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喧嘩両成敗

カテゴリー:未分類

著者:清水克行、出版社:講談社選書メチエ
 実に面白い本です。まだ35歳の若手学者の本ですが、その分析力にはほとほと感心してしまいました。このくらいの分析力を持てたらなあと長嘆息するばかりです。私も人並みに年齢(とし)だけはとったのですが、とてもかないません。
 日本人は昔から争いごとを好まない。和をもって貴しとする民族だから・・・。なんていうのは真赤な嘘です。ところが聖徳太子(その実在も疑われています)の十七条憲法を額面どおりに受けとり、それが定着しているのが日本人だと誤解している人のなんと多いことか・・・。そもそも十七条憲法に、和をもっと大切にせよと書かれたのは、当時の日本であまりに争いごとが多かったからです。同じように、十七条憲法は、裁判があまりに多いから、ほどほどにしなさいとも言っているのです。ご存知でしたか。ぜひ一度、十七条憲法の全文を読んでみてください。といっても、全文とそれを解説した本って、なぜか驚くほど少ないんですよ・・・。
 それはともかく、日本人は昔から執念深かったようです。16世紀に日本にやってきた有名な宣教師ヴァリニャーノは、日本人の恐るべき執念深さを次のように本国に報告しているそうです。
 日本人は感情をあらわすことに大変慎み深く、胸中に抱く感情を外部に示さず、憤怒の情を抑えつけているので、怒りを発するのは珍しい。お互いに残忍な敵であっても、表面上は明るく儀礼的で鄭重に装う。時節が到来して勝てるようになるまで堪え忍ぶのだ。
 果たして陰湿なのは室町時代の日本人だけなのか。著者は中世日本人の激情的で執念深い厄介な気質は、現代日本人にも受け継がれているのではないかと指摘しています。私も、それはあたっている気がします。
 現在、中世社会では必ずしも敵討(かたきうち)が違法行為とはされていなかったことが明らかにされている。ただし、本当は親の敵(かたき)でもないのに、自分が殺した相手を親敵だと言いはって罪を逃れようとする者も当時いたようだ。
 間男を本夫が殺害するという行為自体は、当事者間では何ら違法という認識はなかった。むしろ、そうした法習慣を禁じようとした鎌倉幕府の方が非常識なものと受けとめられていた。敵から危害を加えられた者は、公的裁判に訴えるのも、自力救済に走るのも、その選択はまったく自由だった。復讐は公認されていたというより、むしろ放任されていた。
 室町時代、人を殺した人間がある人の屋敷に逃げこんできたとき、「憑む(頼む)」と言えば、頼まれた側はその人間の主人として保護する義務が生じた。
 鎌倉から南北朝までのあいだ、墓所(ぼしょ)の法理というものがあった。殺された人の属した宗教集団が犯行現場ないし加害者の権益地である広大な土地を、被害者の墓所として加害者側に請求するという宗教的慣行があった。
 室町時代の大名にとって、政治的な失脚は、その政治力や発言力を失うだけでなく、生命・財産・すべてを奪われかねない深刻な重大事だった。そして、京都に住む一般の都市民衆は、度重なる政争のなかで、ただ逃げ惑っていたり、傍観していたわけではなく、ここを稼ぎ場と、たくましく生き抜いていた。
 流罪途中に、流人が殺害されることは多く、当時の人々は流罪は死刑と同じように考えていた。なぜか・・・。
 流人を途中で殺害する行為は、落武者狩りや没落大名の屋形からの財産掠奪と同様、ほとんど慣行として社会に許容されていた。つまり、法の保護を失った人間に対して、殺害、刃傷、恥辱、横難そのほか、いかなる危害を加えようと、何ら問題にならなかった。
 流罪というのは、室町殿にとって堂々と処刑するのははばかられるときの刑。建前上は死刑でないとしつつ、実質的に死刑とする方策として流罪とされたのではないか・・・。
 中世に取得時効が認められていた。それは20年だった。鎌倉幕府の御成敗式目第8条に、知行(ちぎょう)年紀法という有名な条文がある。そこでは、たとえ不法な占拠であっても、その土地での20年以上にわたる当知行(とうちぎょう)つまり用益事実が認められると、その者を正式な土地の支配者として認めることが規定されていた。
 折中(せっちゅう)の法というのがあった。足して二で割る解決方式のことである。中世社会では、最善の策として奨励される重要な法思想だった。たとえば、降参半分(こうさんはんぶん)の法というのもあった。降参した敵の所領については、半分だけは没収せずに残してやるというもの。
 中世社会に生きる人々にとっては、真実や善悪の究明などはどうでもよく、むしろ紛争によって失われた社会秩序をもとの状態に戻すことに最大の価値を求めていた。衡平感覚や相殺主義に細心の配慮を払っていた。
 解死人(げしにん)と呼ばれる謝罪の意を表す人間を差し出す紛争解決慣行があった。その解死人は相手に行ったら殺される危険もあったが、原則としてそのまま解放されることになっていた。下手人は犯罪の実行者、死をまぬがれる解死人そして、派遣されるだけという下使人となっていった。
 喧嘩両成敗と裁判というのは、本質的に相矛盾するもの。喧嘩両成敗は戦時ないし準戦時の特別立法であって、平時の法令ではなかった。戦国大名にしても、織田・豊臣政権にしても、また江戸幕府においても、最終的な目標は喧嘩両成敗なんかではなく、公正な裁判の実現にあった。これによって自らの支配権を公的なものに高めることを目ざした。なぜなら、喧嘩両成敗は、権力主体からすると弱さの表現でしかなかった。むしろ、喧嘩両成敗法を積極的に普及させ、天下の大法(一般的な法習慣)にまで高めていったのは、公権力の側ではなく、一般の武士や庶民たちだった。
 この本を読むと、いかに日本人が昔からケンカ(争闘)を好きだったか、いくつもの実例が紹介されていて、驚くほどです。こんな事実を知らずに、日本人は昔から平和を好んでいた民族だなんて言わないようにしましょう。日清・日露戦争そして第二次世界大戦を起こしたのは、私たちの祖先の日本人だったのは歴史的な事実なのです。これは自虐史観なんていうものではありません。

