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2021年9月 の投稿

日本近代の出発

カテゴリー:日本史(明治)

(霧山昴)
著者 佐々木 克 、 出版 集英社
明治天皇は明治17(1884)年ころには、明確に自分の意見を述べ、政府要人に対する好みもはっきりしていて、個性派の天皇になりつつあった。たとえば、キリスト教信者と疑った森有礼(ありのり)を伊藤博文が文部省御用掛(大臣)に任命しても、明治天皇は「病気」と称して1ヶ月も面会しなかった。また、黒田清隆は薩摩閥のナンバー1だったが、酒が入ると人物が一変し、トラブルが多かった。井上馨(かおる)に対してピストルを出して追い返そうとした。
明治憲法の草案として、夏島草案というのがあるのを始めて知りました。夏島というのは、金沢の夏島ですが、今の横須賀市夏島町です。このころ、天皇と議会が同等の権力をもつということは認められない、議会は天皇の相談(諮問)機関であるべきだという考え方に対して、伊藤博文は、立憲政治を主張した。それは、天皇の国家を統治する大権は、憲法の規定する範囲内にのみある、つまり、立憲政治の根本は君主権の制限にある、そして、行政の中心には、天皇ではなく総理大臣にあることを強く主張した。
国会開設運動が最高潮に達したのは1880(明治13)年。このころ建白・請願に署名した人は32万人に近い。この当時、20歳から50歳までの人口は770万人なので、その4%にあたる。これはすごい比率だ。つまり、運動に共鳴した多数の民衆がいた。自由民権運動は、一種の文化革命だった。
1874(明治7)年から1884(明治17)年までの11年間に、全国1275もの結社があった。埼玉に29社、神奈川県に100社が活動していた。
このころ、新聞の購読料は高かった。東京日日新聞は1ヶ月85銭。日本酒が11銭、巡査の初任給は6円のとき。ところが、新聞は一般の庶民も読むことができた。新聞縦覧所が各所にあって、立ち読みすることができた。ちなみに、当時の人々は、声に出して読んでいたようです。黙読する週刊はありませんでした。つまり、新聞は広く一般に読まれていたのです。
そして、演説会は、民衆のものでした。義太夫より演説のほうが面白いと言って、人々は聞きに集まった。1881年9月10日、大阪・道頓堀の戎座(えびすざ)で板垣退助らが弁士となって開かれた政談演説会は、1枚5銭の傍聴券5000枚が前日までに売り切れた。
演説会の話がつまらなければ居眠りしたり、ヤジったり、面白ければ熱狂して沸く、弁士も聴衆の反応にこたえて、話をより過激な論調にしたり、臨席している警察官をからかったりする。まさに弁士と聴衆とが一体となって盛り上げる。自由民権の生き生きとしたパフォーマンスがあった。
有名な五日市憲法草案は、このような状況の中でつくられたものなんですね。学習や討論の積み重ねが結実したものだったのです。明治とは、どんな時代だったのか、改めて考えさせられました。
(2021年1月刊。税込1600円)

戦争の新しい10のルール

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ショーン・マクフェイト 、 出版 中央公論新社
史上最強の軍隊を有するアメリカが20年間もアフガニスタンで戦ったあげく、みじめに敗退し、今ではアメリカの敵だったタリバンの天下です。
これは、軍事力だけでは国を治めることはできないことを如実に証明しています。アフガニスタンの砂漠を肥沃な緑土・田園地帯に変えた中村哲医師のような地道な取り組みこそ世の中をいい方向に変えていくのだと、つくづく思わされたことでした。
なぜアメリカは戦争に勝てないのか?
アメリカはベトナム戦争でも敗退した。アメリカは負け続けたのだ。アメリカ人の血を犠牲にし、数兆ドルの税金を浪費した。そして、アメリカという国家の名誉にダメージを与えた。なぜなのか…。
いま私たちが直面しているのは「国家の関与しない戦争」なのだ。人工知能(AI)に頼っても、基礎的な認知作業もできていないのが実情だから、戦争で勝てるはずもない。
今や国民国家どうしの武力紛争の時代は終わりつつある。今日において、通常戦ほど、非通常的なものはない。なのに、通常戦への執着は我々を今も苦しめている。
もはや我々は通常戦型の兵器の購入はやめるべきだ。むしろ特殊作戦部隊に力を入れる必要がある。
アメリカ軍の最新鋭の戦闘機であるF35は、もはや時代遅れだ。これは歴史上もっとも高価な兵器だ。F35の開発にアメリカは1兆5千億ドルをつぎこんだ。これはロシアのGDPをこえる金額だ。1機1億2千万ドルし、空中で1時間飛行すると4万2千ドルかかる。
そのうえ、このF35は空中戦のできない戦闘機だ。F35のコンピューターにはバグが発生しやすい。コンピューターのエラーは、F35では戦えないということ。
もはやジェット戦闘機は時代遅れなのだ。
途中で疑問をはさむと、著者は中東情勢で論じていますが、「米中戦争」についての論述が少ないのが物足りません。いえ、アメリカと中国が国どうしで戦争するようなことはあってはならないし、想定することは難しいと思うのです。でも、日本の自衛隊もマスコミも「米中戦争」が起きたら日本はどうする…、なんてことを無責任にあおりたてています。恐ろしい世論操作です。
著者はアメリカ軍の将校のあと、民間軍事会社にも関わっています。その体験もふまえて、外人部隊の活用をすすめています。
傭兵は、イラクとアフガニスタンで、アメリカによる契約が呼び水となって復活した。
最近のイラクやアフガニスタンでの戦争に従事している要員も半数以上は、民間軍事会社の契約業者だ。国にとって、契約業者をつかうと軍よりも安あがりになる。高額な医療費や軍人恩給を支給する必要がなく、「使い捨てできる者」だからだ。
今や民間軍事会社はビッグビジネスだ。これからは軍隊ではなく、傭兵の時代だ。
戦争の民営化は、戦いを根本的に変えてしまう。
プライベート・ウォーは、戦争開始への障壁は低い。むしろ戦争を育(はぐく)む。
プライベート・ウォーは、通常戦と対照的なものなので、通常戦に備えている現代の軍隊は、これに対応できない。
そして、「影の戦争(シャドー・ウォー)」は不可視状態になっている。ここでは情報は兵器だ。
「ゲリラは負けなければ勝利であり、正規軍は勝てなければ敗北である」(キッシンジャー)
軍事的に勝利し、戦争には負ける。これは、手術は成功したが、患者は死んだということ。これでは話にならない。
この本を読むと、今の日本の軍事大国化が、バカバカしい間違いの方向にすすんでいることが、よくよく理解できます。強く一読をおすすめします。
(2021年6月刊。税込2970円)

