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白熱講義!集団的自衛権

カテゴリー:司法

著者  小林 節 、 出版  ベスト新書
 自称・改憲派の小林教授の主張は明快です。一言でいうと、自民・公明党は「憲法ドロボウ」! なぜ、そう言えるのか、新書版で分かりやすく解説しています。
集団的自衛権とは、他国(同盟国)の戦争に加担することである。
 集団的自衛権って、分かりにくいと思ってしまったら、安倍晋三政権の術中にはまってしまうことになる。彼らは、この問題の本質を隠し、些末(さまつ)な各論で国民をごまかそうとしている。
 そう難しく考える必要はない。ケンカしたとき、ひとりで抵抗するか、仲間と対応するか、この本質を理解しさえすれば、集団的自衛権は簡単な話だ。安倍政権の側は、意図的に分かりにくくしている。
安倍首相がテレビなどであげた15事例のほとんどは、集団的自衛権とは関係がない。
 安倍政権は、コロコロと論点を変えている。これは、明らかに目くらまし作戦だ。
 そもそも憲法とは、主権者たる国民が為政者(いせいしゃ)を管理するためのマニュアル(手引書)だ。安倍首相のような為政者が憲法を自由にしていいわけがない。主客が転倒している。国民の持物を政府が取り上げるのだから、「憲法泥棒」「憲法ハイジャック」と言っていいくらいの暴挙だ。
国民のものであるはずの憲法について、一時的に預かっているだけの政府与党が原意から逸脱した解釈をすることは言語道断である。それは、憲法を破壊する行為に他ならない。
 アメリカが日本に軍事基地を置いているのは、日本のためではなく、アメリカのためである。アメリカの世界戦略に必要だからである。
 集団的自衛権を行使すると、抑止力になるどころか、果てしない軍拡競争になり、一触即発の事態になる。そして、日本がテロの標的になる危険性が高まる。
 日本国憲法の下で、海外へ出兵することを本質とする集団的自衛権を認めるのは無理である。
 日本は70年間にわたって「戦争をしない大国」として、世界史に先例のない地位を確立している。この立場を捨て去るのは、惜しい。
7月1日に閣議決定をされてしまったら、もうダメだと早々にあきらめてしまった人がいる。しかし、まだ間に合う。法律化への国会審議はこれから、なのだから。
 違憲な閣議決定なのだから、それを実行できるような法律や予算が決議される前に世論を結集し、政治家たちにプレッシャーを加えよう。そうすれば、十分につぶせるのだ。
 小林教授の訴えは「白熱講義」にふさわしく熱がこもっています。
 福岡県弁護士会でも、11月22日(土)午後、天神の都久志会館大ホールで小林教授そして青井未帆教授を招いて、市民集会とパレードを企画しています。ぜひ、ご参加ください。
(2014年9月刊。787円+税)