小説電通

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著者:大下英治、出版社:徳間文庫
 あの電通が、いかにして日本のテレビそして広告業界全体を支配するまでにのしあがったのかを描いた実録小説です。といっても、この本は25年も前のものです。私は図書館から借りて読みました。本は買って読む主義なのですが、残念なことにもう売っていなかったのです。
 Fマッチ・ポンプ集団が狙う相手は、同業他社の広告代理店がメイン代理店になっている企業に限られる。スキャンダルを流された企業のイメージは傷つけられ、その企業のメイン代理店の立場も悪くなる。そこに電通が救世主のようにあらわれる。ポンプ役を果たし、それまでのメイン代理店に取ってかわって、新たに電通がメイン代理店となる。そして、ひとたびクライアントになった企業に対しては消火作業専門にあたる。うーむ、よくできているというか、えげつないというか・・・。
 電通が強い理由のひとつは、テレビのゴールデンタイムの占有率が5割とか6割を占めていること。2位の博報堂はせいぜい10%程度なので、比較にならない。
 電通は、昭和48年以来、広告界において世界一の座を誇り続けている。日本の総広告費の4分の1以上を電通が占めている。海外ではまったく無名にひとしいのに・・・。今はどうなんでしょうか・・・。
 日本の広告代理店には一位があって二位がなく、五、六位に博報堂がある。電通はガリバー型巨人である。媒体を確保し、媒体を売ることが日本の広告代理店の主な仕事。この媒体確保能力において電通の力は絶大なのである。
 電通は人脈づくりに力を注いでいる。政界にも財界にも強力なコネを築きあげている。しかも、人質作戦まで敢行している。要するに、政財界の大物の子息や親戚をいざというときのために電通の社員としている。マスコミ関係者の縁者も多い。電通の開祖・吉田秀雄は、東大出のインテリを採用すると同時に、有名人の血縁者を縁故採用するという両面作戦をとり、これがあたった。
 電通は政府広報にもくいこんでいる。その4割以上を電通が占めている。自民党広報については8割以上で、ほぼ独占している。
 いやあ、すごいものです。日本を牛耳っているのは小泉・自民党というより、うしろで操っている電通だ。そんな気がしてきました。背筋が寒くなります。25年たった今は、どうなんでしょうか・・・。

