(霧山昴)
著者 伊藤 博敏 、 出版 小学館
東京都内23区に火葬場は6つあるが、それは自治体(区)の運営ではなく、東京博善という民間会社による。そして、この会社は「ラオックス」を率いる中国人経営者・羅怡文氏グループの傘下企業。
東京博善は売上高90億円、営業利益は40億円という高収益の超優良企業。ひところ、政商として名高い小佐野賢治が支配していたが、身内の死が相次いだことから縁起悪いとして売り出されて、羅氏グループが取得した。私は中国人が経営する企業だからといって、それを問題にするつもりはまったくありません。排外主義に立つのではなく、現実を直視すべきだと言いたいのです。
東京博善は、薩摩藩の出入り商人である木村荘平が初代の警視総監の川路利良の招きで上京し、まずは「食肉利権」で財を築き、そのあと火葬場で蓄財したもの。
木村荘平は「妾」20人に、実子が30人。その子どもたちには有名人がズラリ……。作家の木村壮太、画家の木村荘八、直木賞作家の木村荘十、映画監督の木村荘二など……。
古代の日本人の庶民は風葬。つまり、山や河原に遺体を放置するというもの。墓をもつという発想がなかった。今、チベットの60年前の探検記を読んでいますが、チベットでも火葬したあとの骨を拾うことはなく、そのまま河原などに放置していたそうです。墓はありませんでした。今はどうなっているのでしょうか……。
鎌倉時代から火葬が一般化しはじめた。ところが、明治になってから、神道を国教化するなかで、火葬が禁止された(明治6年)。しかし、天皇家でも火葬してきたこともあり、火葬禁止令は2年後に解除された。
かつて日本は土葬社会だった。1940年代までは土葬が主で、墓地までの「野辺送り」を経験した人が今でもいる。その後は火葬が増えてきて、今では100%に近い。
「骨をきれいに残す」という習俗は日本特有のものだが、それも最近のものでしかない。東北地方の葬儀業者の9割は戦後に創業している。
現在の火葬場は無煙無臭。主燃焼室の直上に再燃焼室を設置している。火葬場の象徴であった高い煙空がなくなり、外観の工夫で排気筒が見えなくなった。
本来、仏教にケガレという観念はない。墓石を立てて戒名を刻む一般墓は150万円で、その時代は終わった。納骨堂なら77万円、樹木葬は67万円。お墓は引継ぎたくないし、引き継がせたくない。樹木葬でも合葬墓タイプなら4~15万円。海洋散骨も業者まかせなら、2~3万円ですむ。
火葬の今昔について、深く知ることが出来ました。
(2026年1月刊。1980円)