北朝鮮、首領制の形成と変容

カテゴリー:朝鮮・韓国

著者   鐸木 昌之 、 出版  明石書店
 北朝鮮の現在をどうみたらよいのか。その点について深く究明した本です。本当に大変勉強になりました。
 金正恩は張成澤を死刑にし、即刻、処刑した。張成澤は、金正日の妹である金敬姫の夫。ときに大将の階級章をつけて軍服を着て登場していた。
 張成澤は2013年12月8日、党中央委員会政治局拡大会議で、反党反革命宗派行為を犯したとされ、すべての職務から解任し、一切の称号を剥奪し、出党、除名された。その4日後の12月12日、国家安全保衛部の特別軍事法廷で、張は「国家転覆陰謀行為」が刑法60条に該当するとされ、死刑となり、直ちに処刑された。
 なぜ処刑されたのか、しかも秘密裏にではなく、報道して知らせたのか。今回の粛清は、北挑戦粛清史でも異例である。
金正恩は中国の介入を恐れた。張成澤は、北朝鮮で唯一外貨を豊富につかって国内の多くの問題を解決できる存在にあった。他方、金正恩は真綿で首を絞められる状態に陥った。張成澤の処刑と報道は、金正恩が中国と国際社会の要求する核兵器の放棄を拒絶したことを明らかにしたもの。首領制の核心は、核兵器であることを中国と国際社会に公然と示した。
 しかし、張成澤の処刑後、金正恩は、恐怖によって矛盾を一時的に押さえつけたものの、直面している問題を何ら解決できていない。金正恩が問題解決できるのか、そのカギは中国が握っている。北朝鮮が内閣中心制にかえようとしても、北朝鮮の外貨資金は中国の掌中にあるからである。
 金正日は、軍が非政治化する、すなわち党の統制から離れることをもっとも恐れた。党の統制から離れた軍は、いつ自分に刃を向けるか分からない。それがソ連崩壊から学んだ教訓だった。
 金正日は、金日成政治を継承すると言いながらも、それを部分的に否定し、自らの独自性を主張した。金正日は、父親を部分的に否定しなければ自らの時代を切り開けないことを知っていた。だからこそ、父親の百喪を契機に、「先軍政治」を言いはじめた。先軍政治の要締は、人民軍が金正日に対して無限の忠誠を誓っていることにある。
 先軍政治とは、朝鮮人民軍を金正日護衛軍としてつくることから始められた政治方式である。金正日は、自分の周囲の人々を信頼できず、徹底的に孤独だった。金正日の孤独感が、北朝鮮の孤立にも投影している。
 先軍政治は、軍隊に依拠すると強調しつつも、実際には、軍隊に対する党の優位は、金日成から金正日、そして金正恩時代になっても一貫している。人民軍は、党綱領にも憲法にも規定されているとおり、労働党の領導を受ける革命武力である。
金日成の時代は、人民武力部が総参謀部の上に常に位置していた。しかし、先軍政治が始まると、人民武力部長は総参謀長の次に座るようになった。
 金正日は、総政治局長、総参謀長、人民武力部長の三線垂直体制をつくり出した。金正日は、この三人を相互牽制するようにした。その結果、総政治局、総参謀部、人民武力部の順位となった。そして、護衛司令部、人民保安省、国家安全政治保衛部など、その麾下に実力部隊をもつ機関も人民軍と相互牽制させた。金正日は、それらのバランスの上に立って、独裁権力を維持しようとした。
 イデオロギー上の説明とは異なり、先軍政治とは、人民軍を中心としたものではなかった。その中核は、特殊部隊と核兵器だった。北朝鮮は、ソ連・中国という後ろ盾がないなかで、特殊部隊と核兵器に頼らざるをえない。核は体制の護持そのものである。
 特殊部隊は、人民軍の上に置かれた。そのため、党作戦部が先頭に立った。党作戦部は、特殊部隊のなかの特殊部隊となった。この結果、先軍政治を強調されながらも、最大の被害者は、皮肉にも人民軍だった。
 先軍政治は「首領の経済」と呼ばれるものが支えた。金正日は、外貨を内閣の管轄下や計画経済のもとに置くことを望まなかった。人民経済は、金正日の登場とともに、内閣の管轄に属されない特殊経済機関と単位によって浸食された。
 人民経済の市場化が進行した。北朝鮮は、社会主義でもない。
 国家の制度的統一性と継続性が失われていった。金日成と金正日の教示の絶対性がこれに拍車をかけ、社会を無秩序化し、混乱させた。北朝鮮社会は変化を起こしているというより、崩壊の過程に入っている。
 それでも体制が維持されているのは、むき出しの暴力が人々に向けられているから。
 とても納得できる分析が満載の本です。北朝鮮の内情に少しでも関心を有する人へ一読を強くおすすめします。
(2014年1月刊。2800円+税)

