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初日への手紙

カテゴリー:社会

著者  井上 ひさし 、 出版  白水社
 作家の創作過程とは、かくも壮絶なものなのか・・・。読んでいて、何度となく、思わず息を呑みました。
 この本は東京の新国立劇場で公演された「東京裁判三部作」(「夢の裂け目」「夢の泪」「夢の痂」)の制作過程で、作者である著者から担当プロデューサーに送られてきたファックスを中心とするものです。私は残念ながら演劇をみていませんし、脚本もあらスジも知りません。そのうち読もうと思います。
 恒例の人間ドックに持ち込んだ本のうち、東京裁判について書かれたものがあり、それをたまたま読んでいましたので、内容の理解が早まりました。これはまったくの偶然でした。
 著者の人物設定は実に詳細である。土台となる登場人物がおおよそ決まったところで、次は物語、ドラマの展開に着手する。人物は「劇」の展開を背負って登場させる。
 これからの10日間が戯曲の生命が宿るとき。だから、あまり人に会わず、ただただ内側から知恵と力が湧くようにやっている。
 旅館にこもって書くときには、長い経験からあまり資料をもっていっては失敗する。そこでは、物語の発展に集中する。
話の展開をつめているとき、著者は盟友であり、「先生」と呼ぶ作曲家の宇野誠一郎と電話で2、3時間はなし、聞いてもらう。これは著者の戯曲制作の過程で必要な儀式の一つだ。
 ホンモノの東京裁判に登場した証人400人のなかに「日本紙芝居協会の会長」がいたのでした。信じられない気がしますが、著者はドラマの主人公として取り込むことにしたのです。そして、紙芝居に関する資料を猛烈に集め、作成しました。
 いま最後の仕上げに、昭和20年8月から1年間の朝日新聞をサーッと読んでいるところ・・・。
 私も、実は、同じようなことをしたことがあります。1968年6月に始まった東大闘争の1年間を小説にするため、この年の4月から翌年の3月までの1年間の朝日新聞縮刷版を図書館から借りてコピーし、読み通しました。
 著者は登場人物の小さな写真を三角形の人形につくり、机上に置き、人形を眺め、動かしながら物語の展開を考えていった。
 「ほんとうに切羽詰まった状況ですが・・・。いまは、この芝居を果たして成立するだろうかという不安と恐怖で、1字打つたびに、緊張のあまり吐きそうになっております」
 これは午前4時09分のFAXの文面です。
 著者は、構想段階で、多様かつ綿密なプロットをつくる。だた、プロデューサーとしては、いつ著者が戯曲本体の執筆を始めるのか、気が気ではなかった。
著者から午前4時にFAXが届くと、担当プロデューサーとしては、とにかく早く返信しなければいけない。相手は天才、しかもギリギリまで自分を追い込み、いわば普通でない状態になっている。いい加減なことは書けないし、執筆が順調にいくように配慮もしなければいけない。ほぼ24時間体制で対応する。
 部屋に閉じこもりきりの著者にとって、プロデューサーからのFAXは現場をのぞく鍵穴のようなもの。現場で感じたことは貴重な情報にもなる。ただ、その書きかたは非常に微妙で難しい。ストレートに書けばいいというものではないし、かといって伝わらなくては意味がない。
 著者の作品を担当したプロデューサーは基本的に自宅に帰れない。劇場近くに部屋を借りる。
 著者の遅筆は有名です。初日まで10日間(5日間しかないこともあった)の稽古しかできない、ギリギリのタイミングでの脱稿。それから、初日に向けてのスタッフ・キャストの死に物狂いの戦いが始まる。
 井上新作劇を上演するのは、井上作品に精通した百戦錬磨の優秀なスタッフ軍団にしかできない。そして、キャスト・スタッフを統括する演出家は、ごく限られてくる。
 帝国ホテル地下の寿司屋「なか田」の中トロ丼が著者の好物だったとのことです。私も一度、味わってみたいと思います。
 眠ることができれば、頭がよくなるのに・・・。がんばれ、集中せよと自分に声をかけながら、深夜の庭をうろうろ歩き回っているばかり。マクベスのように「眠りがほしい」と切なく祈る。
 今夜は思い切って薬をつかって寝よう。そして、明朝から、最後の勝負をかける。それでも打開できなければ、私財を投げうって自爆するしかない。いえ、死のうというのではなく、一切、家に閉じこもって、また最初のスタート台に立つ覚悟ということ・・・。
 まことにすさまじいばかりの格闘です。圧倒されてしまいました。いくら著者が天才といっても、これほど身を削る努力をしていたとは・・・。すごい本です。
 著者の戯曲創作のスゴさは人間業とは思えないもの。天才こそ努力家だという、まさに見本だ。膨大な資料を読み込み、年表など克明な資料をつくり、俳優にあわせて登場人物を考えて物語を構想し、綿密かつ大量のプロットを書き、ようやく戯曲本体を書き出しても、さらに推敲のうえに推敲を重ねる。
こんないい本をつくっていただいて、ただただ、ありがとうございます、としか言いようがありません。
(2013年9月刊。2800円+税)

