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2025年3月 の投稿

采女、なぞの古代女性

カテゴリー:日本史(古代)

(霧山昴)
著者 伊集院 葉子 、 出版 吉川弘文館
 采女(うねめ)は、律令で定められた女官。地方の行政組織である郡から、上級の役職である長官(大領)、次官(少領)の姉妹または娘が選ばれて都に赴き、朝廷に仕えた、地方エリート層出身の女性。条件は、形容端正であることと、13歳以上30歳以下であること。ただし、定年はなく、生涯現役で働くことも出来た。また、親や自分の病気などを理由として退任することも可能だった。
采女を選ぶのは、中央から任命されて赴任してきた国司。采女の名簿は天皇にまで報告された。中央の大貴族ほどの出世は難しかったが、才覚と能力次第では、女官組織の管理職にもなれた。ウネメの語源は不明。
采女は、出仕したあと天皇の傍らに仕えて、さまざまな用向きを処理した。『日本書紀』には、雄略天皇の時代に、子どもを育てながら宮廷で働く采女がみえる。
 皇室の新しい建物ができたときには、それを言祝(ことほ)ぐ宴(うたげ)が広くおこなわれた。この新室の祝いは、単なる宴会ではなく、神事であった。古代社会において建築・造営は高度な技術を駆使した重要なものだった。
 これまで、采女は、地方豪族から服属の証として朝廷に「貢進」された、いわば人質として考えられてきた。
 日本古代は、男女の格差が少ない社会である。男女個人がそれぞれ財産をもち、処分もできた。夫婦や親子であっても財産の保有は別々であり、男女とも父方母方双方から財産を相続できた。父方と母方とを区別する考えもなかった。
権力においても、政治から女性を排除する社会通念は乏しかった。したがって、女性を「みつぎもの」として扱う社会観は共有しにくい。
渡来人の活用は、倭国が先進国である朝鮮半島諸国を追い抜く原動力だった。繰り返し工女の渡来を求めたのは、新しい技術を摂取するため。
 河内の倭飼部は、乗馬の風習が朝鮮半島から伝来してきたこととあわせて、渡来系の氏族だったことを裏づけている。
 古代日本では、男女の性的関係が始まったときから、それは婚姻だと認識された。
 万葉集には「女郎」が登場するが、イラツメと読まれた。
 郎女と女郎は、成り立ちも意味も異なっている。郎女はイラツメと読み、男性を指す郎子の対義語。万葉集には、郎女も女郎も混在している。
 女郎は、江戸時代の初めには、身分ある女性を指すコトバとして通用していた。もともとは女性への敬称である「女郎」が、今日では遊女の別称となり、定着してしまった。
 ところが、中国では女郎は年若い女性のことで、遊女の代名詞にはならなかった。
 中国で采女(サイジョ)は、宮女の代名詞だった。「日本書紀」に記された采女(ウネメ)の姿は、中国の采女(サイジョ)とは、まったく異なる。
 日本では、豪族の女性たちが男性とともに政治的行動を担い、役割を果たしていた。古代東アジアの「女郎」に、日本で近世以降にイメージされる「遊女」の意味は、まったくない。
 古代の日本では、推古天皇をはじめ8代6人の女帝が誕生し、統治した。女帝は普通のことで、その存在を排除する通念は乏しかった。
 采女の正体に迫ったという気にさせる本です。
 
(2024年9月刊。1870円)

鳥の惑星

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 日経サイエンス編集部 、 出版 日経サイエンス社
 鳥は恐竜の子孫というより、恐竜そのもの。しかも、小型肉食恐竜が進化した生き物。鳥は獣脚類恐竜から進化したというのが現在の通説。
 これまでは白亜紀末の大絶滅(大きな隕石の衝突によるものというのが現在の有力説)よりあとに鳥類が恐竜のなかに誕生したというものだったが、最近では大絶滅の前に鳥類は誕生したと考えられている。すると、どうやって大絶滅から生きのびることが出来たのかという疑問が生まれる。この謎は今なお解明されていない。
 オオソリハシシギはアラスカのツンドラから太平洋を縦断して1万2千キロ先のニュージーランドまで少なくとも7昼夜も飛び続ける。毎年、数万羽が無事に渡っている。
 オオソリハシシギは、1万3千キロを1回の休憩もなく、11日間ぶっ通しで、アラスカからタスマニア島まで飛び続けた。時速50キロで、1日24時間、ずっと飛び続けた。地上にも海上にも降りることなく、食べも飲みもせず、ひたすら羽ばたき続けた。
 どうやって、何の目印もない海の上を飛び続けて迷い鳥にもならず、目的地にたどり着けるのか…。
 渡り鳥は、天体をナビゲーションの手がかりとして使い、また、地磁気(融解した地球コアによって生じた磁場)を検知して飛んでいる。
 鳥の眼の中には光化学反応によって「ラジアル対」という短寿命の分子ペアが形成されていて、鳥のコンパスは、このラジカル対に生じる微妙で本質的には量子的な効果に依存している。
渡り鳥は、視覚と嗅覚そして磁気感覚を頼りとして飛んでいる。磁気に反応するクリプトクロムというタンパク質は、蝶のオオカバマダラや哺乳類のクジラにも見つかっている。
 鳥の羽の拡大写真は思わず息を呑みこむほど見事です。そして、羽の先端に切れこみが入っていると、それは飛ぶうえで特別の効用があるというのです。
フクロウの無音飛行にも、翼の前縁の羽毛に櫛(くし)のようなふさふさのフリンジ(ふさ)があることによって音が生じない。
 羽毛と空気の相互作用による振動が起こらないので音が発生しない。
 ホバリングの得意なハチドリは、非常に高い羽ばたき周波数と蜜を吸いながら花の前でホバリングする際の独特の羽ばたき動作に適応するためハチドリの羽毛はきわめて硬い。
 キンカチョウは、お互いの地鳴きに含まれる小さな違いを聞き分け、お互いの性別やアイデンティティーなどの情報を交換しているらしい。そしてメスもオスと同じように歌う。オスとメスのペアが高度に入り組んだデュエットを歌う。人間の耳には、連続した単一の歌のように聞こえる。
 カレドニアガラスが賢い鳥だというのは有名です。道具を使ってエサをとるのです。そして、なんとチームを作って作業できるというのも判明しました。
 カササギは、鏡に映った自分の姿を検分できる。
 いやあ、鳥という生き物の驚異的な能力には圧倒されてしまいます。しかも、鳥は、かの恐竜の一種だというのですからね…。
(2024年12月刊。2200円+税)

