(霧山昴)
著者 北村紗衣、 出版 朝日出版社
著者は北海道の旭川東高校から東大に入って、今は武蔵大学の教授。 専門の一つがシェイクスピア。なんと、映画と演劇を年に100本ずつ見ているとのこと。
私は劇を見ることはまったくありませんが、映画は大好きで、2ヵ月に1本の割合で見ようとしています。でも、なかなか時間がとれません。
さて、シェイクスピアです。私は、いつシェイクスピアを読んだのか、忘れたほど昔のことです。そもそも本当に読んだのか、確信をもっては言うことが出来ません。
シェイクスピアが活躍したのは、中世ではなく、16世紀末から17世紀はじめ、つまり近世。エリザベス一世のころです。
シェイクスピアは小説をまったく書いていない。なので、小説家とはいえない。お芝居の台本を書いていた。
シェイクスピアの生没年は、1564年から1616年。これは「人殺しの話をいろいろ書いた人」として覚える。
シェイクスピアの書いた台本の自筆原稿はまったく残っていない。当時はコピー機があるわけもないので、劇団員全員分の台本はつくらなかった。また、ほかの劇作家と共同して台本を書いた可能性がある、
シェイクスピアの書いた台本の内容には、学問的に間違っているところが少なくない。たとえば、内陸部にあるボヘミアを海岸があるとしたり、ヴェローナからミラノへ船では行けないのに、船で行ったように書いている。
シェイクスピアは大学には通っていない。ラテン語も、それほど流暢ではない。
イングランド演劇は、トーンが多様で、悲劇でも必ず笑うところがあるし、喜劇でもびっくりするようなショッキングな描写があったりする。
シェイクスピアは、50歳過ぎまで、元気で長生きした。そのためキャリアが長く、作風が成熟した。
シェイクスピアの時代には、専門の演出家はいない。役者が自分で考えて演じていた。演出家が登場したのは、19世紀も後半になってからのこと。
当時の劇場は、舞台が客席に囲まれ、両脇にも客が入る。幕がないので、その種の背景転換は出来ない。
シェイクスピアの時代は、劇場に行けば、毎日違い芝居が見れるという前提で運営されていた。
シェイクスピアの戯曲は、基本的にすべて役者を想定した「あて書き」になっている。
シェイクスピアの戯曲による映画、演劇を見てみたいと思いました。でも、なかなか難しそうです。
(2025年10月刊。2090円+税)