愛の話、幸福の話

カテゴリー:社会

著者  美輪 明宏 、 出版  集英社
 ヨイトマケの唄で多くの人を久しぶりに感動させた著者の本です。
 テレビを見ない私は、その唄を聞いたこともほとんどありませんが、社会に真剣に向き合って生きている著者を尊敬しています。
 このごろ疲れがたまっているな。そんな思いをかかえている人には、きっと一服の清涼剤になる本だと思います。
 「ヨイトマケの唄」をつくったのは、著者が24歳のとき。
 著者には、20歳のころから、養わなければいけない多くの家族がいた。病気の父、兄や弟たち8人への仕送りをしていた。そうして信じていた人に全財産をだまし取られた。
 25歳から29歳までの5年間は、本当に地獄だった。
 別れた相手を憎しみ続ける人は、自分に誇りをもっていない。愛される女とは、余裕のある思いやりのある女のことを言う。
 セックスだけの恋は、長続きしない恋。セックスを切り捨てたところから始まる恋愛感情こそ、本物。それが質のいい恋なのだ。恋愛は、しょせん他人との関わりあい。
 女のランクは、洋服や化粧で飾るだけで上がるものではない。中身がスタイリッシュでないと、相手の心をとりこにはでいない。自分を否定しまいそうなとき、好きになれないときには、体内にはほかにもっと素敵な自分がたくさんいると考えたらいい。そして、その可能性を引き出す。
 結婚はレジャーでもなく、自分を変えてくれる人生の大イベントでも、お祭りでもない。
著者は霊視できるといいます。そして、困ったときには、純粋な気持ちで、観音様のエネルギーを自分の中に注入するつもりで、「念彼観音力(ねんぴかんのんりき)、念彼観音力・・・」と唱えるというのです。
 宿命と運命は違うもの。占いで分かるのは宿命だけ。運命とは、自分の意思と力で、設計図を変更することができる。
 17歳でプロになり、銀座でシャンソンを歌いはじめた著者の味わい深い本でした。
 赤木圭一郎とのロマンスがあるというのを知って、驚きました。
 「ヨイトマケの唄」がヒットしたのは私が高校生のときでした。そのとき著者は31歳です。
(2013年3月刊。1500円+税)

陽のあたる家

カテゴリー:社会

著者  さいき まこ 、 出版  秋田書店
 マンガで分かる生活保護、となっています。なるほど、本当は生活保護の必要な家庭がなぜ生活保護を受けていないのか、よく分かります。
 そんな制度があることを知らない(無知)、行政が受理しようとしない(冷たい行政)、生活保護を受けるなんて恥ずかしい(権利だということの無自覚)、世間の冷たい目(生活が苦しい人のなかには妬みから足をひっぱり、中傷する人がいる)、などです。
 私が相談を受けたときに生活保護をすすめると、ためらう人の多いのは、もう一つ現実的な理由があります。自動車の保有が原則として認められないということです。これでは現代社会では不便きわまりありません。安い中古自動車は、今や生活必需品です。決してぜいたく品ではありません。就職だって出来ません。
 夫が過労から病気になってしまったとき、一挙に生活苦に陥ってしまう危険があることがよく分かるストーリーです。子どもたちも、お金がないことから、学校で肩身の狭い思いをさせられます。もう生きていく資格すら内容にまで思わされるのです。でも、生活保護は憲法にもとづいた国の義務なのです。国民には、誰だって最低限度の文化的生活を過ごす権利があるのです。
 ですから、必要なら堂々と胸をはって申請すればいいのです。ところが、「不正受給」があることを口実として、当局が生活保護の受付をしぶり、多くの人がバッシングに加担しているという現実があります。
 先日、私のまわりで起きたことは、生活保護を受けている人が店でうどんを食べている。税金で暮らしているくせに外食するなんて、けしからんという通報が保護課にあったというのです。それを聞いて、私はぞっとしました。店でうどんを食べるのがぜいたくだなんて・・・。
 マンガで生活保護のことがよく分かる本です。子どもたちもふくめて、みんなが安心して生活できる日本にしたいものです。その意味でも、いまの安倍政権がすすめている生活保護の切り捨て策は許せません。一読をおすすめします。
(2013年12月刊。700円+税)