イヌは愛である

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 クライブ・ウィン 、 出版 早川書房
私はイヌ派です。ネコには、どうも親しみがもてません。幼いころからわが家は犬を飼っていました。キャンキャン吠えるので、すぐ人気を失ってしまったスピッツが小学生のころから座敷にも上がるのを許されて飼っていました。おかげで、畳は、いつもザラザラです。今なら、とても耐えられませんが、子どもって平気なんですよね…。
イヌは単に社交的なのではない。正真正銘の親愛の情を示す。それは、人間だったら、普通は愛と呼ぶはずのもの。イヌは、深いつながりを築きたい、温かで親密な関係をもちたいという欲求、愛し、愛されたいという欲求をもっている。イヌの本質は愛である。その愛が、人間にとってイヌを特別な存在に、人間のまたとない相棒にしている。人間に対するイヌの愛の主導権は、人間にはない。主導権はイヌが握っている。
4000年以上も前の古代エジプトの墓碑に、イヌの名前が刻まれている。アブウティユウという王の護衛犬は、死んだとき棺に入れられ、上質の亜麻布、香、香りのついた軟膏が下賜された。
イヌは1万4000年以上前に生まれた。最後の氷河期のあいだに登場した。
イヌは、特定の人間をすぐに好きになる。これって、イヌ好きの人間をイヌはすばやく見抜くということではないでしょうか。イヌ好きの私は、あまりイヌを怖がらないので、イヌも私にすぐに近づいてくるような気がします。
イヌが人間より速く絆を築く反面、イヌはその絆を解くのも速いのではないか…。
これって新しい飼主にイヌがすぐなじむことを指しているのでしょうね。
個体としても種としても、イヌは人間に身を捧げてきた。イヌは狩りの能力などのすべてと引き換えに、人間のパートナーになるチャンスを選んだ。
深くて揺るぎない愛情と引き換えに、人間も自分たちを愛してくれる。イヌはそう信じている。ところが、人間のほうは、残念ながらイヌと盟約をまっとうしているとは言えない。
オープンで愛情深い性質をもつイヌは、身体的な接触と同じくらい、関心を向けてもらうことを求めている。
多くのイヌは、ひどい孤独に耐えられず、いろんな行動をとる。吠える、家具をかむ、室内の、してはいけないところで排泄する。
こうしたストレスの兆候は、分離不安障害と呼ばれる、だから、スウェーデンでは、少なくとも4時間から5時間おきにイヌに社会的交流をさせることを法律で義務づけている。
うひゃあ、これには驚きました。
現在いる犬種は、みな、ここ150年のうちに出来たものでしかない。純粋な血統をもつイヌをつくっていった結果、一部のイヌは、半数以上がガンで死んでいる。
イヌが人間の行動の意味を理解できるのは、人間といっしょに暮しているうちに学習するから。またイヌを飼ってみたくなりましたが…。
(2021年5月刊。税込2310円)

