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民事訴訟・執行・破産の近現代史

カテゴリー:司法

著者 園尾 隆司、 出版 弘文堂
 本書は、法律実務家(現職の裁判官)による法律実務家(とりわけ弁護士)のための日本近現代民事法制史である。
 著者が冒頭にこのように喝破していますが、まさにそのとおりです。ほとんど類書はないと思いますし、何より体系的な法制史であり、また、いま活動している私たちの実務にも大いに役立つ内容となっています。私など、いやあ、そういうことだったのかと、何度もうなずいてしまったことでした。
 アメリカに留学した経験があり、最高裁の事務総局に在職中に何回となく民事関連の立法に関与した著者ならではの豊富な経験に裏打ちされていますので、とても実践的な内容です。この本に書かれていることの一部が判例タイムズで連載されていましたが、それはほんの一部でしかなく、全体を知るためには、この本は必読文献です。
 日本法制史で近現代を語るためには、明治から出発することはできません。江戸時代の法制度は明治時代にしっかりと生きており、それが今日なお尾を引いているのです。私も、江戸時代の法制史を少しだけですが勉強したことがありますので、その点は実感としてよく分かります。江戸時代の法制度というのは、信じられないことかもしれませんが、今の日本にも生きている部分があるのです。著者は次のように言っています。
 明治初期の裁判を理解するには、まず、江戸時代の裁判がどうであったかを知る必要がある。江戸時代の裁判についての正確な知識は、明治以降の裁判手続を理解する上で不可欠なのである。
 江戸時代の裁判制度そして裁判手続は完成度の高いものであったため、明治政府は明治初めには徳川幕府の法令をそのまま借用して国家統治を図っていた。明治政府が新しく法体系を整備をしたあとも、現在に至るまで、江戸時代の法制度と裁判手続は、さまざまな形で影響を及ぼしつづけている。
 江戸時代には、困難・重要事件は、幕府評定所の評議によって決定しており、評定所は将軍の直轄機関であるがために、最高位の意思決定をすることができた。裁判機関の最終判断は、他の行政機関の判断に優先した。
 ところが、明治政府においては、裁判機関の判断が他の行政機関の判断に優先することはなかった。そこで、明治政府は、江戸時代の判例を法源として認めながら、明治以降の判例には法源としての効力を認めなかった。
 静岡県にある徳川幕府による葵文庫を引き継いだ国書館には、2100冊の洋書がある。そのうち、もっとも多いのはフランス語の本、次いで、オランダ語の本、その次が英語の本である。
 ええーっ、なんでフランス語が断トツに多いんでしょうか。オー、ラ、ラーです。不思議ですし、フランス語を勉強している身としてはうれしい限りです。
 明治はじめまで、司法省の西欧情報はフランスに偏っていた。
江戸時代の民事訴訟は、刑事訴訟と区別されておらず、同一の手続で運営されていた。訴訟手続きでは刑事訴訟は優位であり、民事訴訟の過程で刑罰に触れる事実が出てくると、職権で刑事訴訟に移行する。
 明治政府(司法省)は、明治8年、勧解制度を創設した。訴訟になる前に勧解(和解、つまり話し合い)を推奨した。その結果、明治10年には申立件数が年間60万件を超えた。明治16年には、なんと100万件を超えてしまった。ところが、明治19年に勧解吏が創設されると、急激に減り、明治23年には年30万件台となった。いやあ、それにしても、当時の人口(3300万人くらいでしょうか?)を考えても信じられないほどの多さですね。
 資料篇を除いた本分だけでも310頁もあり、微に入り細をうがった内容であり、とても為になる法制史となっています。ただ、私にはいくつかの点でひっかかりましたので、次にそれを紹介します。
まず、村役人については、藩の指名によると断言されています。私も最近まで当然そうだろうと思っていましたが、村役人については、全国的にも公選制であったところが多いようです。
 江戸の庶民が訴訟好きだったかという点について、著者は「軽々に結論付けることはできない」として、消極に解しているように思われます。しかし、私は日本人は十七条憲法の昔から、案外、訴訟好きだったのではないかなと、35年以上の弁護士経験を通じても実感しています。著者の文献目録には登場していませんが、『世事見聞録』などを読むと、それがよく伝わってきます。少なくとも、昔から日本人は裁判が嫌いだったという俗説は成り立たないことを認めてほしかったと思いました。そして、この関係では、あとで佐賀の乱を起こして刑死させられた江藤新平が、国家賠償請求訴訟を認めたことから行政訴訟が増えたということも聞いていますので、その点についても触れてほしかったと思います。明治政府は裁判件数が急増したことへの対処策として、貼用印紙額を大幅に引き上げたといいます。裁判の原告になるには、多額の印紙をはらなくてはいけないことが今の日本で訴訟を抑制することになっていると思います。
分散(今の自己破産)の濫用があったかどうかについても、著者は「考えにくい」としています。しかし、井原西鶴の本に紹介されているような濫用事例は、やはりあったのではないかと私は現代における体験もふまえて、考えています。
 いずれにしても、大変な力作です。明日の実務にすぐに役立つ本ではありませんが、実務をすすめる上で、考えるヒントが満載の本だということは間違いありません。少々、値は張りますが、大いに一読の価値のある本です。
 日曜日に梅の実ちぎりをしました。紅梅の方にはまったく見が付いていませんでしたが、白梅はたくさん緑みどりした実がなっていました。一つ一つ手でもいでいったのですが、緑葉の陰に隠れるようにしていますので、取りこぼしがあったかもれません。たちまち小さなザル一杯になりました。あとで数えてみると、60個もありました。これで梅ジュースを作ります。たっぷりのハチミツにつけると、美味しいジュースになります。
 隣にスモークツリーが輝くばかりの赤い葉と花をつけています。フワフワとしていて、まるで煙というかもや(スモーク)が木にかかったようです。
 ヤマボウシが白い花をつけ、新緑の中に存在を誇示しています。
(2009年4月刊。6000円+税)

