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2014年3月 の投稿

検証・朝鮮戦争

カテゴリー:朝鮮・韓国

著者  白 宗元 、 出版  三一書房
 この本は1950年6月25日、韓国軍が攻撃を開始し北進したのが朝鮮戦争の始まりだとしています。明らかに歴史的事実に反します。ただ、そのことを除けば、朝鮮戦争の前夜の状況を詳しく紹介していて、なるほどと思わせます。
 そして、この本は日本が朝鮮戦争といかに関わり、利益を得たかを明らかにしています。
 日本における特需景気は頂点に達した。特需は陣地戦に必要な土のう用麻袋、有刺鉄線、野戦携帯食糧、毛布など、広範囲にわたった。とくにナパーム弾や砲弾などの需要が激増した。52年だけで、大阪機工は迫撃砲528門を生産している。小松製作所は81ミリ迫撃砲弾を32万5000発、同4.2インチ砲弾を63万3000発、大阪金属は同じく30万発など、大量受注している。
 まさしく、日本は死の商人としてもうけ、そのおかげで日本経済は立て直しにつながったのでした。
満州にいた日本軍の引部隊の幹部だった北野政次は、GHQの命令で朝鮮戦線に派遣され、「4ヵ月のあいだ滞在しながら流行性出血熱ウイルスの確保」に従事していた。
 細菌兵器として、野ネズミが埼玉県内の農家で大量飼育されていた。
731部隊の元軍医中佐であった「ミドリ十字」の創始者は、朝鮮戦争当時、アメリカ軍兵士の輸血用血液を大量に供給する必要があったため、この会社をおこしたのだった。
 朝鮮戦争における仁川上陸、掃海作戦には、多くの日本人が参加した。
 朝鮮戦争が始まると、日本政府は特別調達庁を積極的に運用した。アメリカ軍の作戦にあたって必要なあらゆる調達の要求を直ちに対応する中央機関であった。
 1950年から55年までのアメリカの軍需発注は、武器弾薬の調達と役務をふくめて18億ドル近く、軍人・軍属による軍需品買付が17億ドルあって、朝鮮特需は合計35億ドルをこえるものがあった。1952年から55年までの砲弾特需は総計400億円にのぼり、そのうち小松製作所が160億円で、4割を占めた。
 トヨタは、1000大もの米軍用トラックを受注したことが発展の基礎となった。トヨタは倒産寸前にあったのが、これで息を吹きかえした。
 仁川上陸に成功したあと、マッカーサーは元山上陸作戦を立て、そのため機雷掃海を日本政府に命じた。日本政府は、25隻の掃海艇、巡視船からなる「特別掃海隊」を編成し、旧日本海軍軍人1200人を動員して1950年10月12日から12月12日まで、元山、海州、仁川、群山、南浦で機雷の掃海に出動させた。
 そのなかで10月17日、掃海艇1隻が触雷して沈没し、19人の死傷者を出した。
朝鮮戦争はまだ休戦状態にあり、終わっていません。そして、この戦争に日本も深くかかわっていたことを忘れるわけにはいきません。
 北朝鮮の金正恩の暴走は心配ですが、日本人も考えるべきことは多々あります。決して他人事(ひとごと)ではありません。
(2013年6月刊。2500円+税)

国家のシロアリ

カテゴリー:社会

著者  福場 ひとみ 、 出版  小学館
 『週刊ポスト』で連載した記事を本にしたもののようです。
 復興予算と称して、まったく3.11復興とは関係ない人件費や公共工事に莫大な公金が費消されている事実を暴露し、糾弾しています。
 国会議事堂の改修費にも復興予算が投入されている。照明のLED化に1億2000万円。耐震補強のために7億円。中央合同庁舎4号館の改修のために12億円。
 19兆円という莫大な復興予算の大半が被災地とは無関係の事業に使われている。
 復活した自民党政権は、民主党政権よりもさらに大々的に復興、防災を名目として公共事業を推進している。
 復興予算書のなかには、法務省の検察運営費2500万円も入っている。
これにも、私は驚きました・・・。
 会計検査院の調査によると、被災者や復興のために必要と思われる予算の執行率は低く、せいぜい6割くらいなのに対して、復興と関係の薄いほうは100%に近い執行率だった。
そして、新聞・テレビそして雑誌にまで、「政府公報予算」として復興特需が流れていた。
これでは、「復興予算」の「流用」をマスメディアが取りあげるはずもありませんね・・・。
 この復興予算の流用を主導した犯人は民主党政権だった。そして、それを強く推進したのが自民党と公明党であり、深く加担した。さらに、その背後には流用を先導した官僚がいた。
 復興予算の流用のひどさを知り、むらむらと怒りが沸きあがってきました。
(2013年12月刊。1300円+税)

