(霧山昴)
著者 山岡あゆち 、 出版 旬報社
東京大学での学生向けの講義が再現されている本です。
日本の治安について、多くの日本人が、もちろん学生も、悪化していると考えている。しかし、統計を見ると、明らかに現在の日本は国際的に見て犯罪が少ない国。刑法犯の認知件数は、25年も前の2002年の285万件をピークとして減少している。2021年に底をうち(その後少しだけ上昇)、2024年に73万件となった。人口10万人あたりの殺人発生件数は、アメリカ6.8件、ドイツ0.8件に対して、日本は0.2件でしかない。たしかに、私の住む地方都市では、かつて暴力団同士の抗争事件のときは殺人事件が頻発していましたが、このところ滅多にありません。私が被害者国選事件を担当するのも、年に1件か2件です。被疑者段階の国選事件はそれなりにありますが、スーパーやコンビニでの万引事件(被害額はせいぜい数千円)とか、飲酒運転とかが大半です。
犯罪をおかして刑務所に入るのは、検察が受けつけた事件の2%にも達しない。少年の場合、保護処分を受けるのが全国で年間15万人ほどで、少年院に入るのはこれも、以前に比べて5千人超。激減した。かつてのような大型の集団暴走族事件というのか今は見かけません。
非行に走った少年の心を理解するのは専門職でも困難なこと。なので、話を丁寧に聞いて、できるかぎり想像しようとする姿勢が大切。
少年院の在院期間は1年程度が多い。小さい時の逆境体験を(心理的な虐待とか)もつ少年が多い。また、2割以上は発達障害と診断されている。さらに6割が能力指数「70~89」で、境界知能(70~84)が多く含まれている。IQ69以下(知的)障害をもつ少年も13%いる。
面接する側にとって大切な姿勢は、犯罪・非行という「行動」は許容しないという、法を守る社会の一員としての姿勢をもちつつ、犯罪・非行「行動」の裏にある思いや気持ちに関心を向け続けること。すると、彼は「この目の前の大人は、自分のことを一生懸命に考えようとしている。自分の気持ちを理解しようと努力している。この人の言うことには、自分にとって意味があるかもしれない」という信頼感をかすかに持つようになる。これを治療的信頼と呼ぶ。
少年たちが投げかける問いは、内的不適応に陥るなかで積み重なった悩みや葛藤の地層からにじみ出てきたもの。問いを投げられた人は、すぐに答えの出ないことの、もどかしさや苦しみに耐えながら、考え続け、悩み続ける。この姿勢を示すことが、少年にとってひとつのモデルとなり、自分が即答できない問題に直面したとき、犯罪行動ではない、別のやり方を学ぶことにつながる。なるほど、これって。よく分かります。
少年は「分かった」と言う人は、嫌いだと言うことがある。分かったつもりになっているだけで、少年の思いのすべてを想像することは出来ない。
検察庁が終局処理した79万人のうち、刑務所に服役したのは1万4千人、1.8%でしかない。刑法犯全体の検挙率は38.3%(2024年度)。検挙率は殺人は96%、強盗91%、放火86%、不同意性交等77%。
5年以内の再犯率は仮釈放で28%、満期出所だと45%。入所する受刑者の過半数は、再入所者。その半数は2年以内に戻ってくる。だから最初の2年間をどう切り抜けるかが再犯防止の成否を分ける。
犯罪被害者に対して、「強くなりなさい」とか「早く忘れて」などと安易に励ましの言葉をかけると、傷つけることになるかもしれない。
被害者支援の相談員にとって大切なのは、受容、共感、傾聴。
刑務所の入所者の高齢化が進んでいる。65歳以上が男性で15%、女性は27%。刑務所に複数回出入りしている人は男性で55%、女性でも48%と、半数ほどいる。
刑務所で何も考えずに規則正しい生活を送っては、刑務所には適応するだけで、実社会に適応するのを難にする面がある。
厳罰化では問題は解決しない。実社会に出てきて、隣に住むかもしれない人たちなのです。社会全体がもっと寛容になることが、本当に必要なことではないかと私は考えています。
(2026年3月刊。2200円)


