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果断

カテゴリー:司法

著者:今野 敏、出版社:新潮社
 主人公はキャリア組の警察官。20代のとき若殿研修で署長になったが、46歳になって再び第一線の大森警察署長に就任した。その前は警察庁長官官房の総務課長だった。つまり、左遷されたわけだ。なぜか?
 警察署長が一日に決裁する書類は700〜800。800もの書類を決裁するというのは、一日8時間の勤務時間内にはとうてい処理できない。内容の確認などせずに押印することになる。それでいいと言われている。手続き上、署長印がないと物事が完結しないというだけのこと。
 現在の警察組織の実態では、警察署長は、指揮者ではなく管理者に過ぎない。だいたい副所長というのは署長をよく思っていないものだ。事実上、署内を統括しているのは自分であり、マスコミの対応もすべて自分がやっているという自負がある。
 特別捜査本部が大がかりな指揮本部ができると、その年の署の予算を食われてしまう。柔道、剣道、逮捕術などの術科の大会で好成績をおさめても、祝賀会もできない。旅行会もなし。忘年会もひどく質素なものとなるだろう。
 だから、署員は捜査本部や指揮本部を嫌う。公務員だけが公費で飲み食いをするのだ。
 主人公は警察庁時代にはマスコミ対策も担当していた。だから、彼らがどういう連中かよく知っている。結論から言うと、彼らはペンを手にした戦士なんかではない。商業主義に首までどっぷり浸かっている。新聞社もテレビ局も、上に行けば行くほど、他社を抜くことだけを考えている。つまりは新聞を売るためであり、視聴率を稼ぐためだ。
 言論の自由など、彼らにとってはお題目にすぎない。要するに、抜いた抜かれたを他社と競っているにすぎない。それは生き馬の目を抜く世界だと、本人たちは言っているが、何のことはない。彼らは単に楽しんでいるだけではないのか・・・。
 小料理店に拳銃を持った男が押し入り、店主と店員を人質にとって立てこもります。さあ、どうしますか?
 若い元気な人なら、すぐに突入して人質を解放すべきだと考えるかもしれません。
 SITは捜査一課特殊班のローマ字の略だ。刑事部内で、テロや立てこもり、ハイジャック犯などに対処するために組織され、日々訓練を受けている。
 SATは、ほぼ同じ目的で警備部内で組織されている。こちらはドイツの特殊部隊などと手本にした突入部隊であり、自動小銃やスナイパーライフルで武装している。
 この警察小説も推理小説ですから、ここで粗筋を紹介するわけにはいきません。なかなか面白い本だったというに留めておきます。
(2007年4月刊。1500円+税)

パンダ

カテゴリー:未分類

著者:岩合光昭、出版社:新潮社
 ウワー、パンダって、ホント、可愛い。世界の不思議のひとつですよね。
 パンダは実によくヒトを見ている。誰もいないところでは、クマのような鋭い顔をしているのにヒトを見るなり、可愛いパンダに変身してしまう。パンダには、ヒトを惹きつける魔力がある。
 現在、パンダは野生で生息しているのは、1000頭から1500頭。いつ絶滅してもおかしくない。いやあ、パンダを絶滅させてはいけません。
 パンダの幼稚園の写真があります。10頭以上もの子どもパンダがブランコ周辺で固まって遊んでいる写真です。ぬいぐるみパンダより、もっともっと可愛いパンダたちです。
 生まれてすぐのパンダの赤ちゃんは体重100グラムほど。丸裸で、ピンクの肌が見えています。
 四川省にあるパンダ保護研究センターでは、パンダの繁殖に成功している。パンダの母と子の会話。子がクッワン、ミューミューと鳴くと、母はクゥーと一声鳴く。
 パンダはヒトの声を鋭く聞き分ける。飼育係の声で全員集合。集合したら、食事の時間。たちまち30本のタケノコをたいらげる。大昔、タケを主に食べるようになって、パンダは生き残れた。
 パンダの今後の生存は、人類の生存にもつながっていると考えるべきだと思います。日本も中国へ自動車を売りこむことばかり考えずに、生物保護のためにどうすべきか、両国は手をとりあって取り組むべきだと思いました。
(2007年7月刊。2200円+税)