ショック・ドクトリン(上)

カテゴリー:アメリカ

著者  ナオミ・クライン 、 出版  岩波書店
 シカゴ学派が、チリのアジェンデ大統領を殺害した軍部クーデターを支えたということは聞いていましたが、シカゴ学派は、チリだけでなく世界中の国々を徹底して荒らし回ったことを本書で深く認識しました。
私も名前だけは知っている経済学者のミルトン・フリードマンという人は、そのあこぎさで許すべからざる人物だと思いました。なんでも自由、すべての規制を撤廃して権力者に自由にやらせたらいいなんて、とんでもない考えの持ち主です。それでは、大金持ちが奴隷を所有するのまで自由だとして、認めることになってしまいます。
 2001年の前には、とりに足りない規模だったセキュリティー産業は、今では2000億ドル規模の一大産業へと成長した。
 そして、大金が動くのは、国外の戦争においてである。イラク戦争のおかげで、アメリカの兵器産業は大もうけした。そして、アメリカ軍部の維持そのものが、世界でもっとも急成長するサービス経済の一つになった。
 今では、アメリカ軍は戦地にバーガーキングとピザハットを引き連れて行っている。
 ハリバートンの株主にしてみたら、20億ドルの収入をもたらしてくれたイラク戦争は、万々歳というわけだ。
 ブッシュ政権は内部者による拷問を可能にした。9.11以降、ブッシュ政権は、拷問する権利をだれはばかることなく要求した。ラムズフェルド国防長官は、アフガニスタンで拘束された囚人は、捕虜ではなく、「敵性戦闘員」なので、ジュネーブ条約は適用されないとした。そして、一連の特殊尋問行為(つまり拷問すること)を承認した。
 拷問の新しい定義は、臓器不全のような重大な身体的損傷に匹敵する痛みをともう場合に限られるとしている。すると、アメリカ政府は新しく開発した方法で自由に拷問できる。
 シカゴ学派は、景気の後退や不況を意図的に引きおこすことを推奨する。それは大量の貧困者を発生させる冷酷無比の考え方だ。
 チリは、シカゴ学派の理論に厳密に従っていたにもかかわらず、チリ経済は破綻した。そして、少数のエリート集団が、きわめて短時間に大金持ちになった。
 ミルトン・フリードマンは、1976年のノーベル経済学賞を受賞した。しかし、フリードマンの理論を実行に移したチリにおいて直面した現実は、あまりにも痛ましいものだった。
 フリードマンの唱える自由市場主義を実行に移そうとしたのは、自由が著しく欠如した独裁政権だけだった。
 フリードマンによれば、自由貿易が実現すれば、職を失った人には新たな職が創出されるはずだった。しかし、現実には、20%の失業率が30%にまで上昇した。ごく少数のエリート階級がますます富裕になる一方、労働者階級に属していた国民の大部分が経済からはじき出されて、無用の存在になってしまった。
 1999年、世界各国政府の閣僚のうち、シカゴ学派の出身者が25人いた。中央銀行の総裁としては10人。
フリードマンは、規制のない盲活動の自由を重視し、政治的自由は付随的な者、あるいは不必要なものとさえみなしていた。こうした「自由」の定義は、中国共産党指導部で形成されつつあった考え方とうまく合致した。すなわち、経済を開放して、私的所有と大量消費を促す一方で、権力支配は維持し続けるという考え方である。
 そうすれば、国家の資産が売却されるにあたって、党幹部とその親族がもっとも有利な取り引きをし、一番乗りで最大の利益を手にできるという筋書きだ。
中国には、低い税金と関税、賄賂のきく官僚、そして何より低賃金で働く大量の労働力がある。そして、その労働者たちは、残忍な報復の恐怖を体験しており、適正な賃金や基本的な職業の保護を要求するといったリスクを冒す恐れは、長年にわたってないと考えられてきた。
 シカゴ学派の果たしてきた具体的な役割が、小気味いいほどの鋭い切り口で暴露されています。こんな大金持ち万歳の学説を経済学者がもてはやすなんて、とても信じられませんでした。
(2012年10月刊2500円+税)

