のために生きることをますます優先したいと考えています。
 うつ病は心の風邪だと言われることがある。しかし、うつ病のつらさは独特である。悲観的な気分が全身を締めつける。
 切れる刀は折れやすい。
 悲しむ能力こそ真に人間らしい能力だ。
 うつ病になるともっぱら絶対化してしまい、相対化という視点が乏しくなる。
 家庭のなかで習慣化されたものをもっている人の精神衛生は安定している。
 私にとって、それは子どものとき以来の雑巾がけです。家中を雑巾がけすると、すっきりした気分になります。そして、夏でも冬でもシャワーをあびるのです。おかげでめったに風邪をひきません。もっとも、週一回の水泳を続けていますが、これも皮膚を鍛え、心身によいようです。1回30分間、自己流のクロールで1キロ泳ぎます。全身運動ですから、無心に泳ぎながら、全身を点検します。どこか調子が悪いと30分間はとても泳げません。30分のあいだ泳げたら、まだ大丈夫だなと自信がつきます。毎週、人間ドッグに入っているようなものです。
 日曜日に朝寝すると、月曜日によけいに辛くなる。だから、日曜日も早く起きる方がよい。そうなんです。私は1年中、朝は7時に起きることにしています。若いころは、私も日曜日は布団のなかで、いつまでもぐずぐずしていました。でも、今では、日曜日は朝早く布団から出て、さあ今日一日は自分の時間だ、そんな楽しい気分で動きはじめます。
 人はなぜ自殺するのか。この問いに対して、著者は、それは今よりも、もっとよりよく生きたいからだ、と答えています。うーむ、そうなのかー・・・、と思いつつ、この答えがもうひとつよく分からないでいます。もっと深く考えてみる必要があるようです。
 いろいろ考えさせられる、いい本でした。

離れ部屋

カテゴリー:未分類

著者:申 京淑、出版社:集英社
 現代韓国文学を代表する「自伝的」長編小説。オビにはこのように書かれています。
 不思議な余韻が心に残る気のする小説です。私にはとてもこのような文章は書けません。
 私は16歳の少女。パク・チョンヒ大統領の時代。ここは済州島。維新体制と緊急措置の撤廃を求める声がみちあふれている。
 ソウルへ兄を頼って少女は上京する。職業訓練院を経て電機会社の女工として働き始める。低賃金で無権利状態のなかで労働組合が結成され、誘われて組合員になる。しかし、やがて組合の支部長を裏切って学校に通うようになる。そして、念願の小説を書きはじめる。それがマスコミに注目され、インタビューを受ける。
 16歳の少女と、それから20年たって小説を書いている私とが交互に登場してきて、過去と現在の言葉が矛盾を感じさせないまま、見事な織物のようにつむぎ出され、読み手をアナザーワールドへとぐいぐいと引きずりこんでいくのです。実に不思議な感触です。時代背景もしっかり書きこまれています。たとえば、光州事件、ソウルでのデパート崩壊事件なども織りこまれています。
 18歳になり、19歳になった。私は書きつけていった。
 夏にこの家へ来ると、決まって食べたくなるものがあった。お芋のツルの皮をいちいちむいて、キムチのように漬けたものと、タニシ入りの味噌チゲ。
 身体の記憶力は、心の記憶力よりも穏やかで冷たく、細やかで粘り強い。気持ちよりも正直だからだろう。
 さあ、ためらっていないで飛び立つのよ、あの森の中へ。目の前に立ちふさがる稜線を越えていくのよ。はるかな夜空のもとで、星を目ざして高い木々の枝々で艶やかに眠るがいい。
 年々歳々、忘れることはないだろうから、いつかふたたび、新しい文章になって戻っておいで。
 最後に、著者は日本の読者のみなさんへ、という言葉を寄せています。
 小説というのは、互いに知らぬ者同士の間をたゆたいながら流されていく、帆船のようなものだ。その帆船に乗っているのは人間の物語である。
 ふむふむ。なるほど、そう、そうなんですよね、。どこに流されていくのか、よく分からないまま、みんなたゆたいながら流れていっているわけです。それを文章にして、元いた場所に戻っていき、また、現代にかえって、さらに生きていきたい、私もそのように痛切に願っています。