花はなぜ咲くのか

カテゴリー:生物

著者:鷲谷いづみ、出版社:山と渓谷社
 花の世界の不思議を解明する楽しい写真集です。ホント、花って不思議ですよね。わが家の庭にトケイソウがあります。その花は、まさしく時計の文字盤そっくりです。小さく折り畳まれていたツボミが、ぐんぐん開いていって、見事な大輪の花に変わっていくさまは、見事なものです。よくも間違って折り畳んでしまわないものです。
 花は、虫たちに紫外線を反射してシグナルとメッセージを送っている。花が虫たちに蜜(みつ)のありかを教える標識をネクターガイド(蜜標)という。
 植物たちが心待ちにしているのは、配偶相手と結びつけてくれる仲人、つまり花粉の運び手となる動物(ポリネータ)である。いかにポリネータを操って、よき配偶者と出会い、健全な子孫を残すのか。花には、そのための知恵が結実している。
 花とその花粉を運ぶ動物との関係は、お互いに利益を得ることで成り立つ相利共生関係である。花は動物に花粉を運んでもらうことでタネを結ぶことができ、動物は蜜や花粉などのエサにありつける。お互いに利益を得ることで、相手を必要としている。
 タンパク質やミネラルの豊富な花粉を報酬とするのは、植物にとっては相当な経済的負担となる。もっと安上がりにしたいと思って選ばれたのが甘い蜜。これは光と水さえ十分にあれば、二酸化炭素と水を材料として、いくらでも光合成でつくり出すことができる。そして、ポリネータに気に入ってもらえるように、蜜には糖以外の滋養分もほどよく混ぜこまれている。たとえば、アミノ酸。
 早春に咲くザゼンソウのお礼は、暖かい部屋。つまり、積極的に発熱し、暖かい部屋を用意して虫たちを招き寄せる。
 マルハナバチは、その個体それぞれに、蜜や花粉を集める植物の種類を決めて、同じ種類の花だけを選んで訪れるという性質がある。これを定花性という。同種の花だけを次々に訪れるため、植物からみれば、同種の花に効率よく花粉を送り届けてもらえるわけだ。だから、定花性をもつマルハナバチ類は、ポリネータとして花に絶大な人気がある。
 ふむむ、なーるほど、そういうことだったんですか・・・。わが家の庭にもマルハナバチはよくやって来ます。丸っこいお尻が特徴の愛らしい姿をしています。
 このほか、性転換する植物も登場します。テンナンショウ属マムシグサは性転換する。環境条件に応じた栄養成長と有性生殖の成功に応じて、オスからメスへ、ときにはメスからオスへと、ダイナミックに起きる。
 大自然の奥行きの深さは尽きぬものがあります。
 いま、わが家の庭には秋明菊の淡いクリーム色の花が咲いています。とても上品で、可憐な雰囲気の花なので、私は大好きです。黄色いリコリスの花も咲いています。ヒガンバナは終わりました。芙蓉の花も次第に咲かなくなりました。今年はキンモクセイの香りがしないと新聞のコラムに書かれていました。なるほど、わが家もそうです。たくさん花は咲いているのですが・・・。でも、そのうち例の甘い香りを漂わせてくれると期待しています。実は鉢植えのシクラメンが小さな花を咲かせています。去年の暮れにもらったものを今回はじめて生きのびさせることができました。
(2007年7月刊。1600円)