なくせ じん肺

カテゴリー:司法

著者  西日本石炭じん肺弁護団 、 出版  海鳥社
 じん肺裁判に取り組んできた弁護団(主として福岡の弁護士たち)による日鉄鉱業との35年のたたかいをまとめたブックレットです。
 じん肺は、吸い込んだ粉じんが気管支を侵して呼吸ができなくなる職業病。古くから「ヨロケ」とか「山弱り」と呼ばれ、鉱山労働者に恐れられていた。
 粉じんにより肺に形成された結節は進行性、不可逆性で、治癒することはない。
 じん肺は、最初は風邪にしては長引く咳や痰で症状を自覚できるにすぎない。しかし次第に、身体のだるさ、呼吸困難を認識するようになる。そして進行すると、ちょっとした動作でも息苦しくなり、酸素吸入なしでは生活できなくなり、ついには呼吸困難に苦しみながら死を迎える悲惨な病気である。
じん肺は職業病なので、じん肺法の定義にしたがって管理区分が決定される。合併症をともなう管理2以上の人は労災認定され、治療費が支払われる。
 日鉄鉱業は、1939年5月、日本製鉄(新日鉄住金)の鉱山部門が独立して設立された。
 1965年2月まで、北松(ほくしょう)炭田で5つの炭鉱を経営していた。
 日鉄鉱業は、提訴前に激しい原告患者の切り崩し、提訴妨害を行った。
 1979年11月1日、長崎地裁佐世保支部に訴状が提出された。今から35年前のことですね。そして、1985年3月25日、東孝行裁判長は、日鉄鉱業の責任を認める判決を出した。
 1994年2月22日の最高裁判決は、最終行政決定のときから消滅時効は進行するとした。
 また、「慰謝料額は低きに失し、著しく不相当であって、経験則又は条理に反する」という画期的な判決だった。
 日鉄鉱業は、他の企業がすべて和解に応じているのに、ただ一社、執拗に和解を拒絶している。まさしく、法治国家のもとで異常な会社だと言わなければなりません。
 日鉄鉱業は、これまで40連敗。「最高裁の判決であっても、納得できないものは納得できない」というのが日鉄鉱業の論理。本当に理不尽な会社です。
 ただし、日鉄鉱業は、裁判とは別に「覚書」を作成して、未提訴じん肺患者へ70億円を支払ったとのこと。いわば司法を「無視」して、自分の影響力(主導権)の範囲内でなら解決するという特異な路線をとっているのです。こんな態度って、許されていいものなのでしょうか?
この本を読んで強く印象に残ったのが、原田直子弁護士の論稿です。
最高裁の法廷での口頭弁論の工夫。一番工夫したのは、初めの一文。話の出だしですね。裁判官の耳を、目を、心をこちらに向かせるにはどうしたらよいか・・・。
 原告になったじん肺患者は昭和5年生まれ。終戦時15歳。満州から引き揚げ後、炭鉱に入った。最高裁の裁判官たちは、昭和2年から7年の生まれ。裁判官たちは戦争中の遅れを取り戻そうと必死で勉強し、法曹となって成功していったのに違いない。その同じ時期、九州の西の果てで、地底に潜って石炭を掘りながら日本の復興を支え、そして、日鉄鉱業から放り出されて35歳の若さで死んでしまった男がいる。裁判官がこのことに思いを馳せ、自分の人生と重ねて考えてもらえたら、被害を現実のものとして実感してもらえるのではないか。そう考えて、原告の物語をつくろうと思った。すごい発想ですね。頭が下がります。
 最初に、裁判官の皆さん、あなたたちと同年代の男の物語です、と訴え、そのあと詳しい被害と、それをもたらした日鉄鉱業の非道な扱いを具体的に述べていった。
 もう一つの工夫は、読み方。読むにあたって、原稿の量が多いと、どうしても手でしっかり持つので、下を向きがちになり、裁判官に訴えるという姿勢にならない。
 また、ページをめくるために間が空いてしまうと、聞くほうの緊張感が続かない。さらに、読み手が感情的になると、たとえば被害の弁論では自分で声が詰まることがある、それでは裁判官が興ざめしてしまう。
 そこで、自分の分だけ縮小コピーして枚数を減らした原稿を用意し、何度も何度も声に出して練習し、冷静に物語を語れるように心がけた。
ふむふむ、すごいことです。見習いたいものです。
 弁論を始めたとき、二人の裁判官が書面からキッと目を上げてこちらを見た。それを見て、よしよし!と思い、落ち着いて弁論していった。
 いやはや、まったくたいしたものです。このくだりだけでも、この本を読む価値があります。ご一読を強くおすすめします。
(2014年10月刊。500円+税)

