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宮本常一と土佐源氏の真実

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 井出 幸男 、 出版 新泉社
 有名な民族学者である宮本常一の代表作「忘れられた日本人」におさめられた「土佐源氏」はまことに衝撃的な内容です。昔から言われていることですけれど、日本人は古来、とても性に開放的でした。それを裏づける貴重な聞き書きの一つとして扱われてきました。
 しかし、この「聞き取り」には、事実に反するところがあり、これは実は聞き取りにもとづく宮本常一による文学作品ではないか、著者はそのことを実証しています。
 まず、「盲目の老人」は乞食ではなく、「橋の下」にも住んでいません。また、年齢も「80歳以上」ではなく、「72歳」でした。そして、何より、「土佐乞食のいろざんげ」という原作があったのです。
 宮本常一は、貴重な取材ノートを戦災にあって焼失したので、十数年たって、記憶で再現したと語っていました。
 「老人」は「橋の下」ではなく、「橋のたもと」に住んでいて、「乞食」ではなく、妻子とともに水車で精米・製粉業を営んでいた。緑内障で失明したが、その前は、腕ききの博労(ばくろう)であった(運営業ということ)。
 宮本常一自身が妻とは別の女性と一緒に旅を続けていた。
 「老人」のコトバに「土佐弁」ではなく、宮本の出身地である周防(すおう)大島の方言が入っている。たとえば、「ランプをかねる」というのは、「ランプを頭で突き上げて落とす」という意味。これは土佐弁にはないコトバ。
 宮本常一の聞いた相手の「老人」の本名は、「山本槌造(つちぞう)」。子どもも男2人、女3人を育てあげた。その孫が取材に応じて、祖父のことを語っている。
祖父の「槌造」は昭和22年に「76歳」で亡くなっているので、宮本常一が取材したときには「72歳」であって、「80歳以上」ではなかった。
「強盗亀」の正体も判明している。そして、山の中に「落し宿」という「盗人宿」があったのは事実のようだ。盗っ人が持ち込み、誰かが安く買い取って、売りさばいていた、そんな仲継ぎをする「旅館」が山中にあった。
 「強盗亀」は捕まって、41歳のとき死刑(処刑)されていますが、ずっと最後まで行動を共にしていた妻が3人いたというのも事実のようで、驚かされます。よほど、生命力、行動力があったのでしょう。
 したがって、宮本常一の書いた「土佐源氏」は純然たるルポタージュというものではなく、虚構(フィクション)をまじえた「文学作品」として捉えるべきだというのが著者の主張です。なるほど、そうなんでしょうね…。
 宮本常一にまつわる伝説をえりわけて真実を探ろうとする真摯(しんし)な姿勢に学ばされました。
(2016年5月刊。2500円+税)

ヤンバルの戦い(1)

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 しんざと けんしん 、 出版 琉球新報社
 沖縄戦の実情をリアルに紹介してくれるマンガ本です。本当にマンガというのは馬鹿にしてはいけないと思います。すごい迫真力があります。
日本の帝国軍人たち、とりわけ高級幹部の独善と権威主義がひどすぎて、腹が立つどころではありません。
 結局、沖縄はアメリカ軍による本土進攻を遅らせるための捨て石とされました。
 沖縄にどんどん航空基地をつくるよう大本営は命令します。ところが、肝心の資材が十分ではありません。そのうえ、飛行機だって飛行士だって大量確保はおぼつかないのです。
 アメリカ軍が沖縄に迫ってきたとき、沖縄の人々は訓練と思ったり、日本軍が来てくれたと錯覚したり、まさかまさかアメリカ軍が来襲するとは思っていなかったのです。
 沖縄には、満州にいた関東軍の精鋭部隊が続々と転入してきます。それで、沖縄の人々は頼もしい味方が来てくれた。これでアメリカ軍を撃退してくれると束の間の安心感に浸ったようです。
 でも、アメリカ軍の上空からの襲撃によって、その多くが焼失してしまいました。
 対馬丸事件という大悲劇も発生しました。沖縄の子どもたちを九州へ疎開させるというのです。速度の遅い貨物船はアメリカの潜水艦に狙われて、あえなく撃沈されてしまいます。大勢の子どもたちが海中に沈んでいきました。
いま、日本政府は台湾危機をあおり立て、南西諸島と沖縄から九州へ住民を避難させると言っています。
 とんでもないことです。全住民を乗せる船も飛行機なんてありませんし、対馬丸のように撃沈(ミサイルによって)されない保障なんて、どこにもありません。政府は危機をあおるのは止めてほしいです。それよりお米の確保が先決です。減反政策をやめて、食糧自給率を引き上げる政策を今すぐ始めて下さい。
 著者は沖縄戦の実情を知らせるための劇画をシリーズで刊行しているそうです。ぜひ読みたいものです。
 
(2024年6月刊。3850円)

