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黒部の山賊

カテゴリー:社会

著者  伊藤 正一 、 出版  山と渓谷社
 昭和39年(1964年)に刊行された本の復刻本です。ですから、この本で最近とか現在とあるのは、1960年代前半のことになります。つまり、今から50年も前の日本アルプスの山々の情景が描かれているのです。
 山小屋をつくり、道をつくり、熊に出会い、山賊のような人々がアルプスの山々を歩いている時代です。大勢の凍死者も出しています。救援活動も命がけでした(これは今も同じなんでしょうが・・・)。
 そして、モノノケに驚き、脅かされます。死んだ人が山小屋に顔を出すのです。
 北アルプスの尾根筋は、真夏でも最高14~18度。朝には氷が張ることがある。高度3000メートル。晴れた日でも秒速30メートルの風が吹く。荒れると秒速70メートルにもなって、小屋が土台ごと舞い上がって空中分解してしまう。
 人体の感じる温度は、風速1メートルにつき、1度下がったのと同じ。雨で身体が濡れていると、気化熱のために体温が奪われるので、その何倍にもなる。こうして、体温が28度ほど下がって、真夏でも簡単に凍死してしまう。
 凍傷の場合は急激に温めてはいけない。しかし、凍死寸前の場合には、一刻も早く温めるのがよい。温まると、忘れたように治ってしまう。
 ゴアテックスが発明される前は、山で雨が降ると、凍死寸前の人々が2~30人も山小屋に飛び込んできた。うへーっ、こ、こわいですね。
 熊は耳と鼻は非常に敏感だが、目はあまりよくない。したがって、風下から、音を立てないようにして近づくのが熊狩りのコツである。熊を殺して、大きな鍋で肉を煮て食べる。熊の腸を鍋の中に入れる。腸の中には、排泄寸前の糞がぎっしり詰まっている。これを入れなければ味が出ない。これが山賊たちの食事だ。うへーっ、こ、これはなんとも食べたくありませんよね・・・。最後に、熊の足の裏を薄く切って焼いたのを食べる。どんな味がするのでしょうか。
 健全な者でも、山小屋に入って20日間もすると、ぐっと能率が低下する。忘れっぽくなり、計算も出来なくなる。最盛期を過ぎてひまになってくると、ボケかたがひどくなり、しまいには気力がおとろえてくる。そして、山々が新雪におおわれることになると、底知れない孤独感と人間社会に対する限りない郷愁におそわれる。これは、奥地の小屋ほど、人数が少ないほど、そして未経験者ほど、強くあらわれる。
 山で熊に出会ったら、恐れずににらみあっていること。背中を見せて逃げてはいけない。背中を見せたら、飛びかかってこられる。ピッケルで殴ったりしても熊に致命傷を与えられず、かえって熊を怒らせてしまう。身をかわしているうちに、熊のほうがやめてしまうだろう。
戦後まもなくの、のどかな時代でもあったようです。写真もあって、当時の雰囲気をよく忍ぶことができます。貴重な山の本だと思いました。
(2014年4月刊。1200円+税)

