(霧山昴)
著者 尾立 要子 、 出版 筑摩書房
エメ・セゼールって、何?という日本人がほとんどではないでしょうか…。ところが、NHKのフランス語講座を長く視聴している私にとっては周知の人物です。
目下、1月末のフランス語検定試験(準1級)の口頭試問に向けて、必死の努力をしています。今の課題は、いくつかのテーマで簡単に論じるようになれることです。もちろん構文が基本ですが、とっさに重要な単語が頭に浮かぶようにしておく必要があります。これまで、うまくいったときは、手がかりとなる単語がすぐ思い浮かびました。失敗したときは、頭のなかが真っ白になってしまったときです。
この本を読んで、エメ・セゼールが最近まで生きていたこと、フランス共産党の党員として活動していたことがあることを知りました。エメ・セゼールが亡くなったのは2008年。95歳でした。そう言えば昨年末に亡くなった日本共産党の不破哲三も95歳で亡くなりましたね。
エメ・セゼールは「ネグリチュード」という言葉を広めたことでも知られます。詩人であり、政治家でもあります。エメ・セゼールは、カリブ海のマルチニーク島の中心都市フォール・ド・フランスの市長を50年以上もつとめていますし、ミッテラン大統領のころ、国会議員でもありました。
マルチニークは人口35万人の小さな島です。主な産業はサトウキビ栽培であり、それを支えた(ている)のは、アフリカから連行されてきた黒人奴隷(とその子孫)です。
エメ・セゼールは、1956年にソ連軍がハンガリー動乱に介入したとき、フランス共産党がソ連を支持したことから離党して、マルチニーク進歩党を結成したのでした。フランス共産党はソ連共産党にいつもべったりで、主体性がありませんでした。
マルチニークではクレオール語が話されるのですが、エメ・セゼールは、あくまでフランス語で詩を書き続けましtあ。
エメ・セゼールは、ネグリチュードという言葉を広め、ニグロであることはポジティブなことだと強調した。それまでマルチニークの人々は、自分たちはニグロではない、ニグロはアフリカにいると思い込んでいたので、衝撃的な指摘だった。
私のような日本人からすると、アフリカ黒人もカリブ海の黒人も同じように見えますが、実は黒人といっても多様なんですよね。ムラートという肌が浅黒い人々がいます。黒人との混血の人々です。マルチニーク人は、アフリカ系黒人に対して優越意識がありました(す)。
マルチニークで奴隷制が廃止されたのを復活させたのはナポレオン。というのも、その妻ジョセフィーヌはマルチニーク島の裕福な奴隷農園主の娘だった。このジョセフィーヌの影響力の強さがナポレオンに奴隷制を復活させたとみられています。とんでもない女性です。
エメ・セゼールは詩のなかで、「決して私をあの憎しみの人にはしないでほしい」と訴えています。憎しみの連鎖を絶つ必要があるということです。
ベルギー領コンゴから独立したコンゴの初代首相だったルムンバは、1961年1月17日に暗殺された。アメリカのCIAの仕業です。ルムンバの暗殺に現在に至るコンゴの混迷と不幸の始まりだと著者は書いていますが、まったく同感です。
エメ・セゼールは、いかなる人種といえども、差と知性と力を独占してはいないと書いています。これまた、まったくそのとおりです。
フランス語の勉強を続けているのは、こうやって視野が広がっていく楽しさがあるからでもあります(ボケ防止がなにより一番なのですが…)。
(2025年10月刊。2310円+税)