現職警官「裏金」内部告発

カテゴリー:警察

著者 仙波 敏郎、 出版 講談社
 すごいですね。この3月に定年退職した私と同じ団塊世代の警察官が書いた本です。24歳で巡査部長となり、そのまま昇進もせずに42年間の警察官人生をまっとうしました。
 どうしてそうなったか?それは著者が警察内部で今も堂々と横行している「裏金」づくりへの加担を断ったことから、組織不適合者をさすマルトク(○の中に特)の烙印を押されたことによります。そして、2005年1月に現職警察官として初めて「裏金」を告発したことによります。いやあ、すごく勇気のいる行為でした。著者をしっかり支えた奥さん、そして、家族も偉いものです。著者は、次のように書いています。
 日本の片隅に、高卒で警察官になり、出世や私利私欲よりも当たり前の「正義」を当たり前に貫いた男が一人いたことを知ってほしい。特別な人間ではなく、権力もない人間でも、心に正義の火が灯っているかぎり出来ないことではない。そうすれば、この36年間の孤独な闘いにも一片の意味があったと信じることができる。
 なるほど、偉大な意味がありました。16年間で、署内移動もふくめて9回も異動させるほどの嫌がらせに耐えたのです。すごいです。
 警察の昇任試験は、受験者の7、8割には問題が漏れている。本当に実力だけでパスするのは、2、3割しかいない。
 捜査協力というのは、建て前は捜査協力者に支払われるお金であるが、実際にはほとんど外部へ支払われていはいない。警察官や警察職員が協力者になりすましてニセ領収書をつくり、その99%を裏金にしてきた。
 捜査本部を設置する費用として県警本部から600万円が署に送金されてきたとしたら、その半分の300万円は県警本部に裏金として戻される。
 裏金づくりの指揮官は、署では副署長であり、本部では各課の次長である。集金役には会計課長があたる。お金は、すべて現金で動き、銀行は使わない。決済を求める文書を差し出す「決済挟み(ばさみ)」にはさんで渡す。
 領収書の偽造は、会計監査のときにバレないように毎月一人3枚まで、と決まっていた。
 転勤していく署長には餞別として800万円もの大金を渡す。宇和島署では、年間1200万円ほどの裏金が作られていた。年度末に金庫をカラにしておかないとまずい。そして、署長は県警本部に戻って本部長へのお土産をとどける。その原資になった。
 すごい本です。読むと勇気が湧いてきます。
 本屋で買って読んだあと、著者からサイン入りの本を贈っていただきました。ありがとうございます。ぜひ、今後とも元気にがんばってください。
 
(2009年4月刊。1500円+税)