卜伴はまだ咲かないか

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著者:小林尚子、出版社:文芸社
 医師が患者になったとき、大病院でどのような治療を受けるのか。寒々とした実態がその妻である医師によって淡々と暴かれた本です。
 ところが、逆に、主治医は、患者である先輩医師について、我々を次々に切り捨てたという感想を述べました。これに対して、医師でもある妻は、病んだことのない医師には、そんなに分からないものかと、次のように痛烈に皮肉っています。
 人間は神ではない。だから、すべてを分かるはずもない。でも、分からない、できない、ということを告げる勇気や良心は持てるはず。まして尊い人の命の問題である。心の問題も含め、そうしたことに真っ正面から挑むのが医師としてのつとめではないのか。
 卜伴(ぼくはん)は、患者である夫が、田舎の植木屋で求め、庭に植えたツバキのこと。夫が病床で、その咲く日を楽しみにしていたことから、このタイトルがとられました。
 濃紅色の花弁と紅色の花茎に白色の葯(やく)が鮮明に対比する唐子咲きの花をつけるツバキ。江戸の初めから知られ、関西では月光(がっこう)と呼ぶ。見てみたいものです。
 その医師が亡くなったのは1993年のこと。61歳でした。放射線によるガンに冒されながらも、ガンの放射線診療技術の向上に生涯をささげた外科医と報じられたとのことです。
 ところで、その大学病院では、他の大学から来た連中には絶対に協力しないことという申し合わせがなされていたそうです。1965年のことですから、今から40年も前のことになります。今では、そんなことはないのでしょうか・・・。
 学会について、会長職を得るための選挙運動、学会費用のための寄付集め、少しずつ狂っていくような気がする。そう書かれています。組織というのは、どこでも人間の嫌らしさが出てくるもののようです。
 ここでも、政治の世界と同じく、人を蹴落とすには、お金と女性関係。
 知人が入院したとき、早速、お見舞いにかけつける。しかし、病人にとってお見舞いは疲れるもの。こんなに疲れるものとは知らなかった。これからは、相手の気持ち、意向を聞いてからにしよう。そっとしておいてほしい。そんな気持ちも病人にはある。そうなんですね。親切の押し売りはいけないんです・・・。
 病人である夫の痛みをやわらげるため、ハリもしてみた。一時的には効果があった。しかし、一番きいたのは、妻によるマッサージだった。これにはなるほど、と思いました。
 医師が病気になったとき、自分のいた大学病院に入院していても、これほど患者と家族の気持ちからかけ離れた処遇を受けるというのに、正直いって驚いてしまいました。これでは、医者でないフツーの人が患者になったときに受ける処遇がひどいのも当然のことです。もちろん、どこでもそうだ、ということではないのでしょうが・・・。
 しかし、まあ、恐るべきは妻の愛ですよね。その執念にはほとほと敬服しました。

深海のパイロット

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著者:藤崎慎吾、出版社:光文社新書
 海の底深く、何千メートルもの深海はものすごい気圧がかかって、地上とはまったく別世界。しかし、そこにもさまざまな生き物がいます。子どものころ、「海底2万海里」の本を読み、ノーチラス号の冒険に胸をワクワクさせていたことをなつかしく思い出します。
 4000メートルより深く潜れる潜水調査船は、世界に5隻しかない。一番深く潜行できるのは、日本の「しんかい6500」。
 宇宙飛行士は、全世界に280人、日本に8人いるのに対して、深海潜水調査船のパイロットは全世界に40人、日本に20人しかいない。
 潜水調査船には当然のことながらトイレはない。大人3人が入るのに。小便をゼリー状に固める薬品を入れたビニール袋が用意されている。大便用に組立式になった紙製のオマルもあるが、船内から臭いは除去されない。私は高所恐怖症であり、閉所恐怖症でもあります。トイレにも、行けないと思ったら、余計に何度でも行きたくなってしまいます。
 日本海溝の割れ目にスーパーの袋がたまっている写真がのっています。そら恐ろしいほどの環境破壊が進行中なのです。
 これまでの最高記録は水深1万916メートルです。アメリカの「トリエステ」が1960年に達成しました。このとき、ヒラメのような魚を見たというのです。ヒラメは8000メートルまでしか生息できないというのに・・・。まだまだ深海の底にはたくさんの謎がひそんでいるのです。
 海底においては、水の中は光の減衰が激しいので、どんなに強力なライトをつかっても、せいぜい15メートルまで。通常は7メートルまでしか見ることができない。
 海中では、減衰が大きいため、電波は利用できない。かわりに音波を使う。音波は水中でも減衰することがなく、遠く何万キロの彼方まで届く。音波は、陸上の5倍の速度、秒速1500メートルで伝わる。したがって、自分がしゃべったあと、10秒間以上も相手の返事を待たされることになる。
 人間が船内に吐き出す二酸化炭素は耐圧殻内の空気をファンで強制的に循環させ、「水酸化ナチュウム」で吸収する。潜水船の船内は寒い。純酸素をつかっているので、火気は厳禁。防寒の対処方法は「厚着」するのみ。こんなにしてまで、なぜ人間が潜るのか。
 やはりビデオではだめ。人間の目で海底を見ると、第六感によって得られるものがある。というのです。なんだか分かる気がします。
 深海にも、さまざまな生き物が人知れず生存していることを知りました。