写真集・棚田の愉しみ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 玉井 質 、 出版 うめだ印刷
大阪の干早赤阪村の棚田を撮った素晴らしい写真集です。
干早赤阪村は大阪府で唯一の村。大阪からは、地下鉄の天王寺に行き、近鉄で富田林に行き、そこからバスに乗って干早中学校前で降りる。バスは1時間に2本しかない。
この干早赤阪村の「下赤坂の棚田」は、日本の棚田百選にも入っている。
干早赤阪という地名は楠木正成がたてこもった干早赤阪城として有名です。なので、私も機会があったら一度は行ってみたいところでもあります。
「下赤坂の棚田」の写真は、どれも見事です。まさしく生命観が躍動し、生き物すべてが光り輝いています。
棚田は12世帯が共同して、1000坪を運営しているそうですが、ここにも高齢化の波が押し寄せています。なにしろ始めて、もう17年目になるそうですから…。
それでも、保育園の園児たちが親と一緒になって田植えしている様子を撮った写真もありますので、期待はもてそうです。
九条の会がここにもあり、棚田でそろって平和憲法を守れのポスターをかかげた写真は壮観です。子どもたちに平和を確実に伝えていきましょう。
なにしろ傾斜のある棚田ですから、農作業用の機械を運びあげるのは困難です。田植えも稲刈りも人海戦術。いやあ、これは大変ですよね…。
それでも収穫したお米で餅つきをして、みんなで食べたら、さぞかし美味しいでしょう。収穫祭で乾杯しているときの笑顔がたまりません。苦労がきちんと報われたときの喜びの笑顔です。
80頁ほどの写真集ですが、こんな棚田をぜひぜひ保存してほしいものだとつくづく思ったことでした。
(2021年7月刊。税込2000円)

野球にときめいて

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 王 貞治 、 出版 中公文庫
1940年生まれの王選手は、私にとっても長嶋茂雄選手と並んで野球界のヒーローです。といっても、野球の試合をみたことも、みることもほとんどありません。スポーツ観戦は私にとって問題外、時間のムダでしかありません。といっても、子どもたちに一度は機会を与えるもの親の義務の一つだと思って平和台球場に子ども連れてナイター見物したことはありますし、弁護士会の懇親行事として福岡ドーム球場での野球観戦もしたことがあります。テレビではまったくみません。
なので、王選手の一本打法というのも動かぬ写真でみたことがあるだけ、ホームラン競争だってみたことがありません。人はそれぞれ好きなことをやっていたらいいというのが私のモットーです。
こんなに大活躍した王選手ですが、生まれたときは仮死状態で、虚弱児なので、大きくならないだろうと言われていたというのです。実際、2歳をすぎるまで歩けなかった。いやあ、人間って、変われば変わるものですね…。
2卵性双生児、つまり双子で生まれ、一緒に生まれた女の子が1歳3ヶ月で急死し、その後は、母親のお乳を独占できたからか、みるみる元気になったというのです。ふえっ、そ、そんなこともあるのですね…。
王選手は左利き。打つのは右だけど、投げるのは左。
父親は中国・淅江省から日本に渡ってきて、中華そば屋を始めた。そして、2人の息子には、医師と技師になってもらおうと考えた。実際、長男は医師になった。王選手も早稲田実業高校に入って技師の道が…。
王選手は、幼いころから物怖(お)じしない性格だった。小学校に入ると、実家が中華料理店のせいか栄養がよくて身体が大きくなり、ガキ大将になった。中学校では陸上競技部に入る。身長1メートル77センチで、体重は70キロ。そして、中学校の野球部ではなく、地元の草野球チームに入った。ところが、父親はそれが気に入らなかった。
王少年は、技師への道を進むつもりで都立隅田川高校を受験したところ、見事、不合格。そこでやむなく早稲田実業高校に入って、野球をするようになった。
王選手は1年生のとき、早稲田実業のエースになった。さすが、たいしたものです。ところが、制球難。投げるときに上体が揺れるので、コントロールが悪くなる。
巨人軍に入って、まっ先に言われたのは、走ること。スポーツの基礎は走ることにある。うむむ、そうなんですか…。そして、投手をクビになり、打者に専念するように指示された。
王選手は、相手投手の失投を見逃さずに打つタイプの打者。
王選手の一本足打法は荒川コーチの指導による、1962年7月1日にスタート。下腹、へその下の一点に気を集中させる。気が胸にあると上体は揺れ動いてしまう。へその下に気があれば、上体から力が抜け、自然体になる。外部からの力に、とっさに反応できる。身体と心が、ひとつになれば、どんな球にも順応できる。
さすがの言葉ですね。
本塁打を打ったら、その瞬間にスタンドに届くことが分かる。同時に打球の飛んだ角度などで、相手チームのバッテリーにも分かる。その瞬間、広い球場のなかで、王選手と相手投手・捕手の3人だけが本塁打と分かる。「やった!」と「しまった!」だ。
一芸をきわめた人の言葉は、さすがに重みというか深みがあります。
(2020年12月刊。税込924円)

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