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イラク米軍脱走兵、真実の告発

カテゴリー:アメリカ

著者:ジョシュア・キー、 発行:合同出版
 陸軍に入るとき、海外に送られることはないと徴兵担当者は固く約束した。きみはアメリカ本土で橋を建設し、夜は毎日、家族と一緒に過ごせる、と。ところが、実際に軍隊に入って練兵担当軍曹から言われた言葉は、次のようなものだった。
 お前らがサインした契約書に書いてあったことは、みんな大嘘だ。そんな約束は、すべて破られるだろう。
 うん、うん、そうなんです。軍隊って、どこの国でも大嘘つきなんですよね。
 アメリカ陸軍の将校と兵士にとって、イラク人は決して人ではなかった。イスラム教徒は決して市民ではなかった。ぼろ頭であり、砂漠のニガーであり、軽蔑すべき奴らだった。人権があるなんて、誰も微塵も考えなかった。
イラクでは、家宅捜索へ行くと、ほしいと思ったものは何でも盗んだ。だって、我々はアメリカの軍隊なのだから、何でも好きなことが出来るのだ。家宅捜索の後は、いつもアドレナリンのせいで興奮し、2時間以上続けて眠ることは決してできず、常にぼんやりと麻痺したような状態だった。
 ファルージャに派遣され、その2週間で10数人の市民を殺した銃撃音を聞いた。分隊が2人の市民を殺すのを見た。もう十分だと思えるほどの血と死を見た。このような暴虐を市民に対してふるうのは間違っていると考えた。それでもまだ、イラクにアメリカ軍がいるのは正しいと考えた。テロを根絶するために、イラクにいるのだと信じていた。
 イラクでもっとも恐ろしい任務は、小隊で行う徒歩のパトロールだ。パトロール中、まったく無防備で、敵にさらされていると感じていた。アメリカ兵に笑いかける人はなく、多くの人は憎悪を隠そうともしなかった。
 それは奇妙な戦争だった。アメリカ兵を狙って銃撃する者の姿も、迫撃砲も、アメリカ兵を目がけてロケット弾を飛ばす者の影も、まったく見えない。いつまでも敵が姿を現さないことで、アメリカ兵の恐怖といらだちは頂点に達した。そして、そのいらだちは、いつでも一般市民に向けることができた。
 戦場を知らない人には奇妙に思えるだろうか、イラクでは手榴弾はごく普通の日用品である。これというはっきりした敵がいないので、アメリカ兵は無力で抵抗できない市民に攻撃の矛先を向けた。自分たちの行為に対して責任を持たなくていいことは知っていた。恐怖でいっぱいで、眠りを奪われていて、カフェインやアドレナリンやテストステロンで興奮していた。上官は、いつも兵士に、イラク人は全員が敵だ。民間人もだと言っていた。
 2時間以上のまとまった睡眠をとれたためしはほとんどなかった。
 アメリカ兵自身がテロリストなんだということに、初めて気がついた。アメリカ兵はイラク人に対してテロ行為を働いている。脅かしている。殴っている。家を破壊している。アメリカ人は、イラクで、テロリストになってしまっている。もはや戦場に戻ることは良心の呵責に耐えかねる。そこで、著者は法務担当者に電話し、問いかけた。担当官は次のように答えた。
 君に出来ることは、次の2つのどれかしかない。一つは、予定されている飛行機に乗ってイラクへ戻ること。二つ目は、刑務所に入ること。このどちらかだ。
 この言葉を聞いて、著者はアメリカ軍に戻らないと決め、アメリカ国内で家族とともに潜伏生活を過ごし、インターネットで見つけたカナダの脱走兵支援事務所の援助を受けてカナダに入国したのです。すごい行動力です。
 この本を読んだあと、いま上映中の映画『リダクテッド』を見ました。イラクに派遣され、サマラの町の警備を命じられた兵士たちの日常生活が紹介されています。そして、イラクの人々を人間と思わず、ストレスもあって、15歳の少女をレイプしたうえで一家皆殺しにした実際に起きた事件を想像をまじえて再現しています。もちろん、許されない犯罪であることは言うまでもありませんが、そのような状況を作り出しているアメリカ政府の責任を厳しく弾劾しないことには、末端兵士を厳罰に処しても問題は何も解決しないと思わされたことでした。今のイラク戦争がいかに間違ったものなのか、すさまじい映像に圧倒されました。背筋の凍る映画というのは、こういうものを言うのでしょうね。でも、現実を直視するために、ぜひ多くの人に見てほしいものだと思いました。「リダクテッド」というのは、編集済みの、という意味だそうです。マスコミが報道するニュースは、すべて当局、つまり政府の都合のいいように編集されているということです。日本も、アメリカとまったく変わりません。イラク戦争の実情なんて、ちっとも放映されませんよね。 
(2008年9月刊。1600円+税)