トヨタモデル

カテゴリー:未分類

著者:阿部和義、出版社:講談社新書
 またまたトヨタをヨイショする本かと思って読みとばしていきました。日本経団連会長を出している企業として、マスコミがトヨタを批判することは考えられないからです。
 著者は3年前に定年退職するまで朝日新聞に長く在籍していたジャーナリストです。定年退職したからには、少しは他のトヨタ絶賛本とは違ったことも書かれているのかと期待していたのですが・・・。それでも、やっと第5章に、「労働組合は会社のいいなりか」というタイトルにぶちあたりました。
 トヨタは、ご承知のとおり業績好調です。2005年には税引き後の利益で1兆円をこえる空前の好業績でした。ところが、なんと、トヨタ自動車労働組合はベースアップの要求を3年連続して見送ることを決めたというのです。5万5千人の組合員をかかえる巨大労組がこんなていたらくなのですから、あきれてモノが言えません。
 いったい、労働組合とは何のため、誰のためにあるのでしょうか・・・。さすがに自動車総連の会長(実は、この人もトヨタ自動車労組から出ている人です)も、3年も続けてベアを要求しないのはおかしいと苦言を呈したということです。トヨタで働く人々のなかにもこのベア要求しないことに不満が高まっているようです。
 連合ではなく、全労連が、ベアを認めないトヨタ、要求しない労組、トヨタは日本全体の賃金を引き下げる役割を担っていると厳しく批判していることが紹介されています。
 そもそも、このトヨタ労組には会社批判派は排除される仕組みが確立されています。 2000年7月の選挙のとき、組合委員長に共産党から立候補した人が組合員の4.5%、2636票をとったことがありました。しかし、その後、組合員50人の署名を集めないと立候補できないように規約が変えられてしまったのです。ホンダでもニッサンでもない制限です。会社からにらまれたくない人が多いので、50人を集めることは難しいのです。
 トヨタは共産党の影響を排除して、会社の統制を貫徹させるために、さまざまなインフォーマル集団を育成してきました。このインフォーマル集団によって、トヨタ労組は運営され、会社との蜜月状態が久しく続いているわけです。トヨタ労組が骨抜きの労働組合でしかないというのは必然なのです。
 しかし、日本の巨大企業には、もっとチェックアンドバランスを内部からもかけるべきではないのでしょうか。ワンマン経営者の言いなりの企業ばかりだと、そもそも企業は社会にとって役に立っているのか、そこで働く人たちの生活と権利は本当に守られているのか、心配になってしまいます。とくに今のように勝ち組優先で、弱者切り捨ての小泉流政治がすすんでいるときには、弱い者の視点に立って、何がいま必要なのか、企業の論理とは別の観点からの提起が求められている気がしてなりません。

絵巻物

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著者:秋山光和、出版社:小学館
 原色日本の美術の8巻目の大型本です。図書館から借りて読みました。
 絵巻物について、入門的かつ総合的に解説してくれています。大型のカラー図版によって、絵巻物の素晴らしさがよく分かります。絵巻物は、その描かれた時代の日本を視覚的に再現してくれる歴史遺産であるだけでなく、日本が世界に誇りうる一級の芸術品だと思いました。大判の本なので持ち運びするには不便ですが、絵巻物を原寸で読めるのはうれしい限りです。
 絵巻物は世俗的絵巻と宗教的絵巻に大別される。世俗的絵巻は、物語(源氏物語絵巻や紫式部絵巻など)、説話(信貴山縁起絵巻、伴大納言絵巻など)、戦記(平治物語絵巻、蒙古襲来絵巻など)、和歌(三十六歌仙絵など)、記録そして雑(鳥獣人物戯画)がある。宗教的絵巻には、仏典・装飾経(餓鬼草紙など)、寺社縁起(北野天神縁起絵巻など)、高僧伝(一遍聖絵など)がある。
 光源氏が五十日の祝いに薫をだいている場面を描いている源氏物語絵巻を眺めると、当時の貴族の邸宅の様子がよく分かります。
 人物の顔は「引目鉤鼻」(ひきめかぎばな)に決まっている。斜め正面むき、やや後方から見た横顔、極端に頭を小さくしたうしろ姿の3つに限定されている。そうは言っても、絵を描いた作者の表現力が不足していたわけではない。特定の効果を意図してつくり出されたスタイルである。喜びも悲しみも、一切の感情が表情として示されていないにもかかわらず、画面を全体として眺めると、不思議なほど人物の気持ちやその置かれた情況が、ありありと見る者に伝わってくる。
 「引目」についても、一本のように見えながら、ある部分を強調し、あるいは軽い点を加えて瞳のあり方を暗示するなど、それぞれの顔にひそやかな命をかよわせている。
 彩色法にも独自のものがある。下描きの墨線を厚い彩色顔料で全部塗り隠したうえで、改めて色や墨の線で描き起こしをして画面を仕上げていく技法がとられている。「つくり絵」の技法である。
 絵巻物は上下の最大幅が50センチもある。横の長さは10メートルから15メートルに及ぶ。みる者は絵巻物を手にとって、あるときには停めてじっくり眺め、あるときには早く巻きすすめることができる。緩急のリズムをみずから生み出し、調節することで、画面効果を作り出すことに参加できるわけである。
 絵巻物は中国の画巻に学んでいる。しかし、日本式の絵巻物として、10世紀に独自に発達をとげていった。13世紀の後半に盛りあがりをみせ、14世紀になると最後の輝きを放って、急激に減退していった。
 以上のような解説によって絵巻物を知ることができるわけですが、ともかく、カラー図版を眺めるだけで楽しい絵巻物の解説本です。そこには中世に生きた人々の顔が写実的に描かれています。なーんだ、やっぱり中世の人って現代日本人とあまり変わらないんだなー・・・と、驚かされます。