絶望の裁判所

カテゴリー:司法

著者  瀬木 比呂志 、 出版  講談社現代新書
 最高裁中枢の暗部を知る元エリート裁判官、衝撃の告発。これが本のサブタイトルです。著者は私より5歳だけ年下の元裁判官です。現役時代から、たくさんの本を書いていましたが、今回は、裁判所の内情は絶望的だと激しい口調で告発しています。
 市民の期待に応えられるような裁判官は、裁判所内で少数派であり、また、その割合はさらに減少しつつある。そして、少数派、良識派の裁判官が裁判所の組織に上層部にのぼってイニシアチヴを発揮する可能性は皆無に等しい。
 訴訟当事者の心情を汲んだ判決はあまり多くない。
 日本の裁判所、裁判官の関心は、端的に言えば、「事件処理」ということに尽きている。とにかく早く、そつなく、事件を「処理」さえすれば、それでよい。司法が「大きな正義」に関心を示すのは好ましことではない。
 日本の裁判所は、「民を愚かに保ち続け、支配し続ける」という意味では、非常に「模範的」なところである。
 裁判官と呼ぶにふさわしい裁判官も一定の割合で存在することを認めつつ、裁判所のトップと裁判官の多数派については、深く失望、絶望している。
 1959年の砂川事件の最高裁判決における当時の田中耕太郎最高裁長官のとった行為、要するに当事者であるアメリカ大使に裁判所の合議の秘密を政治的な意図でもたらしたことが、ここでも大きく問題とされています。まったく同感です。これが、日本の司法の現実、実像なのである。
 著者が最高裁調査官をつとめていたとき、ある最高裁の裁判官が、「ブルーパージ関係の資料が山とある・・・」と高言したといいます。最高裁が青法協に加入していた裁判官を「いじめ」、きびしい思想統制を始めた事件のことです。「ブルー」とは青法協をさします。
 ブルーパージとは、いわば最高裁司法行政の歴史における恥部の一つ。それを大声で自慢げに語る神経は、本当にどうにかしています。しかし、最高裁の内部では、それが当たり前に堂々と通用していたのですね・・・。
 現在、多くの裁判官がしているのは、裁判というより事件の「処理」である。そして、裁判官というよりは、むしろ「裁判をしている官僚」「法服を着た役人」というほうが、本質に近い。当事者の名前も顔も個性も、その願いも思いも悲しみも、その念頭にはない。裁判官を外の世界から隔離しておくことは、裁判所当局にとって非常に重要である。裁判所以外に世界は存在しないようにしておけば、個々の裁判官は孤立した根なし草だから、ほうっておいても人事や出世にばかりうつつを抜かすようになる。これは、当局にとって、きわめて都合のいい事態である。
 石田和外長官の時代以降に左派裁判官の排除にはじまった思想統制・異分子排除システムは、現在の竹崎長官の体制の元で完成をみた。一枚岩の最高裁支配、事務総局支配、上命下服、上意下達のシステムがすっかり固められた。個々の裁判官の事件処理については毎月、統計がとられて、「事件処理能力」が問われている。
 だから、裁判官はともかく早く事件を終わらせることばかりを念頭に置いて、仕事をする傾向が強まっている。
 しかし、裁判において何よりも重要なのは、疑いもなく「適正」である。これを忘れて、裁判官は、とにかく安直に早く事件を処理できて件数をかせげる和解に走ろうとする傾向が強い。日本の裁判所の現状を、つい最近まで裁判官だったにた意見をふまえて鋭く告発した本です。
うんうん、そうだよねと深くうなずくところが大半でしたが、少しばかり視野が狭くなってはいないかと思ったところもありました。たとえば、著者は裁判官懇話会には一度も出席したことがなかったのでしょうか。
 「左派裁判官」というレッテル張りよりも、いかがなものかと私は思いました。
 要するに、親しい裁判官仲間がいなかったのかなという印象を受けたということです。大変インパクトのある本だと私は思いましたが、裁判所内部では、どうなのでしょうか。結局、変な男の変な本だとして、切り捨てられ、排除されてしまうのでしょうか・・・。
(2014年2月刊。760円+税)

