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私が見た金正恩

(霧山昴)

著者 リ・イルギュ 、 出版 産経新聞出版

 金正恩に身近に接し、声をかけられたこともある元外交管が脱北に成功し、北朝鮮での生活と仕事ぶりを詳細かつ具体的に語っています。

 金正恩体制がなぜこんなに長くもっているのか…。外交官として、自分はシステムの中で安定した生活を営み、既得権益勢力になっていた。

 このような地位を捨てたら、どん底に落ちてしまうことが分かっている。せっかく手に入れた地位や生活を、そう簡単に手放すことはない。

 何かを提案し、権力から認められると、自分の生活や地位が安定する。だからこそ、体制のために懸命に働く。盲目的に体制へ忠誠を尽くす人は多い。

 この体制が良くない、誤った方向を目指していると理解したとしても、それだけで脱北したり、反抗したりはしない。本当にやむを得ない事情があり、このシステムでは生きられないと判断した人だけが脱北という道を選ぶ。

北朝鮮の外交官はネクタイを締めた物乞いだ。キューバで参事官として働いていたときの月給は、わずか500ドル(6万5千円)。これでは、一家3人で、生活するのは難しい。しかも金正恩の誕生日などには、「忠誠資金」の名目でお金を献納しなければならない。そして上司は、賄賂を求める。

 だから、外交官は葉巻をこっそり売ったりして闇収入に奔走する。それはヨーロッパでは難しい。

 パナマ運河を北朝鮮の船が航行したとき、パナマ政府に臨検され、積み荷に武器があったことが発覚したことがありました。この対応に著者は関わって大変に苦労したのでした。

 自分の出世のためなら、存在しない罪をでっちあげて、人を殺す社会。欲が過ぎて、自分が仕掛けた罠(わな)に自ら引っかかって死ぬ社会。これが北朝鮮社会。

 北朝鮮のエリート層の生活は、それほど安定したものではない。外見上は威厳があって怖い存在かもしれないが、うらやましがられるほどのものではない。快適で幸せな生活を送っているように見えても、ほとんどの者は、いつ、どんなことで怒られるか常に心配し、不安をかかえながら怯(おび)えた生活を送っている。

北朝鮮は、二重三重の監視システムが24時間、稼働する国家である。

 この本を読んで、もっとも背筋の氷る思いをしたのは、3人の外務省職員が「アメリカのスパイ」として公開処刑された話です。著者は幸いにも処刑には立ち会っていないとのこと。

 死刑囚1人に対して、3人の処刑隊員が、それぞれ90発を乱射した。すると、人の形は跡形もなく消え、肉片だけが周囲に飛び散った。この公開処刑には外務省の副局長以上の幹部が「招待」されていた。金正恩のおじにあたる、張成沢の処刑も同じ方式のようです。

 人々を恐怖で支配し、こうやって体制への反発を封じこめるのです。

 松本清張に『北の詩人』という本があります。同じように「アメリカのスパイ」として処刑されたのですが、これはデッチ上げではないかと思います。拷問すれば「自白」は簡単に得られるのです。この本にも、そんな話が紹介されています。

著者の顔写真が表紙にありますが、いかにもエリート外交官という印象です。今は韓国の国家安保戦略研究院で責任研究員です。一読の価値がある本です。

(2025年10月刊。1980円+税)

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