きみは赤ちゃん

カテゴリー:人間

著者  川上 未映子 、 出版  文芸春秋
 芥川賞作家の女性が、妊娠、そして出産という人生の一大事について、自らの体験を赤裸々に語り明かした本です。
 さすがは作家だという軽妙な語り口で話が進行していきます。どうやら、ブログに現在進行形で語られていたようです。ですから、臨場感があります。
 じっさいの妊娠生活は、私の想像をはるかに超えた、苛酷かつ未知すぎるものだった。
 赤ちゃん(胎児)が育たないのは、受精卵の状態によるものがほとんど。だから、母親があれこれ心配しても、育つものは育つし、育たないものは育たない。
つわりが終わったとき。吊しベーコンを思い浮かべる。瓶詰めのアンチョビ。そして排水口。これまでなら、ちょっと思い浮かべるだけでも即座に吐いていたのに、難なくクリアできた。
 そして、それからの食欲は、これまでに体験したことのないほどの凄まじさだった。とにかく、すべてを食べ尽くしていった。驚いたのは、何を食べても、頭がおかしくなるくらいに美味しいこと。
 出産費用は、普通分娩だと60万円ほど。出産時に、国から42万円が支給される。
 ところが、無痛分娩だと、国からの42万円とは別に50万円が必要となる。検診ごとに1万円かかるので、合計すると20万円。それをあわせると、ざっと140万円かかる。これも、日本では、無痛分娩が一般的ではないからだ。
 骨盤が変化していくのを自覚する。大陸が移動するかのような変化が、手にとるように分かる。みしみし鳴って、本当に分かる。
 無痛分娩の麻酔は、背中の脊髄あたりに針を刺して、管にかえて出産が終わるまでそれを刺したまま過ごすことになる。
 1ミリの子宮口が出産のときには、全開10センチになる。
 麻酔薬を入れたとたん、いっさいの痛みが、瞬間に消え去った。
 結局、著者は子宮口がいくら待っても開かず、帝王切開になったのでした。
 そして、生まれたとき、赤ちゃんを見ての気持ちが次のように語られます。
 私はきみに会えて本当にうれしい。自分が生まれてきたことに意味なんてないし、いらないけれど、でも私はきみに会うために生まれてきたんじゃないかと思うくらいに、きみに会えて本当にうれしい。この先、何がどうなるかなんて誰にも何にも分からないけれど、分からないことばっかりだけど、でも、たった今、私はそんなふうに思って、きみを胸に抱いて、そんなふうに思っている。
 帝王切開だったのに、手術の翌日に歩行。2日目にシャワー、そして5日間で退院。
 生む苦しみ、育てる楽しみをしっかり味わい尽くしたという実感がひしひしと伝わってくる貴重な本だと思いました。
(2014年9月刊。1300円+税)

幕末維新の漢詩

カテゴリー:日本史(江戸)

著者  林田 愼之助 、 出版  筑摩選書
 幕末の志士たちが、見事な漢詩をつくっていたことを紹介した本です。
 江戸時代は、漢詩が本格的に成熟をみせた時期である。
 平安時代には、嵯峨天皇や菅原道真などの漢詩人がいるが、まだ唐詩の模倣段階にあった。室町時代には、宋(中国)からの帰国僧、絶海中津、義同周信などのすぐれた漢詩人が登場するが、禅風詩が多かった。
 徳川幕府は朱子学を政道の基本にすえたので、武士階級の教養として、漢学、儒教の学を修得することが不可欠となった。その一環として漢詩をつくるのが、ごく普通のこととなった。
 文人が誕生し、自律した存在となり、武士だけでなく富裕な商人層にも普及した。
 漢詩についても、格調主義から、自由で砕けた宋代風の詩風が流行した。漢学的なものに反旗を翻す専門的な詩人・文人が相次いだ。幕末になると、倒幕に動く憂国の志士たちが、さかんに時世を慷慨(こうがい)する詩をつくった。
 佐久間象山(しょうざん)、藤田東湖(とうこ)、吉田松陰、橋本左内(さない)、高杉晋作、西郷隆盛らは、折につけ浮沈する思いや感慨を、多くの漢詩に託している。その詩の出来栄えは、江戸期の専門的な漢詩人にくらべて、少なくとも見劣りしない詩的力量を発揮している。
 人間 到処 有青山
 (じんかん、いたるところ、せいざんあり)
 山口県生まれの僧、月性の有名な漢詩の一節です。
 「人間」は、中国風に「じんかん」と読むのが漢詩文の常識で、世の中、世間という意味。
 詩をつくる人は温潤で、詩を好まない人は刻薄である。詩は、もともと情より出ずるもので、詩を好まない人は、情が稀薄である。
 西郷隆盛が西南の役で敗れ、ふるさとの城山で自刃する直前につくった漢詩がある。
 尽日 洞中 棋響 閑
 (じんじつ、どうちゅう、ききょう、のどかなるを)
 日がな一日、この洞窟の中で碁を囲み、その音が響くなかで、のどかに暮らしていることだ。
 洞窟のなかで、死の寸前まで隆盛は囲碁をしていたというのです。これには驚きました。
 竹角一声響
 指揮非有人
 弱氓皆猛虎
 潤屋乍微塵
 酷吏空懐手
 姦商僅挺身
 撫御誰違道
 乱党本良民
 これは山田方谷が体験した松山藩内に起きた百姓一揆のありさまを詠じたものです。
 一揆にたちあがった農民は善良な民である。政治が道を間違えているのだと、方谷は百姓一揆を詠じて、はっきりと政治の疲弊を断罪している。
幕末の志士たちの教養の深さに感服しました。
(2014年7月刊。1700円+税)

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