一身にして二生、一人にして両身

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 石田 雄 、 出版 岩波書店
 東大の社会科学研究所(社研)の教授であり、政治研究者として高名な著者が父親のこと、戦後日本のことを語った本です。
父親は戦前、内務官僚として警視総監もつとめました。熊本の五高時代からの親友である大内兵衛(東京帝大経済学部教授)が治安維持法違反で特高警察に逮捕された。
 人民戦線事件。前年まで警視総監をして管内各署を巡視していて、すべてを知り尽くしていたと思っていたところ、大内兵衛が留置されていた淀橋警察署に出かけて想像もしない状況を見聞した。自分の親友が狭い雑居房でスリや強盗と一緒に劣悪な条件でスシ詰めにされていたのを知った。それを知った父親はすぐに警視庁に行き、そのときの警視総監である安倍源基(特高の警察の元締として悪名高い)に会い待遇改善を要請した。大内兵衛は「憎むべき」思想犯なので、安倍警視総監が快く改善に乗り出したとは考えられない。ただ、先輩の頼みなので、無下には扱えず、淀橋署より混み方の少ない早稲田警察署に大内兵衛は移された。そういうことがあったのですね。留置場のひどさは想像できます。 
日本の敗戦後、父親は、「たくさんの人を縛った罪滅ぼし」をするため、刑事被告人の国選弁護人をしはじめた。そして、国選弁護人として何回も小菅刑務所(東京拘置所)で被告人に面会し、話しているうちに、犯罪者に対する観方が180度変わった。
 権力の側から見ていたときは、被疑者・被告人は悪い人間で、それを捕えて罰するのは必要だし、当然のことだと思っていた。ところが、被告人の眼で見ると、彼らは、まさしく社会的矛盾の被害者だと考えられる。また、死刑囚の弁護をしているうちに、死刑制度は廃止すべきだと考えるようになった。
 そうなんですね。昔も今も、目の前の現実をしっかり受けとめると、考え方が180度変わってしまうことがあるのですね…。
 著者は、「政治改革」をマスコミと多くの学者が礼賛するなかで、結局、小選挙区制が導入されたことを苦々しく振り返っています。今の日本の政治をおかしくしている原因の一つが、この小選挙区制です。元の中選挙区制に戻すか、全国完全比例代表制に変えて、民意が国政に正確に反映されるようにすべきだと思います。
 日本人が第二次世界大戦の被害者であることは間違いありません。しかし、同時に加害者側でもあったことを忘れてはいけないと、著者は再三強調しています。まことにそのとおりです。朝鮮半島そして中国大陸への侵攻だけでなく、東南アジアへ広く進出していって、多くの罪なき民衆を殺し、資源を奪い、市民生活を破壊していったのです。
 それは、戦後の朝鮮戦争そしてベトナム戦争についても言えます。日本は明らかに加害者であり、戦争による利益を受けたのです。
考えさせられる事実、そして指摘がありました。
(2006年6月刊。2400円+税)

