著者 ヴァディ・ラトナー 、 出版 河出書房新社
久留米にある靴メーカーに勤めている人と話していたら、カンボジアに提携している工場があるので、プノンペンにも行ったことがあるとのこと、驚きました。私は残念ながら、カンボジアに行ったことはなく、したがってアンコールワットにも行っていません。
この本は、例の残忍なポル・ポト派がカンボジアを支配していたときの体験をもとにした小説です。自分が体験したことをベースにしているだけに迫真的です。
文明を敵視したクメール・ルージュ(赤いクメール)の犯罪行為が惻々と伝わってきます。よくも王族の一員であることを隠し通して生きのびることができたものだと驚嘆します。といっても、王子である父親は家族を守るために自ら出頭して、殺されてしまいました。
ただ、どうやって殺され、その遺体がどうなったのか、まったく不明のようです。それだけ、ポル・ポト派の圧政下では原始的で、野蛮な殺害が横行していたわけです。
はじめ、プノンペン市民はクメール・ルージュ軍がやってきたときには歓迎する気分もあったようです。ところが、すぐにそれは間違いだと思い知らされます。
「荷物をまとめて、すぐに出て行け」
「2、3日のあいだ必要なものだけ持っていけ」
「どこでもいい、とにかく出て行け」
「時間はない。すぐに出るんだ。アメリカの爆撃がある」
「出ていかないと撃つぞ。全員だ。わかったな」
「革命万歳」
いきなり都市から農村部へ追いやられ、そこで重労働させられるのです。
1日仕事は夜明けの1時間後に始まり、日没の1時間前に終わる。すべての家畜は町の共有財産である。生活必需品は、すべて配給される。大人も子どもも、同じ量の米が配給される。
こうやって1975年から4年近くも、人々はポル・ポト派の支配下におかれ、200万人近い人々が死亡したと推測されている。
1979年1月、ポル・ポト派はベトナム軍によって打倒された。
本当に苛酷な生活を強いられたものです。読んでいて胸がつぶれそうになります。でも、これも知るべき現実だと思って、最後まで読み通しました。
カンボジアの豊かな自然描写がよく描かれているのが救いです。
ポル・ポト派を直接的に支援していたのは中国でした。そして、アメリカは何もしなかったのです。恐らく介入するメリットになるような利権(天然資源など)がなかったからでしょう。
(2014年4月刊。2600円+税)
バニヤンの木陰で