金持ち脳と貧乏脳

カテゴリー:人間

著者  茂木 健一郎 、 出版  総合法令出版
 この本を読んで、金もうけのヒントでも得ようかと思う人にとっては、その期待は裏切られます。脳科学者が金もうけのヒントを与えてくれるはずがありません。そうではなくて、人生を豊かなものにしたい、意義のある人生をまっとうしたいと思う人にとっては、役立つヒントが満載の本なのです。
 金持ち脳を持っている人は、夢中になれる好きなことを仕事にしているので、たとえ辛い場面に遭遇しても、我慢という感覚はない。これに対して、貧乏脳は何よりも自己欲求を満たすことで満足してしまう脳。
お金持ちになった人は、数多くの修羅場やリスクを経験しつつ、ピンチをチャンスに変えてきた人たち。リスクテイクに優れている。
 人間関係におけるネットワーク、信頼、そして自分のスキル、知識、経験、そういうものが総合的に脳の安全基地となって、確実性が生まれる。
 自信がないお金持ちほど、お金を使う傾向にある。お金を払うと、「お客様は神様です」とあがめてくれるから。
借金する立場は、お金を借りた人に支配されることになる。そうなんです。だから、私は、借金したくないし、他人に借りをつくりたくありません。いつだって、自由、フリーでいたいのです。
 経験以外に人間が持ち運べるものはいない。だからこそ、若いうちのお金は経験という経済活動に使うべきなのです。
 お金と幸せは必ずしも一致しない。人間の幸せや人生観というのは複雑系なので、お金では測れないもの。人間の本質的な幸せというのは、お金によって得られるものではないことを理解するためには、ある程度経験しないといけない。
 お金は、人間関係を目に見えるようにしたもの。人間関係が充実している人には、お金も集まってくる。お金を貯めるのと同じくらいに、人間関係や自己投資にお金を使うことが大切だ。
 仕事の満足は、決してお金で買えるものではない。仕事の面白さ、やりがいは、自分で決めるもの。
私は弁護士になれて本当に良かったと思っています。受験時代は苦しい日々でしたが、人助けをして、喜んでもらって、お礼を言われて、お金までもらえるのです。こんなに充実感の味わえる職業は滅多にありません。もちろん、すべてがうまくいくとは限りません。でも、一生けん命にやっていれば、いつかはなんとかなるものです。
(2014年1月刊。1300円+税)
 東京は大雪で大変だったようですが、私のところはこの冬はまだ雪が降っていません。それでも寒い日が続いています。
 庭から小鳥の澄み切った流れるようなさえずりが聞こえてきました。声のするほうを見ても姿は見えません。名前も知りませんが、春先になると聞こえてくる小鳥の声です。とうとう春告げ鳥がやって来たのでした。
 庭の紅梅や白梅が咲いています。黄水仙も咲きはじめました。チューリップの芽があちこちに顔を出しています。
 もうすぐ春になります。うれしいことです。

にぎわいの場・富山グランド・プラザ

カテゴリー:社会

著者  山下 裕子 、 出版  学芸出版社
 楽しいマチづくりにとって、とても役に立つ本です。読んでいると、元気が湧いてきます。
 マチづくりはハコモノづくりではないのです。やっぱり、人が集まり、楽しめる場をつくることこそ大切です。富山駅の近くに稼働率100%の公共空間がつくられ、市民がゆったり過ごせる場となっているそうです。すばらしいアイデアです。そして、それを運営している人々の実行力にも敬意を表したくなりました。
 2007年9月、富山市まちなか賑わい広場(グランドプラザ)が誕生した。まちなかに広場空間を形成しているガラスの建物。富山市は百貨店と駐車場ビルのあいだにある広場に、ガラスの屋根をつくらえた。東西21メートル、南北65メートルの広場。
 当初は富山市直営の運営。現在は第三セクターによる。平均年齢30代前半の若者が運営を担っている。富山は雨雪の多い気候風土。だから屋根付の広場が発案された。グランドプラザの総工費は15.2億円。厚さが15ミリメートルの強化合わせガラスを使用。屋外空間として認められたので、スプリンクラーなど、防火設備は不要。使用料を支払えば、だれでも活用できる広場。最高額は土日休日の1日(12時間)の20万円。
 このグランドプラザでは、年間100件以上のイベントが開催され、休日のイベント実施率はほぼ100%。休日はいつも賑やかな光景にするため、イベントを仕掛け続ける。子どもの来街促進に重きをおいている。
 広場には、いつもカフェテーブル、椅子がある。そのおかげで、人が佇み、くつろぐ人がいる。そこに交流が生まれ、その光景が賑わいとして人の目に映る。間仕切りのための壁やテントはなるべく立てず、会場の隅々まで一望できる。
 木の植栽5台、カフェテーブル25セット(100席)、ベンチ3本が常設されているが、すべて移動が可能。スタッフは、全員が同じ物を身につける。そして、スタッフ全員が拍手して盛りあげる。倉庫(収納庫)は、地下からせり上がってきて、舞台としても使える。
 人工芝を設置し、つみ木を毎日おいていく。しかし、夜にはすべて撤収し、朝には広場に何もない。
 277インチの大型ビジョンは、あえてローカル情報に徹した映像を流す。
 つみ木広場では、子どもたちは靴を脱いで遊ぶ。ベンチも壁際に置くと、疲労感漂う人が座る。拠り所のない真ん中に置くと、笑顔の素敵な母親が座る。
 グランドプラザが2日間だけのみの市に変身する、ココマルシェ。県内のフラダンサー1000人が集結する発表会、アロハ・ヘブン。高校生ダンスライブ。そして、本物の人前式の結婚式。そして、夕方からは、カジュアルワイン会に人が集う。
 楽しい、ワクワクする広場ですね。ぜひもう一度、富山市に行ってみたくなりました。
(2013年10月刊。2000円+税)

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