朝鮮通信使にかける魂の軌跡

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 嶋村 初吉 、 出版 東方出版
 通信使とは、朝鮮王朝が派遣した外交使節。通信とは、信(よしみ)を通(かわす)という意味。
 徳川家康が豊臣秀吉の朝鮮侵略で断絶した国交修復に乗り出し、通信使の派遣を要請した。これに応え、朝鮮王朝は1607年から1811年まで12回、300人から500人もの使節団を派遣した。
 江戸城で国書を交換する。使節団は漢城(現ソウル)から江戸までの2000キロを踏破した。通信使が来日するたびに、日本では朝鮮ブームがまき起こり、大きな文化交流がなされた。
 与謝(よさ)蕪村(ぶそん)の句。
高麗船(こまぶね)の よらで過ぎ行く 霞(かすみ)かな
瀬戸内海を往く6隻の朝鮮通信使船をうたった句。
朝鮮通信使は100人ほどで、それに航海士などが加わるので、総勢は300人から500人になる。船は6艘。正使船、副使船、従事官船という3艘に、貨物船が加わる。対馬藩の船が先導する。朝鮮通信使絵巻や船団図などに描かれている。
馬上才は、日本にはない、朝鮮ならではの馬上の曲芸。徳川将軍家光が来日を熱望し、江戸城馬場で馬上才が披露された。馬上横臥、馬上立倒といったいろいろな曲芸が演じられている様子が『馬上才図巻』に残っている。
朝鮮通信使を饗応(きょうおう)した料理が再現されていた。ツバメの巣、カラスミ、焼きウズラなどの山海の珍味10種類の料理が、7つの饗応膳に盛り付けられた。
江戸時代の対馬藩の朝鮮貿易は仲介貿易だった。博多商人を通して国内産を、琉球を通して南方産を入手し、それを釜山にある草梁倭館で売買した。
宗義智に嫁いできたマリアは小西行長の娘。関ヶ原の戦いでの敗戦後、マリアは義智から離縁されて長崎へ下っていった。
国書は朝鮮国王から日本の将軍へ送る書面。書契は朝鮮国王から対馬島主にだけ出している書面。
朝鮮通信使に関する記録は、2007年10月、ユネスコ世界記憶遺産に登録された。この登録は日本政府を通してではなく、日韓の民間団体が共同しての申請だった。
今では、文科省のHPにも紹介されている。
この朝鮮通信使は、日本が朝鮮を植民地支配するなかで意図的に消した大きな友好の歴史だった。
ドキュメンタリー映画『江戸時代の朝鮮通信使』というのがあるそうです。ぜひ観てみたいものです。テレビで放映されたのでしょうか…。
朝鮮通信使ゆかりのまち全国交流会が1995年に第1回が対馬市で開催されて以来、2023年まで既に30回も開かれている。いやあ知りませんでした。たいしたものです。
釜山市では、その三大祭りの一つに朝鮮通信使祭りがなっているそうです。
厳原(対馬)と博多を結ぶ海運学を生業とする松原一征氏の通信使復興を目ざす歩みが紹介されている本でもあります。
(2024年10月刊。2500円+税)

忘れられた無差別爆撃

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 纐纈 厚 、 出版 不二出版
 検証・錦州爆撃というサブタイトルのついた本です。
1931年9月18日に始まった満州事変の翌月(10月)8日に日本軍は錦州を爆撃した。世界最初の都市への無差別爆撃だった。日本軍が攻撃したのは中国軍の兵営というより、錦州駅など市内の中心地。錦州市は当時の人口180万人、日本人も多く住んでいたが、日本人居住区は攻撃対象からはずされた。錦州爆撃はきわめて用意周到な計画にもとづくものだった。
 この錦州無差別爆撃はアメリカやイギリスをひどく怒らせ、国際世論は日本を厳しく糾弾した。錦州爆撃は国際社会から猛烈な批判を浴びた。それまでは日本の軍事行動をある程度は容認していたアメリカも姿勢を一変させた。
 このとき石原莞爾は自ら出撃機に搭乗して陣頭指揮した。石原ら関東軍と陸軍中央は目ざすところは同じだったが、主導権をどちらが握るかで争っていた。石原莞爾の性急ぶりに、陸軍中央が振り回された。
 関東軍が独走し、それを陸軍中央が追認するというパターンが常だった。
錦州爆撃で出撃した日本陸軍機は、複合機の八八式偵察機とポテー機。まだ専用の爆撃機は完成していなかったのです。25キログラムの爆弾を吊しておいて、結局、手で放り投げたようです。出動した飛行機は11機で、爆弾は80個。この爆撃による死者は35人で、うち1人はロシア人の教授だった。その未亡人に対して150円の見舞金が支給された。
日本軍は、この爆撃について偵察飛行していると、地上から中国軍が銃撃してきたので、自衛のために爆弾を投下しただけだと強弁した。もちろん国際世論は納得しなった。
 昭和天皇は、当初こそ関東軍の独断専行を心配していたが、錦州を占領すると、勅語によって関東軍をたたえた。
 「朕、深くその忠烈を嘉(よみ)す」(1932年1月8日)
 これによって、満州事変が天皇によって正当化された。そして、もはや関東軍の独走を止める者はいなかった。
 
 1932年2月に来日したリットン調査団も、10月に発表した報告書で、満州事変における関東軍の行動を自衛的行為とは認め難いとし、錦州爆撃も非難した。
 この錦州は、1948年10月、毛沢東の八路軍と蒋介石の国民党軍の満州を舞台とする決戦場にもなっています。八路軍20万人に包囲され、国民党軍10万人は激戦の末、降伏した(『八路軍とともに』花伝社に詳しい)。大変勉強になりました。
(2024年11月刊。3300円)

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