俺は、中小企業のおやじ

カテゴリー:社会

著者 鈴木 修、 出版 日本経済新聞出版社
 かなり骨っ柱の強い、ガンコおやじだな、そんな印象を受けました。労働組合も、ストライキも、なんのその、ヘッチャラだ。そんなところは感心できませんが、トヨタやニッサンなどの大手メーカーのはざまで健闘しているスズキの経営者の苦労話ですので、とても面白く、また、ためになりました。
 企業は一時的に順調でも、いつまでも順風満帆で成長していけるものではない。だいたい25年くらいの周期で危機に襲われる。企業にも寿命があるんですよね。
 スズキのアルトは、全国統一価格で47万円で売り出した。全国ネットのテレビコマーシャルで47万円で売り出したのは初めてのこと。それまでは、地方ごとに値段が違っていた。うへーっ、そうなんですか……。一物一価ではなかったのですね。
 アルトは商用車。これで税金が安くなる。あるときはレジャーに、あるときは通勤に、また、あるときは買い物に使える。あると便利な車、それがアルトです。
 まるでダジャレのような命名法ですね、これって。チョイノリ・バイクも同じ発想でした。
 飛行機手形とは、期日が来るたびに書き換えられて飛んでばかり、落ちることがない。台風手形とは、210日、つまり7か月たってやっと支払われる手形のこと。
 私は弁護士になって35年以上になりますが、この20年間ほど手形訴訟を扱ったことがありません。不渡りを心配していた零細企業の経営者に対しては、手形を切ることを止めなさいと口を酸っぱくして忠告しています。私は、手形って、商売には不要のように思います。手形を落とすことにあまりに目が向きすぎ、本業がおろそかになってしまうからです。
 スズキで工場を新設したときのこと。どうもうまくない。こんなとき、社長は、どうすべきか。
 設備を入れたばかりだから、もったいない。そんな遠慮は無用。効率の悪い工場は、おカネをかけてでも一刻も早く手直しするべき。手直しするための予算には、制約をもうけない。
 すごいですね。よくも、ここまで言い切りました。しかし、この見切りが経営者には肝心なのですね。
 著者は、アメリカで苦しい状況に陥ったとき、優秀な弁護士たちに救われたことを教訓として、次のように言っています。
 弁護士にはカネを惜しむな。ケチケチせずに最高の人材を雇えば、その見返りは大きい。
 なるほど、なーるほど、そのとおりだと私も思います。しかし、えてして金持ちほど弁護士報酬を値切ろうとしてきます。やる気を殺がれる話です。安かろう、悪かろうではお互いに困るのですが……スーパーのタイムセールと同じように考える安直な発想にとらわれている経営者には困ったものです。
 スズキは、インドにいち早く進出して成功した。1台の単価は安くても、50%をこえる高いシェアをもつと、それなりの収益をあげてくれる。なるほど、ですね。
 インドのスズキの工場には、幹部用の個室はなく、社員と一緒に働く。社員食堂があり、そこで幹部もヒラの社員と同じように並ぶ。カースト制は無視して、日本流でやって成功している。すごい自信です。これだけの確信がないとやっていけないのですね。
 スズキは、ワゴンRを1993年に発売しはじめ、2008年12月までに、日本国内で310万台を売った。これは、日本一である。すごいです。これで、スズキが、そこで働く労働者を大切にしていれば文句なしですね。その点はとうなんでしょうか。あの、日本一のトヨタなんて最低ですよ。もうけが減りそうだというだけで、率先して首切り台宣言をして、日本の大不況をもたらしたのですからね。これで日本を代表するメーカーと威張っているのですから、日本の信義も地に堕ちたとしか言いようがありません。
(2009年3月刊。1700円+税)

ノグンリ虐殺事件

カテゴリー:朝鮮・韓国

著者 鄭 殷溶、 出版 寿郎社
 朝鮮戦争勃発直後、アメリカ軍による避難民「皆殺し」に巻き込まれ、家族が犠牲になった著者が、自らの苦悩と向き合いながら残虐な戦争犯罪を初めて告発した衝撃のノンフィクション。
 これは、この本のオビに書かれている言葉です。
 朝鮮戦争が始まったのは、1950年6月25日のこと。金日成の命令で、10万人の人民軍が一斉に韓国に侵入して、韓国軍とアメリカ軍は後退の一途をたどっていた。
 7月20日、アメリカ軍第24師団長のディーン少将は戦死し、大田は陥落した。
 7月末の時点では、韓国軍とアメリカ軍を中心とする国連軍は、防衛線を釜山を中心とする広い地域に定めつつあった。そして、ノグンリ虐殺事件が起きたのは、7月26日から29日までのこと。
 「大田で難民たちに仮装した人民軍に、私たちアメリカ軍はひどくやられた。したがって、疑わしい避難民はすべて殺せという上部の厳命があった……」
 避難民を鉄道の上にあがらせ、戦闘機を呼び、空と地上と合同で避難民を殺傷した。
 鉄道上の爆撃で生き残った人々は、鉄道下の大きな双子トンネルの中に、あるいは爆撃現場下の小さなトンネルの中に身を隠した。ところが、アメリカ兵たちは、この小トンネルの中にいる人々に向けて銃を乱射しながら引っぱり出し、大きな双子トンネルの中に押し込んだ。立錐の余地もない双子トンネルの中の人々に対して、アメリカ兵は、7月26日午後3時ごろから、機関銃射撃を加えはじめた。夜になっても射撃は止まなかった。アメリカ兵たちは、老人、婦女子、子どもたちであることを知りつつ、避難民を機関銃で撃った。
 彼ら避難民は、山の中で何の問題も起こすことなく過ごしていたのに、アメリカ軍が引っ張り出して危険地帯に入らせたうえで殺傷したのだった。
 この虐殺をしたアメリカ兵は、大田で人民軍に敗北した24師団ではなく、24師団から陣地を引き継いだ第一騎兵師団の部隊であった。
 仁川上陸作戦が開始されたのは9月15日のこと。
 アメリカ政府は、国連軍が朝鮮半島から撤退せざるを得ないときには、政府と韓国軍60万人をニュージーランドによって統治されている西サモア群島のサバイ島とウポル島へ避難させる計画を立てていた。これは韓国政府にも秘密にしていた。
その前、1950年8月の時点でも、アメリカは、韓国政府と韓国軍2個師団そして民間人10万人だけをグアムやハワイに移して、アメリカ軍はひとまず朝鮮半島から撤退する計画も検討していた。
 うむむ、さすがアメリカです。自分たちのことしか考えていないことがよく分かります。
このノグンリ事件については、2004年2月に特別法が制定され、犠牲者235人に対しての審査が実施されました。民間人の執念が実ったわけです。お疲れ様でした。
 