校閲ガール

カテゴリー:社会

著者  宮本 あや子 、 出版  メディアファクトリー
 とても面白い本でした。『舟を編む』のパロディー本かと錯覚してしまいました。あちらは辞書を編集する現場の変人たちの話でしたが、こちらは編集の下に位置づけられる校閲部の変人たちのオンパレードです。
 校閲(こうえつ)とは、文書や原稿などの誤りや不備な点を調べ、検討し、訂正したり、構成したりすること。
 私はモノ書きを自称すると同時に、編集も業としてきました。他人の書いた文章を反復継続して手直ししてきたということです。ほとんどペイしていませんので、「対価」がなければ「業」とは言えない・・・。それでも他人の変な文章を見ると、すぐに赤ペンを入れたくなります。
カギカッコの直前に句読点はつけないという不文律があります。しかし、このことは意外に、多くの人が知りません。そして、エッセーの小見出しに数字を付すのもやめてほしいです。
 まあ、それはともかくとして、好きでもない校閲部にまわされ、泣く泣く嫌な校閲の仕事をしている独身女性の悦子が主人公です。
 平凡でお気楽な女子大生だった悦子は、気合いと根性だけで難関の景凡社の入社試験を乗り切った。ファッション雑誌の編集者になることを夢見て入社した悦子が配属されたのは、地味な裏方仕事の校閲部。がーん。・・・・。
通常、仕事に慣れた校閲者が一日で完璧にできるのは、1日25頁ほどだとされている。
 私も、他人のあらを探すのは得意なのですが、自分の書いた準備書面を裁判所に提出したあとに読み返すと、たくさんのボロを見つけてしまい、赤面の至りです。そうなんです。思い込んでしまうと、あらは見えなくなるものなのです。
 表に出ないはずの閲覧部の悦子がなぜか作家本人と直接話すようになり、果てはその作家が「逃亡」すると、その所在探しにまで駆り出されるのでした。そのあたりには謎解きも入って、ちょっとしたミステリー小説の気分を味わうことが出来ます。
 今どきの女性の乱暴な男言葉が、話の展開を軽快なものにしています。
 軽いタッチでテンポよく話が展開していきますから、ふむふむ、この次はどうなるのかなと、おもわず話に引きずりこまれてしまいました。軽い気持ちで読める、うさ晴らしにもってこいの本です。
(2014年3月刊。1200円+税)

高齢者が働くということ

カテゴリー:アメリカ

著者  ケイトリン・リンチ 、 出版  ダイヤモンド社
 アメリカはマサチューセッツ州のボストン郊外に針を製造する小さな会社がある。従業員40人は全員パートタイム。その従業員の2人に1人が74歳以上。従業員は10代から90代まで。30代、40代、50代の従業員もいる。
 従業員には医療給付も退職給付も支給されない。時給は9ドルからのスタート。勤務時間は従業員自身が決める。午前3時半から7時間はたらく従業員もいれば、午後3時にやってきて、4時間だけ働く人もいる。
 工場は2階にある。階段が19段ある。この階段をのぼること(のぼれること)が、ここで働くための暗黙の前提条件になっている。
ここでは互いに協力しようという意識、力をあわせて働き、共通の目標を目ざそうという意識が広く行きわたっている。
 かつて社会的地位の高いホワイトカラーの仕事をしていた従業員たちが、現在の自分の立場を単なる労働者だと認識している。
 ただし、大企業で長く働いてきた人は採用しにくい。
この会社は、2008年制作の映画「年年生活者株式会社」で紹介された。
 これだけ高齢者が多いのに、作業がちゃんと行われて業績もよい。低賃金にもかかわらず、誰もが社長を慕い、とても熱心に働いている。
 そうですよね。定年後も、自分の好きな時間に、思うように働きたいという気持ちは私にもよく理解できます。特殊な針を製造しているという有利な面もあることでしょう。それにしても、99歳の超老婦人が生産現場で働いているなんて、とても信じられません。
働くことの意味、そして、高齢者にとって働くことは人生を意義あるものにすることなんだと思わせる良書でした。
(2014年4月刊。2400円+税)