統合失調症の責任能力

カテゴリー:司法

著者  岡江 晃 、 出版  インプレスコミュニケーションズ
 人を殺しても、責任能力がない人については無罪になることがあります。
 その場合には、刑務所ではなく、精神科の病院に収容されます。では、なぜ無罪になるのか。または、罪が軽くなるのか。その点を精神科医として刑事被告人の精神鑑定を91件も手がけた著書が、実例を通して解説した本です。とても分かりやすく、納得のできる鑑定意見だと思いました。
 精神障がい者が犯罪をおかしても罰されないというのは、昔の大宝律令にも定められている。昔の人も、すごいですよね。
起訴前の精神鑑定は、今では年間400以上ある。これは裁判員制度が始まってから急増した。その前は年に150件ほどだった。
裁判になってからの精神鑑定も年に百数十件ある。裁判で心神喪失が認められるケースは急減している。昭和40年代に19人から30人あったのが、平成12年(2000年)以降は、年にせいぜい11人で、ゼロの年もある。
 裁判所は、精神鑑定を尊重すると言いながら、実は、「検討が不十分」とか「推論過程に問題がある」などの、理由をあげて、精神鑑定の結論(責任無能力)を採用しないことがある。
 多くの精神科医は、現在の裁判所が、責任無能力をほとんど認めず、それだけ限定責任能力をみとめ、統合失調症の患者・被告人に対して厳罰でのぞむことには批判的である。
 以下は、著者による精神鑑定の実例です。
○  統合失調症が急激な重症化に向かっているとき、その精神内界に起きている重篤な精神病理は軽視すべきではない。
急激に重症化しへ向かっているときの幻覚妄想の影響力は、きわめて強いものがある。
○  本件犯行の2時間にわたって激しい興奮状態、衝動性、攻撃性を持続した。にもかかわらず、被告人の表情は終始「虚ろ」だった。そして、本件犯行直後からは、一変して、正面をボーッと見ているのみで、周囲のことに無関心な様子を示した。
緊張病性興奮とは、個々の動作の関連が失われ、意思の抑制を逸脱した衝動行動が頻発する。絶えず動き回り、大声をあげ、手当り次第に物を壊し、人を攻撃する。
 躁病性興奮とは、行為の消長が状況の影響を受けない点で異なっている。
 重症の急性増悪であっても、部分的に普通に見える言動があることは、しばしば認められる。
 このケースでも刑務所に収容されたら、著しく急速に悪化したと考えられる。ただし、精神科の病院で専門的に治療しても徐々に人格水準が低下する可能性は高く、将来は悲観的にならざるをえない。
 統合失調症と責任能力について、著者は次のようにまとめています。
 重症の統合失調症患者は責任無能力である。中等症ないし軽症の統合失調症だと、限定責任能力が認められる。
 中等症ないし軽症であっても犯行が幻覚妄想に関連なく、人格変化も軽症なら、完全責任能力もありうる。
 予後として重症化(とくに人格水準の低下)が予測されるならば、それは情状として主張すべきことである。
 実例を通した解説なので、とても実践的な解説書になっています。
 
(2013年11月刊。1800円+税)
 日曜日の午後、庭で草いじりをしていると、ふと何か気配がしました。頭を上げると、つい2メートルほど先の枝に小鳥が留まって、私を見ているのでした。あれっ、ジョウビタキのようだけど、ぷっくらした茶色のおなかじゃないし、変だなと思いました。あとで図鑑を見てみると、メスのジョウビタキでした。背中に、白い斑点が2つあります。ずっと私のまわりを、「見て、見て」という感じでちょんちょん飛びまわっていました。いよいよ3月も半ばとなり、お別れの挨拶にやって来てくれたのでしょう。
 梅の花が終わりかけ、モクレンの白い花をあちこちに見かけます。小さなランプを、たくさん天に突き出した格好で、まるで豪華なシャンデリアです。

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