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検事の心得

(中央倫新社)

伊藤鉄男

 元東京地検特捜部長の回想というサブタイトルの本です。最高検の次長検事が最終ポストだというので、あれ、どうしたんだろうと思うと、担当検察官が有名事件で証拠を偽造していたことが発覚して、この重大不祥事について検事総長と一緒に責任をとって退官したのでした。本人からしたら運が悪かったということですが、それにしても検事が証拠を偽造するなんて、まったく許せません。

 偽造ではありませんが、検事が被疑者・被告人に有利な証拠を隠すというのは、しばしばあり、ときどき発覚して問題になっています。むしろ、国の公正な運営を阻害するものです。

 この本を読んで、50年も前の私の司法研修所での生活をなつかしく思い出しました。著者は27期で、私は26期なので、登場人物の多くが共通するのです。

 なかでも村田恒検事です。「落としのムラツネ」という定評があったそうですが、その授業は理論的というより、いかにも熱血検事でした。その勢いで、検事志望者を多く獲得しました。私のクラスからは10人ほども検察志望が出て、村田教官の「人たらし」が成功しました。なかには、数年でやめた人もいるようですが、検事総長や高検検事長までのぼりつめた人がいます。

 著者に対して、この村田教官は検察を志望するよう猛烈なアタックをかけたようです。ついに著者の下宿に泊まり込んだとのこと。しかも、翌日、「今日も泊まるから」と言われて、「前向きに考えますから、帰ってください」と言ったというやりとりが紹介されています。そんなことをやりそうな村田教官でした。今も、それくらい熱烈な勧誘する教官はいるのでしょうか……。

 著者が仕えた検事正のなかには、あまり尊敬できない人、顔も見たくないような人がいたとのこと。正直に書かれています。私も弁護士として接した裁判官のなかに、二度と顔を見たくない人が何人もいます。たまに素晴らしい裁判官に出会うと、ほっとします。

著者は、検察官に「引き返す勇気」が必要だと強調しています。ぜひ、そうあってほしいものです。「今では、このような考えが検察部内に浸透していると思う」とありますが、果たしてそうでしょうか……。

 無理だと分かったら潔く撤退することが何より大切。これは、弁護士についても言えることです。というか、まず、無理な受任をしないことなんですけどね……。

 検察官が取調の任意性の立証のために法廷で尋問されることがあります。実は、私は一度もその経験がありません。取調警察官のほうは何回か尋問しましたが…。著者は「任意性の証人」として法廷に出廷したことは一度もないとのこと。立派です。ところが、「数回とか十数回出廷した」検事もいるとのことです。驚きますね。よほどひどい取調べを日頃しているということなのでしょう……。

 著者は東京地検で副部長と部長をあわせて6年半もつとめたとのこと。特捜、交通、刑事の各部です。こうなると、東京地検の「主(ぬし)」的存在ですね。副部長は、いわゆる決裁官です。部下の検察官に対して助言と承認をします。そのときの心構えとして、忙しいときでも必ず相談や報告を受けることがあげられています。「いま忙しいから、あとにして」と言って、つい受けないと、それが重なっていったりします。面白いのは、いつだって平常心を失わないこと、そして用もないのに長話をしないことが上げられています。なるほどなんですよね。

 警察との関係では、「警察は検事を使えなければ一人前ではない」し、「検事は警察を使えなければ一人前ではない」とされています。特捜部あたりではそうかもしれませんが、地方では、検察は警察にいいように使われているだけというのが実情ではないでしょうか……。

 部下が失敗したとき、まずガッハッハと笑い、そのあと一緒に対応を考えるという対応がすすめられています。なるほど、そのとおりですね……。まあ、言うは易くて、難しいことです。

 法務省は、重要事項を決める省議メンバーは、秘書課長、人事課長そして会計課長の「官房三課長」。そうなんですね。

 この本の最後に再審無罪判決が出て確定した袴田事件の無罪判決が間違っていると書かれています。私は無罪判決をきちんと読んでいませんので、コメントできません。検事総長の談話について、今なお袴田氏を犯人視しているとして再審弁護団が損害賠償請求訴訟を提起したと思いますので、そこで、どちらがおかしいのか明らかになるでしょう。

 それにしても再審手続は改められるべきです。検察官は、手持ち証拠の全部を開示し、提出するのが当然ですし、再審決定に対して検事からの異議申し立てを認めるべきではありません。

(2025年12月刊。1980円)

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