弁護士の失敗学

カテゴリー:司法

著者  高中 正彦・市川 充 、 出版  ぎょうせい
 つい最近、恥ずかしながら弁護士賠償責任保険の適用を申請しました。控訴状のなかに当事者の表示が抜けているところがあったのです。もちろん私のミスだったのですが、運悪く年末年始の時期だったので、控訴期間内の補正が間にあわなかったのでした。私の方は上告したのですが、身内をかばう習性の強い高裁は棄却してしまいました(簡裁が一審だったのです)。
 弁護士過誤を避けるための5ヶ条。①受任事件を吟味する。②依頼者とのコミュニケーションに万全を期する。③ケアフルな執務を実践する。④知識・技能をアップする。⑤誰に対しても誠実に執務する。
弁護過誤を防ぐ7ヶ条。
 ①むやみに人を信用しない。
 ②こまめに報告する。
 ③常に冷静であれ。
 ④説明の腕を磨け。
 ⑤すべての事件で手を抜かない。
 ⑥おカネに魂を売らない。
 ⑦謙虚であれ。
 依頼を断る勇気をもつ。弁護士という職業は、どこから弾が飛んでくるかもしれない、危険一杯の職業である。
 依頼者は、えてして移り気なもの。そのような依頼者からの報酬で事務所を維持して生計を立てていかなければならないのが弁護士の宿命。
直感で、「あれ?」と思ったら、必ず、六法全書や基本書にあたること。この直感はかなりあたる。
裁判官は国家からの給与で生計を立てるのに対して、弁護士は依頼者からもらう弁護士報酬で生計を立てる。
ミスを防ぐには、多重の防止策が有用。事務員と連携して防止策を重ねる。場合によっては、複数の事務員に確認させる。
 「現場百回」、一度でも現場に足を運んでいると強い。
弁護士は、他人(ひと)の失敗でメシを食っている職業なのだから、弁護士が失敗しては、話にならない。性善説では、弁護士は生きていけない。
 いつでも、何年たっても、「思い込むな。初心に返れ」が必要である。
時間管理ができない人は、それだけでその人の評価を下げてしまう。
 必要でない原本は、なるべく預からないこと。
 依頼者層は、その弁護士の人格を写す鏡である。スジの悪い事件は、スジの悪い弁護士に自ずと集まってくる。
 「すべて先生(弁護士)におまかせします」というタイプは要注意。そんなことをいう依頼者は、決してすべてを弁護士に任せる気などない。
 弁護士のなかには、自分の依頼者はすべて正しく、相手方はすべて悪だと思い込み、断言するタイプがいる。
 本当に困ったタイプの弁護士がいます。一見すると、依頼者にとって「頼もしい」存在なのですが、適正・妥当な解決を遠ざけてしまって、紛争の泥沼のなかで、もがくばかりという危険もあるのです。その見きわめは、大変困難です。
 依頼者に、こまめに報告書を送るのが大切。できるだけ、その日のうちに送る。
私は、この報告書は、FAXとかメールでしてはいけないと考えています。あくまで郵送です。この間に、別の事件処理ができるからです。メールではレスポンスが早すぎます。
若いときには、小手先だけで要領よくやろうとするのではなく、徹底的に考え、調べて書面をつくるべき。若いときに努力しなかったら、弁護士としての成長はありえない。
事件ファイルは、弁護士の命である。きちんと整理しておくこと。
去っていった依頼者は追わない。
依頼者とのトラブルが生じたときには、気心の知れた弁護士に相談すべきである。
 依頼者に共感することはあっても、この依頼者は自分が絶対に幸せにしなければならないと思い詰めてはいけない。依頼者と手を取り合って泣いたりしてはいけないのだ。
 この40年間、私も思い返せば恥ずかしきことの数々でした。それでも、なんとか仕事を続けることができています。ありがたいことです。初心に立ち返ることの大切さを改めて認識することのできた本です。多くの若手弁護士に読んでほしいと思いました。
(2014年7月刊。3000円+税)