私たちはいかに『蟹工船』を読んだか

カテゴリー:社会

著者:エッセーコンテスト入賞作品集、 発行:白樺文学館
 小林多喜二の『蟹工船』を今の若者がどう読んでいるのか。この本を読んで、私も大いに目を開かされました。私の中学・高校生のころよりよほど自覚的だと感心してしまいました。
 『蟹工船』の世界は昔のことではなく、いま起こっていることである。「団結」の意味を認識した、しかし現状では「団結」することが困難であること、それでも、その困難を打開しようとする意思を表明したものが目立った。このように評されています。
 精神科医の香山リカ氏は、「いまの若者にはプロレタリア文学の代表作である『蟹工船』の世界を理解するのは難しいにちがいないと思い込んでいたが、まったくの間違いだったことに気づき、そして恥じた」と評しています。
 大賞をとった山口さなえ氏(25歳)は次のように書きました。
 『蟹工船』の第一印象は、現実世界への虚無感と絶望だった。私たちは、もう立ち上がれないと思った。この行き場のない感覚をどうしたらよいのだろうか。労働者としての何らかの意識、闘争のための古典的な連帯はほとんど存在しない。私の多くの友人知人はまるで人間性を喪失した世界を浮遊する。
 『蟹工船』で描かれた暴力と支配は、いまも見えない形で続いている。バブル時代の熱狂を知らず、競争教育に導かれた青春時代を過ごし、団結とか連帯なんていう言葉すら知らない、いや、その言葉に不信さえ感じている。
 敵が誰なのか見えない。しかし、どこからともなく攻撃し、労働者の心と体を撃ち抜き、知らぬ間に休職させられる。敵がどこにいるのか、誰に憤りを感じればいいのか分からない。いつでも誰にでもそれが起こりうる、どこかの戦場の最前線にいるような感覚がある。焦り、虚無感、絶望――。
 高校生の神田ユウ氏は次のように書いた。
 心の中に、まるで稲妻がピカっと光ったかのような感覚がしばらく続いた。この『蟹工船』は、私があったこともない曾祖父や曾祖母の時代の話だ。だが、ふと考えたとき、根本的には、今でも何も変わっていないのではないか。
 かつて、日本でも、政治的・社会的問題や学問的問題に対して「学生運動」が盛大に行われたことがあったと聞いている。しかし、それも50年くらい前のことである。本来なら、他の国の人たちにも誇るべき日本人の温厚さが近年のいろいろな問題を引き起こしてきた一つの要因になっているとしたら、とても嘆かわしい。
 『蟹工船』は、悲惨な出来事をただ述べたものではなく、言論がまだ自由でなかった時代に、命を懸けてでも「世の中の矛盾を一人一人がもう一度考えて行動してほしい」というメッセージを送ったのではないだろうか。そうであれば、もっと学校でも積極的に取り上げて、大勢の人の心に問うべきだと思う。正しい心を失いつつある一部の大人たちにも、この作品に出会える機会をぜひ与えてほしい。
 うむむ、これは鋭い指摘です。「今どきの若者」にではなく、むしろ、私たち大人こそが「正しい心」を取り戻すために読むべきだというのです。これには参りました。
 同じことを、34歳の狗又ユミカ氏も訴えています。
 業務請負型派遣で働く人なら、すべてが他人事(ひとごと)ではない、と思うだろう。いま、まさに『蟹工船』に乗って働いているようなものなのだから。間違いなく、『蟹工船』は、すべての人間である人が、生涯に一度は人間の心を取り戻すために読むべき一冊だ。
 20歳の竹中聡宏氏もまったく同じことを訴えています。
 『蟹工船』は、現代の世の中に監督たちがかけたモザイクを取り払った姿だ。モザイクがかかっていること自体に気づいていない人は、ぜひ『蟹工船』を読むべきだ。ああ、こんな大変な時代があったのだなあと感嘆して、この本を閉じてしまうのなら、多喜二の死は報われない。私たちは立ち止まり、現代の日本社会をじっくり俯瞰してみる必要がある。はたして国家は真に国民の味方たり得ているのか。資本家による搾取は過去の遺物なのか、と。
 『マンガ蟹工船』は、私はまだ読んでいません。現代若者のイメージをかきたてる本として、とてもいいマンガのようですので、私も読んでみようと思っています。それにしても、派遣労働の若者を人間扱いせず、金儲けの道具として簡単に切って捨てていく現代日本社会の異常さは、正さなければいけない。つくづく私もそう思いました。それを許したのは、まだ20年にもならない、自民党政権なのですからね。働く者を人間らしく扱うのは、国家の基本を守ることだと私は確信しています。とてもいい本です。150頁足らずの薄い本ですので、皆さんに強く一読をおすすめします。
(2008年2月刊。467円+税)