憲法的刑事弁護

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 木谷 明 ・ 趙 誠峰 ・ 吉田 京子 ・ 高山 巖 、 出版 日本評論社
 弁護士高野隆の実践、をサブタイトルとする本です。日本を代表する刑事弁護の第一人者である高野隆弁護士の還暦記念論文集でもあります。
高野隆を一言で表すとすれば、物語力。依頼人が無実である物語をつくり上げ、裁判官と裁判員の前に送り出す。裁判は物語と物語の対決、事実認定者が証拠を見て描く物語を獲得できるかどうか。
 高野隆は法廷のストーリーテラー。この本の末尾には高野隆の弁論集が紹介されている。しかし、高野隆の弁論は法廷にのみある。文字としての弁論は、いわば映画を見ずにシナリオを読んでいるようなもの。
 まあ、それでも、弁論のキレの良さは伝わってきます。
 高野隆は18頁もの弁論要旨を全文読み上げる。書いていないことも、その場でアドリブでしゃべる。
 高野隆は被告人のために情熱的であり、雄弁である。高野隆は、被告人席に座っているこの人も、裁判官席に座るあなたと同じフツーの人間だと示すのか、弁護人としての最初の仕事だと信じている。
 高野隆は国の権力、そして人を懲(こ)らしめたいという強い衝動をもつ者を信用していない。
 高野隆は1982年に弁護士になり、1986年から翌1987年までアメリカに留学して、憲法、証拠法、刑事手続法を猛勉強した。高野隆や小川秀世らは1995年にミランダの会を立ち上げた。日本の被疑者取調べ手続を文明化し、黙秘権を確立することを目的とする会。
 2008年、高野隆は、アメリカから講師を招いて法廷技術研修を開催した。
 日本の裁判では、公判前整理手続で予定を決めてしまって、予定外の証人調べなどすることはほとんどない。しかし、アメリカの法廷は、もっとフレキシブルで、新しい証人の存在が分かったら尋問するし、もう1回あの証人を呼んで訊いてみようとなる。日本では考えられない。
 日本の裁判では「嘘」や「正直さ」というのを極端に重要視している。
 刑事裁判では「嘘」をついたかどうかがすごくクローズアップされることが多くて、日常生活ではありがちな「嘘」が、取り返しのつかない結果を生みかねない。これは本当に、そうなんですよね。弁護士生活50年の私も、「嘘」は致命傷になることがあると、いつも依頼人に言っています。
 日本では、職業裁判官がずっと裁判をやってきたから、自分たちが万能の専門家だと思っている。供述・証言の専門家、心理の専門家、薬物犯罪の専門家、そして精神医学の専門家だと思い込んでいる。でも、彼らの「専門性」というのは、まったく専門性でもなんでもない。有罪の判決文を書くのに必要な証拠は何かという、小役人的な判断の積み重ねにすぎない。そこには法哲学や法政策的な思考も、本当の意味での体験も、職人の知恵もない。世の中に存在する本当の専門家の意見を聞くことは、小役人の生活にとって邪魔な夾雑(きょうざつ)物にすぎない。いやあ、たしかにそうなんですけどね…。
 370頁もの本で、値段も張りますが大変勉強になりました。東京からの帰りの飛行機のなかで、乱気流にもめげず、必死に読み通しました。
(2017年7月刊。4200円+税)