先進国・韓国の憂鬱

カテゴリー:朝鮮・韓国

著者  大西 裕 、 出版  中公新書
 日本と同じように、韓国も大きな矛盾を抱えている国だということがよく分かる本です。いずこも悩みは深いのです。
 2012年12月の韓国の大統領選挙で朴槿恵(パククネ)が勝利した。このときの投票率は2007年に李明博が当選したときの63%に比べて大幅にあがり、76%になった。
 街宣車による連呼が禁じられているため、静かな選挙戦だったが、有権者の動員は進んだのだ。朴槿恵も対立候補の文在寅(進歩派の隠健中道)も、新自由主義的改革で深刻となった経済格差を解消しなければならず、そのためには財閥改革と社会福祉の充実をしなければならないという点では一致していた。このように、政策的対立は乏しいけれども、深刻なイデオロギー対立が高い投票率につながった。
 文在寅は湖南地方と若年層の支持を得、朴槿恵は嶺南地方と高齢者の支持を得た。
 韓国経済の快進撃は財閥系企業による。そして、その利益の大半は、財閥とごく一部の社員が得ており、一般市民や中小零細企業は、その恩恵にあずかっていない。
 韓国が財閥中心の経済構造になったのには、二つの要因がある。その一つは、財閥が歴代政権によって特権的に保護されたこと。その二は、自由化がすすみ、弱肉強食の市場原理が働くなか、政権と強く結びついて強い立場にあった財閥の一人勝ちの状況になった。
 ジニ係数と相対貧困率をみる限り、韓国はOECD諸国のなかで、それほど平等性の低い国とは言えない。しかし。貧困層の困窮度合いは、かなり深刻である。相対的貧困層に属する人々は、数が多いだけでなく、平均してかなり貧しい。韓国は、OECD諸国のなかで65歳以上でみると、最悪に近い。すなわち、韓国の高齢者における不平等は深刻で、貧困層の厚さも、その困窮度合いも際立っている。それは、社会保障制度の整備が遅れたことによる。
 そして、韓国の若年層は就職がしにくい。ワーキングプア、高齢者、若年層などに着目すると、韓国の貧困の状況は、かなり深刻だ。そのうえ、政府の対策は量的に不十分である。弱肉強食の世界を招きかねない新自由主義的な改革を推進したのは、1998年から10年間続いた、金大中、盧武鉉という進歩派政権だった。なぜか・・・?
 1998年2月、金大中政権は、進歩派の人々から大きな期待を受けて登場した。ところが、この政権は、新自由主義的としか思えない経済改革を次々に断行していった。
 金大中政権は、進歩派からは裏切ったと思われ、保守派には不十分と評価された。金大中には、アカ(パルゲイン)のレッテルがついて回った。
 それでも、韓国は曲がりなりにも福祉国家を実現した。
 次の盧武鉉政権は、二つの新しい福祉圧力に直面した。その一つは、少子高齢化の進行。その二は、「新しい社会的リスク」への対応。
韓国の福祉政治で不思議なのは、市民団体や労働団体が政治過程に参加しているのに、福祉団体はあまり目につかないこと。そもそも福祉を推進する団体があまり存在しない。存在しても、福祉の拡大には、それほど積極的ではない。韓国の福祉団体は、地方自治体から行政指導を受けることも多いため、行政にきわめて依存的な存在である。韓国には、福祉に関心をもちながら保守的という特異な事情がある。
盧武鉉は、いわば地域の草の根保守に足もとをすくわれてしまった。
 盧武鉉は、アメリカとの交渉には成功したものの、国内での批准に失敗し、条約の発効にまで持ち込むことができなかった。
 三八六世代の台頭は、それまで親米反北朝鮮があたり前だった韓国世論を大きく変えた。三六八世代とは、1960年代に生まれ、80年代に学生生活を送った、2000年当時に30歳代の世代を指す。彼らには、韓国という国そのものへの拭い去れない疑惑があった。そこで、ナショナル・アイデンティティという争点が浮上した。
 韓国の新聞市場は、三代新聞社の寡占状態にあるので、新聞を読む限り、保守的な言説しか国民には伝われない。
 米韓FTAについて、保守派勢力が支持し、盧武鉉を支えた進歩派は勢力が反対した。盧武鉉は、彼の信念からすれば予想外だったろうが、進歩派からは背信者よばわりされた。
 盧武鉉は、低所得層にいる人々が、彼が従事している産業の低生産性ゆえに所得を得ることができないことに注目していた。所得の低い状態から抜け出すには、彼らに教育と訓練と機会を与えることが必要だと考えた。貿易自由化が福祉政策と重なれば、社会的弱者の生活の質につながると盧武鉉は考えたのだ。
 盧武鉉は、伝統的な進歩派の考えとは異なる発想のために支持者から批判を受けた。そして、不幸なことに、保守派からも支持されなかった。
金大中、盧武鉉と二代10年にわたる進歩派政権は、結果的に支持者を裏切るような経済改革を行ってしまった。福祉国家化には成功したものの、量的規模は小さく、新自由主義的な改革が進んだ。
 李明博は、強いリーダーシップを発揮することができなかった。彼は、大衆からも政治家からも任期のある大統領ではなかった。
 李明博は、進歩派の反対で挫折を余儀なくされた。大統領選挙と国会議員選挙で敗北したものの、進歩派は衰えてはいなかった。
 韓国政治の矛盾とダイナミズムを、生き生きと分析している画期的な名著だと思いました。
(2014年4月刊。840円+税)

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