靖国問題Q&A

カテゴリー:社会

著者:内田雅敏、出版社:スペース伽耶
 この夏、私は知覧にある特攻記念館を久しぶりに訪れました。そこには、第二次大戦の最末期に特攻出撃して亡くなった若者たちの写真や遺書などが展示されています。広い講堂で、彼らの最期の様子を写真で示しながら語り部のおじさんの話も聞きました。見学した人びとが涙するところです。
 でも、ここには、大西海軍中将が「統率の外道(げどう)」と批判した無謀な特攻作戦について、それを命じた軍指導者の責任を問うような展示も説明も見かけません。私はまだ行ったことがありませんが、靖国神社にある遊就館も同じだそうです。
 戦争末期、軍幹部らは撃ち落とされることがわかっていながら、本土防衛のための時間かせぎ、国体護持のための温存という名目で、海軍兵学校、陸軍士官学校出の職業軍人には特攻をさせず、もっぱら学徒・少年兵を次々に特攻出撃させた。
 それも速成で技量も十分でなく、しかも満足に飛べないような整備不良の飛行機で出撃させ、敵艦に近づく前にほとんどが撃墜された。
 日本軍の残虐性を象徴しているのは、特攻だ。みんな志願して特攻にのぞんだと言われているが、上官に命令されたのだ。上官の命令は天皇の命令であり、志願しないとぶん殴られるから出撃する。
 この本は、39の問いに対する答えを示すという問答方式によって靖国神社をめぐる問題点を実に分かりやすく解説しています。著者は日弁連の憲法委員会などで活躍している弁護士です。私も最近、知りあいになりました。
 靖国神社は、国内法的に「戦犯」というものは存在しないという見解に立つ。しかし、このような見解は国際社会において容認されるものではない。
 河野洋平衆議院議長は次のように語った。
 「世代の問題ではなく、事実に目をつぶり、『なかった』と嘘を言うのは恥ずかしいこと。知らないのなら学ばなければならない。知らずに、過去を美化する勇ましい言葉に流されてはいけない」
 まことにもっともな指摘です。
 元軍人の遺族年金の支給については、いまなお「天皇の軍隊」の階級がそのまま生きているという指摘に驚かされました。まさに帝国陸海軍は現代日本に息づいているのです。1994年に、大将だった人の最高額は年間761万円。一般兵の最近は年104万円。7倍もの差がある。2004年に、大佐で年285万円、一般兵で59万円だった。ところが中国「残留」孤児に対しては自立支度金として、わずかな一時金(大人で32万円)。
 後藤田正晴元官房長官は次のように言った。
 「一国の総理(小泉首相のこと)が、今になって国会の答弁の中で、孔子様の言葉だと言って『罪を憎んで人を憎まずということを言ってるじゃないですか』なんて言うようではどうしようもない。それは被害者の立場の人が言うことで、加害者が言う言葉ではない。そういう意見が国会の場で横行するようになっては、日本という国の道義性、倫理性、品格を疑ってしまう」
 そうですよね。小泉前首相に品格なんて全然ありませんでした。
 中国との戦いに敗れたということを認めないまま総括を誤ってきたのが、戦後の日本であり、日本人の戦争観の根本的な問題がそこにある。
 日本はアメリカとの戦いで164万人の兵力を投入した。しかし、同じとき中国にはそれより多い198万人もの兵力が配備されていた。このように中国戦線の比重は非常に大きかった。ところが、あの戦争はアメリカの物量に負けたと総括することで、日本の侵略に抵抗した中国やアジアの人々の存在を忘れることにしたのだ。
 うむむ、これは鋭い指摘だと思います。私も大いに反省させられました。
 中曽根康弘元首相は靖国神社に初めて公式参拝した。しかし、中国や韓国・朝鮮など近隣アジア諸国から厳しい批判を受けて、以後、参拝を取り止めた。
 「やはり日本は近隣諸国との友好協力を増進しないと生きていけない国である。日本人の死生観、国民感情、主権と独立、内政干渉は敢然と守らなければならないが、国際関係において、わが国だけの考え方が通用すると考えるのは危険だ。アジアから日本が孤立したら、果たして英霊が喜ぶだろうか」
 後藤田氏も中曽根氏も、まことにもっとも至極な考えを述べています。同感です。靖国問題について、保革いずれの支持者であるにかかわらず、勉強になる本だと思いました。
(2007年5月刊。1500円+税)