駆け抜けた人生

カテゴリー:司法

著者:松本 洋一、 発行:記念誌刊行委員会
 10月半ばの土曜日、室見川ほとりの小料理屋で、故松本洋一弁護士をしのぶ会が開かれました。よく晴れた秋の日の昼下がりです。故人の遺影を前に、故人をさかなにして大いに談笑しました。ともかく「大勢集まってワイワイガヤガヤ陽気に」やることが、故人のもっとも喜ぶところだということで、参加者一同、何の異議もありません。この日は、とりわけ故人と同じ法律事務所で働いていた島内正人弁護士の独演会のようなものでした。私も久しぶりに涙が出てくるほど腹を抱えて何度も笑ってしまいました。きっと故人も「おまえら、どうしようもないやっちゃのー」と苦笑していることでしょう。ゴメンなさい!
 この本は、1991年10月21日に亡くなった故松本洋一弁護士をしのんで、翌1992年10月に発刊されています。私は、しのぶ会に向けて読み直したのです。
 以下、故松本弁護士を、生前のように松本さんと呼ばせていただきます。
 松本さんは、炭鉱で掘進夫として3年間働いた経験があります。朝鮮から引き揚げて18歳から21歳までのことです。そのあと九大法学部に入り、卒業後に福岡市役所につとめたあと、司法試験に合格します。修習13期でしたが、病気のため14期として卒業します。福岡第一法律事務所に入り、三池争議のほか、下筌ダム事件などを担当します。蜂の巣砦の攻防戦に弁護士として参加し、身体を持ち上げられて排除された経験があります。
松本さんは、今ではまったく信じられないことですが、北九州(当時は小倉)部会長に3度立候補して、ついに当選できませんでした。革新系ということで、保守系ボスの指示によってそのたびに対立候補が出てきました。3回目は、ついに同数まで追い上げたのですが、同数のときには年齢の上の者を当選者とするという、かつて自分が幹事として作った規約で敗れてしまいました。
 また、53歳のときに、北九州市長選挙に革新統一候補として立ち、接戦となりましたが、当選できませんでした。その次の選挙にも出ましたが、やはり当選には至りませんでした。
私が松本さんと一緒の弁護団になったのは、三井山野鉱ガス爆発の損害賠償請求訴訟事件です。松本さんは団長でした。このとき、松本さんは、遺族・原告団に対して「この裁判は3年で終わらせる」と約束しました。ええっ、そんなこと言っていいのかしらん。私は正直言って心配しました。しかし、本当にそうなったのです。団長としての松本さんのがんばりは、相当なものがありました。ともかく、豪快にして細心なのです。そして、弁護団会議は楽しいの一言でした。弁護団合宿のとき、みんなで映画『男はつらいよ』を見に行ったら、泊まった旅館と同じ名前のオンボロホテルが出てきて、大笑いしたこともありました。
 松本さんの会社側証人に対する反対尋問は、硬軟とりまぜ、緩急よろしく、ツボをおさえた見事なものでした。私など、ひらすら感心して見ておりました。
 松本さんは、61歳で早々と亡くなってしまいました。いやはや、本当に惜しい人を亡くしてしまったものです。16年前の本ですが、紹介するに値すると思って書きました。 
(1992年10月刊。非売品)