米軍再編

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著者:久江雅彦、出版社:講談社現代新書
 著者は、冒頭で何万人もの外国軍隊を何十年にもわたって国内に駐留させることが、はたして正常な二国間関係と言えるのだろうかと疑問を投げかけています。まさに、そのとおりです。どうして、アメリカ軍が今も日本の首都周辺にいて、沖縄に大量に駐留しているのでしょうか。日本はまったく独立主権国家ではありません。
 小泉政権は、その発足以来、対米関係を何よりも最優先させ、同盟強化の道をひた走ってきた。イラク戦争後、サマワへの自衛隊投入にもふみ切った。対米関係に最大限の配慮を払った結果である。
 日本には、今、3万7000人の米兵が駐留している。アメリカの国外に40万人ほど展開しているうち、イラクを除くと、日本はドイツに次いで世界第2位(韓国と同じ)。日本にアメリカ軍が駐留しているのは、戦略的な価値が高いから。大量の生活物資が必要になるが、日本だと、それは容易だ。武器を修理するのも能力に心配はない。地政学的な優位性、豊富な物資、艦艇・航空機の修理に必要な熟練した労働力など、どれをとっても日本に駐留することは最高に高い評価を得ている。そのうえ、日本は思いやり予算として46億ドルも負担してくれている。アメリカ兵1人あたり年間1380万円も日本は税金を投入して負担している。これだけ負担する能力があるのに、司法修習生への給費は負担できないというのです。まったく間違ってますよね。ちなみに、韓国は日本の6分の1、ドイツは12分の1でしかありません。日本の負担が異常に大きいのです。思いやり予算は、きっと日本の軍需産業もうるおわせていると私は見ています。どうなんでしょうか。
 このように、アメリカにとって、数あるアメリカ軍の海外駐留先のなかでも、日本はけっして手放したくない基地なのである。そうなんです。日本はアメリカに守られているのではなく、単にアメリカに利用されているにすぎないのです。そもそも、アメリカが日本を本気で守ってくれるなんて考えられますか。それを信じている人は、私に言わせれば、よほどの甘ちゃんでしかありません。アメリカ人は、自分のこと、せいぜい自分の国のことしか考えていないのです。
 日本にいるアメリカ陸軍第一軍団とは何者か、が紹介されています。
 この第一軍団は2万人の兵力に加えて、2万人の予備役兵や州兵を動員できる。機動・戦闘能力に優れた最新鋭の装甲車両「ストライカー」の旅団を擁している。数ある軍団のなかで、もっとも豊富な戦闘経験を積んでいる。
 アメリカの大半の政治家と官僚の知識と関心はヨーロッパにある。それと中東地域だ。経済面を除いて、アメリカにとって日本は対等のパートナーとは位置づけられていない。在日米軍司令官の主たる任務は日本政府との調整と要人の接待だった。
 在韓アメリカ軍司令官は大将(四つ星)であり、在日アメリカ軍司令官は中将(三つ星)である。アメリカ軍の運用実態は極東条項と大きくかけ離れていることは、日米安保条約に精通した官僚は、公言しないだけで、熟知している。
 いま、日本はアメリカ軍基地の海外移転・整備にともなって3兆円の負担を求められています。当初は7000億円ということでしたが、すぐに3兆円になってしまいました。大変な金額です。政府は新しい税をつくってまで負担しようとしています。いったいなぜ、日本がアメリカ軍のため3兆円もの大金を負担しなくてはいけないのですか。まったく何の根拠もありません。まさに、日本はアメリカの属国でしかないということです。
 こんな状態でありながら、愛国心教育を押しつけようとするのですから、信じられません。いったいどんな国を愛せというのですか。いつもアメリカべったり、いつだってアメリカの言いなりでお金を出さされる。そんな自主性・主体性のない国をどうやって愛せというのでしょう。ひどい国です。いえ、今の小泉内閣の政策が間違っているというだけのことです。

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