グローバル経済下のアメリカ日系工場

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著者:河村哲二、出版社:東洋経済新報社
 アメリカに日本企業が進出して長くなります。なんとかうまくやっているようです。自動車産業は、アメリカ企業を圧倒しつつあるようですが、なぜそれが可能になったのか、そこにどんな問題があるのか、私の関心のひとつです。
 アメリカ型システムは、単能工的専門化体制を特徴とする。個々の作業者が遂行すべき「ジョブ(職務)」概念が明確で、かつ「ジョブ」間の垣根が高い。個々の作業者は職務定義によって明確に定義された職務を厳密に遂行することが求められる。これは少品種の大量連続生産に適した方式である。
 日本型労務編成は多能工による班組織を特徴としている。頻繁な機種の切り替えに対する柔軟な作業の再配置を可能とする。作業現場の作業長は、現場ノウハウを熟知した現場作業員から内部昇進で確保される。
 日本型システムでは、アメリカ型の職務対応賃金はそのままでは採用できない。昇格・昇進といった人事管理もアメリカ型とは異なってくる。日本型経営・生産システムは、多品種生産をより高効率・高品質で実現するシステムである。
 日本企業の経営システムは長期継続志向と職務間の垣根の低さにある。日本企業が行ってきた能力評価は、仕事の成果ではなく、仕事のプロセスを評価する。成果主義賃金と銘うちながら、実は仕事ぶりを評価する制度であることが少なくない。
 日本の自動車メーカーは、アメリカの自動車産業の中心地であるデトロイトをあえて避け、伝統的に農業地域であった地域に進出したのが特徴的。ここには、UAWなど、戦闘的な労働組合の影響から逃れようという意図があった。また、すべての工場が、設立当初から、プレス工程から最終組立工程までの一貫生産拠点であった。
 アメリカで日本車が売れる原因の大きなものとして、車に対する信頼性が高いことから、中古車の価格が新車とほとんど差がないことがあげられる。
 日本型システムは、製造現場での絶え間ない改善活動や問題解消活動によって維持されている。このような能力構築システムそのものを現地工場でいかに実現するかというのが、大競争下での現地生産の成否のカギとなっている。
 韓国の三星電子が急成長を遂げている。三星電子の経営スタイルは、生産現場は日本式なのに、その基本的な人事制度は日本式ではなく、欧米式に近い。そのミスマッチには驚くべきものがある。
 うーむ、なるほど・・・。そう思いながら読んでいきました。それにしても労働組合のない日系工場というのはどうなんでしょうか。たしかに労務管理はやりやすいのでしょう。でも、いったい企業は何のためにあるのか、その基本を忘れて暴走する歯どめが本当に必要ないものなのでしょうか。そんなことを言うと、今の企業の置かれている厳しい現実をおまえは知らない。夢のような青臭いことを言うな、そんな批判の声が飛んでくるのでしょう。だけど、ですよ。一級建築士による安全手抜きのビル建築を見ていると、今の日本企業の多くがあまりにも目先のもうけを追求して、大切な基本的倫理を忘れ去っている、それが心配でなりません。

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