臨床瑣談

カテゴリー:社会

著者:中井 久夫、 発行:みすず書房
 70代半ばの高名な精神科医による自由な随想なのですが、丸山ワクチンの効能を改めて紹介するなどして、いま世間の注目を集めている本です。
 私もこの本を読んで、これまで持っていた丸山ワクチンに対する誤解と偏見から脱け出ることができました。なるほど、ふむふむ、そういうことだったんですか……という具合です。
 がん細胞は、一日に何万個という単位で私たちの体内で発生している。しかし、その圧倒的部分は除去される。つまり、毎日できるガン細胞のごくごく一部だけが生き残っているわけだ。
 ガン細胞は、決して正常細胞より強いというわけではない。たとえば、ガン細胞は健康細胞より熱に弱い。闘うといって気負い立つと、交感神経系の活動性が高まりすぎる。ガンも身のうち、とおおらかに構えてみよう。
 胃の粘膜が青年のように若々しい人、肺活量が大きい人の中には、ガンを持ちながら何年も生存し、社会的活動の出来る人がいる。
健康の第一は、よく睡眠をとること。正常細胞は午前2時から3時までに細胞分裂過程のうちの一番きわどい時期を通過する。だから、この時間は眠っていた方がいい。睡眠中に昼間の活動の乱れが直されることは多い。
第二に、おいしいものを食べること。
第三に、笑う。無理にでも笑顔を作って、脳をだましてみるのだって良い。
なお、避けても良い手術、後に延ばせる手術は急がないほうがいい。
丸山ワクチンには、A液とB液とがある。1ccが一つのアンプルに入っている。1日間を置いて、AとBとを交互に皮下注射する。皮内でも筋内でもない。A、B、A、Bと半永久的に繰り返す。40日分で、郵送だと1万500円で入手できる。
 この本の著者は、この丸山ワクチンのおかげで前立腺がんになっても、6年間、無事に生きています。そして、こうやって本を書いたのです。丸山ワクチンは、ガン細胞を攻撃するのではなく、それを囲い込むものだから、ということのようです。
 読んで、決して損しない本があります。この本が、まさにそうだと思います。 
 稲刈りは終わったようです。庭には、いま縁がピンクのエンゼルストランペットの白い花が盛大に咲いています。リコリスに良く似たヒガンバナ科の花も咲いています。輝きに満ちた鮮やかな黄色です。目がぐいぐい魅かれます。
(2008年8月刊。1800円+税)

イソップ株式会社

カテゴリー:社会

著者:井上 ひさし、 発行:中央文庫
 いやあ、井上ひさしって本当にうまいですね。実に見事なストーリーテラーです。ほとほと感心しました。
 夏休みに一人の少女が海や山の避暑地へ出かけ、そこで出会った様々の出来事を通じて少しだけ大人になった、そんな話なのです。ところが、それに世界と日本の昔話をアレンジした小話(小咄)が添えられていて、それがまた見事なのです。
 参考資料に『世界児童文学百科』などがあげられていますので、原典はあるようですが、ピリリとしまったいい話になっているのは、やはり、井上ひさしの筆力だと思います。
 読売新聞の土曜日朝刊に連載されたもののようですが、子供だけでなく、大人が読んでも楽しい、心をフワーッとなごませてくれる読みものです。
 イラストを描いた和田誠の絵も雰囲気を盛り上げています。 
 福島の飯坂温泉の先にある穴原温泉に行ってきました。久しぶりに木になっているリンゴを見ました。学生時代以来のことです。毎朝食べている紅いリンゴをたわわに実らせているリンゴの木がたくさんありました。熊が山からリンゴを食べに降りてくるので、夜は出歩かないように注意されたのには驚きました。
 夜、同期の弁護士で話し込みました。なんと、二人も詩人がいるのです。一人は昔から仙台でがんばっているみちのく赤鬼人です。もう一人は、最近、急に詩に目ざめた守川うららです。金子みすず記念館に行って開眼したようです。自作の詩を朗読してもらい、みんなであれこれ批評しました。七五調は調子はいいけれど、俗っぽくなったり、作者の言いたいことがよく伝わらない難点があるという先輩詩人の指摘はそのとおりだと思いました。やはり、自分の言葉で気持ちを素直に語るべきだというのが、みんなの共通した批評でした。ありきたりでない自分の言葉というものは意外に難しいものです。陳腐な、手垢のついた言葉ではなく、新鮮な、ハっとさせられる言葉の組み合わせで文章をつづりたいものです。久しぶりに詩を味わうことができました。
(2008年5月刊。740円+税)

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