プロパガンダ教本

カテゴリー:社会

著者:エドワード・バーネイズ、出版社:成甲書房
 80年前(1928年、昭和3年)に書かれた本です。ちっとも古臭くなっていないのは、ギリシャ哲学、そしてマルクスやレーニンの書いた本と同じです。
 ナポレオンは世論の動向を常に警戒していた。いつも人々の声、予想のつかない声に耳を傾けていた。ナポレオンは次のように語った。
 なによりも私を驚かすものが何だか分かるか?それは、大衆に耳を傾けることなく、力づくでは何一つまとめることができないということだよ。
 なーるほど、軍事の天才ナポレオンにして、そうなのですね。
 万人の読み書き能力が、精神的高みのかわりに人々に与えたものは、判で押したように、画一化された考えだった。
 うむむ、これは鋭い指摘です。知性と画一化とは両立しないはずなのですが・・・。
 そもそもプロパガンダとは、国外伝道の管理と監督のために、1627年にローマで制定された枢機卿の委員会と聖者に適用されたものだ。
 辞典によると、プロパガンダには四つの定義がある。その一は、国外伝道を監督する枢機卿の委員会。また、1627年にローマ教皇ウルバヌス8世によって、伝道師の司祭を教育するために創設されたローマのプロパガンダ大学。布教聖省の神学校のこと。
 その二、転じて、教義や制度などを普及することを目的とした団体や組織。
 その三、意見や方針に国民一般の指示を取りつけるための、系統立てて管理された運動。
 その四、プロパガンダによって唱えられる主義。
 このように、プロパガンダとは、本来の意味においては、人類の活動のまったく正当な形である。
 私たちが、自由意思で行っていると考えている日常生活における選択は、強大な力を振るう実力者によって、姿の見えない統治機構による支配を免れない。
 たとえば、人は自分の判断にもとづいて株式を購入していると何の疑問も持っていない。しかし、実際には、彼のくだす判断は、無意識のうちに彼の考えをコントロールする、外部から与えられた影響によって形づくられたイメージにもとづいている。
 大衆というものは、厳密に言葉の意味を考えるのではない。厳密な思考ではなく、衝動や習慣や感情が優先される。何らかの決定をくだすとき、集団を動かす最初の衝動となるのは、たいてい、その集団の中での信頼のおけるリーダーの行為である。これが大衆にとっての手本となるのだ。
 ある物をその人が欲しがっているということは、その物に備わっている本質的な価値や有効性のためではなく、無意識に別の何かの象徴、すなわち、自分自身では認めたくない欲求をその物の中に見いだしているからである。
 人間は、ほとんどの場合、自分でもわからない動機によって行動している。
 人間は、芸術や競争や集団や俗物根性、自己顕示欲という要素にしばられて生きている。
 このバーネイズの著者は、ナチス・ドイツのヨゼフ・ゲッペルス宣伝大臣に愛読された。プロパガンダというと、ナチス・ドイツに本場があると思いがちだが、実はアメリカで生まれたもの。ユダヤ人を迫害したナチスのプロパガンダが、実はユダヤ人のバーネイスによって編み出されたというのは歴史の皮肉だ。
 現在のテレビ番組がシリアスな内容を避け、お笑い番組だけを延々とゴールデンタイムに流し続けるのは、企業側に対する配慮である。
 今の日本ではニュース番組までもがバラエティ番組化している。テレビは、書籍やインターネットと違って、ながら見ができるので、自然にものを考えないように大衆の脳がつくりかえられていく。
 これって、ホント、恐ろしいことです。でも、多くの日本人がそれに気がつかないまま、無責任男の安倍首相から交替した福田首相の誕生を6割もの人が歓迎しているのです。こわい話です。
(2007年7月刊。1600円+税)

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