ブッダという男

カテゴリー:インド

(霧山昴)
著者 清水 俊史 、 出版 ちくま新書
 2500年前、北インドにゴータマ・シダッタ(サンスクリット語では、ガウタマ・シッダールタ)が生まれた。ブッダである。
 シャカ族の王子として生まれ、裕福な生活を送っていたが、輪廻(りんね)の苦しみから逃れるべく、出家した。修行の末、35歳のとき悟りを得てブッダとなった。その後、45年間の伝道の末、80歳で死亡。
天上天下唯我独尊。この世で自分こそが尊い。私は世間でもっとも優れた者である。ブッダは、初期仏典のなかで自画自賛を繰り返している。
 現代的な価値観に合致した人間ブッダを考えたら、神格化の間違いを犯してしまう。はるか昔の常識は、現代の常識とはまた違うことに留意すべき。
 日頃の振る舞いの良い仏教信者でなければ、生命(いのち)の値段は「1人」として数えられない。邪教を信じて行動するタミル人たちは、獣に等しいから、いくら殺しても「人殺し」として計上されない。生命の価値に貴賤(きせん)を設ける、このような考え方は古代において珍しいものではない。
弟子のアングリマーラは、大量殺人鬼であったにもかかわらず、出家が許され、しかも世俗的な刑罰を受けることなく悟りを得ている。
 ブッダは戦争の無益さを説いたが、王に対して戦争そのものを止めるよう教えてはいない。古代インドにおいて、国を支配し、武器をもって戦うことは、武士階級に課せられた神聖な生き方として認められていた。これがブッダが戦争を非難し、止めなかった理由である。
 ブッダは、現代的な意味で、暴力や戦争を否定したわけではない。ブッダは漁師や狩人など殺生を生業とする人々も在家信者になれるとした。不殺生と殺生は相矛盾しながらも、両立する。古代インドにおいては、征服戦争も、武士階級である神聖な生き方として認められていた。
ブッダは、業と輪廻の実在を深く信じており、苦しみの連鎖から抜け出すことを真剣に考えていた人間である。
 ブッダによるカースト批判は、司祭階級批判の一つ。
 ブッダによるカースト批判は、貧困問題の解消や富の再分配を意味しない。仏教が強調しているのは、スーストを問わず、出家すれば悟ることができるという、聖の側の平等であって、俗の側の平等ではない。
 仏教教団の序列は、出家前の階級にもとづくものではなく、出家してからの年月も応じて決まる。
インドの憲法を起草したアンベードカルは、50万人の不可触民とともに仏教に改宗した。現在インドには800万人以上いる、新仏教運動の母体となった。
 初期仏典には、ブッダが女性を蔑視しているものが複数確認される。現代的な価値観からすると、初期仏典に現れるブッダは、明白に女性差別者である。
 托鉢修行者たちよ、女は、歩いているときでさえ、男心を乗っ取る。女性は男性を墜落させる原因であるというのが、古代インド一般の理解である。初期仏典も、その理解にしたがい、男性の修行の妨げになるという点から、女性は批判されている。
 ちなみに、キリスト教の聖書でも、女性蔑視の表現が多数あり、カトリック教会では、今なお女性は司祭につけない。ふむふむ、そうなんですか…。
 仏教は、バラモン教と対立する沙門宗教の一つとして生まれた。
 バラモン教では、死んだら雲散霧消するので、死後の生活などありえない。
 ブッダは、決して不可知論者ではない。ブッダは一面智者として、懐疑論者を破折(はしゃく)する。
 仏教は、コツ然と生まれたのではない。バラモン教を頭ごなしに否定するのではなく、彼らの築きあげた世界観を引き継ぎつつ、それを再解釈し、仏教の優秀性を強調した。
仏教、そしてブッダの真の姿をとらえようとする新書でした。ブッダが生きていたころの政治、社会状況をきちんと踏まえることの大切を自覚させられました。
 
(2023年12月刊。880円+税)

特殊害虫から日本を救え

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 宮竹 貴久 、 出版 集英社新書
 いまわが家の庭には、サツマイモとカボチャを植えて、収穫を楽しみにしています。
 実は、サツマイモはジャガイモより難しいのです。なかなか大きく育ってくれません。今年は場所を変えたので、今年こそは、と期待しているのですが、どうなりますやら…。
 地上部分は元気一杯にツルを伸ばし、葉を繁らせてくれているのですが、肝心な地下で太ってくれなければどうしようもありません。
この本には、このサツマイモに寄生する害虫の話が出ていて驚きました。
 アリモドキゾウリムシという害虫がいます。熱帯起源でアメリカ南東部とハワイにかけて分布する虫です。1903年に沖縄で発見されました。台湾から入ってきたようです。
 卵から孵化(ふか)した幼虫はサツマイモを食べて育つ。幼虫にかじられると、サツマイモは、大変苦い物質を発するので、とても食べられなくなる。人どころか、家畜のエサにもならずブタさえ見向きもしない。これは、イモが自らを防御するために発するイボメアユロンと呼ばれる苦み物資。虫だけでなく、人間が傷つけてもこの物質を出すので、広く敵に対するサツマイモの防御物質と考えられる。
こんな害虫をどうやって駆除するのかという苦労話が紹介されています。時間もかけて、物量作戦でいくのです。
 殺虫剤の散布は簡単だけど、他の昆虫も殺してしまう。そこで、オスのみを誘引する物質を探しあて、殺虫剤と混ぜてオスに食べさせ、オスを殺す。すると、メスは卵を産むことができなくなる。
 不妊虫放飼法というのは、蛹(さなぎ)のときに放射線を浴びせて不妊にしたウリシバエの大量の成虫をヘリコプターからばら撒(ま)くやり方。これはウリミバエを増産する必要がある。なんと、毎週2億匹のウリミバエを生産したそうです。沖縄の島々に21年もかけて撒いていって、ついに根絶した。いやあ、たいした取り組みですね。
 ところが、あまり強い放射線を浴びせると、オスの競争力が低下してしまい、弱すぎると不妊オスにならないので、その加減が難しかったようです。
 毎週3000万匹の不妊虫がヘリコプターで宮古諸島の林や畑に空からばら撒かれたというのですから、壮大な作戦です。
 それでも殺虫剤などの農薬を空中散布するより、よほどいいですよね。
 ところが、害虫根絶というのは、一度根絶したら終わりかと思うと、そうではなく、終わりなき再侵入との戦いに突入しているというのです。つまり、周辺の諸外国から害虫が侵入してくる危険が絶えずあるということなのです。
 害虫のミカンコバエは、50キロも離れた島まで海上を飛んでいくとのこと。すごいです。
 なので、著者は最後に、ネット販売で南西諸島の果物やサツマイモを島外に郵送しないように訴えて(警告して)います。
 農作物の移動を制限するのは根拠があること、初めてしっかり認識しました。
(2024年5月刊。1100円)

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