(2008年12月刊。3000円+税)

略奪的金融の暴走

カテゴリー:社会

著者 鳥畑 与一、 出版 学習の友社
 世界の金融資産規模は、この12年間に4倍以上に増大し、2007年末には230兆ドルとなり、それは実体経済の4.2倍となった。マネーの膨張は、マネーの運動を投資中心から投機中心へと、まさに「量から質へ」の変化を生みだし、略奪的金融の暴走をもたらした。
 2006年末の機関投資家の運用資産62兆ドルのうち、半分の32兆ドルがアメリカに集中している。運用資産100万ドル以上の富裕層950万人が37兆ドルの金融資産を保有しているが、その3分の2はアメリカとヨーロッパに集中している。
 日本は、長年の貿易収支黒字にもとづく対外資本輸出の累積の結果、世界一の純資産大国となった。世界一の借金国アメリカは、302兆円もの債務超過であるが、日本は第2位の純資産大国ドイツの106兆円の2倍以上である250兆円の対外純資産を抱えている。なんとなんと、日本は超大金持ちの国なんですね。ところが、国民に対しては、お金がないから年金や福祉予算を削るしかないと高言して、国民をだまし続けています。
 日本は、2007年の貿易収支12兆円に対して、所得収支は16兆円となっている。つまり、日本は「貿易大国」から「投資大国」に変わりつつある。
 アメリカでは、サブプライムローンによって、1998年から2006年の間に236万軒の住宅が差し押さえられた。今後5年間で、さらに600万軒の住宅差し押さえが発生するものとみられている。
 つい最近までのアメリカでは、ハイリスク層への高金利による貸し出し拡大は、「信用の民主化」として賛美され、上限金利撤廃やARMなどの貸出手法拡大などの金融自由化は、低所得者層やマイノリティのアメリカン・ドリーム(マイホームの実現)を促進するものと考えられていた。
 しかし、今日では、サブプライムローンの拡大は、持続性のある住宅保有基盤を破壊することで、低所得者マイノリティの住宅保有増大に貢献するどころか、既存の住宅を大量に奪う役割を果たしている。
 アメリカでは、カードローンの借入れ残高が1990年の2386億ドルから、2007年には9375億ドルにまで拡大した。自己破産した個人も、1990年の78万件から、2005年には208万件と増大した。
 アメリカでも、規制緩和・自由化が進んでいるが、それによってカードローンでは上位10社で91%、JP・モルガンチェース銀行、シティ銀行、バンクオブアメリカの3行で62%を占めている。
 私には、ちょっと難しすぎるところもありましたが、アメリカの金融危機の解説と日本への波及効果についての予測は参考になりました。
 小雨のパラつくなかを山を降りていたとき麓にある昔ながらの古い民家の石垣の上に小さな可憐な花が咲いているのに目が留まりました。今まで見たこともないような、はっとするほどの美しさです。白い小さな花に、ピンクで縁どりをしていて、絶妙なる美の組み合わせです。家に帰って図鑑で調べてみると、ユキノシタという花だということが分かりました。山野草として名前だけは知っていましたが、実に素敵な花で、つい妙齢の女性にささげたくなりました。
 きれいな声で歌っているスズメほどの大きさの小鳥についても鳥の図鑑で調べたところ、シジュウカラだということが分かりました。澄んだ声を頭上高く響かせていましたが、いろいろと鳴き声を変えて楽しむ小鳥だということです。
 
(2009年2月刊。2000円+税)

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